MS隊、どうにかしろ(無責任)   作:赤マムシX

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37話 翼よふたたび

 

 コーディネイターの住まう宇宙に浮かぶ島、プラント。

 その中にあるアプリリウス市には政府高官らの邸宅が並ぶ地域があり、一際目を引くのは元プラント評議会議長の、現在の穏健派のトップでもあるシーゲル・クラインの邸宅だ。

 その庭園でぼうっと風景を見遣るのは何の因果か、この邸宅に運び込まれたキラ・ヤマトだった。

 

 イージスとの戦闘の際、キラは自分の死を知覚した。

 ただ、そこで思い出せるのは真っ赤に染まる視界で急速に色を失っていくイージスの姿、その姿を覆い隠すように閉じていくシャッター。

 そして、温い雨が身体に染み込んでいく感覚。

 そこからの記憶は無く、気がつけばこのプラントの中の邸宅へと運び込まれていた。

 外界との接触もなく、ただぼうっと身体と心の傷を癒しつつ過ごす日々。

 ラクス・クラインという少女との関わりはキラにとって柔らかく染み込んでいく薬のようなものであったが、しかしたまに訪れるドゥリンダナというサングラスの男性との交流も新鮮な風の一つでもあった。

 当初は素性の知れない風貌でもあり若干の警戒をしていたキラだったが、彼と親しい様子のラクスを見てそれは杞憂だと分かった。

 

「やぁ、キラ・ヤマトくん……体調は、どうかね」

「おかげさまで……連合のぼくに、ここまでしていだたくなんて」

「彼がここまで運んで来た時の君は、中々にひどい状況だったが……ここまで回復するとは、やはりこの御屋敷の環境が君に合うからかな?」

 

 彼についてきたラクスがあらあらうふふと微笑む。

 キラをここへ運び込んだドゥリンダナの知人とは、まだ出会えていない。

 その事を尋ねると彼は少し寂しそうな顔をして、友人はまた地球へ戻ってしまった、と言うきりだった。

 持ってきたティーセットを広げ、お茶の準備を始めるラクスを横目に2人が庭園の中の丸テーブルにつく。

 菓子類が並び、お茶の香りが周囲を満たしていく。

 供されたお茶に口を付けた後、サングラスに影を落としながらドゥリンダナが口を開いた。

 

「……アークエンジェルという艦、君の乗っていた艦かね? それは、僚艦とともにアラスカへ到着したようだ」

「!」

 

 キラがどきり、とした表情で固まる。

 その表情を見、男は沈痛な表情になりティーカップを戻してからキラをじっと見つめた。

 

「これを、君に言うべきかは迷ったのだが……もうじき、ザフトは地球連合軍総司令部であるアラスカへ侵攻する」

 

 アラスカ。

 何度も何度も口に繰り返された最後の目的地。

 そこには、アークエンジェルとドミニオンが―――

 動揺し、震え始めるキラと気づかわしげに寄り添うラクス。

 2人の様子を見ながら、彼は尚も深刻そうに続けた。

 

「『コーディネイターの正義を示し、自由を勝ち取る』……ザラ議長の言い分も、理解はできる……が、我々はもう戻れないところまで来てしまっているのではないだろうか……」

 

 ドゥリンダナが大きく息を吐き、テーブルの上で息をつく。

 これまでの安らぎが仮初のモノであったこと、アラスカに迫りつつある危機を意識したこと、その2つがキラを戦争へと引き戻そうとしていることを悟り、圧倒的な恐怖が彼を襲う。

 恐怖の中で、ストライクのコクピットの中で感じた衝撃と熱、痛みすらも蘇ってきそうだった。

 ただ、蘇る恐怖の中に、それを優しく消してくれる記憶もあった。

 なんとかそれに意識をフォーカスさせ、なるべくそれを思い出そうとする。

 

 自分と共にアークエンジェルに乗ってくれた友人たち。

 自分と共に戦った大人たち。

 その中でひときわ輝くのは、自分と背中合わせで死線を潜り抜けてきた同じストライク。

 その大事な人たちは今、アラスカにいて……

 

 ラクスの淹れてくれたお茶は既に冷え切ってしまっていた。

 それでも男はキラをじっと見つめており、彼の答えを待っているようだった。

 

「キラ……」

 

 ラクスが心配そうに覗き込む。

 安らかで、美しいこの場所にいつまでもいられるのであればそれはどこまで幸せなことだろうか、と思う。

 そうは思う、しかし今、自分と共に生きてきた人々がまた戦禍に晒され、命を失うかもしれない―――そう考えた時に、キラは理解していた。

 理解してしまっていた。

 

