「全滅? 流石と言うべきか」
レセップスの格納庫で、自機の出撃準備をしていたバルトフェルドは艦橋のダコスタから現在の状況報告を受け取り、その凶報に顔を顰める。
前衛に出したバクゥは既に壊滅、航空機の部隊もほとんどが撃墜もしくはアークエンジェルに近付けず、目的を達しきれずにいた。
とはいえバルトフェルドも、この事態を想定していなかった訳ではなく、むしろこの程度ならまだまだ想定の範囲内であった。
「バルトフェルド隊長! クルーゼ隊は、いつでも出られます!」
凛とした声が響き、鮮やかなオレンジに黒の縞模様、ヘルメットには牙まで描き込まれた『虎』の意匠を施したパイロットスーツがその方向を仰ぎ見る。
灰色のイージスのコクピットから身を乗り出し、叫んだのはアスランだった。
現状で彼らの指揮統率を行っているのは彼なのだから、クルーゼ隊でなくザラ隊と呼ぶべきでは? とは言ってみたものの、真面目な彼はどこまでも原隊に忠実であった。
「分かった。僕とディンで前衛の足止めをする……足付きは君達が落とすといい」
「はっ!」
アスランはそのままコクピットへ滑り込み、ハッチを閉める。
その様子を見守っていた他の隊員達も同じくコクピットへと潜り込み、機体を起動させた。
「アスラン・ザラ、イージス出るぞ!」
レセップスのハッチから、モビルスーツの大気圏内での飛行を可能にする補助ユニットの『グゥル』に乗ったクルーゼ隊のモビルスーツが飛び立つ。
全機が飛び出し、出撃が完了したのを確認したバルトフェルドは自身の愛機へと向かう。
派手なオレンジ色のペイントが目を引くその機体は、バクゥをベースに大幅な強化がなされたバルトフェルドの専用機『TMF/A-803 ラゴゥ』だ。
背中には2連装ビームキャノン、口には咥えるような形で2連装ビームサーベルが装着されており、明らかにバクゥとは違う機体形状となっている。
そして、クルーゼ隊が増援に到着した際に同時に持ち込まれた強化パーツによって、通常のラゴゥよりもシルエットはさらに大型化していた。
とはいえ、その強化にバルトフェルドは不服そうにしていたが。
「アンディ、まだむくれてるの?」
「よりによって僕の機体にあいつのエンジンを付けるなんて、本当にいい趣味してるよ! ジブラルタルの連中は」
強化により大型化した両翼の外側にビームブレイド、その下部にはレールキャノン、そして胴体後部にはアンカーランチャーと大幅な武装強化がなされていたが、特筆すべきは両翼に搭載されている大型のエンジンであった。
クルーゼ隊の地球降下に伴い予備機として持ち込まれたラウ・ル・クルーゼのジンハイマニューバを解体、そのエンジンを転用したそれはラゴゥの機動性を大幅に強化し、現段階で地上における最高の速度を持った機体へと昇華させている。
その名を、『ラゴゥ・ハイマニューバ』という。
とはいえ強化前のラゴゥの時点で操縦系統の複雑化が問題となっており、コーディネイターでさえその操縦は困難を極める。
その問題を解決し、高速機動時の精密射撃を可能とするために砲手と操縦手の2名による複座式コクピットが採用されており、バルトフェルドとアイシャの2名の阿吽の呼吸による機体制御はシミュレーションでも負けなしの無類の強さを誇っていた。
「ま、これで存分に彼と死合えるならここは素直にクルーゼに礼を言っておこう! 癪だがね!」
「フフ……」
「隊長! ディン隊、出ました!」
モニターに映ったダコスタが、あちらこちらに指示を出しながら最後に自身の上官へと向き直る。
苦り切った表情を作りつつも、どこか嬉しそうなのはバルトフェルドの収まるべき場所が艦橋の艦長席などではなく、モビルスーツのコクピットであることを当然だと思っているからであろう。
そんな自身を頼り、そして自身も全幅の信頼を置く副官にこの艦を任せるのに何の異存もなかった。
だからこそ、バルトフェルドはモビルスーツで存分に死合う事ができるのだ。
