ホロライブ・オルタナティブ第二章 feat.“Saber” 〜猛る烈火は誰の為にその命を燃やすのか〜 作:らっくぅ
──都市ギエルデルタ。
学校を抜け、街を駆ける。沸き上がる黒煙に近づくにつれ、騒音と悲鳴が大きくなっていく。
(……ッ!)
またあの夢がフラッシュバックする。ただの夢のはずだ。なのに、何故こうも頭から離れないのか。
「! アンタ、いつものおにぎり屋の」
気がつくと、結翔は放課後にまつり達とよく通うおにぎり屋の前を通っていた。ちょうど店から出てきた藤紫の髪の猫耳少女に声を掛ける。
「お、結翔くんじゃん。やぁやぁ、お昼休みなのに街に繰り出すなんて不良だねぇ〜」
「そうなのか?」
少女──猫又おかゆに言われ、そこで結翔は自分の行いがイレギュラーなものであると悟った。だが、今はそれどころではないと、結翔は思考を戻す。
「この先で爆発があっただろ。危ないからアンタは離れてた方がいいぞ」
「そういえばそんな事もあったね〜。それを言うためにわざわざここに?」
いや、と結翔は黒煙の方へ顔を向ける。
「俺はあっちに用がある。じゃあな。また今度夏色達と来る」
それに対し、おかゆは少しキョトンとした顔をするが、止めようとはしなかった。
「毎度〜、よく分からないけど気をつけるのだぞ少年ー」
おにぎり屋を後にすると、いよいよ混乱の渦が見えてきた。人々は恐怖に満ちた悲鳴と怒号を撒き散らしながら、黒煙から逃げる。結翔はそれに逆らうように、渦をかき分け中心へ向かう。
「……」
そして、急に人の壁が消える。その先に見えたのは。
燃え盛るオレンジ。崩れ落ちる建物。その中には誰よりも大切な、絶対に失ってはならなかった街の中央、スクランブル交差点のど真ん中に、紫色の炎に包まれた『何か』があった。
それはよく見ると、辛うじて人の形をしていた。そして1人だけではない。おそらく“爆発源”の近くにいた人間が巻き込まれたのだろう。
「自爆テロ…──ッ‼︎」
茫然としていると、突然何か鋭いものが眼前に迫ってきた。結翔は寸前で身を捻り回避する。
「魔物…」
狼型の魔物は不意の一撃を避けられた事で、更に敵意を増大させた。突き刺すような眼が結翔を再び捉える。
「……」
対して、結翔は恐怖も、怯みもしなかった。ただ空に魔法陣を描き、そこから剣の形をした紅の魔装を取り出す。
「グルル…!! ガギャアアァァァッッッ!!!!!!」
狼は大きく跳躍し、刃のように研ぎ澄まされた爪と牙で結翔に襲いかかる。
「ッ!」
結翔は地を蹴り、狼との距離をグンと縮める。
「──⁉︎」
狼は想定外の敵の動きに対応できず、懐が無防備となった。
すかさず結翔は剣を狼の顎に突き刺す。そしてそのまま胴体を、全体を縦に真っ二つにする。
「……!」
辺りを見回すと、他にも魔物がいた。しかもそれだけでなく、逃げ遅れた人々に襲いかかっていた。
「まずはこっちからか…!」
*
「みんな! あっちです!」
「嫌な予感って当たるんだよね…! 何で一番ヤバいとこに行っちゃうかな…!」
道中出会ったおかゆに結翔の行先を聞いたまつり達も同様に、騒動の源へ近づく。
「──ッ!!?」
4人は思わず息を呑む。自分達は学生で、ほんの少し前までいつもと変わらぬ平和を享受していたはずだ。こうもそれが塗り変わることがあるだろうか。目の前には紫に包まれた『何か』があり、さらにその周囲では魔物が逃げ遅れた人々を襲っていた。
「っ結翔先輩! 見つけたよ3人とも!!」
「──ッそうだ、結翔!」
トワのその声で、まつりは意識を現実へ引き戻す。
「戦闘準備ですよミナサンッ! 結翔パイセンも魔物と戦ってます!」
「まつりちゃん、気をつけて! ハンドガンじゃ魔物に通用しないから」
ココは袖を捲り、拳を握る。そしてフブキは収納用の術式を展開し、愛用の刀を取り出す。
「わ、分かった。魔法だよね? おっけオーケー……」
「まつりちゃんホントに大丈夫? トワ付いててやるから無理しちゃダメだよ」
