私が王に成っても、アーサー・ペンドラゴンになっても師は変わらなかった。父エクターと兄ケイでさえ、私を育てた者としてその身に然るべき栄誉と地位を求めたと言うのに、師が求めたのは朝昼の食事を朝昼晩の三食に改める事、それから厩よりマシな寝床が欲しいというものだった。
私は大いに愉快だった。そして、愛おしかった。師の、そんな師の全てが愛おしくてならなかった。
だから私は師に、アーサー王専属の剣術顧問という肩書と共に、私の私室の隣に部屋を持つことを命じた。許可したのではない。私の極めて個人的な願望から、彼を私の傍で寝起きする様に仕向けたのだ。
師は私の願いを知ってか知らずか、部屋をあてがった翌朝私の顔を視るや言ってくれた。
「お前の隣だと熟睡できるな。」と、師は言ってくれた。私はそのことが仕様もなく嬉しく、同時に己の淫らさから羞恥に悶えざるを得なかった。
◇
宮廷を持つようになり、それまで取れていた師との時間がめっきり減った。これは由々しき事態だったが、それ以上に私にとって問題となったのが山と送り付けられる婚姻話である。
私は心に決めた人がいる以上、王である前にその願いに向かっていきたかった。しかし、物事はそのように上手くいかず…周囲の策略もあって、先に師が結婚してしまったのだ。それならば、私も大人しく婚姻を結ぶだろうと見越して。
だが師の相手が問題だった。相手はモルガンという、私の姉に当たる人物だった。本来ならば私ではなく彼女が王に成っていてもおかしくはなかったと聞いた時は、是非とも、今すぐにでも変わってくれと直接言いに行ったものである。
だが、あの女…モルガンもまた私の師の虜であった。確かに師は自由な男であるし、美貌の人であるし、彼の隣はさぞ居心地が好いだろうが…それでも彼は私の師である。私は彼の弟子である。よって彼は私のものである。
そう言ってやったのが悪かったのか…モルガンは選りにもよって、師との間の子供だと偽って私の血で作ったモードレッドという者を宮廷に勝手に招き入れたのだ。これには流石に私も憤怒に燃えた。私など、まだ師と褥を重ねたことすらないのだぞ!?
私の怒りはガウェインやアグラヴェインにも伝わり、流石にそれはないという事で…具体的にはモードレッドを私の義理の息子に据えることで…事なきを得た。だが、このことがきっかけで私とあ・ね・う・えの間には確執が生まれてしまった。姉上などモードレッドに会うたびにどっちの子供になりたいのか聞くのだが、その度に幼いモードレッドは私と師の間を行ったり来たりさせられている。最後は毎度必ずアグラヴェインの睨みに屈して私の元に帰って来るのだが…わかるぞ、私も幼くして同じ選択を迫られたら間違いなく師を選びたがる。…母親役には交替願いたいが。
ともかく、師の存在が不思議な威力を発揮していたのは事実である。気難しいアグラヴェインでさえも、師には敬意を払って接していたし、トリスタンやランスロットからは賛美の詩や歌を贈られることも屡々だった。師の存在が、常に潤滑油の役目を果たしていた。
だが、一方でそのことがマーリンは気に喰わなかったようである。あの魔法使いは女に化ける術などをこさえては、或いは美男に化ける術をこさえては師や私をかどわかし、あわよくば互いを師を排除しようと躍起になっていた。
大抵はこのような企みが上手くいった試しなどななかったが、しかしマグレはあるのだ。
◇
その日は唐突に始まった。
「陛下ッ!マーリン殿が仕出かしましたぞ!」
アグラヴェインの唐突な報告からまたかと、そう思っていたのも束の間、宮廷が靄に包まれ出したのだ。
「マーリンッ!悪ふざけはいい加減にしろ!」
私が叫ぶと天から声がした。
「僕は君の為に、君の運命の為にしているんだって何時も何時も言っているだろう?さぁ、今度という今度はここで大人しくしていることだ。」
何時もの口ぶりとは違う余裕っぷりに、私は冷や汗をかいた。
「こ、今度はなんだ?何を仕出かしたんだ!」
私が傍らにいたアグラヴェインに尋ねると、彼は恐縮しながら言った。
「今回は老婦人に化けてザートム顧問に竜退治を依頼したそうで…その竜というのが…。」
まさか!?
