お待たせしました。
「キラ、と言ったな……」
どこからか割り込んだ無線―――確認してみれば、誰でも傍受が出来る設定の国際救難チャンネルのものを拾っているらしい―――が、キラの耳朶を打つ。
その声の様はまるで自分が話しているようで、確認しなければ独り言と間違えてしまっていたようなものだった。
直後、ギガンテスとは別のロックオン警報が鳴り響き、その方向へシールドを向けた瞬間。
「遂に……遂に、見つけたぞ! キラ・ヤマト!!」
新たな『ガンダム』から発せられた殺意がシールドを焼き、飛び込んだ勢いのままフリーダムへ突貫する。
不意を突かれた形の体当たりで両機はバランスを崩し、錐もみ状態のまま港の方向へ落下していく。
どうにか体勢を立て直そうとするフリーダムであったが、一足先に立て直したハイペリオンがビームナイフを突き立てようとしているのが見えれば、キラの行動は自ずと定まった。
「この機体は、やらせないっ!」
背部に備え付けられた左右一対のウイングバインダーを放射状に広角展開し、『ハイマットモード』へと移行。
大幅に向上した機動性と旋回性、そして核動力による無限の動力による推力がコーディネイターであるキラでさえ呻くほどの急旋回と急制動を生み出し、その勢いでハイペリオンを投げ飛ばす。
ハンマー投げの最終段階のようにハイペリオンが投げられ、投げ飛ばしたままにキラは空中で体勢を立て直した。
一方のカナードは、投げ飛ばされながらも空中での姿勢制御を見事にこなし、港へ続く道の一つに着地してみせた。
「ハッ、流石だな。キラ・ヤマト」
膝を着いて着地したハイペリオンがゆっくりと立ち上がり、フリーダムを睨みつけるようにゆっくりと立ち上がり、サブマシンガンの銃口が滑るように持ち上げられる。
国際救難チャンネルで割り込んだ回線は、音声だけでなく映像伝送により相手の顔も確認することが出来る―――そう教わったのは、宇宙に上がる直前のことだったか―――そういう間の抜けた感想は、通信モニターに映り込んだ顔を見て海の彼方へと吹き飛んだ。
その顔は、まるで自分そのものだった。
「な……! き、きみ、は……」
目の色、鼻の形、口元……その人の輪郭を形作る全てが、自分と同じに見えた。
瓜二つといった言葉がそのまま通用するように、全くが同じだった。
唯一違うとすれば―――モニターに映る顔が、驚いている自分とは違い酷く歓喜と狂気に染まったような表情であったことぐらいであった。
「ククッ、よく似ているよなァ? 俺達は」
ハイペリオンが一歩を踏み出す。
ただそれだけの行動で、キラは自分自身が酷く怯えている事に気がついた。
「ザフトにやられて死んだ。そう聞いた時は、酷く残念だったん、だが、な?」
更にもう一歩。
下着が冷や汗でべったりと貼り付いているのが分かる。
しかし、それとは別の不快感と恐怖がキラの中を満たして搔き乱していた。
カナードは口元を酷く歪ませ、ハイペリオンの機体をぐっと沈み込ませる。
「キサマも俺も、生きてこうして出会った……まさかここでメンデルの生き残りが、な?」
メンデル。
L4宙域に建設され、過去にバイオハザードで荒廃して放棄されたコロニーであったことはキラもかつて講義で聞いたことがあったが、それが何であるのか。
目の前のこの自分と同じ顔をした男は、なぜそれキラ自身が知っているかのように話すのか。
全てが分からない。
ただ、キラにとってハッキリしていることは彼の顔を見、声を聞き、そしてメンデルというワードに対して心と身体が強い拒否反応を示していることだ。
この先を聞いてはならない。
聞いたが最後、みんなの中には戻れない。
カナードの言葉を遮るように、キラとフリーダムは吠えた。
「ぼくは……!」
背部の『M100 バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲』と腰部の『MMI-M15 クスィフィアス・レール砲』を展開し、カナードの声を振り切るようにそれを斉射する。
今にも飛び出しそうな相手に対し、牽制の意味も込めた一斉射撃。
動かなければ当たらず、動けばビームの網で捕らえられるような火箭がハイペリオンを覆い尽くす。
キラの企図を読んだのか、それとも―――カナードは、その場からシールドを起動しようともせず全く動かなかった。
「『違う』『知らない』……そう言いたいのか?」
先程の喜んでいるような声とは打って変わって、地の底から響いてくるような低い声。
殺意で塗り固められたそれは、フォルファントリーから撃ち出されたビームと共にフリーダムの肩を掠める。
通信モニターに映る『自分』の顔は、憎悪に塗れ酷く歪んで見えた。
「ならば、そうではないことを証明してやるッ! キラ・ヤマト……いや、キラ・ヒビキィ!!」
