一通りのコースとデザートを味わった後、ロスヴァイセと別れてうつろはサーゼクスの姿を探した。
おそらく、サーゼクスのことだ。何か企みながら、待合室でグレイフィアに茶でも入れさせて寛いでいそうだ。それにしても、ロスヴァイセの別れ際の笑顔がうつろの脳裏に焼きついている。人懐こさと可愛らしさのある笑顔はまたうつろに頭痛を催させる。
『こ、今度、都合の良い日をこちらから連絡しますからっ!』と言っていたのが印象深い。
二人の生徒、二人の少女に連れられて撮ったプリクラ。
一誠とアーシア。
朱乃と白音。
思えば気がつかないふりをしていただけで彼らの幸せを願っていたのかもしれない。彼らに幸せを願っているからこそ、却って自分も幸せになりたいと思う。
これまでの経緯を振り返ってみても、自分が幸せになろうと思っているときに限って何かがそれを阻もうとする。何かの意思があるような気がした。
「そこの君、少しいいかい?」
「……すみません、少し急いでいるのですが?」
物思いに更けていると気がついていないのか、それとも気をかけるということができないのか。そのどちらかはうつろは考えたくなかったので穏やかな物腰で声をかけられるのは既知の人間以外では久しいのでそちらを向いた。少し機嫌が悪そうなうつろと反対に声をかけた人物の物腰は依然変わらない。
そのとき、うつろの心臓が掴まれるような衝動に襲われた。声をかけた人物はうつろと似ているばかりか、憎たらしいライザーをはじめとするフェニックス一族に瓜二つであったからだ。鏡に映る自分を嫌悪するのは彼らに似ている自分を憎むからであって、目前の男性は家族連れで穏やかそうな女性と子供を連れている。父親に似た容姿、母親に似た穏やかな表情。
この男の息子か娘だろうか?その中性的な容姿と長い髪から性別はとてもではないが伺えない。
「やっぱり!トラヴィス=A!トラヴィス=Aじゃあないか!覚えていないかい?僕だ、ルヴァルだよ」
「……ルヴァル・フェニックス?」
「ああ!家にいることはお前が生まれてからは少なかったが、お前と再会できて嬉しい。こちらは僕の妻のセレナーデ、娘のエレンだ。長い間、家を空けていてすまないね。今日はお前のお見合いだったのだろう?」
ルヴァル・フェニックス。
うつろにここまで親しく語りかける同族はあのレイヴェルという、ライザーの妹ぐらいしか記憶になかった。セレナーデとルヴァルの紹介を受けた女性は優雅に会釈をし、「ルヴァルの妻のセレナーデです。夫からかねがねお話は聞いておりますゆえ。トラヴィスさん、お会いできて光栄です」と抱擁される。エレンと紹介された娘は父親と同じ瞳を輝かせ、「はじめまして、トラヴィス叔父さんっ!」とにこりと笑っている。
何故、こいつらは一番嫌いな顔をして笑っているのだろう?
そんな疑問が頭によぎる。ルヴァルという男についてはトラヴィス=Aという名前であった時ならば記憶にあっただろう。フェニックス一族に聞けば、その名前の意味もわかっただろう。無羽うつろとしての名前での記憶は『レーティングゲームでタイトルを総ナメにしているフェニックス一族の長男』としか聞かされていない。
『お前の言うことなんぞ、聞かんぞ!』
『恥を知れ!この穀潰しの灰被りが!』
記憶が、呼び覚まされていく。
失ったはずの記憶は蘇り、消え去ったはずだった同族への憎しみはフツフツと煮え滾る。
あの銀髪の『妹』を探さなくては。
あの白髪の少女の『姉』に謝らなくては。
そして、この手で忌々しい一族に終焉を齎すのだ。
「はい。兄上、父上からの推薦によるお見合いがありましてね。ヴァルキリーの女性だそうで、高貴でしたよ。兄上も私と顔を合わせないうちに義姉上と知り合い、娘もできているなんて。エレン、お父様は好きかい?」
「はい、トラヴィス叔父様!エレンはおかあさまとおとうさまが大好きです!」
「はは、君は賢そうだからね。お母様にきっと似るだろうし、お父様のようになるさ」
「トラヴィスは嬉しいことを言ってくれるね。僕も言われたことがあるよ、小さい時だったかな。そうだ、トラヴィス!これからフェニックス邸に帰るんだが、お前はどうする?」
久々に弟に会えたのが嬉しかったのか、ルヴァルはポムと手のひらを片方の手で拳を作って叩いて笑顔になった。積もる話があるのだろう、孫娘を父親に見せてやりたいのだろう。優秀な兄は、劣等生と罵られた弟の気持ちまでは察することができなかった。一瞬、うつろの目の色がギラリと変わったことを。
「ご一緒しましょう。兄上や義姉上のお話も聞きたいですし、もちろんエレン。お前の話も聞きたいな?」
団欒を過ごしながら、ルヴァルが従業員の者を呼ぶ。従業員の者もまた悪魔だったらしく、フェニックス邸直通の魔法陣を用意させた。まだまだ魔法陣による移動に慣れていないらしい、エレンは不安そうに魔法陣を眺めているのでうつろは「手を繋ごうか?」と提案した。すると、少しだけ顔色が良くなったエレンはこくりと頷いてうつろの手を取り、フェニックス邸へと向かった。