トワはいつもの調子を装うが、手の震えまでは抑えられなかった。トワは元々魔界学校の生徒であり、いずれは実戦を経験することになる。しかしそうは言っても、こんなに早く、それも唐突に直面するとは思いもしなかった。
「たく…結翔が余計な真似さえしなければこんな事にならなかったのに…! でも…やるっきゃない…!!」
それでも、やっぱり逃げますとは言わない。
「…はい。友達を見殺しにする事ほど、辛い事はありませんからっ…!!」
彼女達はただの学生に過ぎない。だからこそ、自分の為に友人を見捨てられるほど冷めた生活は送っちゃいない。
どんなバカな事にも付き合う。それが彼女達なりの決意だった。
「アイツ! 来そうですッ!!」
「ッ!!!」
動かなくなった人間に興味を失った狼型の魔物が、こちらを捕捉する。
逃げ遅れた獲物の1つだと認識したのか、狼は血のように赤く濁った目と、同じく赤の滴る牙を剥き、低く唸る。
「ッ…と、トワが防御陣を張るから、その隙にココとフブキちゃんで!」
その様子に、トワは思わず声が上ずる。狼と言っても、そのサイズは普通の狼とは異なりクマにも匹敵する巨体だ。しかし臆してはいけないと気合いを入れる。
「ガッテン! フブキパイセン、ワタシが動きを止めるんでトドメ頼みました!」
「分かったよ! 八百万の神々よ、どうかご加護を…」
「トワちん! まつりも手伝う! 大した魔力はないけど…」
4人は、正面にトワ、その左右にココとフブキ、そして後ろに隠れるようにまつり、という陣形を取った。
対する狼は、目の前にいる弱そうな獲物──トワに狙いを定め、真っ直ぐ駆ける。
「──ッはや、い…!!!?」
予想外のスピードに、トワは慌てて防御壁を4枚展開する。かなり大幅に術式を省略したのか、本来なら半透明の壁が、透明に近づくほど薄く展開されていた。
「グルルルルァァァァ!!!!!!!」
その運動エネルギーは、ただでさえ殺傷力の高い爪にさらなる破壊力を与え、トワの防御壁を瞬時に3枚砕く。
「うっ…ぐ…!!!」
最後の1枚で、どうにかトワは爪を防ぐ。まつりの魔力も加わっている為それなりに強固なはずだが、それでも徐々にヒビが入って爪が食い込み始めていた。
「トワちん頑張って…!」
と、トワに夢中になっている狼の側面にココが回る。
「良くやったぜトワ様!! んじゃあこの桐生ココ氏がシバき回したるわどりゃああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
跳躍しつつ横回転し、勢いをつけてココは自身の尻尾を狼に叩きつける。
「グル、ルォァッ……!!??!?」
認識外からの攻撃に狼は対応できず、まともに食らい体勢を大きく崩す。
「今ですフブキパイセンッ!!」
「ッ行きます!!」
フブキはダンッ! と地面を蹴り、大きく一歩出る。そしてそのまま刀を振りかぶり、左から右へ斜めに斬り下ろした。
「ハァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!!!」
毎日丹念に手入れされていた刀は、狼が魔法障壁を張っていなかった事もあり、狼の身体を容易に切断し、瞬時に絶命させた。
「ハッ──ハッ──!!!」
たかが左袈裟斬り一回。いつも鍛錬でやっている事なのに、ひどく疲れを感じた。息が荒く、心臓も嫌にうるさい。だが、生きている。自分達は魔物を倒したのだ。
「よっしゃ!!」
初勝利に、そして生き延びた事にまつりはガッツポーズを取る。
「まだだよ…!」
しかしフブキは戦闘態勢を緩めない。見渡すと、今の戦闘で新たな獲物の存在に気づいた魔物が何匹かいた。
「うっ…!?」
「しかも次は複数戦かよっ!? ミナサン気張ってください…!」
1匹でも苦戦したというのに、複数で来られたら勝ち目がない。
いよいよ逃れられない窮地に立たされた。そんな考えが、今更のように浮かんでくる。
「っ!!」
狼が2匹、同時に襲い掛かってくる。トワは既に防御壁を展開していたが、2匹同時の攻撃を防ぐには明らかに強度が足りない。
「──……ッ!!!」
その時、
斬ッッッッッ!!!!!!
