ジョージ・グレンらツィオルコフスキー号の面々が発見した地球外生命物体の存在の物的証拠、エヴィデンス01。
地球圏に持ち帰られたそれらの木星圏の遺物類は、例外なくL5コロニー群の研究施設に運び込まれ、現代の最新技術で本当に生命体であったかが確認された。
何度も念入りに行われた検証の結果、それは間違いなく、確実にかつて生命であった物であると証明された。
この結果により各国の宗教界は混乱に陥り、かつ後年のパレスティナ公会議においてエヴィデンス01とコーディネイターを議題とするも、議論は全く平行線のまま遅々として進まず、人々は旧世紀の『会議は踊るされど進まず』といった皮肉を再度引用してこれまで隆盛を誇ってきた宗教の権威を完全に失墜させた。
そして人々の注目がジョージ・グレンとエヴィデンス01に集まる中、月面にある資源採掘施設が建造されているエンデュミオン・クレーターに極秘に移送された別の遺物があった。
エヴィデンス01に熱狂する人々でその大きな遺物に気付く者はなく、資源採掘施設もそもそもが一大国家プロジェクトであったため、隠し通すのは容易であったという。
政府はこの遺物を人類が外宇宙へと進出するための足掛かり、旧世紀において入植のシンボルとして神格化されていた艦船の名前に因んで、『■■■■■』と名付けた。
さて、その■■■■■であるが、調査の結果内部には知的生命体が生活をしていたような痕跡が存在していた。
そして朽ちてはいるものの、現代の技術では及ばないような高度なシステムで構築されているようだった。
中でも私が注目したのが、その遺物の外壁である。
その外壁は、分子レベルで何かが含有された物質で構成されていた。
そして特筆すべきは、その物質が■■の■■■に反応、それそのものを■■できる性質を持っていることである。
このような物質は、人類史上遭遇したことがないだろう。
物質の研究が進み用いることができれば、再構築戦争時に研究された■■■■■■のコンセプトがオカルトや都市伝説といった類のものではなく、現実のものとして実現できるのではないか。
私は即座にこの■■■■■■計画を纏め上げ、上層部に提出した。
計画は即座に認可され、私をプロジェクトリーダーとして研究が開始された。
コーディネイターと違い、遺伝子を操作せず優れた人類を作り上げる。
これこそ、人類の進化ではないか。
―――■■■■■博士『皐月花研究記』(非公開文書)
◆◇◆
「頑丈過ぎるだろ……」
「生まれた時からずっと言われてます」
「にしたって……回復も早いしお前さん本当にナチュラル?」
ルーズベルト艦内医務室。
軍医がカルテとサクヤ少尉を交互に見ながら苦笑する。
本来であれば作戦の最中、終了後では負傷者が運び込まれてごった返し通路にまで並べられるような状況になるのがこれまでの医務室であったが、今作戦においては負傷者についてはたったの数名しか発生せず医務室も通常勤務と同じような態勢で、軍医が怪我人の手当てを行っていた。
怪我人が少ないのには、理由がある。
今作戦におけるモビルアーマー未帰還機の割合は75%。ほぼ全滅状態である。無事に帰って来れた者、そして帰って来れなかった者の2つに綺麗に分かれていた。
ザフトのモビルスーツの能力、そしてそれを用いた新たな戦術への対応の拙さ、その他諸々の混乱により、地球連合軍のモビルアーマー部隊は混乱の極みにあった。
虎の子部隊のメビウス・ゼロ戦闘隊は戦闘開始後すぐにその戦闘能力を喪失、他のモビルアーマー部隊は言うまでもなく敗走。
ザフトのモビルスーツ部隊がまだそれほどの数を用意できていなかったのか、後方の艦隊を叩くほどの戦力余剰は無かったのが不幸中の幸いであり、艦隊戦力はそのほとんどを維持して後退することができたもののモビルアーマー戦力の壊滅は地球連合軍にとっては大きな痛手であった。
そして自身のメビウス・ゼロと集成したメビウスによる即席の部隊で戦域を支えたサクヤ少尉は、動揺によって生じた隙により重傷。
彼にとって幸運だったのは、核攻撃直後の被弾でザフト自体も混乱の極みにあり、戦域のメビウス部隊によりすぐさま牽引され医務室送りとなった。
負傷者が少なく、すぐさま処置を受けられたのもサクヤの幸運の一つであった。
深々と刺さったコクピットブロックの破片は、しかしながら彼の命を奪う一因とはなりえなかったのだ。
「昔から身体は頑丈だし傷もすぐ治るんですよ。体質ですかね」
「とはいえしばらくは安静にしてくれ。モビルアーマーに乗るのも仕事するのもダメだ」
「それじゃ税金泥棒です。せめて報告書くらい……」
「治して現場に復帰するのもパイロットの仕事のうちだ。今は安静にしとけな」
軍医はそのままベッドから離れ、別の負傷者の方へと向かっていく。
その背中をぼうっと見やりながらサクヤは今回の作戦の経過を脳内で整理し始めた。
モビルスーツ、余りにも予想以上だったな……。
ザフトのモビルスーツ、ジンは対艦攻撃を主眼に置いた艦攻的運用をするものだと考えていたが、宇宙に適応した機動兵器としての3次元機動、豊富な武装、そしてコーディネイターの持つ反射神経等が相まって既存の兵器群ではもはや対抗する術は余りないだろう。
すぐにこちら側のモビルスーツ開発計画の方に合流しないと命が何個あっても足りないぞ、と思いつつどうすればそちらの方向に進むことができるかを考える。
