鈍として青く   作:ヤン・デ・レェ

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沖田さん元気元気

 

 

 

サイトウが切り裂いた時空は唸りを上げて収縮し、サイトウをひと思いに呑み込んだ。ぐるりぐるりと天地を泳ぎ、時空と時空の狭間を掻き分け、そうして螺旋を描き、また一つの扉が開かれた。

 

時は幕末。京都の大路でのお目覚めである。

 

 

 

 

 

 

サイトウと沖田総司が出会ったのは1864年、池田屋事件前夜の黄昏時のことであった。

 

日に日に治安が悪化する京都で、当時刀を腰に差して歩く輩には二種類しかいなかった。

 

一方は幕府の使徒。一方は攘夷の使徒。いずれにせよ、決して物騒な者どもばかりが犇めく魔境であった。

 

さてそのような魔境に、いつも通りのと言うと語弊が生まれるが、凱旋将軍まんまの姿で、日本刀にしては珍妙な、ファルカタをひっさげて現れたサイトウ。

 

周囲から奇異の眼で見られながら、堂々と職探しのために大路を闊歩していると、彼に声をかける者が一人。

 

「もし、そこのお人!」

 

「む、吾輩であるか?」

 

「いかにも…貴方、かなりの使い手とお見受けした!」

 

「この京で私の知らぬ使い手、しかも異国の剣を用いる道場など聞いた試しも無し…いざ尋常に勝負!」

 

「な、なにーー!?なぜいきなり勝負なのだ!?」

 

「問答無用!!不審者め!」

 

水色と白が眩しい、独特の羽織を纏った可憐な剣士との邂逅は、物騒極まるものとなった。

 

斬りかかってくる剣士に待ったをかけたのは、他ならぬ不審者ことサイトウだった。

 

「待たれよ!まだ名乗りが済んでおらんぞ!」

 

「確かに!ならば仕切りなおして、私の名は沖田総司!壬生浪士組の一番隊隊長なり!して、貴殿の名は?」

 

沖田は勢いのある一閃を虚空に放ってから、刀を下ろした。

 

刀が間合いから外れたのを確認してから、サイトウも剣を抜き、名乗った。

 

「我が名はサイトウ。ただのサイトウなり、好きに呼ぶが好い」

 

「果たして、いざ尋常にッ!」

 

「待て待て待て!」

 

「何を待つ?」

 

「吾輩はただ、仕事を求めてここいらを歩いていただけなのだ!誓って不審者ではない!」

 

「むむ…例えその話が真だとして、どうやって証明できる?不審者よ」

 

「この場で身に纏いしものを全て脱ぎ、預けようではないか!」

 

「いやいや、待たれよ!それでは全裸になってしまう!」

 

二人はいつの間にか剣を収めて協議をはじめ、最終的に、サイトウの剣を沖田が預かるということになった。

 

いつの間にか意気投合した二人は、その足で茶屋に入った。

 

沖田が詫びとして茶と団子を馳走してくれた。

 

茶の苦みと団子の甘みで、大分心身解れた二人は、互いに探り合うように言葉を交わした。

 

「いやはや、突然斬りかかってしまって面目ない」

 

「いやいや、何分物騒なようだから、仕方あるまいよ」

 

「ところで、サイトウ殿は何処からあのような刀剣を?ずっしりと重く、古めかしいが、かといって錆も見えない…業物とお見受けするが」

 

「剣の腕には覚えがあってね、師からの頂き物だよ…そうだ、折角だから私も沖田さんの所属しているという浪士組に入れたりはしないだろうか?今、丁度求職中でね」

 

「おやおや、それは奇遇ですね。ウチも実は脱走するような不甲斐ないのが多くって困ってたところなんです。貴方ほどの使い手なら、近藤さんも土方さんも納得されるでしょう!!」

 

茶を飲み干し、団子を食べ終えた二人は、そのまま浪士組の屯所へと向かった。

 

かくかくしかじかを、組長の近藤と副長の土方に説明してから、沖田は改めてサイトウの剣の腕を熱弁した。彼女の稀に見る熱意の効果もあり、サイトウは無事に新撰組一番隊への配属が決まった。

 

手に職が就けば最早サイトウに恐れるものなどなかったが、その類稀なる剣の才が良くも悪くも組内で注目を集めてしまった。

 

結果、毎週のように天然理心流の門徒との真剣での立ち合いが催され、新撰組の新しい名物と化した。

 

剣の道に生き、士族のまで登り詰めた新撰組の志士達の熱意は凄まじかったが、思えば彼らを淡々と捌き切るサイトウも異常だった。

 

ハンニバルに毎日付きっ切りで剣を学ばせてもらった頃を、初心を思い出しながら、サイトウはあっという間に新撰組に馴染んでいった。

 

 

 

 

 

 

サイトウは新撰組に入るや、めきめきと頭角を現し、たったの一月で沖田の率いる一番隊の副隊長にまで登り詰めた。

 

新撰組に入ってからというもの、サイトウと沖田は付かず離れず、なんとも居心地の好い関係性を保っていた。

 

周囲からの冷やかしが無かったわけではないが、それでも両者ともにあくまでも上司と部下、或いは戦友という間柄を維持していた。

 

だが、そんな二人の関係性に新たな進展を齎す事態が発生した。

 

1864年に起きた池田屋事件。その御用改めの最中の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

池田屋事件の翌朝、沖田はサイトウに呼び出された。二人で会いたいとのことだった。

 

「沖田が血を吐いた!!そう聞いた時は、生きた心地がしなかったが…」

 

