「禅城葵のことは忘れろ。そうすればお前は強くなる」   作:らくべえ09

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Fate/zero編
序章  間桐雁夜、目ひとつの神に出会い、家を捨て邪恋を捨てること


 

 

 

 見知らぬ街の、さびれた神社だった。

 

 間桐雁夜は一人座り込んでいた。

 

 高校を卒業したその足で、家を出てここにいる。

 呪わしい家を飛び出したはいいが、行く当てはない。

 

 ひとまず、東京を目指すつもりだったが――

 

 不運が重なり、夜を過ごしている身の上。

 どこかに泊まる金も惜しく、こんな真似をしている。

 

「はあ……」

 

 辛気臭い溜息。

 

 それから、しばらくして。

 

 

 ギシリ。

 

 

 後ろで、音がした。

 

 朽ちかけた社の中で、動く気配があった。

 

「!?」

 

 雁屋は、思わず飛びのくようにして、立ち上がる。

 

 そうこうするうち、扉が開いた。

 

 異形の者が、そこにいた。

 

 古びた水干のようなものを着た、大男。

 その口は耳まで裂け、牙がのぞく。

 顔の中央には、巨大な一個の目が光っていた。

 

 ――化け物……!?

 

 恐怖の中叫びそうになる雁夜に、一つ目はニタリと笑いかける。

 

「思わぬ夜に、思わぬ客人じゃ」

 

 言って、一つ目はどっか座り込む。

 

 雁夜は魅入られたように動けない。

 足が石のように固まっていた。

 

「恐れることはない。この地にいにしえから住む古き神じゃ」

 

「かみ……?」

 

 そんなものが、いるのか?

 

 あるいは魔物の罠か。

 

(なんじ)、空腹でよるべない身であろう。ま、今宵はわしのもとで酒の相手をせよ」

 

 そういう一つ目のもとには、いつの間に酒肴の用意が整っていた。

 

 魚をさばいたもの。

 肉を油を煮こらしたもの。

 山菜。

 そして、どぶろくのような酒。

 

 いずれも野趣あふれるものだったが、美味い。

 

 雁夜は異常な状況と、慣れない酒に戸惑いながらしばらく酒の相手をした。

 

 

 やがて、

 

 

「汝、自由を求め生家を飛び出してきたばかりじゃな?」

 

 呑みながら、一つ目は言った。

 図星であった。

 

「は……」

 

 すべてを見透かしたような一つ目の言葉に、雁夜はうなずくしかない。

 

「客人よ、我が目を見てみよ」

 

 不意に、一つ目は顔を近づけた。

 

 その大きな目の奥に、何かが――

 

 パーカーを着た、貧相な男。

 どこか見覚えのあるような顔…。

 

 男は雁夜が後にしてきたばかりの街・冬木にいた。

 そして、見覚えがあるような美しい女と会っている。

 

 ――葵さん?

 

 どうやら貧相な男は、雁夜らしい。

 雁夜と葵。どちらも、今より年を取っているが。

 

「未来のそなたじゃ。苦労してルポライターとしてそこそこの暮らしをたてておるが、金持ちには程遠い。そして、未練がましく度々冬木に戻りては、岡惚れした女に会っておる。女には夫も子もあるというのにな」

 

 雁夜は反論もできずに、ただ目の映る未来を凝視するばかりだった。

 

 

 そして、

 

 

 あの忌まわしい蟲蔵で小さな少女が蟲にたかられているのを見た。

 

「こ、この子は…!?」

 

「女の娘じゃ。跡取りに困る間桐の養子となり、家長の命による苦行を強いられておる」

 

「俺の…俺のせいか!? 俺が、俺が逃げ出したから……」

 

「そうとも言えるし、違うとも言える。仮におぬしが家を継いでおっても、かの蟲の下僕となるばかりのことじゃ。そして、妻となった不運な別の女が犠牲になるだけのこと」

 

「そんな…そんな……」

 

 雁夜が震える間にも、未来の姿は変わっていく。

 

 結局あの老人のもとで、蟲蔵に入ることとなった雁夜。

 黒い使い魔を与えられ、怪しい魔術儀式の戦いに身を投じていく。

 その中、蟲に全身を食い荒らされボロボロとなった雁夜。

 

「おぬしは恋敵を葬り、そして女の娘を救わんと奔走するが、いずれも空回りじゃ。無様な敗北を重ね、甘言で利用され、しまいには惚れた女に手をかけんとする」

 

「…う、嘘だ! 嘘だ!!」

 

「嘘ではない。この眼は厳正なる未来を映し出しておるのだ」

 

「…………!!!!」

 

 恐怖に、あらゆる負の感情に震え、雁夜は言葉を失った。

 

「客人よ、絶望するはまだ早い――」

 

 

 最後には。

 

 

