出発の朝ーー
うつろは腕に組みついてくるバイサーを引き剥がそうと四苦八苦しながら、姫島神社へと向かっている頃、朱乃は駒王学園の制服に着替え終わっていた。うつろに見せるにあたり、おかしな点はないかと鏡と睨み合いをしている娘を微笑ましく思いながら朱璃は一人で本家と関係を断ちながらも押し付けられたままとなっている『品』を見に向かった。姫島神社の御神体と言うよりも封印指定を受けているとの見方の方が良いだろう。
「……不死鳥、ね」
朱璃の部屋は和装のものであるものの、衣装箪笥の中に隠してあった木箱を手に取ると蓋を開け、中に入っている石造りの仮面を取り出す。神社の奥の居住スペース、それも和室には似つかわしくないフォルム。額のぐるりと蜷局を巻いた蛇の如き触覚のようなもの、八重歯の覗く口元。どのように装着をすればいいのか分からないような、まるで『面に当てる』のを主とするような造り。
不死鳥であり、不死鳥に非ず。
不死鳥で非らず、不死鳥である。
前日の娘との話にも出てきた、不死鳥と言う青年は不死身の如き肉体を求めるならば、この仮面のように異質な物の力すら使うだろうか。不死身の如き力がないなら、それも他の一族にはあり、自分にはない力を求めるのはありがちな話だ。
「おはようございます。朱乃さんはいらっしゃいますか?」
「うつろっ!」
そうこう考えていれば、渦中の人物が娘を呼ぶ声がする。起床してから、いつ、うつろがやってきてもいいように窓を開けておいた娘の手際の良さと彼の訪れるタイミングがマッチしているのに頰を緩めずにはいられない。他人の為に、それも客と店主という間柄であっても『立ち向かう』ような男が力の使い方を誤ることはないだろうと。
「おはよう、『うつろ』」
「おはようございます、姫島さん。お久しぶりです」
「そんなにかしこまらなくていいでしょう?貴方は息子も同然なんだから」
「…!」
裏口へと娘が来る前に先回りし、息子同然の青年に暖かい笑みを向ける。面食らっている様子も、表情も何処か出会った当初の夫のようなところが見られて可愛らしさすら感じる。そんな青年と朱璃の前にボストンバッグとなんらかの包みを持ってやってきた朱乃は、その大きな手に触れようとすると、うつろの方から朱乃へと手を伸ばす。
「荷物貸せ」
「……え?あっ、ありがとう」
腕を組むという、定位置におさまった朱乃は空いた手を突き出す彼に呆気にとられながらも荷物を渡す。朱璃に息子も同然、と言われたことで照れ隠しのようなところがあったんだろう。ひた隠しにするようにボストンバッグを荷物を持つ傍、担ぐ様子に朱乃は愛らしさを覚えた。
「相変わらず、優しいのね、うつろ。久しぶりに会えて嬉しいわ、そろそろ婿養子になってもいいのよ?」
「か、母様っ!」
「近所だから心配はないでしょう。いつでも来れるし」
困惑したように笑う、うつろ。
しかし、朱乃は見逃さなかった。今となっては、すっかり交流が薄れつつあるのを危惧して朱乃から向かわなければならないが、その心配も杞憂であったようだ。はぐれ悪魔のバイサーと密着しているのが気に入らないとか、今はどこにいるのかということよりも大切な彼が『にーさま』として居てくれるならば、傍にいてくれるなら。
きっと、家を空けている父も人間社会における後ろ盾のない母も喜んでくれるだろう。
「行ってきます」
「行ってきます、母様っ!」
ひたひたと娘を連れて歩き出した、金髪の悪魔の教師はこちらを振り向くことはなかった。娘に向けて手を振ると、我が幸せはここにあり、と言わんばかりの幸せそうな笑顔でこちらに向けて手を振り返してくれる。
うつろが望むならば、婿養子にしたいという冗談を現実にして良い気がした。彼の両親の写真は見たことがない、または話題に上らないことから相応の事情があるとみているが、娘の執着ぶりから婿養子に迎えても良いような気がする。
「行ってらっしゃい、朱乃、うつろ」
気配を消し、物陰から銀髪が揺れ動きながら様子を伺うことに気づかぬまま、朱璃は娘と黄金色の青年を見送った。
その後、うつろと朱乃はイッセーとアーシアを迎えに行った。イッセーは何故グレモリー眷属であるはずの朱乃がうつろと腕を組んでいるのか、そしてバイサーもまた平然とした顔で反対側にいるのかを考えたとき、なんとなく奇襲攻撃を行った。嫉妬と言うには程遠い本能、というやつだろうか。『ウェルシュ・コネクション』ことドライグは無羽うつろ眷属のユルさを知ってはいるものの、朱乃の殺意を感じながら『イン・マイ・ワールド』に拳撃を受け止める。「奇襲攻撃とはいい度胸だ。しかし、三十点。出直せ」と厳しい評価を受け、うつろは不敵に笑っている。『男の世界』が展開される傍ら、朱乃や無羽眷属女性陣はポカンとしていた。
