「禅城葵のことは忘れろ。そうすればお前は強くなる」   作:らくべえ09

15 / 28
間章  イリヤ 士郎に姉だと宣言し、綺礼 賞金首となること

 

 

 

 

「やれやれだわ……。こんな面倒をさせるために、ドイツまで呼んでいたわけ?」

 

 救助ヘリの中で、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリは嘆息した。

 

「色々すまない」

 

 意識を失った切嗣の胸に手を置きながら、ケイネスはそれでもソラウの顔を見て言った。

 手のひらからは、特殊な波動による〝治癒〟が行われていた。

 

 ――すげえもんだな……。

 

 ほぼ死ぬと確信した相手を、それでも生かすケイネスの手腕に、雁夜は感動さえおぼえた。

 

「まあ、いいけどね……。アインツベルンの後始末は、あなたがちゃんとなさいよ。一応、まだ当主なんだから――」

 

「わかった」

 

 瀕死の状態にあった切嗣。

 

 

 街までは遠く、ある意味絶望的な状況下だった。

 

 それを救ったのは、ソラウ――正確には、彼が事前に頼んでいた手はずを整えたのだが――用意した救助ヘリである。

 

 

「ヘル・アーチボルト、フラウ・ソフィアリ……。父を助けていただき、感謝いたします――」

 

 切嗣の容態は、ある程度の安定を見せた後、イリヤは幼いながらも淑女らしい仕草で礼を述べる。

 

「仕事だよ。過分な礼はいらない」

 

 ケイネスは静かに言い、ソラウは少し肩をすくめただけだった。

 

 

「金持ちってのは、すげえねえ……」

 

 離れた場所で微笑する秋葉は、貴族たちの会話を見ながら小さく笑った。

 

「ハリウッド映画……だったら、なかなかアクションものだな。現実はハードだけど……」

 

 まだ気を消耗した疲労がぬけない雁夜は、小さく首を振る。

 

「しかし、あんたも物好きだね坊さん? こんなことに首突っ込んで」

 

「そりゃお互い様だろ。割にあってるのかね、この仕事――?」

 

「……せいぜいふっかけるさ」

 

 なんとなく、照れ臭い気分で雁夜は目を閉じた。

 

「……ま、自己満足ぐらいにはなったか……」

 

 そうつぶやいてから。

 

 秋葉はそれが聞こえたのかいなかったのか。

 ただ、虚空を少し見上げて、

 

「なるほど……。うん、風の止め方ってのがわかった気がすらぁ……」

 

 よくわからないことを言って、微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折のあと。

 

 どうにか日本に戻った後、切嗣は病院送りとなった。

 

 2~3日面会謝絶であったが、やがてイリヤが連日見舞いにやってくる。

 それに、養子である士郎もくっついて。

 

 娘と養子の出会いは、なかなかにぎやかであったという。

 

「言っておくけど、私のほうが姉だから!」

 

 と宣言する小さな少女に、少年は主導権を奪われてしまったそうだ。

 

 

 アインツベルン関係の後始末は、アーチボルトが担うこととなった。

 ケイネスは故郷に帰るなり、様々な処理に奔走された。

 

 結果、冬木の聖杯は御三家のうち2つが消えたことになり――

 

 遠坂とアーチボルトで管理される次第となる。

 

 

 

 

 さて、間桐家といえば。

 

 

 鶴野は魔術的資産を遠坂主導のもと全て売却した。

 その先はほとんど、遠坂である。

 

 正式に、間桐数百年の術は残らず遠坂へと吸収されたわけである。

 

 そして。

 

「こうしてみると、あっけないもんだなあ」

 

 空き家となった間桐邸を見上げて、雁夜は言った。

 良い思い出など何もない家だが、こうしてみると感慨は、

 

 ――ないか……。

 

 思ったほど何も感じない自分に苦笑して、雁夜は兄を見る。

 

「これから、どうするんだ?」

 

「東京へ、出ようと思う。元々商売のほうではそっちが主軸だったからな」

 

「そりゃあいいかもな」

 

「東京っていっても、人の少ないところさ。住居はな」

 

「下手にゴミゴミしたとこよりマシだぜ」

 

「ああ」

 

「――雁夜」

 

「なんだよ」

 

「よかったら、一度遊びに来い」

 

「……」

 