 ほぼ廃人と化した雁夜は哀れな夢を見ながら、蟲に喰われていく。

 

「バカなひと」

 

 救おうとした少女に、嘲りの言葉を受けて。

 

 

「うあああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 頭を抱え、背中を丸め、小さな子供のように雁夜は泣き喚いた。

 

「嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!」

 

「気の毒じゃが、汝は悪業因縁深き身ゆえ、宿運は変えられぬ。いずれにしろ(くら)き魔道と関わりなく生きることはできぬのじゃ」

 

「ああああああああああ……!!!」

 

「ま、しかし」

 

 一つ目は気の毒そうに雁夜の背中を見つめながら、

 

「それでも、さだめにたてつき、牙をたてたいと願うのならば、その足を熊野の地に向けるがよい」

 

 

 熊野の地。

 

 

 その単語が、何度も何度も雁夜の中で響き渡る。

 

「ついでになあ? 人…特に男子(おのこ)は大切にしておる想いに別れを告げねばならん時がある。男はそうして成長してゆくものなのだ。誰しも、大なり小なりな……」

 

 それが、一人の男になるということなのか。

 

「また。老婆心ながら、今ひとつ忠告をしておこう」

 

 一つ目は、静かな声でおごそかに語る。

 

 

「禅城葵のことは忘れよ。そうすればお前は強くなる」

 

 

 お前は、強くなる。

 

 

 ――強くなる……。

 

 

 

 やがて、何もわからなくなった後。

 

 

 

「うう……」

 

 重い頭と、日の光で雁夜を目覚めた。

 何かひどく嫌な夢を見ていたような。

 空腹だった腹が、何故かふくれている気がする。

 

 そうだ。急いで新たな場所に行かなければ。

 

 東京へ。

 

 思いかけた時、何かが雁夜を止めた。

 

 熊野。

 

 何故か、縁もゆかりもない土地の名前が大きくなる。

 

「まあ、いいさ……」

 

 どうせ当てはない。

 

 そう思いながら振り返った時、雁夜は驚愕した。

 一夜を過ごしたはずの神社が、跡形もない。

 

 あるのは元が何なのか判別もできぬ廃屋と、奇妙な石仏だけだった。

 

 いや、石仏と言えるのか。

 

 口も鼻もない、ただ顔に大きな一つ目だけの不気味な石像。

 苔むしたそれは恐ろしく古いものらしい。

 

「……」

 

 雁夜は奇妙な気分で石像を見つめた後、胸ポケットから一枚の写真を取り出す。

 

 中学時代の葵が映った、雁夜が撮った写真だった。

 

 

 孤独な若者は静かに写真を破り捨てた後、駅に向かって歩き出した――

 

 

 

 

 ―――――。

 

 

 

 

「なんてこった…」

 

 

 熊野の、某所。

 

 

 雁夜は尻餅をついたまま事態を見守っていた。

 

 慣れない土地で右往左往している途中。

 自分でも訳が分からないまま、化け物に襲われていた。

 

 牙をむき、赤い眼を輝かせて人の血を吸う化け物。

 

 ――吸血鬼?

 

 その異形が、犬のように泣き喚いて砕けていく。

 

一人の男が手足をふるうたびに化け物は打たれ、えぐられていった。

 

 不気味な壮年の男だった。

 一見ひょろりとした背の高い、青い顔をしている。

 眉は剃っているかのように薄かった。

 口元を固く結んだ顔は、妙に長い。

 

 何より特徴的なのは爬虫類を思わせる体温を感じさせない双眸だった。

 

 まるで鞭のような男の拳が化け物の胸を貫いた後――

 

 異形はゆっくりと朽ち果てていった。

 

臨技(りんぎ)蛇水鞭(じゃすいべん)

 

 つぶやいたのは、技の名前らしい。

 

「運が良かったな」

 

 男は雁夜を一瞥した後、足音もなく遠ざかっていく。

 

「……待ってくれ! あ、あんた、まさか魔術師、なのか!?」

 

 雁夜の声に、男は止まる。

 

「――何故そんなことを聞く」

 

 背を向けたまま、男は言った。

 

「……化け物だの、魔術だのには、多少縁があってさ…」

 

「お前、名は?」

 

「間桐雁夜」

 

「まとう?」

 

 男が、首だけ振り返る。

 

「あの毒虫の血族か」

 

「知ってるのか…? まあ、こないだまではね…。今は、ただの宿なしだよ。あんたは……?」

 

蛇崩(じゃくずれ)  保憲(やすのり)

 

 男はそう名乗った。

 これが、『間桐雁夜』最後の夜だった。

 

 

 

 

 以後10年近く雁夜は冬木へ足を向けることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 






※序章は水木しげる大先生の作品「新春雨物語・目ひとつの神」からです。
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