エクスカリバー編はどうしよっかなと
ヴァーリを離し、しばらくは家に帰らないと伝えると威勢良く返事をしたくらいでなかなか離れる様子はなかった。荷物をまとめ、最低限のものを詰めると『イン・マイ・ワールド』はうつろの傍らを浮かびながら、ジーッとこちらを見据えている。帰ってくるまでにアテがあるなら、どこかに向かうように言ったヴァーリとのやり取りを見ていたのか。静かな自らの精神ヴィジョンの具現はこちらを捉えて離さない。
己の側に立ち、共に運命に立ち向かう者こそ『スタンド』である。
「…ん?メールか」
未だガラパゴスケータイを使用していたいと思う、高校教師は幼い頃から知る少女とその家族による猛烈な薦めによって携帯タブレット端末に機種変更していた。メールの主は携帯タブレット端末に機種変更するように薦めた無料通話アプリで一日に何十件も送信してメールはうつろの年の数だけ送る(うつろ自身でも自分の年齢はしっかり把握しきれていないが)、ありがた迷惑な少女であった。
姫島夫妻はすっかり娘の想い人を信頼しているのか、気にしている様子は見せずに時間をずらしてメールを送信するようになっていた。常人の感覚では迷惑極まりないことをされようと、うつろにとっては彼らは大切な者で帰るべき場所、自分の生家に生まれて同姓を名乗るフェニックス兄妹は最早他人である。
『送信者:姫島朱乃
宛先:無羽うつろ
件名:迎えに来て
本文:うつろ、用意できた?合宿のことなんだけど、迎えに来てほしいな。久々にかあさまもうつろに会いたがってるし、家まで来て。今度の夕食は奮発するからね』
かつて自身をにーさまと呼んでいた幼い少女は母親に似て美貌の少女となり、それでもなお慕ってくれている。リリーと愛称を付けたヴァーリよりも、本当の名で呼ぶ猫の名を持つ少女よりも生家の本来の家族よりも姫島家や姫島朱乃という少女は愛おしい。
この身体には羽ばたく翼がない。だからこそ、羽ばたけずして這いずり回る自分に陽を見せてくれる彼らを羽ばたかせてやりたい。眷属として生徒として付いてきてくれる一誠とアーシアもまた大切な存在だ。彼らが立派に大空を羽ばたいていけるようにすること。それも今のうつろにとって重要事項の一つだ。
『送信者:無羽うつろ
宛先:姫島朱乃
件名:Re;迎えに来て
本文:それくらい一向に構わん。朱乃には世話になっているし、久しく姫島さんに挨拶していなかったのもある。日は空けておこう、楽しみにしている』
返信を送信すると、一誠に遅れないようにしておけとのメールを送信した。アーシアの身元保証人をうつろ名義にしているとはいえ、携帯電話をまともに使ったことがなさそうなアーシアに送るよりも一応は現役高校生の一誠に送るのが確実であろう。
うっかりして確認していなかった、とアーシアが言ってもおかしくないからである。
ほとんど同棲状態にあるバイサーに至っては荷物がそんなにないらしく、ただ何かを期待しているようではある様子でこちらを見つめるので額を指で弾いてやった。
「もう少し優しくてもいいんじゃない?坊や」
「残念そうな理由がわからん。ほら、少し外に出るぞ」
「やだ、坊やったら大胆」
「MERAAAAAA…」
合宿に向かう日は平日も同然であるが、その辺はグレモリーがなんとか手配してくれるようだ。娘の人生における重要な選択を人間で言うカードゲームで決めるかのようにゲームで決める、という発想はうつろには理解できなかった。もしも、朱乃の結婚を縁切りしたとはいえ、姫島家本家が勝手に決めたとなれば無羽うつろは今度こそ殲滅に乗り出すであろう。
そう考えると紅い魔王と出会った時から既にその掌の上にうつろは居たらしい。
うつろが唸ればバイサーは堂々と若き王を落ち着かせ、その傍に寄り添って夜の世界へと繰り出す。
***
想い人が元・はぐれ悪魔と街を散歩している頃、姫島朱乃は自室でうつろからの返信を読んでいた。グレモリー家の長女の右腕として務める彼女は仕事柄、はぐれ悪魔のデータを目にすることがある。いけ好かないライザー・フェニックスとの邂逅時にうつろが連れていたドレスの女は他でもない、はぐれ悪魔であると記載されていたはずだ。
そんな者を連れていたとなれば彼女の主人にして親友であるリアスは物申すのが普通であろうが、状況が状況だけに今のところは何も言っていない。一連の騒動が落ち着けば、その件に触れてうつろはブチ切れそうである。
和室の部屋で座布団の上に正座し、低いテーブルを前にして物憂げに溜息をつく姿は部屋着用の着物も相まって年齢以上の色気がある。