「艦を頼むぞ、ダコスタくん! バルトフェルド、ラゴゥ・ハイマニューバ、出るぞっ!」
レセップスから、ラゴゥが躍り出る。
将兵たちは、歓声を上げながらその機体を戦場へと送り出した。
◆◇◆
「ちぃっ! 空からだと、厄介だなっ」
前衛のバクゥを壊滅させ、レセップスへ攻撃を仕掛けようとしたサクヤのパーフェクトストライクへ編隊を組んだディンの部隊が攻撃を仕掛ける。
難なくそれらを回避するものの、ディンはヒット・アンド・アウェイを繰り返してサクヤをその場へと縫い付けた。
その包囲網を脱出しようと攻撃を仕掛けるも、空を飛ぶ機体と地上を走る機体では機動の範囲に大きく差があり、未だ有効打を与えられずにいた。
「ビームライフル、持ってくれば良かったか……!」
熾烈な射撃を回避しつつ、誰に言う訳でもなく独り言ちるがそれで状況が好転する訳もなく、ついにイーゲルシュテルンの弾が底を尽いた。
右肩のガンランチャーに切り替え、照準を走らせるも流石新たな空の王者というべきか、ディンは捕まらず、啄む様にストライクへと攻撃を仕掛けていく。
PS装甲を信じてこの攻撃を受けつつアグニで敵艦を狙撃することは可能であったが、それで確実に撃沈できるとは言い切れない。その上、撃ち漏らせばその分エネルギーを消費して無駄撃ちのアグニとPS装甲の消費分でバッテリーが底を尽いてしまうかもしれない。
故にこの消耗戦をアグニ無しでどうにか切り抜けなければならず、打破のためには何かしらの要素が必要であったが艦の直掩についているキラを動かす訳にもいかなかった。
だからこそ、サクヤは戦友を頼った。
「フラガ少佐っ!」
「任せろっ!」
ストライクを囲むディンの1機が、スカイグラスパーのビーム砲に貫かれ爆散する。
突然の伏兵に驚き、高度を上げるディンであったがそれを見逃すサクヤではない。
「当たれっ!」
ディンの進路を先読みして、ガンランチャーの固め撃ち。
見事に直撃した120mm対艦バルカン砲は機体をバラバラに引き裂き、残るはディン1機。
左肩からマイダスメッサーを引き抜き、投擲すればその通過ポイントへ誘導するようにムウのスカイグラスパーが攻撃を仕掛ける。
「よそ見したら終わりだぜぇっ!」
ディンの翼がスカイグラスパーの機銃に撃ち抜かれるのと、マイダスメッサーが機体を両断するのはほぼ同時であった。
ムウのスカイグラスパーはそのまま敵艦へと飛んでいく。
自機に戻ってきたそれを定位置に戻し、周囲の索敵をすれば敵機の姿はそこになく、あとは遠方に位置する敵艦を狙撃するだけ―――と考えたところで、新たに現れた殺気へ意識を向ける。
砂を巻き上げて、こちらへと驀進するオレンジ色の機体……バクゥにも似ていたが、そのシルエットは決定的に大きく、そして発する殺意もプレッシャーも段違いであった。
「……来たなっ!」
出し惜しみはなしだ、と言わんばかりにアグニを両手で保持し、そのプレッシャーの方へと機体を走らせる。
メインカメラが捉えたその機影は適合するデータはなく、ストライクのコンピュータはアンノウンだと判断していたがサクヤにはその機体が何であるのか分かっていた。
そして、誰が乗っているのかも。
「ラゴゥ……しかも、ハイマニューバの方か!」
高速でこちらへと接近するそれに、アグニの出力を絞って数発撃つも見事に回避される。
あまりの高速移動にストライクのFCSが追い付かず、サクヤの先読みすら速度で凌駕していた。
「目では追えても、機体の反応が追い付かない……!」
「そんな弾には、当たってやれないぞっ!」
一気に距離を詰めるラゴゥに、バルカン砲とガンランチャーで牽制しつつ再度アグニの照準を走らせる。
この距離であれば、外さない……レティクルの中に敵を捉えた瞬間、機体の後部から何かが伸びてくるのが見えた。
一瞬の判断を迷い、ストライクの動きが鈍くなる。そして虎は、その隙を見逃さなかった。
