「禅城葵のことは忘れろ。そうすればお前は強くなる」 作:らくべえ09
間桐雁夜は、異形の群れと向き合っていた。
ゆるりと立った姿は、まるで力を感じれない。
だが。
獣そのものの動作で走る異形に、鞭のようなものが飛んだ。
雁夜の腕、その全ての関節が外れ蛇が蠢くように――
異形を打ち抜いた。
パンっ!!
心地よい音が響いて、異形が砕けて、散った。
両腕、両足。
全てが牙をむく毒じゃと化し、襲い来る異形を打ち、貫く。
時間にして、三分もかかっていなかった。
――やれやれ……。
どうやら、ひとまず終わりらしい。
増援が来ないと察してから、雁夜は車に戻っていった。
雁夜がドアに触れると――
車を覆う蛇の群れも、霧散する。
「片づいた。ケガはないか?」
雁夜が訊ねると、慎二は今までの態度が嘘のように神妙だった。
ブルブルと、首を横に振る。
「……みたいだな。ま、妖気のせいで明日あさっては気分が悪くなるかもしれんが、若くて健康なら心配はない」
軽く言いつつ、雁夜は再び車を走らせた。
「……あ、あの――おじさん?」
「うん?」
「さっきのは……?」
「どっかのバカが送ってきた使い魔だろ。まあ、うまくすればってことで送ってきた使い捨てだろうから、正式に遠坂の配下になれば大丈夫だ、多分」
「たぶんって……」
「不安なら、パパから遠坂の旦那に言ってもらうんだな――」
慎二はしばらく黙っていたが、
「……じゃあさ、さっきあの変なのをやっつけたのは、魔術?」
「いや――」
雁夜は苦笑しながら否定する。
「おじさんは魔術師じゃない。まあ単なる拝み屋だ」
「おがみや……?」
「霊能者とかも言うけどな、別に立派な仕事じゃない。お化け専門の駆除業者みたいなもんさ」
「で、でも……!?」
それでも何か言いたそうな慎二に対し、
「あのな? あの手のこたぁ魔術師の専売特許じゃないし、世の中には色々やりようってもんもある。猛獣をどうにかするのに、自分が猛獣になる必要なんざ無いってこと。いや、ちょっと変だったか、この例えは……」
「うん。変だよ……」
「ははは。そうか、変か。まあアレだ。さっきのは、悪い夢だと思って気にしないこったな」
「――でも、僕。魔術師になりたいんだ」
少し呼吸を置いて、慎二は今までになく真剣な声で言った。
ミラーに映る瞳も同じく真剣なもの。
「そいつぁ……おじさんの専門外だな。さっきも言ったがおじさんはしがない拝み屋で魔術師じゃない。遠坂あたりから言わせたら、落伍者ってやつさ」
「だけど、すごい技が使えたじゃない!?」
わざと自嘲気味に笑う雁夜へ、慎二は喰いつくように言った。
「あれは魔術じゃなくって、拳法だ。ちと特殊でジムも道場もないけどな――しかし、お前さん、魔術師になりたいのか? おじさんと逆だなあ」
「逆?」
「おじさんは、間桐の家を継ぐ……というか、魔術師が嫌で家出したんだ。18ん時にな」
「なんで?」
「――なんで? か。お前さんに全部は言えないが、まあうちの魔術はろくでもないもんだったし、お前のパパにも、おじさんにも才能がなかった。だからなったとしても底辺になるのは目に見えてた。今の世の中、もっとましな仕事はいくらでもある。それに、死んだじいさんってのは、まあ最悪だったしなあ。ははは……」
「――でも」
「そりゃ、どうしてもなりたいってんなら、おじさんには何も言えないよ。そんな権利も責任もないし。だが、嫌なことを言うけどホントのことだから、聞けよ? 多分お前さんにゃ魔術師の才能はない」
「――」
慎二は黙った。
気配から大きなショックを受けているのは感じ取れた。
「でもいいじゃないか。お前はいい男だし、頭もいい。体つきからして運動神経も悪くなさそうだ。できることはたくさんあるぞ? 女の子にもモテるだろうしな。さえない学生生活送ってたおじさんから見りゃ羨ましいくらいだ」