「息子も、会いたがってる」

 

「……おいおい。俺とかかわってもあまりいいことはないぞ?」

 

「かもな。だけど、その筋のことで相談するかもしれん」

 

「……遠坂は?」

 

「一応保護下にあるそうだが、あちらさんもそこまで必死で守る対象とは思えん」

 

「だな……」

 

「お前の、商売上のことだと言ったら、納得するか?」

 

「……悪縁は切れず、か」

 

 雁夜は笑って、

 

「お祓いの代金は高いぜ?」

 

 

 

 

 

 切嗣は、病室で二人の子供を見ていた。

 

 イリヤスフィールと、士郎。

 士郎は子供ながらに器用な手つきでリンゴをむいている。

 それを、イリヤは面白そうに見ていた。

 

「ほい、むけたぞ?」

 

 カットしたリンゴを、小皿に乗せて渡してくる士郎。

 

「ありがとう」

 

 受け取りながら、微笑む切嗣はふと表情を変えた。

 

「――士郎。そして、イリヤにも聞いてほしいことがあるんだ」

 

「なんだよ」

 

「なぁに?」

 

 ほぼ同時に向けられた瞳に、切嗣は少し考えてから、

 

「――僕はね、正義の味方になりたいんだ」

 

「セイギノミカタ???」

 

 イリヤはハテナという表情だが、士郎は真剣に聞いている。

 

「ああ、子供の頃からの夢でね。ずっと憧れていたんだ……」

 

「それって、コミックのマスクをつけてるようなの?」

 

 イリヤは首をかしげる。

 

「うーん。それは、ちょっと違うかなあ」

 

 苦笑しながらも、切嗣は自分の想いを子供たちに語って聞かせた。

 

 

「……それで、諦めたのかよ?」

 

 養父を見上げながら、士郎が言った。

 

「――どうかな。うん、そうだね。でも、目指す途中で色々わかったこともあるんだよ」

 

「わかったこと?」

 

「ああ、正義っていうのは色々ある。でも、人っていうのは哀しいものでね。正義のためならどんなひどいことも平気でできるんだ」

 

「そんなの……」

 

「本当の正義じゃないって思うかい? そうだね……その通りだよ。でも、もう一つあるんだ。本当の正義の味方をやるには、一人じゃ絶対にダメだってことかな」

 

「そうなのか?」

 

「ああ、色んなの人の、色んな力を借りて、助けてもらわなければ絶対にできないんだ。それは、どんなすごい、コミックのヒーローでも無理なことなんだよ。だけど、僕は友達を作るのがヘタクソでね……」

 

 言って、切嗣は恥ずかしそうに笑った。

 

「でも――」

 

 不意に、イリヤが顔を上げた。

 

「【あの時】は、色んな人がいたじゃない?」

 

「ああ……」

 

 切嗣は遠くを見るような眼で、笑った。

 

「そうだね。あの時みたいに、色んな人の助けがいる。それを、僕はちゃんとわかってなかったんだなあ」

 

「仲間とか友達がたくさんいなきゃダメなのか?」

「ああ、そうだよ。本当に正しいと思うことをしたいならね。そして、これも肝心なことだけど……」

 

 士郎に対して、切嗣は静かな声で続ける。

 

「正義のため、そのためなら人間はどんなひどいことも平気でできる。さっきも言ったよね」

 

「おう」

 

「人間ってものはね、正義の味方にはなれても、正義そのものにはなれない。いや、なっちゃいけない。もしそんな気になったら、なんでも許される気持ちになってくる。それはとても怖いことなんだよ」

 

「……難しいな」

 

「うん。それをおぼえて、よく考えてみてほしいんだ」

 

「そうだな……。俺、もっともっと、考えてみるよ……」

 

「ああ、僕みたいな失敗はしないでほしい」

 

「あら――そんなの、大丈夫よ」

 

 しんみりした空気を破るように、イリヤが断言した。

 

「私っていうお姉さんがいるんだから、士郎は変な風になったりしないわ!」

 

「はははは……。そうだね、イリヤがついてるんなら、安心かな――」

 

 心から嬉しそうに言って、切嗣は微笑して目を閉じた。

 

 

 そして――

 

 

 その瞳は、二度と開くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 時間は過ぎて――

 

 

 

 

 

