村を偶然訪れていた旅の剣士を師と仰ぐことから、私の物語は始まる。
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小麦が金の穂を満々と波打たせる絶景があちこちで見える季節だった。私は直に兄ケイの従士として働くことになっているから、鍬を剣と取り換えるのも時間の問題だった。こういう時、誰でも大抵は浮かれ気味になる。農夫も領主も一緒、収穫するまでは何が起こるかわからないのだから。そして私もまた。
日が完全に落ちきる前に固いパンとスープ、それから日ごとの猟果を焼くなり煮るなりして拵えた夕飯を食べ終えてから、滑らかな土と石で組まれた父の書斎に招かれた。珍しい呼び出しに何事かと思ったが、それほど気負いは無かったと思う。
父は騎士にしては日に焼けた肌と逞しい肉体をしていて、背もあまり高くないせいで少し、いいや随分と農夫のように見えた。だが、みすぼらしさは微塵も感じないのだから不思議である。服はいつも通りの野暮ったいチュニックと履き慣らした騎兵ブーツだ。外出用ほど派手でもないが、就寝前にしてはかっちりしすぎていた。
仰々しい彫り物が成された赤いクッションの椅子…おそらく我が家で一等高い代物だ…に腰かけた父は、愛用の剣の柄を大きく開いた太ももの付け根に押し付けた上で、さらに手で拳を作って握りこんで按じていた。顰め面はいつも以上に顰め面だ。深く彫り込まれた眉間の皴が谷底みたいで何処となく怒られているような、いたたまれなさを覚えてしまう。気まずさについ、部屋の中を見回すと見慣れないものが目に飛び込んだ。
いつもはただただ広いだけの、活躍の場を与えられてこなかった分厚い木で作られた焦げ茶色の執務机の上に、誰のものとも知れない真新しい剣が置いてあるではないか。私は少し体温が上がって、首の後ろに汗が滲んだ気がした。
私が背筋を伸ばしたのを見計らって、父は口を開いた。
うんと一つ頷いてから、父は言った。
「お前に剣を渡すことにした。もう好いころ合いだろう。ただし、必ず師を見つけること。師を見つけてからその剣を振るいなさい。」
私は師と言われても父や兄のことしか頭になかったせいで、特に深くは考えることなく父の言葉に肯じた。
素直にうなずいた私に満足がいったのか、父は椅子から立ち上がるとそれまでの神妙さはどこへやら、私の胸に剣を押し付けて自分はさっさと眠ってしまった。
私は自分の部屋に入ってから、真新しい剣をこっそりと鞘から抜いた。この時の私はきょろきょろと、悪戯がばれてしまわないか気が気ではない子供のように落ち着きがなかったことだろう。抜き身の刃には自分の顔が映った。人を傷つけるための道具だというのに、これまで兄のおさがりばかりだった私にとっては新品ならそれが例え凶器であっても嬉しかったのかもしれない。流石に剣を抱いて眠る勇気こそなかったけれど、それくらい私は浮かれていたのだ。
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夜が明けていつも通り従士の勉強をする傍らで、さっそく私は父と兄に剣の師になってくれるように頼んだ。だが、深く考えていなかったことのツケが初日にして私を襲うことになった。
なんでも兄の話では父は兄の剣の師として既に稽古に付き合っており、昨晩の師を見つけてから云々…というのは、父以外の師を見つけてからという意味だったらしい。私は自分の誤算にようやく気が付くとともに、如何にして剣の師を見つけるかという難問に頭を悩ませることとなった。
というのも、私が暮らすのはブリテン王国の中でも辺鄙な田舎だからだ。ただでさえ人が少ないうえに、この辺りは特に古くから住んでいる住人を除けば流れてくる人も極極少数であり、流浪の剣術家など望もうものなら年寄りになるまで待たねばならないだろう。閉鎖的な田舎で剣の師を見つけようにも、私に父以上の剣の才を有する知り合いなど心当たりがあろうはずもなく、私が剣を一人前に学ぶことは半ば絶望的な状況だったのだ。
父なりの過保護だったのか、それとも私が剣に感けて騎士になりたいなどと言い出さないようにするための措置だったのかはわからない。ともかく、そんな折に偶然にも私の暮らす村を訪れたのが、私の剣の師である御仁だったわけである。
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彼は旅人らしからぬ服装で村に現れた。前時代的な、如何にもローマ的な甲冑に身を包み、金糸で縁取られた紫のマントを翻し現れたのだ。
余所者、しかも何か特別へんてこな格好をしていたものだから彼は瞬く間に村人から警戒の視線を送られていた。しかし、私の頭にあったのは至極単純な一時のみであり、それはとりもなおさず彼の腰に佩かれた立派な肉厚の剣である。見れば彼は父から感じるもの以上の、練り上げられた気配とも言うべきか、強そうな気配が感じられたのだ。…言うは難しである。
こうして、剣のことで頭がいっぱいだった私は村人の警戒も他所に彼へと近づき、こう言ったのだ。
「どうか私を貴方の弟子として、剣術の稽古をつけてください!」
唐突な申し出にもかかわらず、寧ろ彼は感心した様子でウンウンと頷き、それからこう答えた。
「食べるものと寝床を頂けるのなら、吾輩は喜んで。」
こうして私は師を得たのだ。こうして私は彼の弟子になったのだ。