鈍として青く   作:ヤン・デ・レェ

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Syurei様誤字報告ありがとうございます。


閃き

私が聖杯を求めた理由は単純だった。師に会いたい。ただそれだけ。それ以上の、何か特別なことは頭になかった。未来のことにも頓着はなかった。今、今の一瞬だけあの人にもう一度会えればそれで好い。そこからはすべて自分に、その時の自分に抛たせよう。

 

私は、今思えば師を殺し、それから自分も死ぬつもりだったのだ。

 

短絡的で直情的に過ぎる思考はしかし、最期まで私から離れなかった。私は逃れられなかった。あの人の手を握る、甘美な感触を手向けに、自ら首を落とすという、なんとも劇的な死への渇望を。悲恋的で先鋭的な野望を。忘れられなかった、最初に逃げ込んだ何処かを。

 

 

 

私の不調を嗅ぎつけたマーリンに私は呼び出され、彼の住む尖塔で話し合うことになった。実験器具が所狭しと置かれ、羊皮紙の巻物や便箋が散らばる机を無造作に払ってから、私たちは向かい合った。

 

私はマーリンに懇願した。

 

「マーリン、聖杯を創ってくれ。もしも、そんなものがないというなら、君が造ってくれ。」

 

私が縋りつくと、マーリンは感情のない顔で言った。

 

「君が求めているものはね、確かにこの世界に存在するよ。けれど、見つけ出すのだって一筋縄じゃあいかないし、ましてや作るだなんて僕にだって出来ないよ。それに…置いていかれて苦しいのは自分だけだとでも思っているのかな?そんなわけないんだよ。」

 

マーリンの言葉が私を傷めつけた。だが、それでも私は聖杯を諦めきれなかった。

 

私は言った。

 

「マーリン。マーリン。聞いてくれ、ならその聖杯を探しに行こう。そのための方便だって考えた。この国を、救うためだと言えばいい。そのために私は王様として立派にやるさ。だからマーリン、君たちが聖杯を私の下に持ってきてくれ。そうしたら、皆元の通りになる。」

 

今度はマーリンが気圧される番だった。彼はのけぞる様に目を見開いて、それから唇を噛んだ。しぶしぶといった表情で、ため息を一つ吐くと、またあの感情の籠らない空っぽの声で言った。

 

「君は今、もの凄く自分勝手なことを言っている自覚があるのかな?僕だってね、探し出せるならとっくの昔に探しているんだよ。君からあの人を奪うことだってさぞや簡単にできただろうね。でも、実際はそうじゃなかっただろう?…僕も人のことは言えない。これまでの、停滞の時間が何よりも安息に感じていた。壊さないように壊さないように、僕だって夢魔の血と戦っていたんだ。モルガンだって、その魔法を駆使して何か致命的なことをすることはなかったし、モードレッド…彼だって、いいや彼女だって君から師を奪ってしまうようなことはしなかった。みんな、君に遠慮してきたんだ。でも、だからどこか今は弛緩したような雰囲気が漂ってる。あれが夢だったと、そう思えるくらいに留まってるんだ。最初からあんな、彼はいなかったんだって。何か魔法や、強制力のようなものさえ感じるよ、でも……それだって、仕方がないじゃないか。彼は僕たちには眩しすぎた。そういうことでいいじゃないか。もう、忘れるしかないよ、だって、僕にも君にも苦しすぎるよ。」

 

マーリンはそれっきり黙ってしまった。

 

マーリンと話しても意味がないと悟った私は彼の塔を辞した。

 

それから、私はモルガンの下へ行き、モードレッドの下へ行き、ランスロット、トリスタン、アグラヴェイン、ガウェイン…私の宮廷を取り巻く人たち全員に会いに行った。

 

要件は私と共に聖杯を探し出すこと。

 

私は全員が全員、私に賛同してくれるものと思って疑わなかった。だが…

 

 

 

 

手入れの行き届いた部屋の中で、二人分の茶が湯気を立てていた。一人分はモルガンの、もう一人分は師のものだった。

 

「モルガン、どうか私と共に聖杯を探す旅に出てくれ。」

 

「……我が夫はまだ帰らぬのですか?」

 

「師は、今はいないんだ。でもだから!」

 

「なら貴女に用件はない。私とあの人の部屋から出ていけ。私は、あの人が帰ってくるのをここで待っていなければ…でなければ、薄情な女だと嫌われてしまう。だから、聖杯なんぞを探しになど行けないのだ。」

 

モルガンはそう言って、私の提案を突っぱねた。聞けば外に出ずに久しいらしい。尖塔に籠って研究に明け暮れるマーリンと、尖塔に籠って思い出をかき集めて男を待つモルガン。魔法使いの狂い方は緩慢にして急激なものだと、私はこの時初めて知った。

 

 

 

 

モードレッドは城の中庭で剣を振るっていた。目は光に満ち、背筋は伸びている。覇気に満ち溢れ、王の風格にも近しかった。

 

私は息子に声をかけた。

 

「モードレッド、話がある。」

 

しかし、モードレッドは反応しない。全くと言っていいほど、私の方を見向きもしなかった。だから、今度は語気を強めてハッキリと用件を伝えて言った。

 

「モードレッド!師について話がある。」

 

「嫌だッ!!」

 

今度は反応があった。だが、帰ってきたのは罵倒にも近い拒絶だった。

 

「嫌だッ!絶対に他の人なんかに教えて貰うもんか!俺の師はあの人だけなんだよ!邪魔するな!あの人が帰ってきたときに褒めてもらうんだ!褒めてもらうんだよ!よく頑張ったって頭を撫でてもらうんだ!だから…だから、稽古の邪魔すんなよ!帰れ!」

 

モードレッドは泣きわめきながらそう言うと、すぐにさっきのような立派な太刀筋で稽古を再開した。

 

どうやら彼女は私が剣術指南役を代えるとでも考えていたらしい。そんなことは考えても見なかったが、少なくとも今は話を聞いてもらえる状態ではないことを理解した。私は息子の下をはなれ、それから、自分もおとなしく玉座の間に戻った。

 

 

 

 

私はもう限界だった。マーリンも、モルガンも、モードレッドも。皆が過去に執着し、現実逃避で己を満たすことで手一杯になっていた。だが、それは私とて同じこと。いいや、寧ろ私が全ての始まりだった。

 

私は限界だった。だから、あんなことを思いつくのだ。

 

私は決意した。聖杯がないのなら、彼が帰ってこないなら、今一度彼を探そうと。彼が消えた場所に向かえば、そこに辿り着けば或いは何かが見えてくるはずだと。

 

私は未だ死臭の漂うピクト人との最後の戦場に向けて城を飛び出し、愛馬に鞭を入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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