ナチュラルボーン審神者   作:ねこや しき

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本編

「特別報酬任務、ですか」

 

「そうです! 政府から主さまに直々の任務とのことです!」

 

 うららかな春の日差しの本丸執務室。こんのすけが身を震わせたと思ったら、政府から任務の知らせであると言う。ふつう、こういうのは端末に連絡が来るものだ。どうにも重要なのか、きな臭いのか判断が難しい。

 薄い顔面に隠れて見えないと、行儀の悪い顔をしてしまう。痕跡が残らないようにしているとすれば、聞かなかったことにするのもありだろう。なにせ、とっても面倒な予感はするのだ。

 

「主さま! ぜひとも任務のお話しだけでもお聞きください! 詳細を聞いてからの判断でも構わないそうです。それに報酬も要相談とのことですよ!」

 

「・・・・・・いつどこで話し合いは行われますか? それから報酬はどの程度まで期待できますか?」

 

「ーー話し合いは主さまの都合に合わせられるそうです。報酬については詳細を話してからでないと扱いが難しいようですが、資材や金銭ならかなり融通できるようです」

 

 随分と破格な話だ。

破格すぎて頭痛がする。ぜったいに面倒な件だ。

 

「話し合いを受けましょう。

・・・・・・場所はそちらに出向きます。時間も含めてそちらにお任せします」

 

「ーーはい。では、明日の午後2時、政府施設1階、第10面談室にお越しくださいとのことです」

 

 思った以上に早い。絶対に厄ネタだ。早まってしまったかもしれない。聞いてから簡単に止められる件ではないかもしれない。だけども、こっちに話が回ってきたというのなら。なんとかなるのかもしれない。

 いやしかし、面倒なことには変わりはないので。

 

「ううーん。面倒ごとの気配」

 

「政府から直接の依頼、という時点で面倒なのは目に見えていたことでしょう」

 

 「なにを言っているんですか」と続けるのは、近侍として控えていた宗三左文字だ。表情にはいつも通りのけだるさである。花の化身の様なたおやかな見た目に反して、彼の言葉には見事な切れ味がある。もっとも審神者は慣れてるのもあり、たいした鋭さには感じられない。

 

「それはねえ。でもいち所属者としては、期待に応えたいという気持ちもあるでしょう? 」

 

 宗三はあきれたように息をつくだけだ。判断基準が奇妙な主にずっと付き従ってきたのだ。彼らだって慣れもする。こんのすけは通信を終えたのか、体を丸めて陽だまりで眠り始めていた。

 

「そんなことを言って、どうせ"ちょっと面白そうだから"が本音でしょう。あなただけで対処するわけじゃないんですから、少しは本丸全体のことを考えてほしいものですね」

 

「もちろん。わかっていますとも」

 

 面倒だけども興味深い。火に触れようとする幼児のように、結果が分かっていても行動しようとするのがこの人間の性である。

 

 

 * * * * *

 

 

 翌日である。

 供に胴田貫をつれて政府施設までやってきた。何度来ても慣れぬのが、いっそ清々しい程に慣れない。本丸との環境の差がありすぎる。元は科学や洋風の生活に慣れ親しんでいたものだが、常にいる空間が「普通」になるものなのだろう。

 材質のよくわからぬ汚れを弾きやすい床に踏み出す。本丸の転送ゲートはオカルトと科学の結晶であり、量産が難しいらしいと聞いたことを思い出した。

 

「この度はご足労いただきありがとうございます」

 

 転送ゲートを出てすぐの扉を出たところ、見たことのない顔の職員がこちらに頭を下げてそう言った。

 

 転送ゲートから面談室に移動する最中、職員と話したことはどれもとりとめないことだった。現世で流行していること。季節の状態、万屋商店街での次の構想など、関心がなくもないが聞きたい情報でもないことで場をつないだ。もちろん胴田貫も審神者も相づちは打つものの、興味が薄い様子を隠す気がない。

 面談室はその性質上、転送ゲートの近くにあるので職員の気まずい時間はそう長くなかっただろう。悪いことをした気もあるが、向こうが頭を下げるほどなら、少しくらい前情報をよこしたっていいだろう。

 

「それでは、ここで失礼します」

 

 軽い会釈とお暇の言葉で短い道のりも終わりだ。残されたのは扉の前にいる審神者と刀。しかしここでためらう筋もないので。

ノックと伺いで入室すれば、始めのゴングが鳴ったのと大差はないだろう。

 

 室内にいたのは中年の男性だった。スーツ姿で代わり映えのない、政府職員の一般的な格好である。落ち着いたたたずまいだが、テーブルを挟んで座ったときに一瞬、汗のにおいが鼻をついた。

 よく見る量産型のイスは、座り心地が悪いわけではないが長居をしたいほどでもない。どこからかやって来たこんのすけがドリンクを置いていった。

 

「粗茶ですが」

 

「いえいえ、ありがとうございます」

 

 なんてテンプレートな流れなんだろうか! 逆にここまで美しい流れはフィクションの中でしか見たことがない。絶妙な感動の中で審神者は震えをこらえていた。もちろん、その一助になっているのは顔面に間違いがない。表情が見えていたなら、ここまで静かなやり取りは望めなかっただろう。主に職員側の心情的にだが。