「甘いっ!」
ラゴゥの後部から伸びるアンカーランチャーは、そのままアグニへ衝突して鞭のように絡みついていく。
捕らえられたアグニを見、今度こそまずいと判断したサクヤはそれから手を放し、保持していたストライカーパックから延びるアームごとパージする。
機体からそれが離れた瞬間、アンカーを伝って流れた高圧電流によりアグニが完全に破壊。機体自体へのダメージは無かった。
「アグニが……!」
「ほう……! いい判断だな」
バルトフェルドが感心したように、敵の思い切りの良さを称賛する。
彼の眼前で構えるストライクは、
「さぁ、存分に僕と死合おうじゃないか! 流星……いや、サクヤ・サイジョウくんっ!」
ヒリヒリと張りつめていく空気。
目を離せばやられる、と感じていたサクヤは自身の上空をフライパスする4機のGを見逃さざるを得なかった。
◆◇◆
「アークエンジェルが!?」
自身の後方で、守るべき対象が徐々に高度を下げていく。
まだ敵がいたのか、とキラがレーダーを確認してみれば近くに敵影はなく代わりにこちらへ接近してくる機影が4つ。
デュエル、バスター、ブリッツ、イージス……半ば見慣れた反応であったが、しかしそれはこの状況が切迫しつつあることを証明していた。
自身が守るアークエンジェルは敵の砲撃に晒されて大きく傾き、その巨体を放棄された工場の一角に埋もれさせていて動かない。
「中尉を突破してきたのか!? くっ!」
「キラッ! アークエンジェルから距離を取れっ!」
4機のGを視認し、対艦攻撃を諦めて艦の直掩に戻って来たムウが機銃を撃ち散らしながら叫ぶ。
とはいえ、相対戦闘力は2:1と非常に分が悪くその上敵は飛行を補助するプラットフォームを使用している。
圧倒的に不利なのは素人目でも分かった。
ムウの言葉通り、キラはアークエンジェルから離れた場所で迎撃すべく機体を直進させた。
「ストライクゥ!」
「イザーク、突出するな!」
編隊を組んでいた4機のGであったが、その中でストライクを目ざとく見つけたデュエルがグゥルを敵方へ向け、一気に急降下を始める。
ビームライフルとミサイルを撃ち散らしながら接近していくが、ストライクはそれを回避しながらイーゲルシュテルンでミサイルを迎撃。
急降下したデュエルを援護するように、バスターが援護の火箭を伸ばしていく。
「ここで会ったが百年目……ってね!」
「キサマはここで落としてやるっ!」
バスターがミサイルとライフルで援護し、グゥルをサーフボードの如く低空飛行させたデュエルが肉薄攻撃を仕掛ける。
それをすんでの所で回避するキラだったが、側方から迫るブリッツのグレイプニールを避け切れず左足を掴まれてしまう。
「なにっ!?」
「はぁぁぁぁっ!」
「キラッ!」
グレイプニールの巻取りでバランスを崩したストライクが砂漠に引き倒される。
ムウの援護でその鉤爪から脱することは出来たが、しかしグゥルから飛び降りたイージスがビームサーベルを展開してこちらに斬り掛かってくるのが見えれば、そのまま寝転んでいるわけにもいかなかった。
「アスランッ!」
「キラッ!」
エールストライカーのスラスターを巧みに動かし、ジャックナイフ機動で一気に起き上がったストライクがその勢いのままイージスの右腕を蹴飛ばす。
上空ではムウのスカイグラスパーがバスターとブリッツをかく乱して意識をそちらの方へと向けさせていた。
イージスと同じくグゥルから飛び降りたデュエルが、ビームサーベルを引き抜いてこちらへ斬り掛かってくるのが見える。
言うまでもなく圧倒的不利な状況であったが、ここで退けば後方のアークエンジェルが敵の牙にかかってしまう。それが何を意味するのかは、何度も理解しているつもりだった。
「ストライクゥゥゥッ!」
デュエルの怒りに任せた剣戟と、イージスの変幻自在なそれがストライクへと襲い掛かる。
