MS隊、どうにかしろ(無責任)   作:赤マムシX

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蒙古征討から返って参り申した。



22話 コーヒー・ブレイク

 

「海、なんだか久しぶりだな」

 

 アークエンジェルは明けの砂漠と別れ、紅海を進んでいた。

 本来であれば宇宙の海を進むための特装艦がその足の如き両舷で水面を切り裂く姿は、当初よりそれを目的として造られたかのようである。

 

 クルー達の中にはコロニー育ちの者も少なくはなく、初めて見る海に目を輝かせて手元がおろそかになる者も少なくはない。

 そんな彼等を微笑ましく見守り、クルーが交代で甲板に出るのを許可したマリューは間違い無く情の人であるのだな、とサクヤは艦長席の近くで感じていた。

 例によって副長のナタルはいい顔をしなかったが、指示を出す艦長の隣にいわく付きの仲が控えているのであれば黙らざるを得なかった。

 初めて見る海と艦長の粋な計らいに歓声を上げて艦橋から出ていく少年兵達を見送りながら、残った士官3人は目前のモニターに目を戻す。

 

「しばらくは敵襲の心配はない……と思いたいところだけど。実際のところ、敵の可能行動としては依然として残っているのよね?」

「潜水母艦による襲撃の可能性は間違いなくありますね。ジブラルタルでもカーペンタリアでも、直接叩くのじゃここからだと遠すぎますし」

「気を抜ける訳ではない、という事です。艦長」

 

 本来であれば地球連合に与するユーラシア連邦の領内を通過して安全にアラスカへ向かうべきであったのだが、度重なる連戦と整備不足に伴うエンジン出力低下により高度を大きく取ることは出来ずにいた。

 行動方針の一つとして、ジブラルタルを突破することも挙げられていたが、戦力として数えられるものが限られる中で地球でのザフトの最大拠点の一つを突破することは余りにも無謀であった。

 故に紅海を抜けて太平洋からアラスカへ向かう事が最良の行動方針として採用され、今はその方針の通り海上を航行していた。

 しかし、中立地帯を抜けるとはいえほぼほぼ孤立無援という事態は全く変わっていなかった。

 

「そうなれば、水中用MSへの対処も考えないといけないわね……一応ストライクは超伝導電磁推進で海中も問題なく使えるはずだけど」

「使える武器が少ないのが問題ですね。バズーカがあるのはいいんですが、それ以外となると」

 

 マリューとサクヤがモビルスーツの運用と戦術を話し込み始めるのを見、ナタルは自然と少し渋い顔になる。

 士官学校時代のある時期からこの同期がモビルスーツに偏重していったのは忘れもしないし、それによって自分がどんな思いをさせられたのかも忘れはしない。

 しかしながらこの男はその事について謝るどころか、卒業と同時に連絡を絶ってしまった。

 そして次にその動向を知った頃には、宇宙軍の英雄として祀り上げられ押しも押されぬエースパイロットとして名声を得ていた。

 別に、名声を得ていたことに嫉妬しているわけではない。目前で、マリューと自分の理解の及んでいない技術や運用論について話し合っていることに嫉妬しているわけではない、と思う。多分。

 

 そもそもあの男は、私をほったらかしにしたのに今になって―――

 

「―――ナタル?」

「……は、はいっ!?」

 

 ではこの気分は何なのだ―――と自問自答している間にマリューとサクヤの話に決着はついていたらしい。

 いつもとは少し違う様子の副長の様子を不思議がりながら声をかけていた艦長に気付き、ナタルは素っ頓狂な声を上げる。

 あまりにも珍しい様子の副長に、艦橋に残ったクルー達が怪訝な視線を向けるがキッとそれを視線で一喝して霧散させた。いつの間にか、サクヤは艦橋から出て行っていた。

 ナタルを心配してか、マリューが周囲に聞こえないように声のトーンを落として話しかける。

 

「大丈夫? もしかして、あの夜お持ち帰りされたのが……」

「お、おもっ!?」

 

 あまりにも直球の正解を投げつけられてしまったナタルが狼狽えた。

 聞き耳を立てていたアーノルド・ノイマン少尉が涙を呑むのは、別の話である。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「戻ってこれた、か……」

 

 レセップスの艦橋で、徐々に近付くジブラルタル基地を見下ろしながらアスランが呟く。

 これまで何度もゲリラやそれと結んだ地球連合軍の襲撃はあったが、それを跳ね返す程度にはバルトフェルドが鍛え上げた精鋭とザラ隊のエリート達は優秀であった。

 とはいえ完全に無傷とは言えず、レセップスはアークエンジェルとの戦闘を含めて度重なる戦闘でその兵装の殆どを失い、モビルスーツもほぼほぼが不可動の状態。

 同じく、満足に休息の取れない満身創痍の兵達。

 それらを無事ジブラルタル基地へ連れて帰るのはガラスのロープを目隠しして渡るが如く危険な逃避行であったが、それを成し遂げた今ではそれら一つ一つがアスランの指揮官としての才が非凡であることを証明していた。