 ひとくち飲んで、テーブルに戻すと性急に口を開かれる。どうにも急ぎの案件らしい。察することはできるが、うまいやり方ではないように思える。焦った様子はないが、視線がちらちらと同田貫に向かう様子から、刀剣男士に慣れていないのだとわかった。

 

「さて、この度はご足労いただきありがとうございます。まずはお話しを聞いていただいて、それから受けるかどうかを決めていただけたら、と思います」

 

「はい、こんのすけから伺っております。本日はよろしくお願いいたします」

 

 「はい、はい」と口の中でつぶやくようにしてこちらに頭を下げる様子は、どこか哀れさすら感じる。緊張感もそうだが、この件に対する熱意といったそんなものを感じられない。あるのは義務感と、よくわからない必死さだ。

 

 テーブル上に投影された映像資料と共に話されたことによると、なんでも、政府は、ひとりの幼児を弊本丸に預けたいと考えているらしい。

 長々とした現在の戦況やら、彼女の状況やら、政府の状況やらを話されたところで核心はそれだけである。いや、政府施設で預かればよいのではないか?

 

「それがですね、大変申し訳ないのですが政府施設でお預かりするには安全策と、対象の審神者の適性が見合わなく……」

 

「ほぉ。そのための審神者養成施設と思っておりましたが」

 

 ぐっと気まずそうな顔をしているが、審神者側が正論を言っているので返答のしようがないのだろう。それに彼女の適性が高すぎるのも問題なのも確かだ。生まれもその要因になりえる。

 軽くはない空気の中、黙りきった人間がふたりテーブルをはさんでサシだ。審神者は手持無沙汰に資料をくるくると回して読み直している。職員の方も結論を聞いてからでないと動けないため、なんなら受けてもらえた方が嬉しいので口を開く気配はあるのだが、なぜか途中であきらめて口を閉じるのを繰り返している。

 

「この資料の中にありますけど、私の前任に二人いますよね」

 

「はい、そうです」

 

「報酬の件も含めて確認なのですが、弊本丸で"無理"と判断したならその時点で終わることが可能なんでしょうか?」

 

「可能です。その際に任務不達成にはなりません。なんにせよ、この件は受けるだけで査定に色が付きますので、ぜひ前向きに考えていただけないでしょうか」

 

 必死である。もうちょっと高度な駆け引きが起きるかと思ったが、政府側が大変なことになっているようだ。これはもう、かなり好奇心が傾いている。すまない、宗三。本丸のことは考えているが、自分の欲求に負けるのは人間のサガだ。それにこの調子なら報酬をかなり吹っ掛けられる。任務放棄や不達成にならないのなら、前任のように手放せばいいだけだし、それなら誰でもそれなりに折れてくれるだろう。

 

「そうですか。それならあとは報酬との釣り合いで考えたいのですが」

 

「こちらから提供できるものは――」

 

 まったく交渉などとはならなかった。政府は腹を見せる犬のようにこちらに丸投げしてきた。報酬も潤沢であったし、諦められるならと簡単に頷いた。職員はもうその瞬間に安堵のため息をついたほどだったので、思わず笑い声が漏れてしまったのだが。彼も恥ずかしそうに頭を下げるだけだった。その瞬間から部屋の中に緊張感というものは皆無になり、これからの予定について詰めることになったのだ。

 それがそもそも間違いだった。

 

 

 * * * * *

 

 

 予定通りに面談を幾度かして、本丸内に通知を行い、対策やこれからについて話し合った。彼女の年齢や人格に対する教育書にも軽く目を通した。なにせ未婚で弟子すらもったこともないのに、5才の幼女を引き取るのだ。実際に世話を焼くのは刀たちだろうが、頭に入れておく必要はある。なお、面倒見のいい幾刃かが教育書をさらにねだっていたので追加購入した。

 任務を受けてからわずか1週間で本丸に引っ越しをするのだ。彼女もこちらも存外忙しい。それにしても、そんな日程で子どもの心というやつは大丈夫なんだろうか。

 

 やわらかい手足と、丸い頬。大きな目は庇護欲をさそい、バランスの悪い頭部の大きさは不安を覚えるほどだ。彼女は私にだけ名前を教えてくれた。刀剣たちには絶対に教えてはいけない、と弊本丸のルールの確認のために話しをいくつかした。

 

 ひとつ、名前をおしえてはいけない

 ひとつ、おしえに素直であること

 ひとつ、体の具合の悪いのはすぐに言うこと

 ひとつ、思ったことはいつでも聞くこと

 

 彼女はすごく聡い子どもだった。前の本丸でも名前をおしえてはいけない、と言われていたという話しを聞いた。好きな食べ物はなにか、と問うと難しい顔でちらし寿司、と答えた。何色が好き? と聞くと、空の色と答えた。存外私と気が合いそうだ。

 

「さあ、それじゃあねえ私の名前を教えておきましょう。私はね、水平」

 

「すいへー?」

 

「そう、水平。海と空の境界のことです」

 

「え、と。すいへいさま、と呼んだらいいですか?」

 

