時計が9時を指す。
それと同時に、洋上に浮かぶ地球連合軍の艦隊から巡航ミサイルが打ち上げられ、それらの多くがオーブ本土へと狙いをつけ殺到していく。
領海線上に展開したオーブ軍の艦艇がそれらを迎撃し始め、同じくして本土の海岸線に並べられたトーチカと高射砲が撃ち漏らした巡航ミサイルに狙いをつける。
護衛艦隊のうちの一隻を預かるトダカ2佐は、敵の慣用戦法における着上陸前打撃の一節を思い出していた。
「……実際、始まってみると案外教範通りのことなんだよな」
傍らに立つ副長が無言のまま頷く。
洋上で睨み合っている間に修正・深化された見積は常に護衛艦隊にも共有され、この着上陸前打撃の目標と目的は明らかになっていた。
「我の地上戦力をこの打撃で50%以下まで減殺後に上陸……とは言うものの、この程度なのか?」
「沿岸部の陣地、現在まで損耗報告ありません」
「SAMとCIWS、2割を射耗」
各部署から上がる報告を聞きながら、トダカは敵のどうにもやる気のない着上陸前打撃の目的を推測する。
敵部隊の中核―――ユーラシア連邦軍が大多数との情報見積―――はビクトリア攻防戦で確認された新型モビルスーツで、それを着上陸、もしくは空挺降下させるための条件作為としての打撃がこれなのだろうが、あまりにもやる気を感じられない。
軽めのジャブというべきか、どこか推し量られているような感じがしてならない。
ではこの打撃の意図するところは……と考えていたところに、これまで沈黙していたソナー員が血相を変え、トダカに報告する。
「海中に反応! 潜水艦ではありません! 接近中!」
「何だと?」
艦のソナーが捉えた反応は、しかしデータベースに登録されている潜水艦の音紋とどれも一致せず、類似点すらも見出すことができない。
ただ、その不明な反応から発射音に似たようなもの、そして海中を進む推進音が聞こえてくればそれは何らかの艦艇もしくは機動兵器で、それに対する対処を発令することは容易だった。
ただし、未だザフトの水中用モビルスーツへの対応を検討している最中のオーブ軍では、従来通りの潜水艦に対する対応になってしまうことが、彼らにとっての不幸だった。
「デコイ発射と同時にアスロック準備! データ入力次第発射!」
オーブ軍へ降りかかる不幸。
その一つは艦艇に向けて放たれたミサイルがデコイによって惑わすことができるような誘導方式でなかったこと。
もう一つは、今対処している敵が潜水艦のような従来の兵器ではないことだった。
「推進物、なおもこちらに近付く! デコイ、抜けられました!」
「総員、衝撃に備……」
瞬間、轟音と水柱とともに艦隊が揺れる。
これまで感じたことのないほどの衝撃に、トダカは一瞬自らの意識を手放しそうになるが艦長たる自身、そして軍人としての責務が辛うじて彼の意識を繋ぎとめていた。
ダメージコントロール、と叫んだような気がする。
「状況報告!」
「我損耗多数! 旗艦との連絡、途絶!」
ぐらつく視界と思考を奮い立たせ、報告で周囲の状況を確認して応急修理の指示を出しながら、何が起きたのかトダカはつい先ほどの記憶を反芻する。
艦のソナーに反応した正体不明の物体、デコイを無力化した推進体、艦を一撃で行動不能にせしめる破壊力。
トダカの艦は運よく標的から逸れて撃沈は免れたようであったが、それでも味方の被害は甚大だった。
旗艦は撃沈され、艦隊は指揮統制機能を喪失。
指揮系統の次級者も乗艦する艦が多く沈んでいることで、混乱も起き始めている。
完敗だな、とトダカは前方に展開する地球連合軍艦隊を睨みつけた。
「……旗艦撃沈及び次級者不明のため、私が艦隊の指揮を執る。動ける艦は指定されたポイントまで後退。脱出した者は可能な限り救助せよ。繰り返す……」
転進するオーブ軍護衛艦隊、それと打って変わって敵艦の多くを無力化した地球連合軍艦隊は悠々と進路をオーブ本土へ向け、前進させていた。
「アレの調子は、良好なようだな?」
「はっ、問題なく全弾命中しております」
艦隊旗艦の艦橋で、司令席に座る男、ビラード中将が傍らに立つジェラード・ガルシア少将に訊く。
オーブへの武力行使―――特別軍事作戦と銘打たれたこの軍事侵攻は現在のところ順調に推移しており、今は幕僚たちが艦隊及び本土に対する攻撃の戦闘損耗評価を実施しているところであり、その様子をちらと眺めながらビラードは手元の端末でガルシアから提供されたデータを眺める。
全高40m近く、全身に張り巡らされた武装と防壁、そしてそれを操る3名の特務兵……未だにこれが有効に機能するのか、有用な兵器足りうるのか。