2匹の狼が突然胴体から真っ二つになる。
それは空に跳躍し斬りつけた少年によるものであった。
「っ結翔先輩!!」
友人が戻ってきた事、目の前の脅威が倒された事から、4人は少なからぬ安堵を感じる。
「お前ら何でこんなとこに…」
「それはこっちのセリフ!! 爆発が起きたってのに近づくバカがいるか!!!」
「白上達、心配したんですよ…! 突然白石くんが走り出しちゃうから…」
「しかも先輩無茶しすぎ!! 1人でこんな数の魔物相手にできる訳ないでしょ!」
「そっすよ! せめて私らに一声かけて欲しかったですよ!」
「うっ…」
4人の見たことのない剣幕に、結翔は鼻白む。そしてそこで初めて、自分が友人らに迷惑をかけた事を悟った。
「…悪かった。あの爆発を見た時、何でか体が勝手に動いたんだ。それで──
「気づいたらここで戦ってたの? …わけわかんない。んでその理由って見つかったの?」
「いや……でも、この爆破テロはこれで終わりじゃないはずだ。実行犯を倒さない限りはな」
結翔は剣を握り直す。
「うぇぇっ!!? 帰るんじゃないの!? てか帰ろうよ!! あとは傭兵とか警察とかに任せてさぁ…!」
結翔に逃げる気がないのを感じ取ったまつりは素っ頓狂な声を上げ、半泣きで訴えかける。実際、何人かの傭兵は現場に到着しており、着実に魔物の数を減らしていった。とはいえ、都市のど真ん中でこれだけの騒ぎが起きているにしては遅い方だと言わざるを得ないが。
「そうですよ白石くん…! 白上達じゃこの騒動を収められません!」
「お前らは先に戻っててくれ。これ以上俺のバカに付き合わなくたっていい」
結翔は一歩踏み出す。その背中に、一欠片の恐怖も緊張もなかった。本気で自分だけでこの事件を終息できると考えているようだ。
まつりはその一歩が、結翔と自分達を別つ決定的な溝のように感じた。
だから、
「っ結翔! 先輩学生として1つ教えてあげる」
「まつりちゃん…? というか、先輩学生って…?」
まつりは駆け出し、結翔に並ぶ。
「青春の物語は誰1人欠けることも許さない! どんな危険な物語だろうとね!」
その顔は強張っていた。しかし、強い光を瞳に宿していた。
「…何かこうなるんじゃないかって予感してたよ。ったく…付き合ってあげる!」
「っぱこの5人じゃねーと楽しくないですよ!」
「絶対にみんなで帰りましょう!」
「お前ら…何で」
「このまま逃げるのが安全で合理的な選択だってのは分かってる。けど、学生のまつり達にとっては、そんな事どうでもいいんだよね」
正しい選択ばかりするのが人生であってたまるものか。
不合理で、奔放で、未熟。そんな思い出こそ、青春と呼ばれるべきだ。まつりはそう信じていた。
「…変な奴ら」
そんな友人を見て、結翔は相変わらずぶっきらぼうに返す。しかし、その顔に嫌悪や軽蔑の色は全く見られなかった。
「じゃあ、さっさと終わらせるぞ」
「さっき実行犯を倒さないとこの事件は終息しないって言ってましたよね?」
先ほどの結翔の発言について、フブキは尋ねる。
「あの炎、よく見てくれ」
結翔は、テロの発端となった爆破跡──そこに未だ燃え盛る炎を指差した。
「マナの爆発…だったよね? あれからそれなりに経ったのにまだ燃えてる…」
「…いや、違うよまつりちゃん」
違和感に気づいたトワが口を開く。トワは魔眼を凝らして紫の炎の深淵を覗くと、
「あれ、燃えてるわけじゃない……魔法だ。幻を見せる魔法だよ!」
「えぇ!? いつの間に…」
「まさか逃げられなくなって隠れた訳じゃねぇはずだ。奴は待っているんだ」
事件が終息し、人々が気を抜いて炎に近づいた時、再び爆発を引き起こして死傷者を増やす算段であろう。結翔はそう考え、未だ揺れる炎を睨み付ける。