「好きに呼ぶといいですよ。水平様でも審神者さまでも水平でも、おねえさんでも」

 

 「我が本丸ではきみを自由に育てる方針でいくことにしたので」つまりそういうことで、刀達は人が好きだった。ことさら子どもに愛着があるらしく、それも彼らの元の持ち主のことを考えれば理解も出来た。

 

 さて、最終確認が済んでしまえば、あとは本丸に移るだけだ。少女の荷物は大変少なかった。大人が2泊するトランクが1つで済むという。

 供として連れてきた鯰尾藤四郎と山伏国広だが、どうやら一人でよかったようだ。山伏国広は我が意を得たりと、トランクを持ち上げる。

 

「それでは拙僧がお預かりしよう」

 

 水平は手の平を差し出す。自分のとおい記憶を思い出して、大人にされた行いを真似てみる。ほんの少しの緊張は、幼子の笑顔と体温で報われた。そうやって二人は本丸に出迎えられて、しばらくの日々を暮らすこととなった。

 

 

 

 

 水平は中堅の審神者だ。

 

それに、もう若いとはいえない年齢だから、今までに挫折や失敗は一通りこなしてきた。嫉妬や怒り、悲しみなんかもうまい具合に制御できると自負している。本丸の大将として、刀剣に恥じぬ人格であろうと努力してきたと思う。だが、生まれながらの才能とはこういうものかと愕然としたのははじめてだった。

 幼子が本丸にやってきて、季節が1つ終わった。少女は本丸になじんで、緊張は減って笑顔が増え、この本丸の刀たちにも随分と慣れた。水平本人であれば、別の本丸で半年で馴染むのは不可能だが、幼さというのは順応性を引き出すらしい。

 

 はじめに報告を受けたのは、幼子が古いモノたちと歓談するようになった、ということだった。

 これに気がついたのは短刀のものたち。彼らは日常生活でよく行動を共にするものだから、変化に気がつくのも早かった。どうも、幼子は周りを気にしながらも、モノとの会話を楽しんでいたようである。幸か不幸か、水平は好みであれば、古いも新しいも気にせずに買う質で、いつだか買った硯と会話をしていたらしい。

 

 次に報告されたのは、本丸内をうろちょろしていた物の怪との会話だ。悪さをするわけでなく、良いことをするわけでもない。本丸に入ってこれる程度の強さしかなく、悪意のような意識すらない。それらに話しかけていたという。普段の生活で、それらに反応する物はいない。反応しないようにしていたのだが、どうも幼子にとっては彼らもコミュニケーションの対象範囲らしい。

 

 このあたりで随分と才能豊かな子どもだ、と観測していたものだが、次の件では水平は愕然としたのである。それから、幼子が前2件の本丸を追い出された理由もよく分かった。

 

 3つめの異変は水平自身の目で確認した。刀剣男士が変質したように感じられた。今までは自分の体の端のような感覚すらあったのに、いつのまに別の存在に変わってしまったように感じられる。不思議なのだが、なんというか自分の体なのに理解しがたい、そういう感覚だ。元は皮膚だったイボを想像するとわかりやすいかもしれない。歌仙に言えば雅でないと怒られそうな例えだ。

 そして、とりわけ興味深いのが、幼子と接する時間(多分だが会話の時間)が長いほどにズレが大きくなる。そのズレが表出する瞬間があり、表出するまでは水平には観測できなかった。

 

 

 

「さっさと出陣させればいいだろ」

 

 

 

 朝の打ち合わせで、普段は静かに話を聞いている短刀のうちの誰かが発した。思いの外その声は響いたし、乱暴なところがあった。

 

「名乗りなさい」

 

 部屋の中はざわついた。打ち合わせでその部屋の中に入れるのは隊長を受け持つ可能性のあるものだけだ。短刀の中でも練度や適正有りとされたものはいるが、場を荒らすようなものはいない。意見を述べる場はきちんと用意されている。それほどに唐突な申し出だったのだ。

 

「名を、名乗りなさい」

 

 水平の位置からは声を出した男士の姿は見えない。打打ち合わせは寺子屋のような並びで床に座っている。声を発したのが後方に座っていることと、その声で何者か判断できないということが異常だった。

 

 しかし水平も審神者である。この集団の中で責任をもっとも重く持つ長だ。そして、彼ら刀剣男士の源でもある。誰何の声に答えられないことに雰囲気がさざめきたつが、誰もが水平を見つめて立ち上がりはしない。彼らは大将が指示を出すのを待っている。

部屋の中は水を打ったように静まりかえった。

 

「名乗れもしないものを戦場に出すわけにはいきません。出陣したいのなら名乗りなさい。それとも、名乗る名を忘れでもしましたか」

 

 

 

 うめき声と共に机に重いものが落ちる音がした。それを聞いて水平は指示を出す。「私の前に連れてきなさい」と。

 

 後方の席から両脇を固められて出てきたのは厚藤四郎だった。これには水平も驚く。厚藤四郎は刀としては温厚で、まわりに合わせるだけの度量があったはずだ。こんな会議の場でいきなり声を荒げる性質ではない。そもそも彼は練度が高く、本丸内での哨戒任務をよく請け負っていたのだ