 

「これで、ようやくゆっくり休ませられますね。この艦も……」

 

 すぐ側のダコスタが労う様に言う。

 代行指揮官のアスランを文字通り不眠不休で支え、歳若い指揮官と古参兵士の間に起きがちな細々としたトラブルを解決してきた彼の顔には深い隈が刻まれていた。

 彼の助けもなければ、無事に辿り着くことなく途中で負けてしまっていただろう、とアスランは思う。勿論それは彼だけでなく、多少のトラブルはあったものの進んで自身の指揮下に入り確実に命令を実行してくれたバルトフェルド隊の兵士達、そして宇宙から共に戦い続けてきた3人達の助けのお陰でもあるだろう。

 

 レセップスがジブラルタル基地のドックに固定されると、艦橋の空気が一気に弛緩していく。

 アスランも、漸く肩の力が抜けるような気がした。

 

「ダコスタさん、ありがとうございました。自分の拙い指揮を補佐していただき助かりました」

「拙い指揮だなんて……君の指揮だったからこそ、皆が無事に撤収できたんだ。そこは誇ってもいいと思うよ」

 

 それはダコスタの本心だった。

 バルトフェルドとは違い若く経験もなく古参からの反発もあったが、しかしそれでも根拠を示して決断し、自ら先頭に立って部隊を引っ張ったアスランの能力は間違いなく非凡なものだろう。

 お互いに握手をして別れ、今後の指示を仰ぐべくアスラン達がブリーフィングルームへと踏み入れると、そこには彼らの上官たるラウ・ル・クルーゼが待っていた。

 

「砂漠の虎は、残念だったな……」

 

 相変わらずの仮面でその表情は読み取れなかったが、間違いなく死を悼んでいる様子ではないのはアスラン達にも分かった。

 バルトフェルドとアイシャの両名はMIA(作戦行動中行方不明)として処理され、その捜索は既に打ち切られている。

 クルーゼは到着した4名を座らせると、部屋のモニターに地図を表示させた。アフリカ大陸を過ぎ紅海を抜け、今まさにインド洋へと踏み入れようとしている部分へ表示された符号は足付きのものだろうと4人は即時に判断した。

 

「さて、戻ってきて早々で申し訳ないが……君達には足付きの追撃部隊として動いてもらう事になった」

 

 そう言い、クルーゼが新たにモニターへ符号を表示させる。

 味方を表す色で、その部隊符号が示す部隊を4人は知っていた。

 

「現在、カーペンタリアのモラシム隊が追撃の任にあたっているが念には念を、といった事だ」

 

 クルーゼの言葉に4人の顔が引き締まる。

 地球降下後、増援部隊としてアークエンジェル及びストライク撃破作戦に加わっていた彼等だったが共同部隊のバルトフェルドは敗北し行方不明、同じ戦場にいた彼等もアークエンジェルとその艦載機、そしてストライクに辛酸を舐めさせられている。

 特にイザークは自身の顔を傷つけられ、地球でも愛機を損傷させられただけあってその怒りもひとしおであった。

 

「あの艦がデータを持ったままアラスカに辿り着くのは、何としてでも阻止せねばならん。どうやら、私も流星を仕留め損なったようだしな……」

 

 フッとクルーゼが自嘲する。

 落とし損ねた強敵は余りにも大きく、アークエンジェルのストライクよりも脅威かもしれない―――と説いた彼であったが、この追撃には参加できないと言えば4人の表情が怪訝なものとなった。

 隊長がなぜ、と質問しかけようとしたところで、すぐに回答が出てきていた。

 

「私は『スピットブレイク』の準備があり、動けんのでな……イザーク、ディアッカ、ニコル、アスランで隊を結成し、この任務を実施したまえ。指揮はアスラン、きみに任せよう」

「えっ!?」

 

 アスランが動揺する。

 クルーゼはそれを気にすることもなく、あくまで事務的な口調で続けた。

 

「バルトフェルド隊の残存兵を無事連れて帰って来た事を考えれば妥当ではないかな? 既に準備はほぼ完了している。あとは君達がカーペンタリアで母艦を受領するだけだ」

 

 もうそこまで話が、と驚くアスラン。

 自分達の知らない間に話が進むことはこれまで何度あったが、ここまで大きな話が進んでいるとは思わなかったらしい。ちらと他の3人を振り返ってみれば、予想通りそれぞれが各々の表情をしていた。

 