「ぼくは、行きます」

 

 サングラスの下ですっと目を細める気配がした。

 これまでで初めて感じる雰囲気だったが、キラはそのまま続けた。

 

「アークエンジェルに……みんなのところへ、戻らないと」

「そうか……理由を、訊いてもいいかね?」

 

 ゆっくり頷きながら、キラはこれまでのことをもう一度思い出す。

 ヘリオポリスから、宇宙を経て砂漠、大海原、故国、そして最後にかつての親友と殺し合った島々……

 どれも辛く悲しい思い出であるが、その中にあっても友人や仲間達との輝く思い出は残っている。

 ならば、と。

 ならば、そのためにみんなのその先を……未来を守らなければならない。

 

 そう答えたキラの瞳をじっと見据えたドゥリンダナは、ラクスに視線を向けた後、ゆっくりと頷いた。

 

「平和の歌を―――」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 果敢に抵抗していた最後のジンへ、ストライクダガーが3機がかりで囲んでビームサーベルを突き立てる。

 まるで生身の人間がそうするように少しの痙攣のあと、ビームサーベルを引き抜かれたジンが倒れ、爆発した。

 

 今作戦における、パナマ侵攻は陽動―――そう判断したサザーランドは、基地の防衛戦力及び第13独立部隊、特殊戦技教導隊に基地防衛を再度下命。

 アラスカへは今から出て敵の攻勢に間に合うはずもなく、そして万が一移動後にパナマを強襲された場合……を考えれば、強硬論で知られるサザーランドもその動きを硬直化せざるを得なかった。

 

「隊長、今ので最後のジンのようです」

「分かった。2小隊は警戒を継続、1小隊はドミニオンに帰艦して補給と休息を取れ。俺も一時帰艦する」

「了解」

 

 各小隊長から報告を受けたサクヤは、指示を出しつつストライクをドミニオンへ着艦させた。

 部隊の損害はほぼ皆無と言ってもよく、初陣としては最高の滑り出しだろう。

 しかし、サクヤの心中は全く晴れ晴れとしたものではなく後悔と懺悔の念で満ちていた。

 

「知っていたのに、結局何も言わなかったんだものな……」

 

 アークエンジェルのクルー達にはそれを伝える手段はいくらでもあった。

 それをしなかったのには、いくらでも理由はあったし自分に対しての言い訳もできた。が、どれもしっくりくる内容ではなかったし結論として自分は戦友を見捨てたのだ。

 グリマルディ戦役で自分達を生かしてくれた戦友達に、どういった言い訳が出来ようか。

 自分の知る限りでの流れでは、アークエンジェルは生き残りキラも生きている。

 しかし、目の前に爆散したキラのストライクに加えてここパナマへのドミニオンの参戦。

 間違いなく流れはどこかが変わっており、キラとアークエンジェルも無事かどうかそれすら確信できない。

 

 そう考えながらぼうっと艦橋へ向かい中に入り込む。

 自動開閉のドアを潜り抜けた瞬間、ぐるぐると脳内を回る心配を吹き飛ばすほどにその中は混乱していた。

 

「アラスカと連絡は取れないのか!?」

「パナマ基地から、現在コンタクト中の模様!」

「何で軍のシステムが連絡取れないんだ! ああもう、あそこのシステムの会社は……!」

 

 ナタルとアズラエル、その他クルーを含めて天地がひっくり返ったような喧噪に一瞬、サクヤは呆気にとられるもすぐにアラスカ関連か、と思い直す。

 やはり起きたかと眉間に皺を寄せるが、しかしどこかおかしいことに気付く。

 

 アラスカの件は、ユーラシア連邦など今後大西洋連邦にとって潜在敵となり得る存在と切り捨てる対象とされた部隊が囮として残され奮戦止む無く、という筋書きのはずだ。

 にもかかわらず、艦橋の中ではクルー達がひっきりなしにかかってくる通信を交わし、ナタルが矢継ぎ早に(半ば混乱しながら)指示を出し、アズラエルはどこかに通信を繋いで電話口で騒ぎ立てている。

 モニターに映っているサザーランドも怒鳴るように幕僚へ指示を出し、縮こまりながら電話と交互に話して喚くアズラエルの相手をしていた。

 

 何かが、どこかがおかしい。

 ボタンを掛け違えたような違和感と共に、様々な可能性が浮かび上がり脳内でシャボン玉のように破裂していく。

 何が起きている、何が……と艦長席の近くまで歩いていくと、少し疲れた様子のナタルがちらとサクヤを見た。

 

