某日、日本フットボール連合に300人の高校生男子たちが集結していた。その中に彼─鈴木賢人《すずきけんと》もいた。
これから何が始まるのかと不安を覚えながらも、実のところ賢人の頭は興奮に支配されていた。なぜなら、この場所には憧れの選手がたくさんいたからだ。
その内の一人、近くにいた凪誠士郎に興奮のまま話しかける。
「凪誠士郎さんですよね!あなたのトラップは凄まじい!本当にフィールドの主役って感じです!会えてめちゃくちゃ感動してます!」
発言の1秒後、羞恥心に襲われ賢人の顔が真っ赤になる。そんな賢人をよそに、凪は隣の紫髪の少年に話しかける。
「ねぇ玲王、こいつ誰?会ったことある?」
「俺も知らないな、お前のファンなんじゃねぇ?」
凪は無関心、玲王はこちらを訝しむように見やる。
「ああすいませんいきなり、俺は鈴木賢人です。すごいプレーしてる人を見るとつい興奮しちゃって…というか、ここに何百人も集めて何するつもりなんでしょうね?」
羞恥心を隠すため、雑な話題転換に走る。 「さあな、でも俺たちは強化指定選手に選ばれたんだ、悪いようにはならないと思うぜ」
すると、玲王の言葉が合図にでもなったように、一人の人間にスポットライトが当たる。
「俺は絵心甚八、日本をW杯優勝させるために雇われた人間だ」
絵心という人物は、賢人たちの中から、ブルーロックという施設で300人の中から一人、優秀なストライカーを生み出すという。そして、脱落したら日本代表になる権利を剥奪する、と。
だが、賢人にとって脱落がどうこうは正直あまり重要ではなかった。ピッチの上では自分が主役。その言葉だけでも、彼がブルーロックへと挑むには十分すぎる理由だった。
ブルーロックは賢人の予想よりずっと監獄という文字が似合う建造物だった。
なんだか収監される犯罪者みたいだ、と考えながら渡されたユニフォームを持ち指定された番号の部屋に入る。
部屋の中には既に11人の選手が居て、みんなユニフォームに着替えている最中だった。
「大分遅れちゃったな…」
遅れてきたということもあって少しだけ不安だったので、隣のロッカーで着替えている少年に話しかける。
「こんにちは、俺は鈴木賢人です、よろしくおねがいしします。君の名前は?」
人によってはかなり馴れ馴れしい類のあいさつだった が、少年は笑顔で答えてくれた。
「僕は隠岐鷹一《おきよういち》。敬語は必要ないよ、
これから同じ寮で生活するんだしね」
隠岐は凪や玲王とは違って、全体的に普通という感じの、賢人にとっては親しみやすい少年だった。
少し茶髪が混じった、まつげに触れない程度に長い黒髪を撫でつけながら賢人の言葉に反応する。その姿に、ここまで緊張続きだった賢人は少し安心した。
ちょうど賢人がユニフォームに着替え終わったあたりで、部屋のモニターに絵心が写る。
「今から入寮テストを行います。ボールに触れたやつが鬼の、鬼ごっこです。最後に鬼だったやつが失格者のロックオフ野郎です。ではスタート」
その言葉に連動して天井の装置から1球のサッカーボールが落ちてくる。
「あ、ハンド禁止ね」
同時、モニターに鬼の名前、桐島一也が表示される。
「くそがっ、俺かよ!」
荒々しいセリフとともに、桐島のシュートが賢人から3mほど離れた選手に放たれるが、あえなく回避される。
「ふざけんな的になれよ!!」
理不尽なセリフを吐きながら、フェイントも交えて2回目のシュートが放たれる。
案外頭脳派なのかもしれない。
今回はフェイントにかかった、手の甲にゴツい刺青を入れた強面に当たった。
「やるしかないな…!」
強面は視線的に賢人に狙いを定めたらしい。殺意に満ちた目を賢人に向ける。
「許せ…!」
本人の凶悪な印象に違いなく、刺すように鋭いシュートが賢人に向かって来る。
「うわっ!?」
何とか腕でガードできたからよかったが、反応できなかったら間違いなく鼻を骨折していた。そう感じさせるシュートだった。
「俺の番、だな!」
さぁ─誰を狙う?賢人は一度立ち止まって思考する。 他のメンバーはだいたい自分より体格では上だろう、見れば分かる。
そもそも賢人はサッカー選手なのに高校生男子の平均の少し上くらいの身長、体重なのだから。だとしたら──狙うは同程度の体格の隠岐!!
「ごめんね!俺も主役になりたいんだ!」
生き残るため全力で隠岐にシュートを放つ。
さっき話した相手を攻撃するのに罪悪感がないわけではなかったが、恨むならブルーロックを恨んでくれ、と賢人は心中で謝った。
しかし隠岐は賢人のシュートを避けずに、全力のそれをまるで、赤子の手をひねるように、こんなものは児戯に等しいと言わんばかりに、トラップして見せた。
「嘘だろ…!?全力だぞ!?」
衝撃だった。隠岐がわざと鬼になったことよりも、自分のシュートが全く歯が立たなかったことが。
「引っ込んでろ脇役、本物の主人公ってモンを見せてやるよ」
「は…?」
賢人は困惑する。なぜなら、自分に脇役と言い放ったのはさっきまで笑顔であいさつを交わした人物だったのだから。口調と雰囲気が─豹変している。
「死ね」
物騒な一言とはかけ離れた鮮やかなシュートが放たれる。ボールは見事、吸い込まれるように桐島のみぞおちに直撃する。
「ぐはぁっ!?」
桐島は痛みに悶えて思うように動けていない。足もフラフラだ。
「おい脇役」
「…なに?」
それが自分のことを指しているとは認めたくなかったが、こんな状況じゃ認めるしかない。僕は──脇役だ。
「お前にはまだ選択肢がある。このまま黙って生き残り、脇役以下のモブになるか、もしくは───」
今の僕に何ができるって言うんだろう。もしかしてボールに触ってさっさと脱落しろとでも言うんだろうか。
「あいつからボールを奪って──」
ああ─やっぱり脱落して欲しいのか。そりゃあそうだよな、主役になりたいとか言って脇役ムーブかますやつなんて─。
「お前より強いやつを落として主役になるか」
「え…?」
今、なんて言った?
「さっさと選べ愚図野郎、時間はもう残されてねぇぞ」
残り時間は僅か7秒、ここで黙ってれば脱落しないで済む…だけど
それじゃ一生脇役だ
「ここから先は俺が主役だ」
桐島からボールを奪う。ここまで3秒。
そして─。
「脇役はお前に任せるよ!」
隠岐にシュート。これで3秒。
「黙れサブキャラ」
そのシュートも隠岐のダイレクトシュートに賢人に向けて弾かれる。
「見えてんだよ!」
全力で上半身を反らす。ボールはギリギリ当たらなかった。
「うおっ!?」
だが、不幸にも賢人の真後ろにいた強面の顎に着弾してしまった。
「「あ」」
間の抜けた声と、ホイッスルのピーという音が鳴り響き、鬼ごっこの終わりを告げる。こうして入寮テストは幕を閉じた。