 

 目の前に罪人のようにひったてられた厚藤四郎は、意識があるもののぼんやりとした目をしている。ようやく自分との繋がりを感じないことに気がついた。声で誰かわからなかったのもそのせいだったのかもしれない。

「厚藤四郎。聞こえているなら返事をなさい」

 

「……ぅ、あぁあ…ぃ」

 

「厚藤四郎。自分の名が呼べますか? 今のお前は鋼ではなく、肉の器を得て戦う刀剣男士でしょう。自分の銘を言いなさい」

 

 もごもごと喉から音が出ているだけのような、幼児が喃語をしゃべるような明瞭でない声がしばらく響く。

 水平は待った。この時間が重要だと、なんの情報も無いのに確信していた。水平に従う刀剣たちも、主の采配に目配せのひとつもしなかった。水平が主として築き上げてきた信頼がかいま見える瞬間である。

 どの刀もじいっと厚藤四郎を見つめていた。

 

「あっ、あ、あぁっ…う、あっしと、・・・しぃろ」

 

 そして厚藤四郎は付喪神の矜持が勝った。酸素を求める魚のように、口をぱくぱくとして。だらだらと垂れる唾液と冷や汗とが必死さを物語っていた。思いのほか冷えた頬に手をやって、鋼のような瞳をのぞき込んだ。

「厚藤四郎」

 

「ぁい」

 

「あなたの名前は厚藤四郎ですよ」

 

「あ、っしとおしろ」

 

「そうです」

 

 「もう一回、言ってごらんなさい」と言うと、今度こそは素直に自分の銘を言うことが叶ったのだった。それを機に彼の意識は落ち、体も一緒に崩れそうになるのを引き留めたのは捕らえていた二振の腕だった。

 

「さて、これはどういうことなんでしょうね」

 

 部屋に響かせたのは問いかけである。始めに手を上げたのは粟田口の短刀、前田藤四郎だ。彼は厚藤四郎の様子におかしいところは見られなかったという。ただ、最近すこしだけ落ち着きがなかったと。

 次に手を上げたのは御手杵だ。近頃の修練上に、厚藤四郎は足繁く通っていたとのこと。頻度が増減するのは、男士たちによくあることなのでとくに気にしていなかったという。

 

「そうですか。では、政府に連絡を取って調査をしてもらいましょう。結果は後ほど通知します。

 本題に戻りましょう。本丸の配置計画と練度の確認、それから出陣計画について--」

 

 それからしばらく、会議が終わっても厚藤四郎は目覚めることはなく。同派の男士たちにつれられて部屋に休ませることになった。厚藤四郎は翌日には目覚め、会議のときの記憶だけを持っていなかった。

 

 異変はこれで終わらない。

政府の本丸内のチェック、水平のメディカルチェック、呪いなどのスキャンを終わらせたところで「問題なし」の結果がでた。ではこの不可解な現象の原因とは? と通知を片手に水平が考えているところ、中庭がひどく騒がしくなる。

 執務室を慌ただしく叩いたのは小夜左文字だ。

 

「主。執務中に悪いんだけど、和泉守と胴田貫が負傷した。様子を見に来てほしい」

 

「ーーは?」

 

 思い出すのは二振がどの当番についていたか。たしか今日は非番だ。これだけ大所帯になってしまえば、個人の情報を追い続けるのは難しい。

 手を引く小夜に、デスクから腰を上げて小走りである。道すがらに小夜から簡単な経緯を聞く。なんとも単純だが、虫を嫌がる胴田貫に、和泉守が甲虫を押しつけて遊んだのが発端らしい。嫌がる胴田貫に押しつけるのもよくないが、それで流血沙汰になるのもおかしなことだ。

 

 そうやってややもすれば、すぐに姿が見えてくる。大太刀たちに羽交い締めにされているようである。どうも刃物も振り回したようで、季節の花々が地に落ちてしまっていた。

 

「道をあけて」

 

 小夜の声に、取り囲んでいた刀たちはみんなこっちに目をやりながら道を空ける。どの顔もどこか心配そうだ。

 対して、押さえている太郎太刀と次郎太刀はめんどうそうな顔つきで、それでお互いにそれぞれ声をかけているようだった。いわく「正気に戻んなよぉ」で、「いい加減にしたらどうです」。

 たしかに二振りの様子は少しおかしかった。目は戦場を駆けるときよりも血走っていたし、握りしめたコブシにはお互いの血がこびりついているようだった。握っていた手の平を開く気配がないどころか、今にも飛びかからんばかりである。

 

 これには水平も驚きだ。

なにせ胴田貫は戦いが好きな刀ではあるが、だからといって喧嘩っ早いわけではない。和泉守だって血の気は多いが、幼子がいる状況で我を忘れるような阿呆ではない。

 

「・・・・・・胴田貫、和泉守。どういう経緯か説明してくださいますか」

 

 水平はとくに意識したわけではないが、その声は場によく響いた。押さえつけられた二振りは水平の声に目線を上げ、水平をみとめた途端に険がとれた。呆然とした顔で水平のことを見つめている。

 

「胴田貫? 和泉守? どうしましたか、言葉を忘れましたか」

 

