「これはこれは、豪勢だねぇ……」
自らの乗艦、この地域を支配する
隣にいた艶やかな黒髪の美女が、その紙片を拾い上げてふぅんと首を傾げながら読んでいく。
「こんなにおねだりしたの、アンディ?」
「バクゥの補充をお願いしたんだけど、ジブラルタルの連中は熨斗を付けてくれたらしいよ。アイシャ、僕ってあんまり信用されてないのかな?」
彼はそう言って、アイシャと呼ばれた傍らの女性を膝の上に引き寄せる。
そのまま2人の世界に入ろうとすれば、デスクの前に控えていたダコスタが気まずそうに咳払いを一つ。
この上官と愛人はいつもこうだ、と今すぐにでも艦長室から出ていきたくなる気持ちを抑え、さらに追加の目録を差し出した。
「おや、そこにいたのかいダコスタくん。それは?」
「補充のパイロットの名簿です。……正直、過剰とも思えますが」
ため息とともに差し出したそれをバルトフェルドとアイシャが覗き込むと、その目録の中には見るも豪華な経歴の面々の名があった。
まさかここまで、とバルトフェルドは思う。
わずか数日でこれまで損害がほぼ皆無であったバクゥの多数を失い、半ば望み薄と思いながらも上申した補充要請のほぼ全てが通っただけでなく、合わせて多数のモビルスーツとパイロットの補充。
「ラウ・ル・クルーゼの差し金だって言われても、信じてしまいそうだな」
「まさか……」
ラウ・ル・クルーゼが宇宙で『流星』と交戦、撃墜した噂は、ザフト内とプラント内でも既に周知の事実となっている。
彼が新型のドラグーン・プラットフォームを使用して、メビウス・ゼロに酷似したストライカーパックを背負ったストライクと交戦、プラットフォームを犠牲にして戦闘不能に陥らせて大気圏の灼熱地獄に落としたという流言だけが広まり、割を食ってしまったのはバルトフェルド達であったが。
その彼が、流星がまだ生きている、という事を知れば―――バルトフェルドの要請に口添えしたのかもしれない、という推測は多少の現実性を持つ。あくまでも、仮定の域に過ぎないだろうが。
しかしその推測は、バルトフェルドにとっては不快だった。
「もしそうだとしたら業腹だね。あいつ、嫌いでね」
「……って、ラウ・ル・クルーゼがですか?」
『砂漠の虎』と並び、泣く子も黙る名パイロットとして有名な男と、自分の上官には何かしらの確執があったのだろうか―――と驚いたダコスタであったが、主に地上で戦果を挙げて名を馳せたバルトフェルドと、宇宙で活躍するクルーゼでは一体どの時期に、どのような確執があったのかという点も気になる。
しかし、それがどのようなくだらない確執であったとしても、自分はこの上司の味方をするだろうといった確信はある。
だからこそ事実が気になるダコスタであったが、敬愛する上官から返ってきた答えにはひどくがっくりするものであった。
「他人に目を見せない奴なんて信用できるか」
シンプルかつ何の根拠もない意見であった。
そういえばそういう人であったと、ダコスタはひそかにため息をつきながら仮面の男の姿を思い浮かべてみれば、成程確かにこれを信用するというのは難しいな、と上官の意見にやや納得はできた。
疑問こそあれ、彼らは新たにこの乾いた海へとやって来たゲストを出迎えるため、甲板へ赴いた。
レセップス近くに着陸した輸送機からは補充のモビルスーツが運び出されており、見慣れた形のモビルスーツがあれば見慣れぬ形のモビルスーツも4機、そこにはあった。
輸送機のタラップを降りてくる赤いノーマルスーツの4人を認めたバルトフェルドは、その近くへとアイシャとダコスタを伴って近付いていく。
離陸する別の輸送機によって砂が巻き上げられ、それは近くにいた多数の兵士達に平等に降り注いでいく。ゲストの少年達にも同じく降りかかり、砂でやられた目を瞬かせているところへバルトフェルドが人の悪い笑みを浮かべながら話しかけた。