その夜は、何とか言いくるめて? 慎二を親元まで送り届けた。
だが、雁夜の想定とは裏腹に、その後も間桐家との関係は続いていくことになった――
しかし、それはまた後のことである。
ウェイバー・ベルベット。
彼は、聖杯戦争後も冬木にいた。
魔術師としては未熟で、低く見られていたが――
冬木で、助手としての才覚・才能を時臣に注視されてしまった。
綺礼が去り、人手が必要だった時臣は半分脅迫するようにして、後始末の手伝いをさせていたのだ。
そんなウェイバーだが。
時臣の代理として、ある仕事を任された。
決闘の立会人。
人のいない、さびれた神社の境内だった。
社もボロボロで、手入れがされていない。
もう参拝する人間など誰もいないのだろう。
いったい何の神が祭られているのか。
男二人が対峙している。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。
そして、まだ若いどこか軽薄そうにも見えるたれ目の男。
仏門光覇明宗の法力僧。
秋葉 流。
ウェイバーの隣にいるのは、小柄な老婆だった。
――彼女が、ゲンカイ。
日本でも有数の霊能力者であり、退魔師だという。
名前だけは、イギリスにも聞こえていた。
死徒の類を幾度も退けたことがあると噂されている。
外見は小さいが、巨木のような印象。
小柄のはずの相手を、ウェイバーは見上げてさえいた。
「じゃあ、とっとと始めな」
パンパンと、幻海は手を打った。
「……ずいぶん、鍛え直したなあ」
どこか親愛さえ感じられる目で、秋葉は言う。
「寝ていたわけではないからな」
「怖いねえ」
何気ない会話のようだが、両者の間には見えない何かがぶつかり合っていた。
そして、それを楽しんでいるようでもある。
「こんなこと手間なことせんでも、闇討ちでもなんでもかけりゃあよかったのに」
「気に入らんか」
「いやあ、これも悪くはないさ」
秋葉が肩をすくめた瞬間、ケイネスは掌底を突き出していた。
一瞬で距離を詰め、胸元を正確に狙っての一撃である。
秋葉は、両手をクロスして防御。
受けながら、後ろに飛んで威力を殺す。
「無手か。武法具はどうした」
「気にするな。あんたも水銀は?」
「スタイルは変えた。気にするな――」
ケイネスの返事にニヤリと、秋葉が笑った。
肉食獣のような、獰猛な笑みだった。
「喝っ!!」
気合を込めた拳や足が、マシンガンのような飛んでくる。
「けぇっ……!!」
ケイネスは呼吸を繰り返し、それを防御し、受け流した。
その一撃一撃が、鉄の棒みたいに硬く、筋肉や骨の髄までが衝撃が響いてくる。
――法力をたっぷりとこめているな……。
魔力と闘気でカバーしなければ、腕が使い物にならなくなっただろう。
ぞくりとするような恐怖と、同時に歓喜がケイネスの背中を走る。
数年前の敗北後。
ケイネスは己を一から徹底的に鍛え直した。
効率よく、しかしそれだけに過酷な鍛錬。
試行錯誤を繰り返すうち、魔術礼装を己の肉体そのものに変えることにした。
中国拳法。
インドのヨガ。
そして、あるアジアの奥地で出会った特殊な呼吸法。
生命活動の基本である呼吸そのものを徹底的に鍛錬することより、筋肉、骨格、臓器、血液――
全てを一度に鍛えることが可能だったのだ。
そして、人体を水と考える中国拳法の一派。
この二つは――
水と風の多重属性であるケイネスとの相性が実に良かった。
呼吸は風。
肉体は水。
さらには、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)の応用も行った。
肉体を柔剛自在にまで引っ張り上げる。
過程は困難極まりなかったが、やめる理由はなかった。
しかし――
――強い……!!