 先日の厚籐四郎の件が頭によぎったから出たセリフであったが、あながち間違いではなかったらしい。二振りはぱくぱくと金魚が空気を求めるようにするだけで、口から漏れるのはうなり声だ。言葉として形になっていない。それでも二振りは必死であった。声が出ないことにいらだっているのか喉をかきむしって酷いことになっている。じっと見つめているに、感情の振り幅がおかしくなっているのが分かった。ついにはまたお互いにつかみ合おうとして、ぼろぼろと涙をこぼし始める始末だ。あの胴田貫もが、である。

 二振りの様子に驚いていたのは周囲である。やめてやめて、と短刀たちも彼らの腕にぶら下がる。短刀が本気で力をふるえば、彼らの意識を落とすのは難しくないが、それを水平は指示していない。

 

「おさえなさい」

 

 審神者の言葉に反応して、大太刀のふたりの腕にいっそう力が込められた。無理矢理に地面に伏せるようにして、ふたりは額付く。

 彼らに向かって近づく。側には小夜が控えている。およそ手を伸ばせば届くほどの距離で水平は足を止めた。じっと彼らを見下ろす。こんなことはめったにないことである。鋼の体の彼らの身長は高い。

 

「胴田貫正国、和泉守兼定」

 

 近寄れば自分とのつながりが薄れているのが分かった。2件目ともなると興味深いことであるし、理由も察することができそうだった。

 手を伸ばせば触れられる距離まで近づくと、側に控えていた小夜左文字が警戒するように横までやってくる。なにかあれば小夜がなんとかしてくれるようだ。

 

「顔を上げなさい」

 

 水平の声に従うことは忘れていないらしい。不思議なことだ。二振りはぎこちない動きで水平を見上げる。かちかちと歯を鳴らしているのは、どういった意思表示なのだろうか。この状態では分かることはないだろう。

 

「自分の名前は言えますか? あなたたちの自分の銘は。人にふるわれ、歴史に名を残し、私に仕えているあなたの銘は」

 

 途端にぐるぐると獣のような鳴き声が二振りから漏れる。歯を鳴らし、言葉を失った刀。哀れな姿だ。どうも言いたい気持ちはあるらしい。でもそれが形にならない。口は言葉をなぞろうとしている。だが喉が人のものではなくなっているようだった。発声ができないのだ。

 それがいらだちになり、感情は高ぶる。二振りはもう自分がどんな状態になっているのかも分かっていないだろう。目は血走り、口の端からは泡を飛ばし、それでも言葉にならないことに焦り、苦しんでいる。

 水平は哀れに思われてきた。この刀の過失ではないのだろう。これだけ必死になっているのなら、少しくらい助けを考えた方がいい。きっとこれで終わらないだろうから、研究の余地がある。

 

 厚籐四郎のときは触れてやった気がする。霊力のつながりが薄れているから、物理的に近づいてやるのは効くのかもしれない。

 水平の手のひらが和泉守の頬に触れる。ひたりと、触れたところから感じられるのは人の肌には到底及ばない温度の体温だ。それから皮膚一枚の下に流れる血の流れ。きっとこれを感じられるのは審神者だけだ。

 和泉守は先ほどまでとは打って変わって大人しくなった。じっと水平を見つめて、目線はやっているのに意識はどこかにいっているようだ。

 おや、と水平は思う。

 

「和泉守兼定。おまえは私の和泉守兼定だよ、忘れましたか」

 

 脈打つ血の流れに、違和感を覚える。血栓のように流れの悪いところがいくつも感じられる。栓と栓の間は別の血が流れているようだ。とても興味深いことだ。これじゃあ自分とのつながりが切れるのも道理だ。

 今度は左手をのばして和泉守の目も覆ってやる。

 

「和泉守兼定。ほら、言ってごらん。おまえの名前だよ。忘れてないでしょう」

 

「・・・・・・ぉれ、のなまえは、いずみのかみかねさだ」

 

 手のひらの下で和泉守の眼球がぎょろぎょろと動いているのが感じられた。なにを見ているのかわからないが、これで大丈夫だろう。徐々に血の流れがよくなっているのが分かる。ある程度流れが良くなると和泉守は体を保てなくなったのか、全身から力をぬいてぐったりとしている。汚れもなにもかも気にしていない。様子を見ていた大太刀らも警戒を警戒を解いて、和泉守の様子を静かにうかがっている。いつでも飛びかかれる位置には付いているが。

 

「さて、次は胴田貫正国だ」

 

 ここで少し考えたい。視界に入るのは唸る胴田貫。土に汚れながらも拘束をはがそうとしている。が、思考能力が下がっているように見える。手合わせで大太刀を相手にする胴田貫はこんな動き方をしない。拘束から始まる手合わせなんてものはないが、もっとテクニカルな動きをする。真っ正面から戦ったところで勝敗は目に見えているのだから、そうやって動くのは当然なのだが。今はできていない。

 これで2件目の刀剣の異常だ。でも二度あることは三度あるともいう。もっと簡単な解決の仕方を考えた方がいい。目の前に練習台もある。どうなったって胴田貫は私に文句を言わないだろう。自分に過失があるのを分かっているのだから。