「砂漠はその身で知ってこそ―――ようこそ、レセップスへ。指揮官で艦長のアンドリュー・バルトフェルドだ」
4人の少年達は、とたんに背を伸ばして目の前の指揮官に敬礼をした。
砂漠の夜を溶かし込んだような、藍色の髪の少年がきりっとした様子で代表して口を開く。
「クルーゼ隊所属、アスラン・ザラです。隊長からの命で参りました」
「宇宙からわざわざ大変だったね、歓迎するよ―――エリート諸君?」
悪い予想が当たってしまったな、とバルトフェルドは内心で舌打ちをして、外では余計な一言を付け加える。
クルーゼ隊といえば主な構成員、と言うよりもパイロット達は最高評議会の議員達の子息でエリートで有名であり、どう取り扱ったものかと面倒ごとを抱えて胃が重くなる感覚がした。
4人のエリートは地球での活動が初めてであるようで、初めて体験する環境に戸惑っているようだったが、それでもアスランは彼等を代表して一歩前に進み出る。
「早速ですが、現在の状況について教えていただけないでしょうか。ジブラルタルに降下してすぐの移動でして、細部を掌握できていないのです」
こちらに降りたという足付きの情報も、と加えたアスランの顔を見、バルトフェルドは意外そうにほうと息をつく。
鼻持ちならないエリートかと思えば、意外と礼儀は弁えているようだな―――まだ、全員がそうなのかは分からないがと再び心の中で付け加え、自身の傍らに立つ副官を彼らの前にずいと押し出した。
「では、彼に説明させよう。ダコスタくん、頼んだよ―――ああ、そうだ。アスラン・ザラくん?」
「はっ。何でしょうか」
狼狽えている副官を急かしながら、一つ気になっていることをバルトフェルドは聞いてみることにした。
彼は隊長からの命で、と言った。
であれば、何かしらの事を仮面の男が言っているかもしれない。
少しナイーブになっているかもしれないなと苦笑しつつも、問いかけてみればアスランは至って真面目そうに答えた。
「ラウ・ル・クルーゼは、『流星』と足付きについて何か言っていたかね?」
「はっ? 砂漠の虎と私達で、必ず落とせるだろう、と……」
舐められているな、とバルトフェルドは仮面の男とあの酷薄そうな笑みを思い浮かべて不愉快になった。
◆◇◆
「ナチュラル用のOSねぇ……使えんの? ホントに」
「一応、サイジョウ中尉のストライクのやつに坊主が手を加えたヤツなんですがね」
格納庫内の一角に設えられたシミュレータの近くでムウとマリュー、シミュレータの調整を終えたマードックがそれを覗き込みながら言う。
当初はスカイグラスパー用に調整されたシミュレータであったが、サクヤがキラにOSの改修を頼み込んだ際にその副産物として今はMSシミュレータとしても使用できるようになっていた。
今はシフト勤務を終えたヘリオポリスからの志願兵達の時間潰しの道具と化しており、和気藹々とMSシミュレータに興じている。
そして肝心のナチュラル用のOSは、依然汎用性を欠き完成度は低いままであった。
話を聞いていたマリューが、複雑そうな表情で呟く。
「ヘリオポリスと並行してX100系列の開発が別系統でもあった、というのは聞いていたけど……それでもヘリオポリスのものとは完成度が段違いなのは情報が止められていたから、なのかしらね」
月で開発されたものとヘリオポリスでのそれは完成度が間違いなく段違いであったが、結局はコーディネイター用のOSを改修しただけのもので十二分に活用できるのはサクヤ達教導隊の面々くらいであり、キラからも「よくこんなOSで……」と零されていた。
それを空き時間でキラに改修してもらっていたようであったが、完全なものとなるにはまだまだ時間がかかりそうであった。
シミュレータの方では、撃墜されたカズイががっくりと肩を落として出ていくのが見えた。
「派閥争いってやつ? せっかく足並みそろえて、ってやってんのに勿体ない話だよな」