紙一重でそれらを回避しながら、キラは神経を擦り減らしていった。
◆◇◆
「アークエンジェルが……!」
廃工場に埋もれたまま動かなくなったアークエンジェルに気付き、その付近へキサカはバギーを停める。
直掩機はどうなっているとキサカが頭を巡らせてカガリから目を離した瞬間、その隙を突き車から降りてアークエンジェルへと駆け出した。気付いたキサカが制止と共にすぐ後を追おうとするが、目の前で起こった爆発に阻まれて見失うと同時に、距離が開いていく。
その間にカガリは、アークエンジェルの格納庫へと駆け込んでいた。鉄火場の様相を示す格納庫で動き回っている整備兵の中、彼女の姿を認めたマードックが目を見開き怒鳴った。
「……おい、なんだ!?」
「外、まずいんじゃないのか!?」
カガリも思わず怒鳴り返す。
言われるまでもなくマードックも外の状況を理解していたが、彼がここでどう騒ぎ立てようと状況が好転する訳もなく、それはカガリも同様であった。
だからこそ、眼前で静かに佇むスカイグラスパー2号機で何をしようというのかはマードックにも理解ができた。
「だからって、ただの民間人を乗せられる訳ねぇだろっ!」
「分かってる……! だけど、このまま機体を遊ばせていたらっ」
サクヤの言う通り、これは自分の生国の理念に反するものだろう。
それ以前の行動だってそうだ。しかしこのまま何もせずにいれば明けの砂漠もアークエンジェルも虎に捻り潰されるのが目に見えている。
「託されたのなら、その意味を考えろ」という言葉が脳裏に浮かぶ。
ここで何もせず自分が、皆が死んでしまえば。託された希望も、示すべき未来も何も無くなってしまうのではないか。
そんなことは―――絶対に嫌だ!
「シミュレータでは、上手く使えた! 頼む! 機体を貸してくれっ!」
「だからって、これはシミュレータのお遊びじゃねぇんだよ!」
「遊びでやるもんか! 自分が死ぬのも、誰かが死ぬのも冗談じゃないって思うから、やれることをやらなきゃいけないんだろっ!」
カガリの剣幕に、マードックが顰め面で黙り込む。
彼だって、手をこまねいて格納庫の中でしか現状を見ていられないことには我慢がならないのだ。
しかし整備兵とアークエンジェルのクルーの中に現状でスカイグラスパーを操れる者は存在しない。で、あれば。
苦渋の決断の末、マードックは手近にいた整備兵を捕まえてスカイグラスパー2号機の出撃準備を始めた。
「今どきのガキってのはよ……! ヘルメット被れっ! 落としたら、承知しねぇからな!」
「! 分かったっ!」
整備兵からノーマルスーツのヘルメットを受け取り、カガリが風防ガラスの開いたコクピットへと飛び込んだ。
エンジンを始動させ、計器のチェックを始める。全システム、オールグリーン。
機体に異常がない事を確かめたマードックがコクピットから飛び降り、最後の念押しと共に機体が発進するから離れろと怒鳴り散らす。
「ハッチ開けろぉ! いいか、絶対に戻ってくるんだぞ!」
「分かってる! ありがとう、オッサン!」
オッサンじゃねぇ、と怒鳴るマードックであったが風防を完全に下ろしたカガリの耳にはそれが届くことは無かった。
隔壁が締まり、スカイグラスパーの背後にジェット噴射除けのシャッターが降り、その数秒後に機体が飛び出していく。飛び出る瞬間のGにカガリは息を詰めるも、一瞬の後には視界が全周囲に開かれて驚き、操縦桿を握り締めていた。
今まで感じた事のないシートに身体を押し付けられる感覚に面食らうものの、シミュレータでやった通りに操縦桿を動かしてみれば、機体は素直に反応してくれた。右側に装着されているシュベルトゲベールの重みでやや振られている感覚はあったが、それでも機体が自分の意思に応えてくれたことに意を強くする。
「やれる……これなら!」
これ、外したいけどそれで戦える相手じゃないんだよなぁ……
―――どうにかして追加装備のエンジンだけでも変えたかった男