「うつろ……」
トラヴィス=アウル・フェニックス。
それが彼の、愛おしい無羽うつろの名前。
本名。
今迄の間、うつろが朱乃の親友でもある紅い髪の少女の婚約者と血族であったということは明かされなかった。教えてくれなかった、と言えば彼の眷属への嫉妬が沸き起こり、逆に教えられなかった理由があるならば理由を知りたい。朱乃自身のことを朱乃以上によく知っているし、それが両親ほどとは行かずとも、朱乃にとっては理解者でありのままの自分をさらけ出すことができる想い人。
メールの文面は素っ気なくはあっても、なんだかんだでして欲しいことや欲しいものを叶えてくれる彼はとても優しいと言えよう。
そんなところで頬を緩ませ、お揃いのスマートフォンの電源を切り、入れ直してロック画面にしてみると、いつの日かに撮った、うつろとのツーショットがある。
「いい笑顔じゃない?で、彼は返事をくれたの?」
「わっ!?か、かあさま!?」
「変わらないわね、貴女も。私によく似てくれたのは嬉しいけれど、好きになった相手がヒトじゃない点も似通うなんてね」
画面を横から覗き込んでいたのは、洗濯籠を抱え、朱乃と違って長い黒髪を一房に纏めて左肩から垂らしている朱璃だった。娘の恋慕相手が長年変わらないこと、そして堕天使の幹部であり夫であるバラキエルが人ならざる者であるように娘に好意を寄せられている教師が人ならざる者であるのは「娘は父親に似た男を選ぶ」のを見ているかのようで朱璃の頰は緩む。
「でも、うつろは悪魔よ?とうさまとは違うと思うけど……」
「そういう意味で言ったのでないのよ、朱乃。貴女も私も私ならバラキエルを、貴女ならうつろ君を、親娘二人とも好きになったのは翼を持った人だった」
母の言葉に頑なに優しい彼がフェニックス一族であることを、自分と無関係であるのを主張しようとしたのを思い出した。八歳頃から悪魔として、リアスの右腕として生きていた朱乃には『堕天使と人間の混血の転生悪魔』という自分の素性や力に苦悩せずに来られたのは、あの教師のおかげといえよう。
ライザー・フェニックスが彼を落ち零れと、能無しと言うのなら。
家族だと認めないならば。
翼を失くして大空を目指せなくなった彼を飛ばせてやるのがやることではなかろうか。
「あの人は、とうさまのような翼は持ってないわ。自分で飛べないのよ」
「だったら、貴女が翼となるのよ。うつろ君は私達家族にとって恩人だし、かあさまやとうさまにとっては息子も同然で朱乃にとっては大切な人なんでしょう?これから行く合宿だって、きっと、うつろ君がリアスちゃんの将来を大切に思うからフェニックスに喧嘩売ったんだと思う。勇気を出しなさい、私の娘よ。空に憧れる翼無き小鳥を愛するならば、陽を見たいと言うならば、翼を授けるのは貴女よ」
だって貴女が授けた翼があったからこそ、彼は助けてくれたんだもの。
朱璃はかつての自分を娘に見ているような気がした。退魔の名家に生まれながらも、負傷した今の夫のバラキエルを治療した事で恋仲になり、娘が生まれた。
娘の想い人の正体が上級悪魔、それもフェニックス一族であると分かっても朱璃はあくまでも、うつろを色眼鏡で見ていない。我が身を省みず、浄化をされる覚悟を決めて果敢に朱璃の実家の者を浄化をされるどころか、むしろ浄化し返した青年。
娘と向き直り、籠を脇に置いて正座して向き合うと成る程、かつての自分に色々と似ている。若干、目のハイライトが失われつつあるが、後は彼に責任を取らせよう。
「私、が……」
「そうよ。リアスちゃんはあくまで『生徒』ってだけだろうけど、貴女はそれ以上になれる。でないと、あの子の家に毎朝行くのを許可しないわ。意味のない時間は過ごさせたくないからね、娘には」
カッチリ、と朱乃の中の歯車が全て噛み合わさることとなる。母は見抜いていた。母は願っていた、堕天使と人間の混血の自分の幸せを。母の場合は人間と堕天使であるから、いずれ別れは避けられないだろう。しかし、朱乃は転生悪魔となった混血の人間だ。愛おしい人もまた悪魔であるから、一緒に時を過ごすことができる。
自然と笑みは漏れ、母がうつろを小鳥と表現したことに違和感を感じず、却って表現を秀逸に感じられる。無羽うつろ眷属?そんな一緒にいられるアドバンテージは意味を為さない、最後にうつろの傍で笑うのは、この姫島朱乃だ。
(やっぱり、私の娘よね)
うつろ先生は黒歌となら幸せに慣れそうな気がする、今日この頃。
年上の女性の愛が足りてないと思うの。
だからって、登場予定がわからないっていうね。