MS隊、どうにかしろ(無責任)   作:赤マムシX

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36話 ディヴァージョン

 

 地球軍最新鋭の艦、それもアークエンジェル型と同型の艦を任されたとあれば、少しの不信感はありつつもその任を全うしようと思うのが艦長席に座るナタル・バジルールであり、つい先日まではその気持ちに寸分の狂いも無かった。

 年下の女性に現を抜かし、酒に酔った自分を介抱して本当にベッドへ運ぶだけで終わった元交際相手が機動部隊の隊長であろうと関係なかった。

 噂を否定せずそのまま怒られていたのはいい気味だと思う反面、少し申し訳ない気持ちもあったが。

 ただ、今は少し関係がぎくしゃくしているが仕事には支障はなく、艦長と機動部隊隊長の関係で落ち着きつつあることは艦にとってもナタルにとっても都合の良い事であった。

 

「なーんか、妙ですネェ」

 

 それに比べて、隣に座るオブザーバーの民間人ときたらどうであろうか。

 現場主義であるのは結構であるが、ここは軍が所有する艦の中であり彼の会社の工場やオフィスなどではない。

 で、あるのにもかかわらず―――事あるごとに口を挟み、艦橋内で私的な会話を広げ、剰え今は、航行中に菓子の類を広げて食べ始めている始末。

 苦言を呈しても飄々と躱され、艦長さんもいかがデス?と勧めてくる彼に怒りを通り過ぎて完全に呆れてしまった。

 

 菓子を頬張るアズラエルから眼前のディスプレイに目を戻すと、リンクされた共通作戦状況図が表示されており、展開しつつある敵部隊と待ち構える我が方の部隊がそれぞれ赤と青の光点に分けられて表示されていた。

 オブザーバーの民間人―――ムルタ・アズラエルの呟きに眉を顰めながら、しかし彼の言う通り何かが妙だと自分の脳が判断しているのをナタルは知覚した。

 

「機動部隊の状況は?」

「会敵予想まで30セコンド、繋ぎますか?」

 

 いやいい、と返答しながら、手元のディスプレイに表示させた最新の敵の見積と状況図の敵の光点を見比べる。

 明らかに、数が少ない。

 

「パナマを落とすには微妙に数が少ないような気がしませン? ボクのシロート考えですがネ」

「……同意見です」

 

 不本意ではあるが、ナタルもアズラエルと同意見であった。

 大西洋連邦の最重要拠点の一つでもあるパナマを落とすには、表示された光点の数では些か不十分に思えた。

 無論伏兵の可能性は高く、本命の部隊が軌道上から降下してくる公算も非常に高い。

 しかしそれでも、何か違和感のようなものが拭えなかった。

 状況図の赤と青の光点が、間もなく接触する距離に差し掛かる。

 そして―――赤の光点が次々と消えていった。

 

「モビルスーツ隊、敵と接触! 撃墜報告5!」

 

 オペレーターからの華やいだ声に、艦橋が一気に湧き上がる。

 

「戦闘中だぞ! 集中しろ!」

 

 クルー達に気を抜かないよう諫めながら、ナタルはちらと隣のアズラエルを見遣った。

 同じように湧き上がっているかと思えば―――眉を寄せ、訝し気に状況図を見つめていた。

 

「………………」

 

 次々と届く撃墜報告にナタルの諫める声も届かず、艦橋内のボルテージは留まることを知らず上昇していく。

 それもそのはず、『GAT-01A1 ダガー』と『GAT-01 ストライクダガー』を主力とし、それを率いるのは地球軍指折りのエースパイロットと、反撃の旗印たる『GAT-X105 ストライク』。

 出撃しているナタル達は知る由もないが、次々と届く撃墜報告にはパナマ基地内でも同様に熱狂し、既に戦勝ムードすら漂っていた。

 

「艦長サン、変だと思いませン?」

「ええ……」

 

 ナタルが首肯すると同時に、前線で戦う機動部隊の隊長に通信を繋ぐ。

 戦闘中で繋がらない可能性もあるか、とも思ったがそれは予想に反してすぐに繋がった。

 

「艦長。丁度良かった、今連絡を入れようとしていたんだが」

「なに?」

「敵の規模と練度に違和感がある。あまりにも薄いような……」

 

 艦のディスプレイに光学カメラで捉えたI.W.S.Pを装備したストライクがコンバインドシールドに備え付けられた30mmガトリング砲でグゥルに乗ったジンを蜂の巣にしつつ、近付いたディンを対艦刀で切り裂いている姿が映し出された。

 それと同時に、ナタルの手元のディスプレイにストライクから送信された最新の敵情データが届く。

 サクヤの手際の良さに感心しながら、自分達の考えは間違っていないことを確信した。

 

「やはり、予想された戦力よりも薄い……」

 