「喀血…肺結核か…?」

 

「何時からだ?何時から黙っていた!?」

 

口火を切ったのはサイトウだった。もう一人の方、斎藤一とは異なり、こっちのサイトウは真正面からぶつかってくる。狡猾さなど微塵もなかった。

 

「秘密にしていたわけではなくってですね…ただ、風邪かな~って…」

 

「貴方にだけじゃないんですよ?皆に黙ってましたから…」

 

「もしも話してたら…皆、気を遣うでしょうし…そうじゃなくとも、もう剣を振るわせて貰えなくなるかもしれない…」

 

「私には、沖田さんにとっては大事なことだったんです。剣は、剣しか私には誇れるものが無かったから…だから、奪うようなこと、しないでくださいよ」

 

「貴方なら、理解してくれますよね?」

 

沖田は泣いていた。自身の持つ剣の才は天賦のものである。それは確信であり、自他ともに認められた事実である。

 

だが、同時にその心身は脆く儚く、到底、激しく乱れ狂う時代の波を掻き分けて進むのには適わない器だった。そのこともまた、疑いようのない現実だった。

 

療養しながら剣を振るい、活躍し、名声を得て、士族として誇り高く死ぬ。

 

その道を望んで止まないことを、沖田は最早自らの腹心と呼んでいい存在になったサイトウに打ち明けた。

 

果たして、サイトウの答えは是、であった。

 

「わかった。総司がそこまで言うならば、吾輩は吾輩のできることをしよう。吾輩だけが、君にしてやれることをしよう」

 

「そうだ、同物同治というものがある。何か、鹿の肺でも獲ってくるから、待っていろ。戻ってきたときに寝てなきゃ怒るからな?」

 

サイトウはそう言って沖田の元を辞した。

 

「ふふ…鹿肉なんて、食べるの何時ぶりでしょう…でも、あの人、料理できるのかなぁ?」

 

沖田は口元まで布団を被せて、笑みを隠した。こそばゆい気持ちだったのだ。温かい感情に、涙が零れた。

 

沖田は自分が長くないことを到の昔に悟っていた。だが、だからこそ嬉しかった。ボロボロの自分を支えようとするサイトウのことを愛おしく思えた。

 

サイトウが辞してから、沖田は血を二度、三度吐くとそのまま、泥の様に眠った。睡魔が意識を刈り取る直前まで、彼女の手は凍えるように震えていた。

 

誰しもが自分の役割を熟し、皆が出払った後の静かな屯所で一人切り。冬が訪れて、隙間風が頬を刺すように染みた。温もりを逃すまいと身を悶えさせる。

 

寂寥の影が沖田を包んでいた。痛切な、痛切の極みであった。

 

 

 

 

 

 

 

「おぅい、総司、サイトウからの土産だとよ」

 

「サイトウ殿からの?」

 

幾分体の調子が好かった日の昼前だった。土方を通じてサイトウの猟果が沖田の元に届けられた。

 

茶色い布にくるまれた、漬物石程の重量のそれを開けば、それは赤赤として新鮮な肉塊だった。

 

沖田は驚き、それから納得した。ようく見れば、それは鹿の肺腑である。実物を見た例などなかったが、サイトウが約束を守ってくれたのだと理解した。

 

沖田は、最早遠くない死への自覚と、自らへの憐憫の情を一時であれ忘れさせてくれたことに感謝しつつ、包みに同封されていた手順通りに、鍋にして食った。

 

これ以上ないくらい、腹を満たした。誰にも分けずに、沖田は、彼女は鹿の肺府を腹に納めたのだった。

 

沖田はサイトウが帰ってきたら、いくつか言わなければならないことが出来たと、そう思った。そして、どんな顔で自身からの告白を受け止めるのか、楽しく可笑しく妄想してから眠りについた。

 

 

 

 

 

 

鹿の肺腑を食ってから、沖田の調子は見る見る好くなった。喀血の症状はもうでなくなって久しいし、肉体のだるさも全くない。

 

快調極まる有様だった。

 

池田屋事件後控えていた御用改めにもすべてに参加し、全てにおいて手柄を立てた。

 

以前よりも、身が軽くなったほどである。まるで、別人の力をこの身に宿したかのような…。

 

唯一つ、沖田が納得できなかったことがある。それは、何時まで経っても帰ってこないサイトウのことである。

 

「あーあ、折角沖田さんの操を捧げようと思ってたのに…他の人に盗られちゃっても知りませんよ~だ」

 

「ごめんなさい。嘘です。絶対に誰にも、貴方以外には指一本触れさせません。誓います。そう誓いますから」

 

「ですから、ね?早く帰ってきて下さいよ…私、健康になったのに、貴方のお陰で元気になったんです…この体なら、子供だって産んで育てられますよ?」

 

「私と、貴方の、元気な赤ちゃん…きっと剣術の天才に育つに決まってます!」

 

「だから、どうか…早く、私が狂う前に早く…早く帰ってきてください…」

 

 

 

 

 

結局、サイトウは帰ってこなかった。だが、それでも沖田は待ち続けた。

 

待つ為に、戊辰戦争を戦い抜き、生き抜いた。

 

戦後は静かに暮らしたそうだが、剣の腕が衰えることはなく、また死の間際まで美しい少女の姿だったという。

 

伝説では、人魚の肉を食っただとか、実は同じ顔の沖田が三人いるだとか、色々と噂が尽きなかった。

 

だが唯一つ間違いないことは、彼女の亡骸は燃えず、腐らず、虚空に溶けるようにして消えて無くなったということである。

 

 

 

 

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