◆◇◆
「チィッ、キラが抜けるだけでこうも違うのかよ!」
ムウのパーフェクトストライクの右肩のバルカン砲が唸りを上げ、洋上から殺到する巡航ミサイルの群れを撃墜していく。
その周囲には無数のハイペリオンGの残骸と、同じように骸を晒すM1アストレイ。
市街に展開したオーブ軍はギガンテスの圧倒的な火力により短時間で制圧され、随伴歩兵たるハイペリオンGによる掃討戦に移行。
その中でも残像する勢力はアークエンジェルとストライクを基幹とし、どうにか抵抗を続けていた。
「サクヤも帰ってこないし……ほらほらっ! 嬢ちゃんたち、そっちに行ったぞっ!」
ムウの警告に反応しアサギ達が陣形を組み、アークエンジェルに接近するハイペリオンGに対応する。
本心で言えば、市街を我が物顔で進むギガンテスの対応に回りたいのがムウの本音であったが倒しても倒しても後方から進出してくるハイペリオンGを虱潰しのように倒していれば、その余裕は全くなかった。
現有戦力で唯一対処ができるであろうキラのフリーダムも今は敵の特機にかかりきりであるし、サクヤは後方へ下がってしまったと聞けば、唯一の特機乗りであるムウが奮闘するしかない。
「こっちは新米だってのに、どいつもこいつも面倒事を押し付けやがって!」
囲んで接近戦で仕留めようとするハイペリオンGに対し、対艦刀を引き抜きそのうちの1機に狙いを付ける。
I.W.S.Pの対艦刀と同様に実体剣部分にビームコーティングを施したそれを構え、ムウは雄叫びを上げながら敵機へと突っ込んでいく。
「突っ込むんなら、要領は変わんねぇっ!!」
迎撃のビームサブマシンガンを回避し、敵機が展開したアルミューレ・リュミエールごと貫く。
対ビームコーティングを施した部材であれば敵のシールドを突破可能という触れ込みは間違っていなかったようで、絶対無敵のシールドを突破されたことに他のハイペリオンGがたじろぎ、やや動きを止める。
その隙を逃さず、ムウは薙ぎ払う様に左腕で保持したアグニを敵目掛けて薙ぎ払った。
シールドの展開が間に合わず、それをまともに食らった数機のハイペリオンGが爆散すると同時にムウは背部のバッテリーパックを一つパージした。
「次は……!」
「少佐っ! 敵が……!」
次の敵は、と一息つく間もなく索敵を開始するも、それは悲鳴と警報によって中断された。
何だ、と警報の示す方向の先には市街を蹂躙し尽くし、新たな獲物を見つけたと言わんばかりの黒い巨体―――ギガンテス。
その両腕と胸部の砲口が、こちらを狙っているのが見えた。
「まずい、散開!」
ムウの号令で残存するM1アストレイ部隊が散開し、ギガンテスから押し寄せる破壊をどうにかやり過ごす。
しかしその一撃はすさまじく、辛うじて形を保っていた市街の一角が完全に崩れてしまった。
「そんな……」
「野郎……!」
今すぐにでも、ギガンテスの方向へ飛んでいきアレをすぐさま撃墜したいところではあったが、そこまで無謀になるにはムウは余りにも死線を潜り過ぎていた。
その上、ストライク自体のエネルギーも心許ない現状ではハイペリオンGの相手で手一杯であった。
せめてキラが居てくれれば、と思うも―――やっとモビルスーツに乗れるようになったのに、頼りきりでは!
「っ! 上からだと!?」
コクピット内に響く対空警報。
制空権は喪失して久しく、市街に展開していた防空火器の類も既に全滅もしくは戦闘能力を喪失している今、空挺部隊の降下に必須な条件が完全に満たされていることにムウは今更気がつく。
駄目押しかよ、と奥歯を噛み締めるムウであったが突如飛来した砲弾が輸送機を貫き、内部のモビルスーツに誘爆して墜落していく。
他の輸送機も同様の運命を辿り、遂には最後の1機も爆散してしまう。
「援軍……サクヤか!?」
その場に居た者が敵味方関係なく、砲弾が飛来した方向を向く。
刹那、ムウの頭に響いたのは金属の擦れ合う音と、かつて共に死線を越えた戦友の息遣い。
ムウと同様に何かを感じたギガンテスがその方向へ身体を向け、砲口へエネルギーを集中させつつあった。
飛来してくる機体が意識を引いてくれているようで、シールドは前方へ集中的に展開しているようで後方には何もない。
決定的な隙であった。
「……そうか! 乗ってやるぜ!」
アグニを再び両手で握り直し、敵がエネルギーの奔流を解放した瞬間に飛び出して展開しているシールドの死角へと潜り込む。
ムウの企図に気付いたギガンテスが、迎撃するように背部の熱プラズマ複合砲を照射するも飛び込んだムウ、パーフェクトストライクには当たらない。
背部に滑り込んだストライクが、チャージしていたアグニのエネルギーを解放してギガンテスへと撃ち放つ!