 次々と数を減らしていく赤い光点に比し、味方を示す青い光点はほぼ消えていない。

 上陸した敵が海岸線に備えられたトーチカをいくつかは潰しているものの、それも散発的なもので次々と対処に現れたダガーとストライクダガーの部隊に撃破されていく。

 軌道降下対処に予備として待機している特殊戦技教導隊も全く出番がないまま、第13独立部隊が敵を殲滅してしまいそうな勢いだ。

 

「パナマ基地へ伝達。対空警戒を厳に、それと合わせて敵の軌道降下の前兆がないか問い合わせてくれ」

「了解!」

 

 通信手が威勢よく答え、パナマ基地へと通信を繋ぐ。

 光学カメラ映像では地球軍のモビルスーツ隊が上陸した敵を撃破していく姿に加え、SFSに乗り編隊を組んだストライクダガーが、補給のため離脱するストライク+I.W.S.Pのカバーに入る姿が映し出されていた。

 ストライクに着艦許可を出しつつ、ナタルは敵の行動について考える。

 

 最重要拠点たるパナマを攻め落とすのならば、海岸からの上陸と軌道降下の2正面対処を強要してくるのではないのか。

 にも拘らず敵は、未だ機軌道降下の支とうとなる地域はおろか海岸堡の確保すらできていない。

 ストライクダガー等のモビルスーツ隊の活躍が予想外だったのか、と考えるが流石にそれは楽観が過ぎるだろうと切り捨てる。

 では、何故―――と考えたところで、これ(パナマ)は陽動で本命が別にあるのでは、という考えが浮かぶ。

 

 ―――本命? どこに?

 

 華南(カオシュン)とビクトリアは既にザフトの勢力圏内にあり、この状況でオーブに攻め込むのは流石にザフトもそこまで愚かではない、と考える。

 ならば、とナタルの脳内に浮かび上がってきたのは。

 

「アラスカに……?」

「……中々、笑えない冗談」

 

 ナタルの独り言を拾い上げたアズラエルが、渋い顔をしながら頬杖をつく。

 連絡を、と腰を浮かせかけたナタルだったが、突然正面のディスプレイに映し出されたサザーランド大佐の顔面を見れば、それは遅きに失したようであった。

 パナマ基地内の彼の後方では、幕僚達が顔面蒼白になりつつも忙しなく動き回っていた。

 

「サザーランド大佐、何が―――」

「してやられた! 奴らの目標はここパナマではない……! アラスカ(JOSH-A)だ!」

 

 額に脂汗を浮かせ、苦虫を噛み潰した表情でサザーランドが吐き捨てる。

 やはり、と考えるよりも狼狽えの方が強かったようで、ナタルは目を見開き硬直する。

 

「教導隊もこちらに引き上げてきたのは、完全に悪手でしたネェ……残っている戦力は?」

「守備隊の数は十分ですが、モビルスーツは……」

「ンじゃあ、どうしまス? 13部隊だけ、転進させてもいいと思うんですガ」

 

 流石にそれは、とナタルが抗議の声を上げる。

 前線の敵は順調に数を減らしつつあるが、ザフトがアラスカとパナマの2正面作戦を採用している公算も未だ捨てきれていない。

 そこで第13独立部隊、ドミニオンを転進させるのは移動時間も考えれば完全に悪手であるとしか言えない。

 転進して引き返せない地点まで到達した時に敵の軌道降下を受ければ、パナマが陥落する可能性も十分にあり得るのだ。

 

「ま、ボクは民間人のオブザーバーなので……判断は君達に任せますヨ」

 

 気楽な、という怒声が喉元まで出掛けたのをすんでの所で抑えて、ナタルは艦長席に座り直し再度思考を始める。

 右舷のカタパルトから、補給を終えたストライクが再度出撃して、やや遠慮がちに飛び出していく姿が見えた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「どうもおかしいと思ったんだが、こいつは……!」

 

 迎えの潜水艦が待機している地下ドックから離れ、アークエンジェルへ戻ろうとしていたムウは妙な違和感に足を止める。

 拳銃のスライドを引き、初弾を薬室に送り込んだのを確認するとムウはその違和感の方向へと歩みを進めた。

 戦場においては、何度も感じたことのあるざらりとした不快な感覚。いつもと違っていたのは、その中にナイフの質感にも似たひんやりとした切っ先を突き付けられるような感覚もあった。

 まさか―――奴か!?