「ペース落ちてんぞー、威勢はどうした兵藤」
「まだだ……ッ!まだいける……!」
「よく言った。お前は目標があるはずだ。此処でくたばるような奴じゃあねえだろうからな」
「Yes,Sir!」
グレモリー眷属と合流後、一誠は背中にうつろらの荷物を抱えてグレモリー家の私有地の別荘へと向けて山を駆け上がっていた。アーシアが横で心配そうに「『クレイジー・ダイヤモンド』で手伝いましょうか?」という提案は即座に突っぱねた。
「駄目だ、アーシア。ラクして得た力じゃいけないんだ。俺は高見を目指している、俺が『成長』するには相応の『過程』が必要なんだ。アーシアの申し出は嬉しいけど、俺は『結果』として残したくないんだ。ラクして手に入れた力は為にならないんだよ」
『……未熟ゆえの意見、というべきだろうな。相棒、その心意気だけは忘れちゃならないぞ。歴代赤龍帝は強力な力に溺れやすかった。ーー否、溺れていたな』
ドライグの言葉にはどこか懐かしむような様子の中には寂しさが含まれていた。その意図を察しているのかいないのか、一誠が思いに更けているところ(『カラッポ』であった頃の『ウェルシュ・コネクション』を悪霊と呼び、恐れていた時期があったからだが)、「おう、ボッとしている暇ねぇだろ」と一誠とアーシアの頭部に置かれる大きな手がある。
うつろであった。
グレモリー眷属がすっかり彼らを置いて行くほどの速度で先に向かっているためか、うつろが様子見にやってきた(最も、彼らは待つつもりであったが、待たせるならば迎えに俺が行くとうつろが提案したからだが)。
「急かすつもりはないが、早くしろ。敵スタンド使いに能力を使わせる隙を、考えさせる時間を与えちゃならねえ。てめぇが目標として俺をブッ飛ばすつもりなら余計にだ。未だに俺の能力は俺でもわからん。どんなものかわからないからこそ、見敵瞬殺、敵を見ればブッ飛ばせ。奇襲はするモンだ、隙をついて不意をつけ」
「……!そうか、だから先生はッ!奇襲攻撃を評価したんスね!」
「……先手必勝、というところでしょうか?」
自らの筋骨隆々なスタンド、『クレイジー・ダイヤモンド』を眺めつつアーシアは自分なりの見解を述べる。攻撃を行うのは気が乗らないが、うつろや一誠への義理があるから頑張れる。「流石はアルジェント、聡いな」鋭い双眸の奥は秘めた優しさがうつろから伺える。様子を見に来たバイサーがうつろの肩から顔を見せ、アーシアはここが自分の場所、と暖かさを感じる。
「『治す』力の応用では、アルジェント。お前の『クレイジー・ダイヤモンド』は凶悪さを発揮するだろうな」
「ん?王様くんは作戦会議?」
「少しだけだ。さて、お前ら。さっさと駆け上るからな。兵藤、休めたな?」
アーシアは傍らに立つ『クレイジー・ダイヤモンド』を見据える。『治す』力とスピード。うつろの言う応用性とはなんなのか?「え?今のが休みだったんスか!?無羽先生の鬼!悪魔!ロリコン!」おそらく、からかいであろう文句を述べて一誠が階段を駆け上がる。自分やうつろが悪魔であることを思い出し、ハッとしたときは時すでに遅し。
うつろは一誠の肩にポン、と手を置いた。
「兵藤、俺はロリコンじゃねえ」
「……な、なんだと……!?」
一誠が『ウェルシュ・コネクション』を構えさせるよりも早く、その指は哀れな少年の額を弾いた(主に本人のせいなのだが)。彼がうつろをロリコン呼ばわりしたのは年下の銀髪少女と学園の二大美女の一人といちゃついていたのを囃し立てたのであって、確かにそう見えるであろう接し方をしたうつろにも否はあるが、いかんせん、言い方が悪かった。
「ひぃぃぉぎゃああああ!」
焼きつくような痛みに額を抱えるよりも早く、一誠は階段を駆け上がる。頼もしくも恐ろしい男が追跡してくるのではないか、との恐怖と戦っているのだ。そんな新人悪魔の少年を「ま、待ってください!イッセーさん!」と追いかける金髪少女。
さすがのバイサーも苦笑いしながら追いかけ、一人残ってしまったところで賑やかな眷属達の背に笑顔をふと漏らす。
そんな様子を角から見つめる人影があった。
「……おにいちゃんの笑顔、かわいいなぁ。私に向けてくれれば満足なのに」