「『ザラ隊』、ね。まぁ、いいんじゃないの?」

「僕も妥当だと思います」

「ふん……まぁいい。だが、副隊長は俺だ」

 

 不服そうではあるが撤退の道中で一人の落伍者も出さなかったという実績もあり、納得はしているイザークに指揮官就任が妥当だと納得しているディアッカとニコル。

 仲間としては、これ以上なく頼もしかったが相手が相手なこともあり、アスランの心中の不安は拭えなかった。

 準備に取り掛かる、と3人が先に出ていくがアスランはクルーゼに呼び止められる。

 

「砂漠で、ストライクと交戦したようだね」

 

 眼前の上官が言わんとすることは、すぐに分かった。

 以前に、クルーゼとの間に交わされた約束―――説得が叶わなければストライクを撃つ、それができたのかと、仮面の下から問われていた。

 

「はい……次は、必ず……」

「そうか……」

 

 硬い声で答えるアスランに、クルーゼはゆっくりと頷いた。

 失礼しますと退室しようとするアスランであったが、その背に向けて低くささやきかける声があった。

 

「撃たねば、次に撃たれるのはきみか、それとも……」

 

 びくり、とアスランが背に伝う冷や汗と共に振り返る。

 かつての上官は、稀に見せる酷薄そうな笑みを仮面の下に浮かべていた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「おいおい、これは……これはコーヒーに対する冒涜だよ」

「懐事情は結構厳しいんですよ。我慢してください」

 

 アークエンジェルの独房の中で、頭に包帯を巻かれ右腕を吊ったバルトフェルドが食事についてきたコーヒーの香りに顔を顰める。

 自分用に用意したそれを啜りながら、サクヤが檻越しにそれを宥めていた。

 量販品のコーヒーは代用のそれよりは全くマシであったが、しかし不思議な気分でもあった。

 

「そもそもこうやってコーヒー飲めること自体、奇跡みたいなもので……あと少しズレていたら」

「僕もアイシャもミンチよりひどい、だろう?」

 

 ラゴゥに突き刺さったシュベルトゲベールは、わずかにコクピットから逸れていた。

 回収されたラゴゥは明けの砂漠に引き渡され、それの代価として大量の補給品を受け取り出発したアークエンジェルであったがコクピットに残っていたバルトフェルドとアイシャの2名はゲリラ達に引き渡されず、その存在を隠したままアークエンジェルの医務室へと搬送された。

 全身打撲に加えて骨折といった重傷であったが、流石コーディネイターと言うべきかしばらくの療養で回復し両名は別々の独房へと収監されていた。

 今後の扱いについては、全くの未定であるが。

 

「でも正直、死んだと思ったよ。間違いなく、切っ先がコクピットを狙ってると思ったからね」

「……俺だって、そう思ってましたよ」

 

 間違いなくコクピットを狙っていた、とサクヤが当時の状況を振り返る。

 空中でラゴゥの体勢を崩して地面へと叩きつけ、その後降下の勢いに任せてシュベルトゲベールで刺し貫く―――本来の流れに乗せるのであればそこでコクピットを狙ってはいけなかったのだろうな、とは思うがそんな事を考える余裕を彼は与えてくれなかったし、そもそもその考えすらも自分にはなかった。

 では何故外れたのかと問えば。

 

「見て聞いた、からかもな……」

「?」

 

 刺し貫く直前、サクヤは聞いた。そして見た。

 お互いの名を呼び合い、抱き合う男女の姿を。

 あれに覚醒してから―――本当にそうなのかは今でも分からないが―――相対する敵の今際の声が聞こえるようにはなっていた。が、敢えて聞かないようにしていたし、それに慣れれば聞き流す事さえもできていた。

 では何故、この2人のそれを聞き流すことができなかったのかと問えば、答えに詰まってしまっていた。

 そうしたのは自分のエゴであり、間違いなく軍人としては失格である。

 

「とりあえず、しばらくはここで過ごしてもらいます。今後については……多分、アラスカに着いてから判断を仰ぐ事になるかと」

「アラスカ、ね……それじゃあ、一つ注文をつけてもいいかね」

「量販のコーヒーが嫌ってこと以外なら」

「それなんだがね、僕が君に渡したコーヒー豆が」

「コーヒーミルがないんですよ」

 

 そう言うと檻に囚われた虎ががっくりと項垂れて、その様子におかしくなってしまったサクヤが少し笑う。

 数日前に自分と死合っていた男とこうやってコーヒーを片手に談笑している……その事実は悪いものではない、と思えた。

 ただ、自身への問いの答えはコーヒーを飲み終わった後も出なかった。

 





いや、あの夜は久々に悪酔いしてあんまり覚えていなくてですね……

―――弁明する中尉

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