 

「クソッ! どうしてこうも易々と、敵の侵入を許すもんかね!?」

 

 不快な感覚の方へと急げば、ますますナイフの切っ先が眼前に突き付けられるような感覚が迫ってくる。

 最早身体にナイフを捩じ込まれたのではないかと感じる程に強く感じるその場所、管制室の手前に差し掛かったムウは半ば開いたドアの隙間から室内を見遣る。

 警報が発令中にもかかわらず、人の声一つすらしない。それどころか、管制室には全く似つかわしくない、鼻をつくような鉄の臭い。

 血だ、と知覚する前にムウは管制室に飛び込み拳銃を乱射していた。

 コンソールの合間から見える、肩まで波打つ金色の髪。そして、この場にいるはずのないザフトの指揮官用制服。

 

「ラウ・ル・クルーゼ!」

「フッ……久しいな、ムウ・ラ・フラガ?」

 

 なめらかな声が銃声と血の臭いで満ちる部屋に響いた。

 クルーゼが自分のことをはっきりと認識していることにムウは気付くが、しかし今日はいつもと違い身体に纏わりつくざらつきと共に鋭さも含まれていた。

 

「ここで会ったが、と言いたいところだが今は貴様に付き合っている暇は無いのでな」

 

 どこか聞き覚えのあるような声で、こちらに投げ掛けてくるクルーゼにムウは不信感を覚える。

 物陰からその姿を再度見ようと、首を巡らせるが動いた途端に銃声が響き、近くのコンソールが爆ぜた。

 数度の銃声が止んだのち、陰から躍り出たムウが視界に捉えたのは制服の裾を翻して管制室の外へ飛び出すクルーゼの姿だった。

 すぐにドアが閉じ、その部屋の中にはムウだけが取り残される。

 あとを追うべきか、と逡巡したがそれよりも―――彼がこのコンソールで何を見ていたのかが気になった。

 そして、一人残されて周りを見る余裕が出来たからか何とか周囲を見渡してみると、そこは辺り一面血の海で膝をついていた自分の制服のズボンも、流された血で濡れていることに今更気が付いた。

 

「あいつが、これを……?」

 

 そう考えるも、拳銃しか持っていない1名だけでここまで出来るのだろうか。

 いくらコーディネイターとはいえ、そこまで……とクルーゼが見ていたデータパネルに近付いていく。

 どこかで見覚えのあるような、一つ目に似た巨大な構造物。

 これは……と思い出した瞬間、背筋をぞわりと死神の鎌が撫で回す。

 次の瞬間、ムウは管制室を飛び出していた。

 

「ふざけやがって……!」

 

 最早、クルーゼも管制室の地獄も関係ない。

 それ以上の地獄が広がることを、アークエンジェルに伝えなければならない。

 全てが、手遅れになる前に!

 管制室で斃れていた彼等が全て大西洋連邦の軍人であったことは、知る由もなかった。

 

「クソッ、クソッ、クソッ……!」

 

 捨てられた、見捨てられた、見限られた……そういった感傷の類は一切なかった。

 ただ、現実としてエンデュミオン・クレーターでの忌まわしい記憶はこの地で蘇ろうとしていて、今度もまた自分の思い出を呑み込もうとしている。

 同じ記憶を持っているはずの、アークエンジェルで共に死線を潜り抜けてきたあいつ(サクヤ)はこのことを知っていたのだろうか。

 だとすれば―――やり場のない憤りを拾ったバイクの速度に変えながら、やっとの思いでゲートまで辿り着く。

 戦場の喧騒でごった返すそこでは、バイクから飛び降りたムウを気にする余裕もなく機体から負傷したパイロットを引き摺り降ろし、応急処置に整備士達が機体に取り付いていく。

 

「おい! ここの指揮官はどこに―――」

 

 ムウが言い終わる前に、爆音がその声を遮った。

 咄嗟に物陰へと飛び込み、様子を伺うと破壊されたゲートから侵入したモビルスーツが1機。そのディンのモノアイがギロリと煌めき、重突撃銃が周囲一帯にばら撒かれた。

 駐機された機体が火を噴き、基地内の設備に76mmの弾丸が破壊を振り撒いていく。

 兵士や整備士すらも肉片に変えたディンが続々と進入したジン達を伴い、基地の深部へと向かうのを呆然と見送ったムウは、はっとして周囲に生存者がいないかを見渡した。

 しかしその一帯に動く者の気配はなく、最早無機物と有機物だったものが転がっているだけだった。

 

「クッッソォォ!!」

 

 転がっていたヘルメットを拾い上げ、奇跡的に無事に見える1機の『F-7D スピアヘッド』に走り出してその機体を確認する。

 あの破壊の暴風の中で、機体が奇跡的に無事なのは自分の悪運がまだ尽きていないからだろうか。

 ムウはコクピットに飛び込み、慣れた手つきで機体を立ち上げていく。

 

「チッ! あんなことは繰り返しちゃならんだろうに、何でまた!」

 

 怒りをぶつけながらも、散乱する残骸を巧みに避けながらムウは機体を発進させた。

 目指すは、孤軍奮闘するあの艦。

 最早、自分の家と言っても過言ではない、あの艦へ。

 

「間に合ってくれよ……!」

 





……パパ?

―――赤い髪の少女

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