戦場に着くとそこには、狭間があった。
死臭漂い、泥と血が水たまりになっている、この不潔な場所で。一か所だけうっすらと清涼な風を感じる場所があった。
私はその狭間に体をめり込ませ、そして跳ね返された。狭間の中身は青と白と金色がキラキラと入り混じっており、そのさらに深い奥の奥に、底なしの深淵がぐるぐると波打っていた。蛇とも竜とも知れない、巨大な吐息が蠢いていた。
私はぞっとして、ひどい寒気に襲われた。歯がガチガチと言い、それから全身に冷や汗をびっしょりとかいた。しゃがみこんで、耐えられずに腰を抜かした。仰ぎ見る体勢になって、その時私は初めて気が付いたのだ。
「宇宙だ、宇宙がこの中にあるんだ。」
古戦場には似つかわしくない。美しい闇と光が、希望と絶望が、狭間からは木漏れ日のように私に降り注いだ。
「あぁ、アレを遣おう。この時の為だったんだ。そうに違いない。」
私はそう呟いて、懐からあるものを取り出した。
それは黒い石の首飾りだった。師が骨一つ残さずに消えてしまった後で、ここで見つかったものだった。誰のものなのかなど、私が見間違うハズがなかった。
私はマーリンが彼を倒すために使い、そして失敗したある魔法のことを思い出していた。それは触媒を元に、強い英霊を呼び出すための魔法だった。私にはそれ以上のことは理解できなかったが、それでも強い触媒さえあれば、強者の証さえあれば呼び出すことができる、そのことだけは覚えていた。
「師の首飾りを触媒にして、私は師を呼び戻す。」
マーリンの時はどうやら触媒が弱かったみたいだが、今度は別だ。ドラゴンさえ倒してしまう古今無双の私の師なのだ。その師が大事に首にかけていた首飾りなのだ。間違いが起こるはずがなかった。
私は見よう見まねで魔方陣を描き、その中心に黒玉の首飾りを置いた。
「英霊よ、来たれ。」
私は心からの祈りを捧げ、目の前の魔方陣を…そして、魔方陣の更に彼方の狭間にいるであろう師に呼びかけた。
◇
眩い閃光と共に、安置していた黒玉が独りでに浮かび上がり、グルグルと回転し始めた。その勢いはすさまじく、周囲の泥を煽り、木の葉を吸い込み、雨風を呼びように雲を引き寄せて、雷さえ呼んだ。
仰々しくも祈ることを止められない私はこの時、無力だった。何をすることもできず、ただ祈った。私は師に祈ったのだ。
そして祈りも半ばまで届いたかと、納まり始めた雷雨に薄目を開けたところ、そこには静寂の中で莫大に膨らみ続ける黒く禍々しい雲が空を覆っていた。夜が訪れたような静寂と共に、その雲は蠢き、そして一筋の驚異的な『雷光』を、回転し続ける触媒に堕とした。
バリバリッ!と紫電が散ると、黒く大きな雲は散り、ほどけ、初めからそこには何も無かったかのように消えてなくなった。
そして、回転の終息に伴い、私の目の前には光り輝く電を纏った金の鎧と、師が愛用したのとまったく同じファルカタという刀剣を腰に佩いた、紅の髪をした美しい女傑が立っていた。
「…?貴様は誰だ?ザートムは何処にいる?」
「そ、それは私の台詞だ!師は、師は何処なのだ!何故師ではなく、貴様がッ!というか、誰だ!?」
私と女が口を開いたのは同時だった。叫んだ内容も一緒だった。
私の質問に女は答えた。
「…師が私の知るものならば話は早いが…それより先に自己紹介をしよう。我が名はハンニバル!カルタゴのハンニバル・バルカであるッ!」
ハンニバルがそう言うと、彼女の背後でピシャーンッ!!と紫電がのたくった。
唖然とする私にハンニバルは言った。
「さぁて、今度こそ貴様の番だぞ女?貴様は何者だ?そして…私のザートムとはどういう関係だ?この、黒石は私が彼に託したものだが…さぁ、教えてくれ!」
私は恐る恐る言った。
「わ、私はアルトリア・ペンドラゴン!騎士とブリテンの王にして、ザートム殿の…彼、彼の弟子であり最愛の恋人だぁッ!!」
「なッ!?なにぃぃぃッ!?恋人だとッ!?」
「そ、そうだッ!恋人だッ!」
「ザートムは私の夫だ!」
「なッ!?えぇぇぇぇぇッ!?嘘だッ!」
「ウソなもんか!」
「だってこっちでモルガンと結婚してたじゃないか!」
「え?恋人の次は嫁?おいおいッ!どういうことだ!」
「私が聞きたいわぁぁぁッ!?うわぁぁぁぁんッ!!」
こうして、アーサー王は伝説の戦術家ハンニバル・バルカを召喚することに成功しましたが、引換に最愛の師は現れず、遂に泣き出してしまいました。
騎士王大号泣。
しかし、更に驚いたことにハンニバルはザートムの妻であると言い、おまけに我らが王は勢い余って自分を恋人だと詐称し、更に更に姉モルガンが嫁であることを暴露してしまいました。
大混乱の現場ですが、早まってはいないかと心配して魔法使いマーリンと円卓の騎士たちが駆け付けることで事なきを得るのでした。
めでたしめでたし。
続!!