 それで、水平は少し楽しくなってきた。

 

「ちょっと、誰か宗三左文字をつれてきてくれませんか。あと記録のとれるものを。こんのすけでもいいのですけど」

 

 そのときの小夜の表情をどう表したらいいだろうか。小夜はよくこんな顔で水平のことを見た。とりわけ宗三とつるんでいる時の水平に、物言いたげな疲れたような表情だ。

 

「主、悪のりは程々にね」

 

「もちろん。物事は効率的な方が良いに決まっていますから」

 

 ため息をつくものの、やってきた宗三と水平のやりとりをきちんと記録に残したのは小夜だったし、最後までつきあってくれた。最後まで、というのは胴田貫が正気に戻って、何か言いたいことがある目で水平を見上げるところまでだ。ちなみに宗三ははじめから最後までずっと文句を言っていた。もちろん胴田貫に対する文句である。

 

「本当にいい加減にして欲しいものですね。こんなことに僕の手を煩わせるなんて」

 

 

 * * * * * 

 

 

 さて、それからは面白いほどに異常の出る男士が出た。そのたびに水平は刀の麗しい横っ面を正気に戻るまで平手打ちした。大体の刀剣は1度で正気に戻り、そうでなくとも3発も受ければ主に詫びた。どうも平手打ちが一番簡単で、日常に戻るのが早いようだった。これも胴田貫のおかげである。

 尋常じゃないペースといえばそうだ。やたらと好戦的で、大した我慢もしてないくせに態度もでかく周りに当たり散らす。そういうのを端から平手打ちする水平の気持ちを考えて欲しい。一日に二振りも平手打ちをした日には、手のひらがじんじんと痛んだ。長谷部が痛ましげな顔で手当をしてくれたが、先週に長谷部の横っ面を張ったばかりなので何も感じないところである。水平は事務仕事と戦略、兵糧を考えるのが仕事であって肉体労働は不得手だ。

 

 すごく面倒だった。

もう政府に返してしまっていいのではないか。執務室で椅子に腰掛けて思うのは、特別任務で預かった少女のことである。彼女がこの異常の原因だ。

 胴田貫の件が終わった後も検査を入れた。本丸には異常がなかったし、水平にも問題はなかった。胴田貫なんかは政府にまで預けて検査もしてもらった。腑に落ちないながらも運営していれば続く異常。

 今では本丸のあちこちで捕り物が行われたり、長い廊下では百鬼夜行もどきが起きたりと、毎日が祭りのようである。始末書に報告書、普段通りの指揮や訓練、少女の事務報告もあって手が空かない。水平が最後に少女と話をしたのはずっと昔のことのように感じた。実際、1週間は挨拶以外はしていないだろう。手習いや運動、普段の習慣については歌仙や短刀たちでチームを作り回してもらっている。だが、彼女とふれあう頻度が高いほど異常はよく生まれた。

 

 だから結局のところ、これは本当に貧乏くじだったのだ。

彼女の才能がどうとかに舌を巻いて、報酬に釣られて適当にいられるようなものではなかった。はじめに目がくらんだ報酬も、こうなってしまえば釣り合うようなものではない。

 視界の端に、のみの市で見かけて買った香炉が歩いているのを見かけてしまった。心底、もうだめだと思った。

 

 安息の地がない。

 

 香炉を鷲掴みして、近侍の青江に投げ渡す。長いため息が知らず漏れる。青江は水平の内心を知ってか知らずか、香炉と硯でジャグリングをはじめた。水平の青江は非常に器用な性質だった。

 そうと決めれば政府の担当に連絡である。水平は自分が損をするのは嫌いな性質だった。

 

「なにか準備をしておくかい?」

 

「いいえ、必要ありません。私が勝手に受けたことですから、ちゃんとけじめをつけます」

 

 「そうかい?」と返す青江はしらっとしているし、つかみ所がない。歌仙はもう3回も平手打ちをしたのに、青江は一度もひっ叩かれていない。そういう刀なのだ。器用で要領がいい。こういうときには助かる存在だ。

 頭によぎるのは、はじめに顔を合わせたときの少女の顔。それからはじめて見た笑顔、こないだ見たおどおどとした姿。

水平は将として集団の利益を考えなくてはならない。が、まあ大人なので「やるべきこと」はやらないといけないと、現れた担当の顔に挨拶しながら考えた。

 

 

 

 

 

 それから少しして。

政府側と話を付けた水平は少女とお話しすることにした。

 季節は幾分すすんだ。庭の花は入れ替わり、桑名は足繁く畑の土をかきまぜている。

 水平の私室は本丸の最も奥まった場所にある。日当たりもよいが、目隠しをするような木々があるため夏は涼しい。

 離れではないが、周りの部屋には誰も入れていないので生活音は届かない。水平はひとりの時間が好きなタイプだった。集団行動を強制される審神者業は、正直なところ気が重かった。

 

 そこに平野に連れられて少女がやってくる。

食事の席ではよく見ていたが、それでも目の前にやってくると来たときより幾分大きくなっていたようだ。その表情は晴れない。目線を足下にやって、肩を小さくしている。

 