「サイジョウ中尉からも謝られたわ。自分レベルではどうしようもなかった、って。まぁ、彼が悪いわけではないのだけど」
「謝るなんて律儀だねぇ、アイツも……」
そう言って、ムウはサクヤの方のストライクを見遣る。
以前の交戦で受けた装甲への傷は未だ修復が終わっておらず、PS装甲で無効化されているとはいえ消せない衝撃によりこびり付いた着弾の跡は酷く痛々しいものに見えた。
「そういや、あいつあの嬢ちゃんを叱ったらしいけど……一緒に行かせて大丈夫なのか?」
ザフトへの追撃戦後、ゲリラの拠点に戻って来たカガリがしばらく大人しくしているのを見てムウとマリューは何があったのかと訝しんだものだったが、事の顛末をキラに聞いてみれば納得がいくもので、特にムウにとっては未だグリマルディ戦役での記憶が生々しく残っているのもあって同情的であった。サクヤのフォローに行ってみれば、「子ども相手に言い過ぎたかもしれない」と少し落ち込んでいたようだったが。
その2人とキラで買い出しに行かせたのは、空気が詰まってキラも息抜きができないのではないか……とムウは危惧していたがマリューはそうでないようだった。
「一応協力者なのだし、関係改善の機会は必要でしょう? キラくんも、サイジョウ中尉とは仲が良いようだし……でも、確かに他の息抜きの方法は必要よね」
パイロットとしての先輩だし何かある? と問うてみれば、ムウは考え込み、しばらくしてマリューの身体をじろじろと眺め始める。
スタイルとか、足首の辺りとかは自分の好みかもしれない―――と思考がピンク色になりかけたところで、下心に気付いたマリューの視線が冷ややかなものに変わったのに気付くのにはそう時間はかからなかった。
マードックも、バレバレですよと呆れた視線を投げかけている。
冷や汗を背筋に感じながら、ムウは焦って誤魔化し笑いをした。
「いや、その……あんま参考にはならないかも」
「の、ようですわね。サイジョウ中尉が帰ってきたら、彼に聞くことにします」
マリューは冷ややかに言い、そっけなく背中を向けて格納庫を出ていく。その背には、男ってやつはという軽蔑が隠さず貼り出されていた。
これ以上聞くことは何もない、とずんずんと歩いていく彼女の背中を見送りながら、やれやれとムウはため息をついた。
恐らく彼に聞いても、答えは一緒―――と思ったところで、そういえばとこの前の食事の時に聞いた話を思い出す。未だムウしか知らない事実であったが、誰かに言いたくてたまらないゴシップのネタでもあった。
「この艦のパイロットは、あんまりアテにならねえ男達ばっかだなぁ……」
「ブーメランですぜ、少佐」
しみじみと言うムウと呆れ顔のマードック。
シミュレータでは、敵を撃墜したトールと観衆達が歓声を上げていた。
◇◆◇
「はぁ……」
ようやく買い物の嵐から解放され、キラはカフェの椅子にへたり込む。
その脇には大きな買い物袋がいくつも並び、どれもがカガリからキラへと持たされたものだった。
その隣では、サクヤが給仕にいくつかの注文をしている。キラと同じく大量の荷物を抱えていたが、流石現役の軍人と言うべきかその顔に一切の疲労の色はない。
当初はサクヤとカガリの険悪な雰囲気を危惧していたキラであったが、以前の怒りを見せる素振りもなくカガリの買い物を手伝い、荷物持ちを買って出る姿に安堵を覚えていた。一方のカガリは、どこか落ち着かずぎこちない様子であったが。
「これでリストのは大体揃ったか……ただ、この注文は無茶だぞ。『エリザリオ』の乳液だの、『ヘレン・ヘレン』の石鹸だの……そんなブランド品がこんなところにあるもんか」
「何それ……」
ブランド名を羅列されても、そういったものに疎いキラにはさっぱりだった。
『ヘレン・ヘレン』というブランドにサクヤが反応している理由にも、皆目見当がつかなかったが。この際なんでもいいから、早くこの買い物を終わらせて欲しい、息抜きにもならないと心の中で愚痴を零せば給仕が持ってきて注文した飲料と料理を並べ始める。
