1つめ
「それにしても君があんな名前をつけるなんて、僕は少し驚いたよ」
「いいでしょう? 一晩、辞書と格闘して選んだんですよ」
歌仙はやわく微笑んだ。水平がこうして褒められるのは稀なことである。
トワの件について政府に確認をしたが、急だったために名づけを水平がやることになったのだ。
思い返すのは辞書を読んでいた時である。トワという言葉に振られた漢字は多い。トワが独り立ちするときに、彼女が漢字を選ぶ。それが彼女の指針になるだろうと、そう考えてトワにした。
水平がそう望まれたように。
トワも人に望まれ、自分で選び生きていかなくてはならない。
* * * * *
「なんだなんだ、私のセンスに不満でもありますか? あれでも結構考えたんだからいいじゃありませんか」
「あなたが頑張ったかどうかではなく、周りの人がどう思うかでしょう。本当に面倒な人ですね。それくらい自明でしょうに」
主の前で溜息をついて悪態をとるのは宗三左文字だ。水平の悪癖めいた好奇心についてきてくれるくせに、普段はこの様である。水平は面白がって宗三左文字とよく話す。歌仙に褒められたものの、宗三はこの様だ。
「審神者の名に”永遠”を入れる可能性があるのが信じられません。逆にあなたがどの字を想定していたのかが謎の域です」
これには水平も苦笑いを返すしかない。ただ、水平はトワが「永遠」の文字を選んだって構わないと思っている。それが望みであるなら、人として生きる側にはよく知れた感情だった。
「どんな文字だって構いませんよ。あの子がきちんと考えてつけた文字なら、それが形になるでしょう? ……、あ? 宗三、もしかして…?」
「なんです、その顔は。余計なことを口にしたら盛大に拗ねますよ」
「もう拗ねているではないですか……」
2つめ
本丸内には嵐が吹き荒れていた。本丸に受け入れた養女、彼女と触れ合う時間が長いほど自我を失ってしまう。しかし、本丸の主である水平は養女との関わりを今と不自然に変えることを良しとしなかった。そのために本丸内での活動にお祈りが発生している。
「あ~……今週は身だしなみ担当だ…」
「おれは馬だな」
身だしなみ担当は養女や審神者の身の回りを整えたり助言をする役だ。常の本丸であれば加州清光は喜び勇んで担当しただろう。しかし、今の状態では躊躇いが発生する。
「いいな、和泉守は。こないだ、主に《私の》って言われてたじゃん……、おれも言われたい」
テーブルに頬をつけて恨めし気な加州清光に、ぎょっとした顔をするのは和泉守兼定だ。その時の記憶は胡乱だ。それにその状態になってしまったのも不覚である。しかし、そう言われた喜びというのも理解できるので、複雑な気持ちになるのだ。
「そりゃあ、おめえ。あの状態になったのがはじめのほうだったからだろ。主からの平手打ちだって珍しいんだからそう落ち込むなよ」
「平手打ちなんてかわいくないしー。そっか、和泉守はいまいち覚えてないんだ。だからそんな適当に言えるんだよ……あーあ、おれも《私の加州清光》って言われたいな~」
ごりごりと骨と木がすれる音がするのを、和泉守は困ったように眺めていた。