果たして提出された確定戦果とその評価は、ビラードの疑問を吹き飛ばして自信を植え付けるには十分すぎるものであった。
領海線上に展開していたオーブ護衛艦隊はその機能を喪失し、作戦海域から撤退。
こちらの損失は、あえて言うのであれば射耗した各種ミサイルといった程度。
あまりにも、圧倒的な戦果であった。
「圧倒的じゃないか、モビルアーマーというものは」
グリマルディ戦役をともに生き抜いたかつての上官からの言葉に、ガルシアの頬が緩む。
一時は准将まで降格したビラードを、再び中将の地位までに押し上げたのは他でもないガルシアであったが、彼はそれを驕ることなくビラードに尽くしている。
それほどまでに、ビラードが将兵たちから信頼されている証左でもあった。
「はっ! 上陸すれば、更に活躍できるものと」
「では、信じよう。モビルスーツ隊に発進準備をさせろ!」
ビラードとて、この作戦に疑問がないわけでもない。
ユーラシア連邦にとって脅威足りうる敵拠点であり、重要拠点の一つでもある高雄のマスドライバーでなくオーブを攻める意義は何であろうか。
間違いなく政治的マターの絡むそれであると認識していたし、そうであるならば最大の戦力を早期に投入して片を付けるべきだというのがビラードの見解でもあった。
ただ、ガルシアだけは……特務部隊Xの指揮官は、そうでなかった。
◆◇◆
「護衛艦隊が全滅……!?」
『MBF-M1 M1アストレイ』のコクピットで待機していたアサギが、司令部から伝達された情報に眉を顰める。
着上陸前打撃を避けるために、地下格納庫で待機していたM1アストレイの部隊は護衛艦隊全滅の報とともに、出撃命令を受領していた。
時を同じくして、アークエンジェルもドックから出港して迎撃態勢を整えている。
海上戦力の壊滅に大きな不安を覚えるアサギであったが、もとより自分達が動く際は海上戦力の援護は期待できない状況だ。
「カグツチ隊は、出撃せよ!」
司令部からの命令を受け、格納庫内のM1アストレイのツインアイに光が灯る。
格納庫から次々と飛び出し、事前に指示された通りに各モビルスーツが配置に着く。
「着上陸前打撃、受けたんじゃ……?」
「どうなってるの……」
攻撃を受けたと思えないほどに無事な施設ばかり。
訝しむアサギ、マユラ、ジュリの3人だが任された浜辺の警戒監視を実施すべく、分担して3機で担当地域にスキャンをかける。
「周囲に反応、なし」
「……って、いたとしてもさ」
モビルスーツの兵装で人を撃てる? とマユラが聞く。
これまでのシミュレーションでは、仮想敵として現出していたのはザフトのジンであったり、もしくは地球連合軍のダガー系列機といったモビルスーツばかりで、対人攻撃は全く想定していなかったのだ。
聞かれた2人は押し黙ってしまい、聞いたマユラもばつが悪そうに謝った。
「ごめん、変なこと聞いちゃった」
「ん……でも、いたら撃たなきゃいけないもんね」
3人は再び担当区域に視線を戻す。
静かに凪いでいる海が眼前に広がっているが、装甲越しにもシミュレーションとは全く違う、戦場の雰囲気がびりびりと伝わってきているような気がした。
「レーダに反応! 敵ミサイル第2波、接近!」
司令部からの入電に、機体のFCSを起動させて伝送された目標情報を入力、右手の71式ビームライフルと頭部のイーゲルシュテルンをスタンバイ状態にする。
ややあって、殺到するミサイルが各兵装の射程圏内に入った。
「当たってぇっ!」
アサギが発砲したのを皮切りに、沿岸部に立つM1アストレイ部隊がミサイルの迎撃を開始する。
第1波よりも数が多く、若干の損害を受けた迎撃部隊だけでは厳しいものがあったがしかしモビルスーツの支援を受けた状態であるならば、迎撃は間に合っていた。
ただ、第1波と違ったのは支援を受けつつ前進する強襲揚陸艇の存在だった。
「アサギ、上陸部隊が!」
「っ、ミサイルの数が多すぎ!」
ミサイルの迎撃を中断して、接近する揚陸艇に狙いを定めようとすれば殺到したミサイルに撃破されてしまう。
現に、それによってモビルスーツへの損害も出始めていた。
第2波のミサイルが途絶えかけた頃、沿岸部にたどり着いた揚陸艇のハッチが開きそこからモビルスーツが次々と吐き出される。
ユーラシア連邦軍のハイペリオンGだ、と認識した瞬間には機体を移動させ、戦闘態勢を取っていた。
「イザナギ海岸に敵モビルスーツ部隊が上陸! 交戦します!」