「おい、いい加減出てこいよ。これ以上執着したって無意味だ。さっさと諦めて投降した方がいい」
「それは出来ない相談だな、結翔」
穏やかな。
しかし硬く重い。
そんな声が聞こえた。
結翔のよく知る声色で。
幻の炎が消えた先には、白髪が入り混じり、頬の少しこけた中年の男が立っていた。
「ッジェイデンさん…?」
対する結翔は、
「それって、結翔を養ってくれてる人だよね…? な、なんでこんなとこに…」
「結翔、お前を待っていたんだ。ようやく終わるんだ。長い苦しみが…この悲劇が」
ジェイデン・アーマストリエはこんな事とっくに想定内だと、
「アンタ…何を……」
「
「何を……言っている…」
「っこ,この人……ッ!?」
突然の言葉に、まつり達は思わず一歩後ずさる。目の前にいるのは自分らと同じ人間のはずだ。なのに、得体が知れない。それは話が合わないから、だけではない。何か狂気じみたものを、まつり達は感じていた。
しかしジェイデンの言葉を、結翔は妄言と切り捨てる事はできなかった。何かが引っ掛かる。必死に脳内を探ってみるが、すぐに靄がかかったような感覚に襲われ思い出すことができない。
「何を言いたいのか分かりませんが、これで終わりです! シンミョーにオナワにつきなさい!」
ココは声を上げる。流石ヤクザの娘だけあって、こんな状況でも臆した様子は見せない。
「いいや、まだ終われないよ、彼に道を示すまでは。…最後の悪あがきだ、受け取ってくれ」
ジェイデンが手に持っていたのは針のない十字形の注射器。左右のガラスからは、ケミカルな蛍光ピンクの液体が見えた。
「まさか…液体マナ⁉︎」
「おい…! 待てよッ!!!」
結翔の言葉が届いた様子はなく、それを首筋に当て、そのまま注入する。
空気中の魔力──マナは口や皮膚から摂取され、魔力腺と呼ばれる器官によって己の魔力へと変換される。それを体内に直接注入した場合、マナは魔力へ変換される前に身体中の細胞を突然変異させてしまう劇物となる。
つまり。
「ぐ……グ、ウアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!???!??!!!!?!!??!?!!!!!!?!!」
「ッ!!?」
男の背中が不自然にボコボコッ!! と膨らんだかと思うと、そこから巨大な腕が4本這い出てくる。──否、正確に言えばそれらは1つの腕ではない。幼児から成人サイズまで様々な腕が幾重にも重なって形成されており、よく見ると表面にいくつもはみ出ていた。それだけで全長5mはあろうかという巨大な腕は、地面を大きくへこませながらジェイデンの身体を持ち上げ、蜘蛛のような出立ちになる。
魔獣化。
全身を突然変異による激痛で灼かれ理性を失いながら、最早ヒトを喪った力で破壊を撒き散らす怪物である。
「馬鹿、野郎がッッ……!!!!」
結翔の中で、ふつふつと何かが沸いてくる。
何故こんな気持ちになるのか分からない。結翔は突然溢れるものを抑えることができなかった。
「
「ゆ、結翔っ…?」
結翔は収納術式から何か黒いものを取り出す。そしてそれに紅の魔剣を納める。
それは異形だった。鞘にしてはゴテゴテしすぎている上に、短すぎる。片面には、何かを挿し込むような箇所すらあり、一目で何か判別するのは難しい。
それを結翔は腰に当てる。すると鞘のようなものから赤いベルトが伸び、腰に巻かれる。黒い鞘の正体はベルトのバックルだったのだ。
さらに結翔は魔法陣から小さな赤い本を取り出した。
『ブレイブドラゴン!』
本の表紙を開けると、それだけで強い力が秘められているのが分かった。
『かつて、全てを滅ぼすほどの偉大な力を手にした神獣がいた──』
再び閉じると、それをバックルの窪みへ挿し込む。そして、
『烈火抜刀!』
バックルに納めた魔剣を一気に引き抜いた。