「今だ、少佐!」
「
限界までチャージしたエネルギーがアグニから放たれ、ギガンテスの背部ユニットから左腕と胴体の接合部にかけてを貫き、溶断した。
迎撃のプラズマ砲を回避しながら放ったため、胴体中央から狙いは逸れたものの初めて与えた有効打に市街に残存しているオーブ軍部隊がにわかに活気づく。
そしてそれに呼応するかのように突如現れた援軍の姿が露わになると同時に、その機体は左手で脇から対艦刀を鞘走らせ、一目にギガンテスへと飛び込んでいった。
黒煙を上げつつもまだ動くその巨体は、残った右腕を突き出して飛来するモビルスーツへと射出する。
飛来する巨大な前腕を軽々とバレルロールで躱し、肘から射出された前腕までに伸びているワイヤーを回転の勢いのまま、右手のビームライフルのバレル下部から銃剣のように発振したビームサーベルと左手の対艦刀で切り裂き、更に突進していく。
「遅い!」
両腕を失いたたらを踏むギガンテス、しかし残していた顔面口部のビーム砲は未だチャージの最中であり、一息に間合いを詰めた援軍のモビルスーツはアルミューレ・リュミエールの発振器を対艦刀で貫いた。
発振器の一部を失い、シールドが消失すると同時に胸部の砲口へとビームサーベルが叩き込まれ、まるで悲鳴をあげるようにギガンテスが天を仰ぐ。
パイロットを失い、制御機構そのものを失った黒い巨体は天を仰いだ状態のまま、断末魔の叫びのように顔面口部のビーム砲を上空に向かって放ち、そして轟音を上げながらその場に倒れ込んだ。
「すごい……」
「あのモビルスーツは……」
援軍の飛来から数分も経たずの間に、ユーラシア連邦軍が頼みとしていたギガンテスを撃墜され浮足立つハイペリオンGの一団。
同じく呆然とその光景に見入っていたM1アストレイの部隊であったが、倒れ込んだ敵を警戒しているモビルスーツからの広域通信が入れば一気に形勢が逆転したことを理解した。
「今だ! 敵はパワーダウンしている、圧し込めっ!」
狼狽えるハイペリオンGの部隊に、そのモビルスーツは突入して次々と敵機を撃墜していく。
その装甲は磨き上げた鏡のように傷一つなく、斬り伏せた敵が倒れるさまをありありと映し出し、その鏡面に映し出された敵は恐怖に駆られ終ぞ生きて帰れることはできなかった。
市街に展開した最後の1機が対艦刀で貫かれたとき、敵が海岸堡を設定した方角から信号弾が上がる。
しかし、その場には既に命令に従うべき機体は全く残されていなかった。
「後退信号か? しかし……」
対艦刀を引き抜き、付着したオイルを払う様にそれを振るう。
周囲にはハイペリオンGの残骸、それと同様にM1アストレイの残骸も散らばっている。
とはいえ少数は残存しているようで、周囲の警戒と味方部隊の回収に当たっているようで数機が荒廃した市街の中を慌ただしく動き回っていた。
「ったく、来るのが遅ぇよ! どこ行ってたんだ。それにその機体……」
サクヤの機体の近くにムウのパーフェクトストライクが降り立つ。
かつて自分が乗っていた機体と同じ形をしたそれを、別の機体のコクピットから眺めるのは未だ慣れず不思議な気分であったが、最初の頃よりは随分と慣れたような気がした。
ムウの悪態を聞き流しながらサクヤは機体に膝をつかせワイヤーを伝い、地上へと降り立つ。
ヘルメットを鬱陶しそうに脱ぎながら、カガリから渡された本来の新型機―――モルゲンレーテとアズラエル麾下企業の共同開発機でもある―――『ORB-01 アカツキ』を見上げた。
あんな目立つ色のモビルスーツ、正気を疑うぜ……?
―――待ちくたびれた鷹