 衛宮切嗣の葬儀、四十九日が終わった少し後であった。

 

 

 奇妙な映像付の〝手紙〟が世界中の様々な魔術師たちに送られてきた。

 

 

 手紙は白紙であるが、ある種の魔術を用いたビデオレターのようなもの。

 

 

 その内容は、

 

 

 私はキャプテン・ウィザード。

 この映像を見てる君は選ばれし者。

 5000万ドルを掴むチャンスを与えられた強き者。

 単刀直入に言おう――

 現在逃走中のある男をぶちのめしてほしい。

 元代行者で、日本の遠坂家の子弟でありながら裏切り、逃亡した男だ。

 もちろんめちゃくちゃ強い。

 しかもこの戦いには絶対守らなければならない条件がある。

 言峰を倒しても決して殺してはならない。

 ただ生きているだけの状態と言うのも禁止。

 何よりも生きて、意識のある状態で引き渡してもらうこと。

 これがもっとも大事なことなんだ。

 ぶっちゃけ手段なんてどうでもいい。

 こいつを生きて連行してくればなぁ。

 

 さぁ腕に自信のある者は今すぐこいつを探せ。

 言峰綺礼を失神K・Oさせろ

 急げっ!

 乗り遅れるな!

 5000万ドルを掴むんだ。

 "コトミネ・ラッシュ"だ。

 

 このようなことを、不気味なマスクをつけた男が語っていた。

 

 それを受けて、様々な魔術師、魔術使い達が言峰綺礼を追って動き出すことになったのだった。

 

 かくして。

 

 逃亡者・言峰綺礼は、行く先々で戦闘を繰り返すこととなる。

 だが、男は追跡してくる刺客たちを次々に撃破。

 

 魔術の特性を知り、魔術師たちの欠点をついた攻撃。

 さらには、その超人的な身体能力。

 それはさながら、難攻不落の移動要塞。

 

 さらに、魔道に通じるが必ずしも魔術師ではない者たち。

 それらの勢力には、魔術師と相対する者も少なくはない。

 

 そも、魔術師のありかたや精神性は恨みを買うのが日常とも言える。

 

 例えば日本では、光覇明宗が言峰に関する情報の秘匿や、逃亡を援助していたという噂もあった。

 真偽は、定かではない。

 

 結果、第4次聖杯戦争が終了して、数年たっても――

 綺礼を捕らえられる者は現れなかったのである。

 

 

 

 

 

 ケイネスは、切嗣の葬儀に関わることはなかった。

 ただ、匿名で香典というには大金を衛宮家に送っている。

 

 〝返礼不要〟

 

 という意味の一文をドイツ語で添えて。

 

 

 

 それから、しばらく時間が過ぎた。

 

 

 

 

 

「地球空洞説? ずいぶんクラシックな話だな?」

 

 アインツベルン関連の処理がようやく落ち着いて、ロンドンの自宅にいたところ。

 ケイネスは、ソラウとの雑談中にそんな話題を出される。

 

「立場上こういうのもおかしいが……科学的には、とっくに否定された説ではなかったか?」

 

「ええ。でも、どういうわけかしらね。そういう話がやたらに多くなっているの――」

 

 ここ数年。

 

 地底に関する興味や関心が、妙に大きくなっている。

 また、南極での大掛かりな調査も国連関係が大金をかけて行っていた。

 

「地底か……」

 

 ケイネスはつぶやき、少し考えた。

 

 アーチボルトが管理することとなった冬木の聖杯。

 本来ならば、60年周期でしか使えないはずのもの。

 しかし、最近調査を重ねるごとに地下の霊脈が日を追うごとに活性化していた。

 

 聖杯が膨大な量の魔力を集めつつあるのだ。

 この調子でいけば、10年とたたずに次の聖杯戦争が開始されかねない。

 

 明らかに、普通ではなかった。

 

「遠坂はどうしているのかしら?」

 

「向こうも調べてはいるようだ。ただ、当主は今は冬木を離れて、どこかの離島に行ってる」

 

「ふーん? こんな時にバカンス?」

 

「いや、調査だと聞いた」

 

「調査?」

 

「ああ、離島周辺で未知の生物が目撃されたらしい」

 

「……はぁ? そんなの……」

 

 ソラウは一瞬呆れかけたが、

 