「おい貴様!どういう了見だ!おいマーリンッ!」
「へ、陛下!?」
私は我慢ならずにカリバーンを抜き放ち、靄という靄を切り裂いた。
だが、靄は晴れない。宮廷を覆ったままだった。
「ふふーん。今度という今度こそ、彼には退場願うよ。今回ばかりは、ロンギヌスが無ければ太刀打ちできない伝説のドラゴンだからね。彼のあのファルカタとか言う骨董品じゃぁ、鱗に傷一つ付けられまいよ。ま、君たちはそこで彼が死ぬまで楽にしてるといいよ。」
マーリンは高笑いと共に、それっきり静かになってしまった。
私は激怒していた。これまでのおふざけが児戯に思える程の暴挙だったからだ。そして、なにより師の良心を弄んだことが許せなかった。どうしてマーリンがあれほど彼の排除に躍起になるのかは理解できない。しかし、どんな事情があったとしても、例えそれが私の不利益利益に直結していたとしても、私が師を排除することはあり得ないのだ。そんな、そんなことをするくらいならみんなの前で死んでやる。それくらいの想いだった。
◇
結局、靄の結界が解けたのは三日も後のことだった。
その間、私は一睡もできずに靄を斬り続けた。自分の無力を噛みしめたのはこれで何度目だろう。思えば今回が一番堪えたかもしれない。
ともかく、靄が晴ると共に私は駆けだして件の竜が住まうと言う山に登ろうと馬を走らせた…が、山道の入口でへばったマーリン似の全裸美女と、それから特大のドラゴンの頭を引きずる師に遭遇したのだ。
「師よッ!?ご無事でしたか!ところでその売女ではなく、そのマーリンとドラゴンの頭は!どどどどうなされたのですか!?」
私の剣幕に「おぉ」と驚かれた様子の師であったが、ドラゴンの頭をぽいっと放り、それからマーリンでしかない美女を横抱きにしながら私からの質問に返答された。
「いやはや、吾輩ともあろうものが面目ない。この美女が来てくれなければ今頃はこのドラゴンの腹の中だったであろう。この美女のお陰で吾輩は今、こうして弟子と話していられるのだ。三日も、心配をかけたな。まぁ、ともかく問題ない。万事解決だ!」
◇
師の話を噛み砕けば、先ず老婆に頼まれて竜退治に言ったら歯が立たず…というか弱点も何も知らずに挑んだが故に適当に転がされて遊ばれ…何とか戦い続けたものの、力尽きかけた所で現れたマーリン…に大変よく似たというかマーリンそのものの美女にドラゴンの攻略方法を教えられて、その通りに戦ったら勝てた。そして首を落として、感謝のキスを贈った所、鼻血を噴いた美女をドラゴンの首と共に担いで下山していた…ということになるらしい。
「うむ、その通りだ。吾輩には老婆とこの美女とマーリンが全て別物に見えるが…。」
「いえいえ、全くの同一人物ですよ!?」
私の心配をよそに、師は絶賛熟睡中のマーリンでしかない偽美女の頭を優しく撫でてやっている。まったく、とんでもない伏兵ではないか。とても正気ではない。この際である、マーリンにはその真意についてしっかり聞いておかなければならない。この三日間は本当に生きた心地がしなかったのだから…。
「あぁ、でもこれで一件落着ですね。」
「うむ、そうだなぁ。おい、弟子よ!」
「はい!何ですか、師よ?」
「腹が減ったぞ。三日間何も食ってないからな!」
「それは大事です!ささ、今馬を引いて参ります故、私の後ろにどうぞ!その女人は捨て置いてよろしい!」
「いや、流石に無体じゃないか?ここに置いていくのは忍びない…吾輩にも馬はあるからな。折角だし、先導しておくれ。」
「それなら、私がその女を!」
「本当か?意識がないから結構重いぞ?」
「重そうですよね、一目見た時から思っておりました!」
「いや、そこまで言ってないけども。」
「ささ!厄介なのが起きる前に出ましょう!」
「あ、うん。じゃぁ、よろしく。」
こうして私、師、それからマーリン…あと、ドラゴンの首は何事も無かったかのように、王城キャメロットに向けての帰路に就いたのであった。