海岸に上陸したハイペリオンGの部隊に、M1アストレイ部隊が攻撃を仕掛ける。
機動力で勝るM1アストレイだが、モノフェーズ光波シールド『アルミューレ・リュミエール』を装備したハイペリオンGに決定打を与えられず、また初の実戦で戸惑うオーブ軍のパイロット達に対して、ユーラシア連邦軍のパイロットはビクトリアでの経験をもとに、前進して着々と海岸堡を構築するための縦深を確保していく。
「キラ・ヤマト、フリーダム! 行きます!」
「ムウ・ラ・フラガ、ストライク! 出るぞ!」
「トール・ケーニヒ、ダガー! 出ます!」
苦境に陥ったオーブ軍を救援すべく、アークエンジェルからキラとムウ、そしてトールが出撃した。
キラはフリーダム、初陣のムウとトールはそれぞれ修復されたストライクとアラスカ寄港時に補充として受領したダガーに乗り、戦域へ急行する。
フリーダムが瞬時に数機をロックオンすると、5つの砲口から閃光が迸る。
狙われたハイペリオンGは、遠方からの狙撃に光波防御シールドの展開が間に合わず一瞬にして戦闘能力を奪われた。
「っ!」
そして空中から落下しながら両手でビームサーベルを引き抜き、アサギ達と近接戦闘を繰り広げていた敵機の腕を切り裂いた。
混戦状態の最中であったが、一瞬の出来事とその凄まじい戦闘能力、そして見たこともない機体に敵のみならず味方までもが呆然と動きを止める。
「おーおー、すごいもんだねぇ! どうせ俺たちゃ新米だけど、ねぇ!」
「お、俺だってぇ!」
動きを止めた敵部隊に、マルチプルアサルトストライカーを装備したパーフェクトストライクとランチャー装備のダガーが飛び込んで敵を切り裂き、薙ぎ払う。
「ほらっ! 嬢ちゃん達! ぼさっとしてると、また次が来るぞ!」
呆然としていたアサギ達だったが、ムウの檄で我に返り移動を開始する。
浮足立っていた敵もフリーダム等を新たな脅威として認識し、態勢を立て直して再度攻勢に転じた。
「やあああっ!!」
アサギのM1アストレイが、左腰部に増設したウエポンマウントからI.W.S.Pに装備された同型の対艦刀を引き抜き敵に斬りかかる。
サクヤのストライクが使っていたものと同型を、と本人が希望し追加装備としていたものだが、運用するためのモーションプログラムは未完成でビームサーベルのものを流用せざるを得ず、そのためか武装に機体が振り回されるような状況になっていた。
「っ!? そんなっ」
振り下ろした対艦刀が、ハイペリオンGのサブマシンガンに装備されたビームナイフに受け流されてアサギの機体の体勢が崩れた。
操作が間に合わず、バランスを崩して倒れこむ機体に対し返す刀で銃剣を差し込もうとする敵機。
「アサギ、後ろっ!」
「そんなっ!?」
同じく交戦していたマユラ、ジュリがアサギ機の援護に向かおうとするが、しかし同じく交戦していた敵機に阻まれる。
サブカメラで捉えた背後の映像では、自機のバックパックに吸い込まれていくビームナイフがやけにスローモーションに見えた。
いつかまた、と自分で約束したのに。
アサギの脳裏に別れ際に胸に飛び込んで見上げた、サクヤの困ったような笑顔が過ぎる。
サブカメラいっぱいにビームナイフが映り、瞬間。
轟音とともに飛来した弾丸がハイペリオンGの腕をもぎ取り、そして機体のレーダに新たな機影が映る。
機体のIFFを確認するよりも早く、無線の中でムウの叫ぶ声が響いていた。
「てめぇっ、何でここにっ!」
その声で我に返ったアサギは、機体の体勢を戻してその場から離脱する。
それと入れ替わるように『紅い』ストライクが対艦刀を脇から引き抜き、降り立ちながら右腕を失ったハイペリオンGを唐竹を真っ向から割るが如く、一文字に両断した。
IFF表示、『MBF-02+P202QX』。
装甲の形状は同じ戦域にいる通常のストライクと大差ない。
しかし、機体を構成するPS装甲は高強度の紅、赤に染め上げられており機体の防御力が高いことが外観からも窺い知れる。
背にはサクヤが以前に使用していたI.W.S.Pをモルゲンレーテで製造した同様のものが取り付けられている。
降り立った異様なストライクに、戦場が再び静まり返る。
左右の半身が泣き別れになったハイペリオンGが爆散し、その爆風をものともせず紅いストライク……通称、『ストライクルージュ』が立ち上がる。
少し離れたところでアサギは懐かしい声を、記憶の中で毎日反芻していた声をようやく聞くことができた。
「対艦刀は、こう使うんだ。アサギ」
新型機って、これ……?
───引きつった表情の中尉もとい2尉