冥界ー
「無羽うつろ、ですか?確かに私の部下ですが……。彼に何か用でも?フェニックス卿」
「ああ。その話について相談があるのだが、これは魔王としての立場でなく、サーゼクス・グレモリーとして聞いてもらいたい」
サーゼクスが業務の一日のノルマを成し遂げたのを見計らったように、サーゼクスにとっては仕事上でもプライベートでも大切な立場にあり彼の妻であるグレイフィアが招き入れたのは金髪の壮年の男性、フェニックス家のトワイライト・フェニックスだった。トワイライトの長男のルヴァルをはじめ、最近では三男坊のライザーが冥界における競技と言えるレーティングゲームで目覚ましい功績を残しているのだと言う。
貴重な回復薬であるフェニックスの涙によって今の地位を築いたらしく、社交界には姿を現さなかったものの、一時期は次男の◻︎◻︎◻︎◻︎が神童と言われ、次期魔王となる逸材であると言われた。サーゼクスの所有する屋敷の一つでオフィスである、そこは切り立った山の斜面を削って建てられた物で見晴らしの良さとサーゼクス曰く、『魔王らしさ』を追求した屋敷だ。いずれ、可愛い一人息子のミリキャスが魔王となる夢を叶えたときに残せるようにと自分でも休日には掃除を行うあたり、流石が情の厚いグレモリー家の出と言えようか。
「出来るだけ早めに切り出してもらいたい。私にとって、無羽うつろは弟も同然の存在。たまには労ってやりたいものでしてね」
「何、すぐ終わるとも。この写真を見てもらえないだろうか?」
「これは、フェニックス卿のご子息の一人ではないですか。名前は確か、『◻︎◻︎◻︎◻︎』だったような」
応接室のソファを挟んだテーブル、絢爛豪華な装飾品によって彩られた一室はサーゼクスの育ちの良さと位を示し、メイド服を纏う美貌の妻のグレイフィアが傍に従えている。紅茶をティーカップに注ぎ、お茶請けのクッキーは中央に置かれ、フェニックス卿が会釈し、サーゼクスが「ありがとう、グレイフィア」と返すと魔王の『女王』は微笑んだ。サーゼクスの方向に向けられた、フェニックス卿の持っている写真はフェニックス卿ことトワイライト・フェニックスの今はすっかり表舞台から消えた次男の物だ。
『空間展開術式における物質の製造過程』なる論文を幼くして提出し、技術や学識において高く評価されたことはサーゼクスの記憶に新しく、年相応かそれ以上の好奇心を持っているのが印象深い。
「その次男なんだがね、なにぶん、才能がなくてだね」
「私もご子息の論文を拝見させてもらいましたが、優秀ではないですか。社交界デビューをせず、今は研究をなさっているとか」
「いやいや、そういうわけではないのだよ。我が一族の力を受け継がず、あいつはとても乱暴に育ってしまった。やさぐれたのは私の責任もあるが、なにより、ウチの者が被害を受けている。サーゼクス君、無羽うつろの写真を見せてもらえないかね?」
構いませんよ、とサーゼクスはうつろに撮らせた写真をフェニックス卿に提示した。
サーゼクスの妹のリアスのサポートとして裏では動く傍ら、表向きには駒王学園の教師として勤めている。最近、ようやく眷属ができたらしく、うつろと同じ能力者であり生徒の兵藤一誠、アーシア・アルジェントと共に映り、一誠はやんちゃな笑顔を、アーシアは身寄りがないという事情を聴き、一誠の家にホームステイとの形を取ったものの、居場所はここにあり、と言わんばかりの幸せそうな笑顔。
妹の『サポーター』として選抜した理由の一つに今はその『女王』となっている、姫島朱乃の件が大きいだろう。優秀な知的な少年の『本性』と例えるべきか難しいが、一面を知ってショックを受けた。まさか、あのときの少年がと。
「うつろに何か?」
「実はだね、縁談を提案しようと思ってね。『優秀』な青年だそうではないか。それに身元不明とはいえ、上級悪魔と来た。君もリアス嬢と三男のライザーの婚約のことでも忙しいだろうが、どうだろうか?」
「うつろに婚約、ねえ」
最近、はぐれ悪魔のバイサーを加えたことをサーゼクスは知らないが、彼の校内の人気と想いを寄せる少女がいるのを忘れていなかった。フェニックス卿から渡された、写真に映るのはーー。
「どうかね?」
「そうですね、フェニックス卿。私はーー」
サーゼクスはフェニックス卿の口元が歪んだように見えた。何をそう面白がっているのかはサーゼクスには推して計ることしか出来なかったが、あくまでも無羽うつろは『身内』である。
ならば、出すべき答えは一つだ。
朝起きたときにバイサーがうつろのベッドの下で眠っていた時、罪悪感が湧いたかといえば、そうでもなかった。流石に眷属であっても、あくまで男女である。分けておくところは分けておかねばならない、と区切りをつけたところで朱乃が騒いだ。どうやって毎回、家にやってきているのかは知らないが仏、この子があの銀髪少女と出会うのは本能的に避けたかった。