「……大型の妖魔とでも?」

 

「わからんね。ただ、その島では古来から巨大な怪物の伝説があるそうだ。シーサーペントとも、ドラゴンともつかないようだが、魚を食いつくすと陸に上がり、人まで襲った。ま、ありきたりではあるが……」

 

「まあ、それだけなら……」

 

「ただ……少し前に、太平洋でアメリカの原潜が行方不明となっている。いや、いたか」

 

「過去形?」

 

「ああ、ある無人島で破壊された船体が見つかった。ある筋からの確かな情報だよ。しかし――」

 

「なによ」

 

「米軍が見つけた時、放射線の量がごく微量だったそうだ。船体も、島の周辺も」

 

「……どういうことよ?」

 

「わからん。まるで、放射性物質が何かに吸い込まれたように、と資料にはあったがね」

 

「……放射線を吸収する何かがあった、ということ? あるいは、何者かが。まさか、幻想種? そんなことが……」

 

「まだ何も断定できんよ。それと……私も、ネス湖の調査に呼ばれている」

 

「ネス湖?」

 

 意外なものに、ソラウは妙に顔をした。

 

「最近、あのあたりで小さな地震があっただろう?」

 

「ええ……」

 

「伏せられているが、あの湖周辺地下で変化が起こっているようだ。ネス湖も、水位が上がり、水質にもわずかずつだが、変質しつつあるそうだ」

 

「……まさか、ネス湖のモンスターでも出てくるって言うの?」

 

「かもしれんな」

 

「――」

 

 ソラウは、本気で驚いた。

 冗談で言った言葉を、ケイネスは笑いもせずに、むしろ肯定的な意見を述べたからだ。

 

 

 

 

 

 幻海の屋敷にて。

 

 

 今は姓が間桐でも遠坂でもなくなった桜は、何枚も絵をかいていた。

 

 子供ながらの稚拙な絵……だったのは、最初のこと。

 描くごとに、その絵は精度を増しているのだ。

 

 今は、未熟ながらデッサンの基礎も身につけつつあった。

 

「また、おんなじ絵かい」

 

 茶を飲みながら、幻海がたずねる。

 

「うん。またできた」

 

 と、桜は描いたばかりの絵を自慢げに幻海に見せるのだった。

 

 異常な絵であった。

 

 真っ黒な、肉食恐竜のような怪物――としか言いようのないもの。

 それが炎で焼かれる街を蹂躙している。

 なまじ子供らしさがあるだけに、ゾッとするような絵である。

 

「黒いやつの夢は、まだ見るのかい?」

 

 絵を見ながら、しかし平然とした態度で幻海は言う。

 

「うん。ゆうべも見た」

 

「怖くはないのかい?」

 

「うーん?」

 

 桜は不思議そうな顔で首をかしげる。

 よくわからない。

 そんな態度だった。

 

「なるほどねえ」

 

 幻海は立ち上がり、先に描かれた絵を見た。

 内容はいずれも同じ。

 巨大な橋を、ビル群を、黒い怪物が破壊し、歩いている。

 

 ――予知夢か。

 

 長年の経験上、幻海はそのように判断した。

 

 桜の霊感からすれば、高確率で訪れる未来なのだろう。

 しかし、こんな巨大な魔獣が現代に出現することなどあるのか?

 オカルト界隈の常識では考えにくいことだった。

 

「ちゃんと生きてるものだよ、これ」

 

 自分の描いた怪物を指して、桜は断言した。

 

 その言葉の意味。

 

 ――幻想種……じゃあない?

 

 幻海自身の勘どころが、それをしらせた。

 

 ある意味脆弱な、幻想でしか存在できないような、そんなものではない。

 確固とした肉体を声明を持つ、現実の生物。

 

 だが、そんなものは、もっとありえないではないか。

 

 そして――

 

 桜と言う少女は、その怪物を恐れていない。

 むしろ、悪夢とも言える内容をどこか楽しんでいるように思われた。

 

 ――やっぱりねえ……。

 

 心を殺され、一時的とはいえ、サーヴァントとはいえ、魔物ゴルゴーンの体内に取り込まれていた。

 この体験は桜という少女を人ならぬものに変えるには十分だったのだろう。

 

 今後の教育には、気をつけねば――

 

 そう、幻海は思い、密かな決意をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。