「──変身」
結翔がX状に斬り結ぶと、それは炎の斬撃となって飛んでいく。その間に、結翔は燃え盛る炎の渦に包まれる。
『ブレイブドラゴン‼︎』
炎から現れた結翔は、鎧を纏っていた。真ん中が白、左半身が黒、そして右半身がドラゴンを象った赤と、奇妙な出立ちであった。そこに、飛んでいった斬撃が頭部めがけて戻っていく。それは鎧の一部に変化し、『目』となる。
『──烈火一冊! 勇気の竜と火炎剣烈火が交わる時、真紅の剣が悪を貫く!』
「な、なにこれッ!?」
変わり果てた結翔の姿に、まつりは驚愕する。そうでもしないと目の前の魔獣の容貌に気が狂ってしまいそうだった。
「仮面ライダーみたい……」
フブキが思わず呟く。
仮面ライダーとは伝説上の存在だ。起源は約50万年前の科学世界にいた8人のプロトカルチャーであるとか、西暦時代に悪の秘密組織に改造されたバッタ人間だとか、諸説ある。だがそれらに共通しているのは、仮面ライダーとは弱者を救い、悪と戦う『ヒーロー』である、ということだ。
「ジェイデンさん…今楽にしてやる」
本体のはずのジェイデンは、だらんと力無く四肢を放り出しており、意識があるようには見えない。完全にマナに乗っ取られているようだ。
「──フッ!!」
結翔は大地を蹴る。何倍にも強化された脚力で、たった一歩は数mの跳躍に変わった。結翔は蜘蛛の魔獣へ肉薄し、4本の巨腕のうち1つを斬り落とそうとする──
「ッ!?」
が、それは細い腕によって防がれた。巨腕を構成する無数の腕から分離したいくつかが、結翔に伸びて襲いかかってきたのだ。
結翔は標的を変え、それらの迎撃にかかる。しかしそれと同時に、もう片方の前腕(?)が結翔を薙ぎ払おうとする。
「巨体の割に速いっ…!!」
結翔は寸前で後ろに跳躍し、それを回避する。
「ダメだ、近づけねぇ…!」
「真正面からは無理だよ!」
再び接近を試みる結翔を、慌ててまつりが止める。
「あれ、どこが正面なんでしょうか?」
「ココ! 今はそれよりも、何か策を考えないと!」
そうこうしている内に、蜘蛛の魔獣はこちらに近づいてくる。意思があるのか、標的となった結翔と、その周辺の生物を狙っているようだ。
「っほ、包囲して4本同時に破壊するのは?」
トワの提案を、しかしフブキは否定する。
「てき…魔獣の反応が早すぎる。死角がないとしたら、各個撃破の的だよ! どこか弱点はないかな…?」
「あるにはある」
と、結翔が口を開く。
「背中の腕の付け根。マナの変異の源だ。そこを灼けば再生もせず魔獣化も止まる…はずだ」
「な、なるほど…よく知ってるね結翔先輩」
トワは感心する。というのも、マナの肉体への影響や魔獣化についてなど、中学校で教わるわけがない。特にマナの薄い人間界でそんな事を教えたとて、特段為になる知識でもないからだ。
「まぁ…なんとなく」
「……」
結翔は曖昧に返す。こういう時、濁しているとか隠しているとかじゃなく、本当に曖昧だというのは、トワには分かっていた。なので、それ以上の追及はせず、呆れた顔でもって応じる。
「じゃ、じゃあ、白上達がヘイトを集め道を開きます。その間に白石くんは腕の付け根に攻撃をお願いします」
「分かった。危なそうなら援護する」
「みんな! 狼と同じ感じでいきましょう! トワちゃんとまつりちゃんで攻撃を防御、ココちゃんと白上で腕の撃破を試みます!」
「了解であります!」
「そうなると思った! もう術式描いてるから、今度はちゃんと防げるはず!!」
トワは眼前に再び4枚の防御壁を展開する。今度は防御壁本来の不透明色で、ハニカムの模様が見られた。
迫り来る蜘蛛の魔獣の左前足(?)から、巨大な拳が繰り出される。
ガガギギギギギギギギギギ!!!!!!!!!!!!!!!!!