薄いパン―――もしくは厚いピザの生地のようにも見えるそれに、トマトやレタスといった生鮮野菜とこんがり焼かれた羊肉のスライスが載せられている。
サクヤが人数分注文していたものだろう。見た事のない料理に、キラが怪訝そうに尋ねれば、なぜかカガリが自慢そうにそれを紹介し始めた。
「ドネル・ケバブだ! この辺はこれがうまいんだ! で、このチリソースをかければ……」
意気揚々とカガリがチリソースの容器を手に取った瞬間―――
「あいや待った!」
突然脇から声がかかり、キラとカガリは驚いてそちらを振り向き、サクヤは何かを思い出しているかのようにどこか斜め上を見だす。
視線の先には、サクヤのものより派手なアロハシャツにカンカン帽、そして大きなサングラスといったアラブ風の街では非常に目立つ風体の男が立っていた。
あまりにも胡散臭い男の登場に、2人の表情が曇るがそれを気にせず男は持論を展開し始める。
「ケバブにチリソースなんて、何を言っているんだキミは!? ここはヨーグルトソースをかけるのが常識だろう!」
「はぁ?」
あまりにも突拍子もない持論の展開に、カガリは若干のいらつきを顔に出しキラはよく分からない、といったような表情をしている。
一方でこの先の展開を知るサクヤは、周囲の状況に気を張りながらそのサングラスの男を注視していた。
―――この男が……
先日に自分と死闘を繰り広げた男が、今は自分達の目の前でヨーグルトソースの素晴らしさを力説している……そう思うと、どこかおかしな気分になった。
「この料理になぜヨーグルトソースが合うのか……それを説明すると長いのだがね、しかしここは敢えて言わねばなるまい!」
「うるさいぞっ! 人がどのソースをかけようが、自由だろうが!」
カガリは男の論を無視して、これ見よがしにドネル・ケバブへチリソースをぶっかける。
男があぁっ、と悲鳴を上げるのを無視して大口を開け頬張った後、顔をしかめてみせたところでサクヤも自分のソースに手を伸ばし始めた。
「ドネル・ケバブは、自由の料理だものな……」
カガリの言葉に同調しながら、もう一つの真っ赤なソースをケバブへとかけ始める。
皆が食べるファストフードは気取らずに自由に食べられるのがいいんだ、と付け加えてソースをかけ終えれば、チリソースよりも真っ赤に染まったドネル・ケバブと鼻をつく刺激臭がテーブルの周りに立ち込めた。
うっとキラが顔を顰め、カガリとサングラスの男が信じられないものを見るような目でサクヤとテーブルに置かれたソースを見る。
間違いなく身体に悪い色の赤い液体が詰まったボトルだった。
「キミ、将来ハゲるぞ……」
「……ほらキラ、お前もチリソースをかけろ。これが一番うまいぞ」
「ああっ! 待ちたまえ! キミこそはヨーグルトソースをかけるんだ! 赤要素はトマトであるんだから、白でバランスを取らないといかんぞ!」
残ったプレーンのケバブに何をかけるか、当人でもないのに争い続ける2人を尻目にサクヤは自身のケバブをかじる。
肉と野菜、ピタパンの素朴な味わいの中に広がる唐辛子の強烈な辛みに多幸感を噛み締めながら、人の勝手なのだから選ばせてやればいいものを……と思いつつ、そろそろ助け舟を出すべきか、と咀嚼して飲み込んだ瞬間。
「あっ」
真っ新だったケバブの上に、2種類のソースがぶちまけられた。
カガリと男は皿の上に無残に広がった争いの結果を見、申し訳なさそうにキラの方をうかがう。
キラも、何を言えばいいのか分からない、といった表情で皿の上を見つめていた。
やれやれ、とため息をついてサクヤはもう一つのソースを手に取る。
「……これでバランスだよ」
真っ赤なデスソースが、同じくキラのケバブにぶちまけられた。
ソースの味しかしないんですが……
―――食べ物で遊ばれた少年