再度MSに関する論文を書いて投稿する……これはもう駄目だろう。ここまで結果の出ないことを続けていても時間の無駄だ。
異動の希望を出す……これも望み薄だろう。ただでさえ少ない空間認識能力持ちかつメビウス・ゼロを操縦することができるパイロットの希少性は今作戦において不本意ながら高まってしまった。
よって、艦隊が手放すわけもなく逆調整が来ても出し渋ることになるだろう。
つまり、結論。
「詰んだなこれ……」
ア・バオア・クーで首を無くした白い悪魔とカチ合う。
ジャブローから逃げ出す輸送機に乗り遅れる。
直属上司がメッチャー・ムチャ。
偵察に出たら先遣の艦がダミー・バルーンであることに気付く。
そういうレベルの詰みだった。
あまりにもあんまりな未来予想図に絶望しながら、サクヤはふて寝の如く枕に顔を埋めた。
◆◇◆
「あらら、随分と派手にやられちゃって……だから言ったじゃないですか、モビルスーツの対抗策も確立されていないのに仕掛けるのはやめた方がいいって」
身形のいい金髪の青年がうんざりとした表情で、目の前に居並ぶ地球連合軍高官らの前で言い放つ。
会議室のモニターには、今回の作戦における連合軍の損耗状況、対するザフトの確認戦果の比較データが表示されていた。
報道官による民間への公式発表では、ザフトによるコロニーの自爆攻撃により大きな損耗を被り一時撤退というのが作戦の顛末としているが、プラントは核攻撃を受けコロニー『ユニウスセブン』が崩壊した、これは地球連合による卑劣な攻撃である、と大々的に宣伝され遂には『黒衣の独立宣言』が最高評議会議長シーゲル・クラインにより発表され、地球連合への徹底抗戦を呼びかけている。
いつの間にかモニターに表示されているのはシーゲルの演説映像が流されており、それを流し見ながら金髪の青年―――ムルタ・アズラエルは下手を打ったな、と考えた。
ブルーコスモス派の将校が独断で核弾頭を1発持ち込んでいたのはアズラエルの知るところではあったが、まさかコロニーに対してそれを撃つとは思っていなかった。
軍産複合体の理事たるアズラエルにとって、最も好ましい状況は常に緊張が続く冷戦状態である。
常に相手の脅威を喧伝することにより際限なき軍拡に持ち込むことができ、かつその状態が続けば安定した利益を得ることができる。
確かに戦争が勃発すればそれに対しての特需を見込むことはできるが、それはあくまで一種のカンフル剤を打った状態であり、そのカンフル剤が切れてしまえば尻すぼみ、先細りの経済状況が見えてくる。
泥沼の膠着状態が続けば、それはそれで安定した利益を見込むことができるが、しかしながらこれまでの人類はそこまで上手に戦争をコントロールできた試しはない。
寧ろ、今回の戦争においては一種の絶滅戦争になり得る可能性だってある……そう考えていたアズラエルは、この作戦には反対していた。
「大体、核を使うんだったら1発じゃなくて飽和攻撃を仕掛けるべきだったんですよ。こういう中途半端なことするから、連中だってつけ上がる……あーもう、その演説の映像いいです。止めて」
下士官が端末を操作してモニターに別の情報が映し出される。
宇宙において、反ブルーコスモス派が極秘裏に推し進めているモビルスーツ開発計画……地球連合製のモビルスーツの構想図がそこにはあった。
「さて、皆さん? このような状況になりながら、またモビルスーツの開発計画の却下なんて……しませんよね?」
アズラエルの言葉に異を唱える者はいなかった。
その中で、ブルーコスモス派でアズラエルの腰巾着と揶揄される将官の一人がアズラエルに尋ねる。
「しかし理事……それでは、あのハルバートンを利することになりますが」
「こんな状況で、それまだ言います?」
このような状況でもまだ派閥争いを気にするのか、とアズラエルはあきれた表情でその将官を見遣る。よくそんな判断力で将官の地位を手に入れられたな、と思いつつそういえば彼はコネと政治だけでのし上がってきたんだったという事を思い出す。
確かにアズラエルとしても対立派閥、反ブルーコスモス派の重鎮たるハルバートンを支援することに思うところがないわけでもない。
しかし、このような状況になった以上、モビルスーツを開発することが自社の利益になることは確実であり、かつ現段階で計画を進めているハルバートンにタダ乗りをして最終的には量産体制を自社で整えることができれば万々歳、という訳である。
「なんでしたっけ、ドーシュー・ゴエツ? 同じ船に乗りながらその船の舵を最終的に戴けばいいわけです」
旧世紀より伝わる故事を引用しつつ説明を終えたアズラエルは、ハルバートンの計画を正式に軍の開発計画として進めてくださいねと会議を締める。
ぞろぞろと出ていく将官の一人を呼び止め、アズラエルは数枚の書類を手渡した。
「これは……」
「ハルバートンの計画にタダ乗りする前に、こちらもMS運用の何かしらを習得していた方がいいですからね。とりあえず、このくらいの規模の部隊を用意してください」
将官がその書類に目を落とす。
はぁ、ふむ、と声を発しながらその将官は承知しましたとアズラエルに一礼した後に会議室から出ていく。
一人残されたアズラエルは、将官に渡した書類のコピーに目を落とした。
『特殊戦技教導隊(案)』