撃ち合うたび、攻撃を受け、そして与えるたびにケイネスは震撼した。
秋葉の腕はまったく衰えていなかった。
いや、むしろより強力に練り上げられ、鍛え上げられている。
ケイネスが鍛錬を積み重ねたように、
――お前も、今日の為に地獄を見てきたのか。
それが嫌でも伝わってくる。
「すげえな……」
ケイネスの拳を受け、わずかに口から出血した秋葉は――
血をぬぐいもせずに打ち合いでボロボロになった上着を脱ぎ捨てた。
「……な!?」
見ているウェイバーが声を上げた。
肉体がパンプアップしている。
驚くような高密度の筋肉で覆われた上半身。
「……まるで、金属じゃないか!?」
ウェイバーの言葉も的を得ていた。
並の攻撃など、意にも介さない剛性と柔軟性が見て取れる。
そして、そこから生み出されるものは――
「ふんっっ!!」
そこから、気合と共に何かを飛ばしてくる。
――暗器!?
一瞬、武法具かと思われたそれは、練られ、圧縮された法力の弾丸。
「ちぃぃ!!!」
ケイネスはかわし、いなし、呼吸を繰り返しながら防御と反撃の準備を同時並行させる。
「ガント……? いや、違うのか?」
「光覇明宗・法力金剛弾」
ウェイバーのつぶやきに、幻海が応えた。
「本来なら、独鈷杵を飛ばす技じゃが……霊気、いや法力のみで使ったか」
――こんな技まで使えるのか!?
ケイネスは地面を滑るように移動しつつ、秋葉へと接近する。
だが、秋葉の動きは止まらなかった。
両腕を左右に伸ばした、ちょうどTの字のような形に――
そう見えた瞬間、無数の三日月形をした法力が雨あられとケイネスに襲いかかる。
――ひとつひとつが、相手を拘束……圧殺するものか!
このような技。
果たして同レベルの魔術を、どれほどの魔術師が扱えるものか。
もしも、秋葉が魔道の家に生まれていれば。
それこそ、魔術世界のバランスは一変していたかもしれない。
――回避。防御。いや、いずれも。
困難か。
そう判断したケイネスは、右手首を左手でつかみ、魔力を全集中――
膨大な闘気の塊が、三日月の雨とぶつかり合った。
バムッッ!!!!
炸裂音が空気を引き裂いて、一瞬後静寂が来る。
「な、なにが……」
「孤月――光覇明宗でも最高の難易度を持つという技だ。使える奴にお目にかかれるとはね」
「じゃ、じゃあ……ケイネス先生がやったのは」
「あっちは、圧縮した魔力を大砲みたいに吹っ飛ばしたのさ。闘気でやるとすれば、気功掌……いや、気功砲か。あいつのはさしずめ魔力砲だね」
そこで、幻海はジロリとウェイバーを見て、
「もちろん、お前さんあたりがやればぶっ倒れるどころか死んじまうさ。仮に魔力量が足りても体がもたない。肉体と魔力を同時に鍛え上げたやつだからこそ、できる技だ。といっても、連発はできまいがね」
「じゃっ!!」
「応!!」
解説している幻海の前で、男二人は肉薄しあい、拳を放った。
いずれも、まともに当たれば悶絶するような攻撃である。
「……遠距離じゃ埒が明かない。ガス欠する前に勝負をかけたか……」
めきっ
ぼすっ
ぱん!!
めちっっ!
肉を叩き、骨に響く音が不気味に響いていく。
血が飛び散り、汗がそれに混じって弾ける。
――こ、こんな戦い。こんなの、魔術師の決闘じゃない……!