ミシミシと軋む音を鳴らすが、防御壁は健在だ。
「ココちゃん! 同時に!!」
「了解っ! 〈
ココは竜の力を纏い自身を強化すると、右前方へ駆け出す。
同時にフブキも左前方に駆け出し、刀──
「憑喪之秘奥、壱の型」
2人の接近に気づき、巨腕からいくつか腕が飛んでくるが、もう遅い。ココは華麗な身のこなしでそれを避けつつ右腕に力を込め、フブキは既に脱力し、構えを取っていた。
「〈
稲荷神を刀に憑依させて放った一撃は、分離していた腕ごと魔獣の巨腕を容易く切断した。それだけではない。切断面から植物が生み出され、再生を阻んでいる。
「龍拳!! 爆発!!!」
「いやそれ違う龍だからっ!?」
思わずトワが突っ込むが、〈
魔獣は2本の前腕を破損し、大きく体勢を崩す。
「頼んましたパイセン!」
「あぁ」
奥に控えていた結翔は高く飛び上がり、魔獣の背中を正面に取る。
「〈
描かれた魔法陣から、無数の黒炎が拡散する。剣撃では勢い余ってジェイデンまで斬り裂いてしまう。故に結翔は火力を出しつつ広範囲をカバーできるこの魔法を選んだのだ。
しかし、
「ッ防がれた!?」
迫り来る黒炎に対し、魔獣は付け根から無数の腕を生やしそれらを防いだ。
「……」
『必冊読破!』
一方、結翔は何の焦りもなかった。むしろ、そんな事想定内であるかのように、黒い散弾が防がれたのと同時に、納刀された魔装のトリガーを2回引く。
『ドラゴン一冊撃! ファイヤー!』
すると結翔の脚が紅の焔に包まれ、瞬間、グンッ!! と急降下し必殺のキックが繰り出される。
再び攻撃を防ごうと魔獣から無数の腕が伸びてくるが、まるで意味を成さず、膨大な運動エネルギーと熱量の前にチリとなっていった。
ゴガッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!
そうして無力な魔獣に、炎を纏った脚が突き刺さった。同時に、炎が背中一帯に燃え広がり、変異源を確実に灼いていく。
「よっっし!! 火はちゃんと変異源を焼いてる!」
「今度こそ大丈夫かも! …じゃない! 結翔先輩の里親さんは!?」
「ジェイデンさんね」
「火力は抑えた。焼け死ぬことはねぇ」
「そういう問題じゃなくね…!?」
恐らく今回の事件の主犯であり、手強い敵だった魔獣を撃破した。勝利の余韻に浸りたかったが、事態はそう穏やかに行きそうにない。
ボトリ、と全体が紅く燃える魔獣からヒトがこぼれ落ちる。
「うっ……」
「ジェイデンさん! 早く病院へ…」
「いや、それよりも真意を聞きたい。何でこんな事したのかを」
「ちょ、結翔…!?」
結翔は変身を解除し、息も絶え絶えのジェイデンの前にしゃがみ込む。
「ジェイデンさん。アンタは何者だ」
「私は…お前に道を示す…だけだ……それ以外は…単なる自己満足…に、過ぎない…… 」
「ジェイデン・アーマストリエ! アンタは俺の里親なのか⁉︎」
「白石結翔! 『スメラギ』を、捜せ…!」
「…『スメラギ』?」
「奴は“鍵”だ……“鍵穴”は…自分で探せ……そこで、全て分かる…全て終われ…る……」
彼の根源は限りなく弱っている。結翔はこれ以上尋問しても意味はないと悟り、立ち上がる。
「…最期に聞かせてくれ。アンタはこの世界を憎んでいたのか?」
「………あいし……こども…ちを……だか、ら…
「あっ…⁉︎」
その先の言葉を、結翔は聞くことができなかった。