『IMW』が轟々と唸り声を上げているのは、ルヴァルには聞こえているだろうか?聞こえていないならば、何かを感じているだろうか?ならば面白い。
この俺の前で父親を引き合いに出したことを後悔させてやる。
復讐の炎を滾らせながら、魔法陣で四つの影は移動した。
* * *
数多の敵の山を積み上げ、銀髪の少女はその上で黄昏ている。遠い地で愛おしい人が感じている感情を受け取りながら、胸元で衣服の生地を掴む。
動きやすい単純な戦闘装束には何も描かれていなければ、何の紋章もあしらわれていない。無地のそれにはシンプルさが際立ち、血の雨を浴びた後のように彼女の身体を赤い線が走って生地から主張する実りもまた同様だ。
背中から伸びる光の翼もまた同様で少女の持つ銀髪と同様、ただ白いとの印象が強い。
「……おにいちゃんが、悲しんでる」
『どうした、ヴァーリ』
「私はヴァーリじゃないよ、アルビオン。私はリリー、おにいちゃんが名付けてくれた。あの家のあの人が名付けた名前なんていらないの」
『……そうか』
未だ出会っていない、あの紅いライバルと似た反応が戦友であるヴァーリことリリーの想いから感じられる。白い龍すらも受け入れよう、と両手を広げて懐に白龍皇を受け入れたのは長い生の中で初めてだ。今代の所有者は欲望というよりも、一種の所有欲によるものを原動力に戦っている。
名はトラヴィス=A。
白龍皇を愛し、白龍皇に愛された金髪の少年。
今では男、という年齢となっているのが妥当であろう。以前の再会ではリリーを覚えていなかったとのことで憤慨したが、リリーは静かにアルビオンを諌めた。
綺麗だと褒めてくれたから嬉しいのだと。
他の女の匂いもするとのことだが、リリーは気にもとめていないようだった。その自信はどこから湧いてくるのかと問うたところ、「トラヴィスには私のところに帰るしかないから」と言い放った。
『……紅いの、今回もまた修羅場になりそうだ。お前はどうだ?私はこいつを抑えられない』
* * *
「クソッ!GTS(グレートティーチャースタンドマスター)が電話に出ないッ!いつもはワンコールで『五月蝿ェぞ、クソガキ』と女子も歓喜のドSボイスで嫌そうに出てくるのに!」
「……どんなかけかたしているんですか、イッセーさん」
アーシアを落ち着かせた後、公園のベンチでうつろのスマートフォンにかけてもうつろの反応はない。いつもならば、あの寝起きの不機嫌そうな声で『……留守電に入れてくれ、今は留守だ。手が離せない』とのコールがあるはずだが。
今日は珍しくそれがないのだ。一誠に焦りが生じる。自分の中のフェニックスの兵士の駒のいくつかを取り込んだことによって、フェニックスの性質を持っているからか虫の知らせがあった。
アーシアは特に何もないようなので、この不思議な繋がりは一誠だけのようらしい。
『……おい、相棒。不死鳥教師の使い魔は?置いて行ってないのか?』
「セレナのことか?センセーにベッタリで弱虫で臆病だから、センセーについて行ってるよ!』
メールを作成しながら、ドライグの問いに少し乱暴に答える。夜が近づき、太陽は初夏とはいえ沈みかかっている。あの教師の使い魔は教師の性格と対照的に弱々しく、そして臆病で人見知りだ。きゅー、きゅびっ!と鳴いてうつろの足や座っている時なら腕を掴んで離さない不思議な妖精はようやくアーシアに最近懐いたばかりだ。
その使い魔を置いて行っているならば、ドライグの案としては使いたくないが赤い龍としての凄みをぶつけてでも居場所を聞くのがいいのでは、と思ったが連れて行っては意味がない。
「クソッ、どこ行ったんだよ!センセー!」
「ま、待ってください!イッセーさん、アレ!」
電話が繋がらず、苛立ちを抑えられない一誠。アーシアに裾を引っ張られて視線を向けた先には、うつろの小さく臆病な使い魔のセレナの姿があった。ベンチの陰から様子を伺っているらしく、声を荒げた一誠に反応して怯えているようだ。
アーシアが優しく呼びかければ、セレナはアーシアの腕の中へと入っていった。
「珍しいな、セレナがセンセーといないなんて」
『全くだ、臆病で人見知りで弱虫と聞いていれば、まさにその通りじゃあないか』
『紅さんとイッセーさんったら!……どうしたの、セレナ?』
助っ人と思えば、頼りにならない妖精。それに対する呆れは止まらない。やれやれ、と肩の力が抜けた一誠とドライグにアーシアが一喝すると、セレナはきゅびきゅー!きゅび!と鳴いてアーシアに何かを伝えようとしている。
なかなか思う通りのことが伝わらないようで、セレナはある方向を指差した。
「センセーの、家?」
実は、後二、三話かそこらでBADEND行くと思われ