「いらっしゃい」

 

「失礼します」

 

 本当に才能のある賢い子供なのだと思う。きっとどうして呼ばれたのかが分かってここまできたのだ。今までの本丸でも同じことを繰り返していたから、それがきちんと分かるのだろう。政府はこういった情報も渡さなかったので本当に意味が分からない。なんの解決にもつながらない行為だ。戦線を維持している我々を馬鹿にしているとしか思えない対応である。

 ソファに腰掛けて待つ間、どうやって話そうかと考えていたけれど。あんまりにも浮かない顔をしている彼女を見て、ストレートに話すことに決めた。私の心情だとか、本丸の状態だとかは横に置いておこう。彼女は賢い子供だ。彼女はこれからたくさんのことを選ばなくてはならない。その中でも一等重いかもしれない。もしかしたら、選択を突きつけた自分を恨むかもしれない。まあそれも興味深くていいが。

 

「そこにおかけ」

 

 ちいさく返事をして、水平の隣に腰を下ろした少女。そのなんと小さい体! 刀剣たちがせっせと食わせていたのもわかる。目の前のテーブルには和菓子も洋菓子もあった。電気ポットの中には湯が満ち、お茶のティーパックも様々ある。紅茶ポットには甘みを抑えたミルクティーも準備されていた。

 

「ちょっとね、お話をしよう。長くかかるかもしれない。ほら、歌仙の作ったおやつもあるから先にお食べ。飲み物はなにがいい?」

 

 おずおずとおやつに手を伸ばし、私のカップを指さす。中身はミルクティーだった。ミルクティーが好きだったんだろうか。そんなことは初めて聞いたような気がするけれど。

 

 それにしても本当に歌仙は良い仕事をする。水平にはレシピを見たって、黒糖生地の温泉まんじゅうを上手に作ることは出来ないだろう。この見事な薄皮! ほれぼれとする。手製のおやつ以外にもテーブルにはおやつがある。グミにチョコレート、フィナンシェにマドレーヌ。安っぽいカラフルなゼリーに、柿の種やポテトチップスもある。こんなに一同に期すことは、水平の本丸ではほとんどないことだ。酒を飲む刀たちのテーブルの上では、似たような有様になることはある。

 舌鼓を打つ水平にやや安心したのか、少女は温泉まんじゅうを二つに割って口にした。ちゃんと躾が行き届いた食べ方だった。甘さとお茶の温さで緊張は意外とほぐれるものだ。まんじゅうが食べ終わったら何にしようか、水平は手を止めて少し考える。もたもたとまんじゅうを食べる少女を眺めると、彼女は視線に気づいてまた緊張した。水平はもう大人なので、その緊張に気が付かないふりをして、少女に問いかける。

 

「おいしい?」

 

 水平の言葉とあれば、養女は答えなくてはならないと思っているようだ。うんうんと大きく首肯している。口の中にものが入っているから喋らないのだろう。

 「そうか、さすがは歌仙」と気が抜けた返事をして、次に何を食べるか指を空中にさまよわせる。養女は予想外の返答に、困った顔をしている。でも水平はそれも見ない振りをしておやつ選びに真剣だ。

 

「うーん、甘いものの後はしょっぱいものが美味しいねえ」

 

 柿の種にしよう。小分けにされたチープなやつが水平のお気に入りだ。1口もあれば食べ切れてしまいそうだが、それをちまちまとやるのがいい。複数の味があるのもオツだ。

 ほら、とピーナツと柿の種を引き寄せた少女の手のひらに乗せてやる。片手の手のひらに、柿の種の一袋は乗り切らない。見比べて、二口くらいの量を渡すことにした。少女の手のひらはあつく、湿っている。

 咀嚼音と風の音、それから遠くで刀剣たちの生活の音がわずかに聞こえるだけだった。水平は養女を見つめながら話の進め方を考えていたし、養女は普段は食べないおやつに夢中になっている。

 柿の種が2袋なくなって、水平はミルクティーを飲んで唇を湿らせた。

 

「ねぇ、よく人でないものと話しているね」

 

「はい」

 

「楽しいかな?」

 

 水平を見上げて養女は小さく頷く。瞳に緊張感が戻ってきているのが見て取れた。怯えていないことが、水平をより感心させる。

 

「そう。嫌かもしれないけどね、人以外と話すのはあんまりよくないことなんだよ」

 

 本当は獣と言葉を交わすこともよくはない。水平も子どもも人であり、審神者であり、使うべきところ以外で言葉をかけるというのは、必要なときに言葉を失う可能性をもっていた。

 顔を強ばらせ、体を縮めて手の平をぎゅっと握らして。かしこい子どもなのに、嘘を言うことはしない。素直なことがいいことなのか、この子どもを見ていると考えてしまう。

 

「文字の勉強をがんばっているんだってね」

 

「はい」

 

「硯からいい匂いがしたろう? 」

 

 突然かわった会話の方向についてこれていないらしい。褒められたことにか、質問に反射的に答えていることがわかる。水平が話しているのは青江が遊んでいた硯のことだ。あれは蚤の市で見つけた美しいやつで、梅の花が彫られていた。

 