彼の身体から魔法陣が浮かび上がると、それが肉体を崩壊させていったからだ。
風に乗って去っていく塵を、結翔は目で追う。
ジェイデンの過去なんか何も知らなかった。自分の知るジェイデン・アーマストリエは、不器用だが優しく温かい人でしかなく、このような惨劇を引き起こせる人物ではなかった。
(……)
しかし結翔は最期の彼の言葉を、想いを、何故だか理解できていた。
*
「おい学生達! 勝手に魔法を使っただろ!」
と、ようやく周りの魔物も討伐し終えたのか、傭兵がこちらに向かって来た。
「でもトワ達が先にここに来たんだよ⁉︎魔獣だって倒したし!」
「そうだそうだ! アンタ達が来るのが遅いせいで、まつり達が戦わなくちゃいけなくなったんじゃん!」
「だから叱ったんだろ! お前達はもう帰れ! 後片付けをするのは大人の仕事なんだから」
要は、この傭兵は無断で攻撃魔法を使った事には目をつぶってやると言うのだ。
もう用はない、とばかりに傭兵は手をひらひらと振る。
「大人ってさぁ…!」
「まー落ち着きなってトワちん。それより、まつり達テロリストを倒したんだよ⁉︎表彰間違いなし! 一躍人気者へ!!」
「おぉ〜! つまり私のヤクザとしての格も上がるわけですね!」
「いや、さっきの傭兵さんの口振りからすると、そもそも白上達が関わった事実自体が無かったことになるんじゃないかな…この件が学校にバレたら確実にまずい事になるし…」
「はぁっ!? ひっど! 横暴!! サイアクマジ信じられないんだけど!!!!」
不満を垂れるまつりを横目に、結翔は背を向けどこかへ去ろうとする。
「あ、パイセン! またどこ行くんすか!」
「……」
露骨に黙りこくる結翔に、まつりは呆れた声を出す。
「どうせまた1人で何かしようとしてるんでしょ? そうはさせないからね!」
「言っておくが…」
結翔はため息をついて振り返る。
「今回の件は、お前らに関係ない事だ。これ以上首を突っ込んでも危険なだけだぞ」
「そんな事言ったって、先輩もトワ達と同じ学生じゃん。学生が1人で危ないとこ行くのは良くないでしょ」
「……」
悪魔に正論で返されてしまってはぐうの音も出ない。結翔は1秒と経たず出鼻を挫かれてしまった。
「そうでなくたってアンタ、ボーッとしてて危なっかしいんだから!」
「三人寄れば文殊の知恵と言います。白上達も協力しますよ」
「実戦経験はあまりないですが私らなら問題ないです!」
その自信に何の根拠があるのだ、と言いたかったが、彼女らを置いていける決め手もまたなかった。
「しょうがない…遊びじゃないって事だけ忘れんなよ」
まぁ何かあれば守れば良い。それくらいの軽さで、結翔は折れる事にした。
2025/10/4追記
・聖剣ソードライバーwith火炎剣烈火+ワンダーライドブック
白石結翔が所有する魔装。剣とそれを納める鞘兼ベルトで構成されている。
同じく所有していた小型の本のようなアイテム「ワンダーライドブック」を聖剣ソードライバーに装填し、ドライバーから剣を引き抜く事で、ワンダーライドブックの力を装甲として身に纏うことができる。またこの状態になると、剣そのものの力を引き出すことができる。火炎剣烈火は炎を操ることができる。
結翔は気付いた時からこれを所持しており、何故これが結翔の手元にあるのか、どうやって結翔がこれを手にしたのか、経緯は全て不明。