きっと、戦争は不可避であろう。お手製の携帯魔法陣を持たせ、いつも通り、朱乃と職場である駒王学園へと向かう。いつも通りのノルマをこなし、やがて放課後へ。
「よう、お前ら。兵藤、今日は居眠りしてないな?アルジェント、毎日楽しいか?」
「センセー!俺とアーシアの扱いの差がおかしいです!てか、なんでまだ苗字呼びなんスか!」
「はい、まだ慣れないことも多いですけど、皆さん本当によくしてくれます。イッセーさんのご両親もよくしてくださって………」
「なんだ?ヤローに名前で呼ばれたいのか?やれやれ、お前の趣味を疑うぜ」
放課後の教室、一誠とアーシアを残してうつろは最前席の椅子に逆に座り、背後に二人座らせた二人に問いかけた。相変わらずの様子の二人、生意気な一誠とアセアセと焦りながらも毎日が充実しているのを伝えるアーシア。
一誠の言葉を跳ね除け、肩を竦めればシャツのシワを申し訳程度に直しておく。なんでも、リアスの婚約者が何故か超常現象研究会の部室にやってくるらしく、それにうつろらも立ち会わなければならないらしい。ならば早めにバイサーも呼ばなければならないが、バイサーの外行きの服はドレスくらいである。
そろそろ呼び出さなければならないのを面倒に感じつつも、三人は旧校舎へと向かう。何者かが魔力を使ってこちらにやってきた形跡があり、その婚約者とやらが来たんだろう。
「ーー来い、俺の『
「あらぁ、坊や。お仕事の時間かしらぁ?坊やは物好きよねぇ、私に放置プレイするんだしぃ?」
「………相変わらず、濃いなぁ。バイサー」
うつろの『無羽の家紋(もちろん、製作によるものである)』がうつろの呼びかけとともに形成され、膝丈が足の付け根より少し長いほどしかないドレスを纏い、家で留守番を食らっていたバイサーが呼び出される。ベタベタとうつろの胸筋に触れるバイサーを眺め、一誠が素直な感想を漏らすとアーシアは微笑ましい光景に笑みを漏らした。
「来たぜ、リアス嬢」
「こんちはっス!」
「こ、こんにちはっ!」
ノックしてリアスが「どうぞ」と返すと、 一人、ベタベタとうつろの金髪に触れる『騎士』はおいといて各々が挨拶しながら部室へと入って行く。あからさまにバイサーに朱乃が対抗心を見せつつ、他の眷属に会釈をすれば、『リアスの婚約者』がこちらを振り返る。
「お、お前は………ッ!?」
「『イン・マイ・ワールド』ッ!」
「「セ、センセー!?(先生!?)」」
一体、どれほどの間、待っていただろうか?
この時を。
この瞬間を。
その『顔』を見た時、まっすぐに行うことは分かっていた。二人にとって互いが敵、憎むべき者、怨嗟の相手。
「MERAAAAAAA!」
『イン・マイ・ワールド』はその『金髪』を前動作で殴るのには十分だった。その仮面の下を顕し、激しい怒りをぶつけるように拳のラッシュが叩きつけられる。無慈悲に超スピードの攻撃が入れられれば、『金髪』は態勢を崩す。
記憶を失おうとも、そのの憎たらしい顔はよく覚えている。ノイズが脳裏に浮かべば、ほぼ同時に当時の光景が浮かび上がってくる。
体制を立て直そうと、『金髪』ーーライザー・フェニックスは忌々しい、その男の『名』を呼ぶ。
「貴様、生きていたのか!?トラヴィス=アウル・フェニックスゥゥゥゥ!貴様は必ず殺すぞ、我が『レッド』でなァァァ〜ッ!」
ライザーがうつろに指を突きつければ、周囲の視線が集まる。あくまで他人事と言わんばかりに椅子に座り、朱乃が淹れた紅茶を高評価を与えつつ、バイサーに茶請けのクッキーを食べさせた。
「…先生、知り合いッスか?」
「どうなんですか?先生」
「(見たことあるな、と思ったら…)」
三者三様、とは言わないでも無羽うつろ眷属の学生組が尋ねる傍ら、バイサーは既視感の正体を思い出した。バイサーと学生組の視線を感じたのか、うつろはしばらく悩んで結論を出す。
「気に食わないんでな、殴っただけだ」
脳裏に何故か浮かんだのは銀髪の少女の笑顔、そして心配そうに案じる朱乃の表情。
気に食わない、この目前の金髪野郎ことリアスの婚約者。
そんな奴が言ったとはいえ、トラヴィス・アウル・フェニックスとしての意思、サーゼクス・ルシファーの私兵として、教師としてーー姫島朱乃の『にーさま』としての意思。
相反する二つの記憶と、目前のフェニックスを名乗ったホスト風の男と欠落した記憶。
記憶喪失となる前の自分を知っていると言うのならば、かつての自分について知るのは容易いだろう。
けれども、それはあくまでも『親しかった場合』の話だ。ライザーとやらとは仲がよろしくなかったらしく、現にうつろ自身も憎しみを抱いている。ライザーと同姓の本名を持つならば、兄弟か何かだろう。
不思議な因縁を感じるが、ヴァーリ・ルシファーと言う名がふと浮かぶ。
さて、我が儘で説明を求める令嬢の生徒とその仲間、そして眷属に授業を行おうか。
あの子にまた会えるように。
やったね、病み龍皇!
おにいちゃん、ちょっと帰ってきたよ!