「艦長」

「パナマは陽動、本命はアラスカだったようだ……アラスカとは、連絡が取れない」

「……アークエンジェル、は?」

 

 サクヤの問いに、ナタルは目を瞑り首を振る。

 聞く資格がないのは分かっているが、しかしそのことは確認しておきたかった。

 現状で伝達されている限りの情報をナタルから得たサクヤは、次にアズラエルの近くへと寄る。

 相変わらず電話口で喚いていたが、サクヤを認めた途端に大きく息を吐いて受話器を元の位置に戻した。

 

「いやァ、お見苦しいところを。状況は理解してますネ?」

 

 努めて平静を保っているようではあったが、苛立ちは覆い隠せないようでひじ掛けに乗せた指が一定のリズムで叩き続けている。

 どうやら、アズラエルはこの件に関して本当に何も知らないようだと直感した。

 心を読むまでもなく、その仕草で苛立ちと動揺は完全に隠せていない。

 

「ええ……」

「あー、サザーランド大佐? これからドミニオンは、アラスカへ向かう。これでいいですネ?」

 

 アズラエルは、その先は言わない。

 明確な行動方針を示すのがトップの仕事。それを具体化して仕事(任務)とし、各所の調整に奔走するのがその下の仕事と理解しているからだ。

 そして本来それをすべき立場であるサザーランドは、浮かんだ汗を拭いながら反論した。

 

「しかし理事、第13部隊はパナマの防衛にっ」

「ボクはネ、行き詰まることがあれば次のステップに移るべきだと常々思ってるんデス。パナマのことは、教導隊がいるんでショ?」

 

 それはそうですが、とサザーランドが答えに窮する。

 ナタルとサクヤは口を挟めず、視線を2人の間で右往左往させていた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 そこは何かの工場らしき格納庫のような場所で、高さも床面積もかなり広大な空間であった。

 その中を進むラクスとキラ。ライトが落とされているためにその場に何があるかは分からない。

 ドゥリンダナから渡されたザフトの制服を着て、戸惑いながらもキラはラクスと共に進んでいく。

 

 平和の歌を歌う―――それが何を意味するのかは分からない。が、しかし彼女が何か決心して、自分をここへ連れてきたのだと理解することはできた。

 キャットウォークを進んでいくと、ラクスがあるところで手摺を掴み動きを止めた。

 その瞬間、ライトが点灯してその場にあったものが煌々と照らし出される。

 突き出した4本のアンテナ、見覚えのある両の眼と顔つき―――

 

「ガン、ダム……?」

 

 Xナンバーの……特にストライクに酷似した頭部に、背部にはシグーのそれと似た巨大な翼を持つ鉄灰色の機体。

 思わず、かつての愛機につけていた名前―――そういえば、あの人もそう呼んでいたような―――を呟いてしまう。

 

「ガンダム……? 強そうな名前ですが、この機体は『ZGMF-X10A フリーダム』です」

 

 ガンダムという名前も強そうでいいですわね、と無邪気に笑うラクスだったがキラは唖然としてその『フリーダム』と呼ばれた機体と彼女を交互に見た。

 恐らく奪取したストライク以外のGAT-Xの特徴や機能を取り込んでいるから、その形が少し似ているのだろう、とキラは思う。

 この機体色は恐らくPS装甲を採用しているから、右手の武器はザフト製の小型ビーム兵器だろうか、と分析していくうちにこれはザフトの新鋭機でかつ、極秘とされるものではないだろうか―――とキラははっとする。

 恐らく彼女は、これを見せるためだけに自分をここまで連れてきたのではない。

 その事実に圧倒されながら、キラは再びラクスを見た。

 

「ザフトの自由と正義の象徴……この機体は、そう願って作られたものです」

 

 眩しそうにフリーダムを見た後、彼女が深いまなざしをキラに向ける。

 

「思いだけでも、力だけでも、駄目なのです。だから……」

 

 再度見つめ合うと、時が止まったかのように無音の時間が訪れる。

 2人の間には、ただそれだけで十分だった。

 

「きみは、だれ……?」

 

 互いのことを深く理解しあった瞬間、キラの口から言葉がこぼれた。

 ラクスは、その疑問にこれ以上なく柔らかな声で答えた。

 

「わたくしはラクス・クラインですわ。そして、あなたはキラ・ヤマト」

 

 その答えに、キラはただ一言、同じく柔らかな声で答えた。

 

「ありがとう……」

 





消えろ、コーディネイター共。

―――第13独立部隊MS隊所属のパイロット

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