どう思っているのか。
何を考えているのか。
互いに殴り、蹴り、隙あれば関節を狙う。
ドロドロとした戦いを続ける両者にウェイバーは泣きたいような気持ちだった。
「こ、こんなの、ただの喧嘩じゃないか……」
「はじめっからただの喧嘩だよ。決闘だのなんだのは、体裁の上さ。本質はバカなガキ2匹の喧嘩だ。それ以上もそれ以下もでもない」
「な、なんでこんな……」
「さあね。何を考えているんだかね――」
そう言って、幻海は微かに目を細める。
もはや、技と術がどうとか、そういうものではない。
お互いの体力をひたすら削りあっていくような戦いであった。
そして――
打ち合いの末に、秋葉は腰から崩れ落ちた。
へたり込みような姿勢で、無防備になっている。
「かああっ!!」
ケイネスは、渾身の蹴りを秋葉の顔面へ向け、放った。
「やめっ……!!」
とどめ。
死。
殺人。
いくつかの単語を脳裏に走らせ、ウェイバーは叫びそうになった。
蹴りは、寸前で止められていた。
「……どうしたい、チャンスだぜ?」
血まみれの顔で、秋葉は笑った。
「立て――」
同じような顔で、ケイネスはぶっきらぼうに言った。
「そうしたいんだけどよ……もうからっけつさ。小指を動かすのはきつい」
「……」
どさり。
秋葉は目を開けたまま、大の字に倒れた。
「勝負あり、だな」
幻海は静かに宣言した。
「……」
ケイネスはしばらく無言で立っていたが、やがてノロノロとした足取りで後退する。
「あんた、強いな。こんなボロ負けしたのは初めてだ」
倒れたまま、空を見上げながら秋葉は言った。
どこか、さっぱりしたような声だった。
「――」
「あんたも天才って呼ばれてるんだろ? 俺もさ、ガキの頃からそんな風に言われてたのよ」
返事がないまま、秋葉は語り続ける。
「運動でも、勉強でもよ。なんでもできた。他の奴らが必死になってるのを見てるだけだったのに、いつも勝ってるのは俺だった。努力や達成感なんぞねえ。何を思い切りすることもねえ。負けねえ。ははは、それが気づいてみれば足を引っ張るのが好きな奴らとのくだらねえいざこざ。おふくろはそれに耐えきれずにおかしくなっちまった」
「……わかるとは、言わん」
「……へへへ。すまねえ。不幸自慢なんぞする気はなかったんだがな。法力僧になって、適当に妖怪(ばけもの)をぶっ倒してたら、このくだらねえ人生も終わるかと思ってたんだが――」
「――」
秋葉は少し顔を上げ、ケイネスを見た。
「あんたが初めてだったよ。心底怖えと思ったのは――とんでもねえ魔術ってのを、簡単に操りやがる。そして、勝った後でもあんたのことを調べるほどに怖くなったよ」
「そうか」
「だんだんとこうも思った。負けたくねえ。勝ちてえってね」
「お前は一度勝っている」
「そうだったな。ってこたぁ、お互いに一勝一敗か」
「……」
「けど、あんたがとどめをさせば完全な勝ちだぜ?」
「……」
「今の俺なら小学生のガキでも殺せる」
ケイネスは、もう応えようとはしなかった。
ただ、だまって歩いていく。
足取りが頼りなかった。
歩くどころか、立っていることもつらいのだ。
「どうした、ロード・エルメロイ。なぜやらねえ」
秋葉の声を背中で受けながら、ケイネスは去っていく。
傷を魔術と気功で癒しながら、ケイネスは夜道を歩いていた。
驚くほどに心がさめている。
あれほど高ぶっていた高揚が嘘のように消えていた。
勝った。強くなった。雪辱を果たした。
――だから、どうだというのか。
かつて、考えるまでもなかった戦う、戦った理由をケイネスは探した。
敗北以前に自分の前で敗れていった様々な魔術師たちの顔が浮かんだ。
戦う意味はあったのか。
今さら、そんなことを考えている。
ただ、あの男――秋葉 流と語り合うだけで十分だったのではないか。
多分こんなものは結果論だ。
それはわかっている。
だが――
「ひどい顔ね」
知っている声がした。
「ソラウ」
幼馴染であり、婚約者であった女。
今までも何度か行く先で出会ったが……。
「負けたの?」
「いや」
「勝者の顔には見えないけどね」
かもしれない。
空虚な風が、ケイネスの胸に吹いていた。
強さを。
力を。
才能を。
努力を。
そういったものを他者と比較して見せつけ、それでどうなる。
改めて、かつての自分の空虚さにケイネスは自嘲したくなっていた。
「本当に、ひどい顔ね」
ソラウがハンカチを血と泥で汚れたケイネスの顔に当てた。
ただ、風が吹いて、いつかやんだ。