「あれはね、お前が好きで香っているんじゃないんだよ。ただ咲いているんだ。それから、こないだヒマワリをとってきたそうだね。どこから持ってきたのかな? 」

 

 水平が養女に話しかけるのは、ここ最近で起きた不可解なことだ。どれも養女が関わっていて、この本丸では解決しきれないこと。たいした危険のないものばかりだ。

 責めるようなことではない。責めるようなことではないが、審神者としては必要のある行為だ。

 

「あのね、人でいるなら人のルールを守らないといけない。あなたの楽しいことをしたいなら、加減をおぼえないと早晩あなたはなにもできなくなる」

 

「それは・・・・・・」

 

「嫌でしょう?」

 

 顔色をかえて頷くのだから、本当にこの子はかしこい。かしこいのがかわいそうなくらいだ。話の内容も、理由もちゃんと理解できてしまう。

 行動を改められなかったのは、それこそ幼さなのか周りの人間のせいなのか。

 

 あふれんばかりの才能を持ち合わせた子ども。

 

「どうしようか。いま私はあなたに2つの選択肢をあげられる。

ひとつはこの本丸を去ること。ここを出たら、別の本丸で問題になるまでは自由にすごせる。もしかしたら、あなたは理由がわかったから問題にならないかもしれない。

もうひとつは―――」

 

 

 * * * * *

 

 

「トワの様子はどうですか?」

 

 執務室に呼び寄せられた歌仙は、主の対面で少し考える。少し考えるが、考えるまでもないことであった。

 

「モノや怪異なんかと話す場面は見ないね。動植物に触れ、短刀たちと走り回り、よく学んでいる。前みたいに僕たちに異変が起きることもない」

 

「そう。それはよかった」

 

 のどかであくびが出るようだ。空は澄み渡り、青地に白い雲がよく映えている。風は心地よく肌を通り抜け、空気がよどむこともない。まったくもって平和な日とは、こういった状態のことだろう。それは見かけだけであって、今も部隊がいくつか遠征に出ているのだが。

 

 ところで養女と話してからいくつか日がすぎた。養女はあの日、ひとつの選択をした。たぶん、彼女が今までに選んだもの中で一番対価が大きくて、強く彼女を縛る選択だった。

 

『もうひとつは、審神者になること。あなたが審神者になるのなら、私はあなたにたくさんのことを与えることができる。あなたはきっと、今までの生活が懐かしくなるぐらいの日々になると思う。ただし、あなたは覚悟なく本丸から縁を切ることができなくなる。

あなたはどうしたいだろうか』

 

 

 そして彼女は審神者になることを選んだ。

 

 

 これにはいくつかのメリットがあった。その最たるものが「名前」を得られることだ。強い力があるから本丸で生きることしかできず、そのために折角もらった人の名前で呼ばれることがない。これは人として不安定になるに足りる理由だった。審神者になればその名前が与えられる。名前は良くも悪くも人を縛る。これが養女の性質を人よりに戻すために必要だと水平は考えたのだ。だから呼べる名前を与えた。

 

 しかし、これにはデメリットもともなう。彼女は審神者から逃れることができなくなった。まだいくつにもなってない幼子に、これからの人生を選べと差し迫ったのだ。

 もちろんこの選択のために政府にも確認をとっている。この幼子を仮とはいえ審神者として扱うのだ。能力は申し分ない。必要な知識も教えていけば問題なく身に付ける。戦争が続く限り、彼女の能力はけして足手まといにならない。彼女の才能を見ていれば、審神者として生きる方が生きやすくすらあるだろう。だけども人は選ばなくてはならない。

 水平としてもやりたいことではなかった。しかしそれ以上に必要だと思った。

 

 歌仙の報告のとおりなら、彼女は水平の言いつけを守っている。

水平の側に寄っては話をねだるようになった。短刀たちから寝物語を聞いてからは、添い寝を望むようになった。人らしさを順調に身に付けているだろう。

 その一方で。

 

「……先日。小物の怪を踏み潰していたよ。なんのためらいもなく。……少し前までは一緒に遊んでいたものを、だ。すこし不安を感じるくらいに容赦がない」

 

「そう。それは追々……。うーん、その場で注意しましたか? そういうのの積み重ねになるのではないでしょうか」

 

「すいへーねえさま!」

 

 噂をすればなんとやら。

縁側から身を乗り出すトワの手には桃色の花枝がある。

 

「トワ、桜の木を折ってきたの?」

 

「いいえ。前田が折れた枝を見つけてくれました!」

 

 興奮して頬を赤く染めた幼女のかわいらしいことといったら、先ほどまでの報告が嘘のようである。腰を上げてトワの手のひらから枝をもらう。おおぶりな花は桜だろうか。水平にはそのあたりの知識は薄かった。

 にこにこと嬉しそうなトワに礼を告げて、彼女の首で体温をみる。近頃のトワは活発になった影響かよく熱を出すのだ。今日は本当に興奮しているだけのようだ。くすぐったそうに身をよじるトワは本当に嬉しそうで興味深い。

 

 トワはようやく、本丸の子どもらしくなった。

 




本編・おまけ・蛇足と続いて終わります。
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