「禅城葵のことは忘れろ。そうすればお前は強くなる」 作:らくべえ09
第四次聖杯戦争――
その終了から、ちょうど5年。
日本は、ある事で騒がしかった。
大戸島なる小さな島の近辺海域。
1か月前。
自衛隊の原潜がそこで消息不明となった。
その後。本州某所の浜辺にその残骸が漂着したのである。
この問題で国会は大いに揺れ、野党の追及はほとんど罵声となっていた。
「本当にあったよ……」
船上で、波間を漂う船を見ながら雁夜はつぶやいた。
太平洋に面したある小さな島・大黒島。
数日前、その周辺海域で遭難としたという漁船。
それに間違いないようだった。
「急ごう。時間がおしい」
5年前のまだあどけなさを残していた姿から成長した青年。
ウェイバー・ベルベットは、うなずいた。
他にも、数人の人間がいる。
魔術関係の他に、聖堂協会など様々な関係者たち。
で、あるらしい。
今回、雁夜の仕事は一応護衛ということになっている。
――こんなところで、何から護衛するってんだ……。
メンバーの中には、銃器を所持している人間さえいる。
かといって。
彼らは、レスキュー隊員などではない。
――魔術師に、聖職者に、科学者……? どういうメンツだよ……。
明らかに、普通では連帯することなどありえない人間ばかり。
それが、こんなところで遭難者? を探している。
漁船に上がると、メンバーは異常な慎重さとしつこさで船を調べ始めた。
――おいおい。まずは生存者探すくらいしろや……。
ある筋から頼まれた断れない仕事ではあるが。
拝み屋である雁夜には、どうにも畑違いとしか思えないものだった。
「中を探す。一緒に来てくれ」
「はいはい」
雁夜はどこか納得しがたい気持ちで、ウェイバーと共によく奥へ――
「……」
船室へ続くドアに手を当ててから、
「……どうも、生きてるやつはいないらしいな」
肩をすくめて、雁夜はウェイバーを振り返った。
そして、ドアを開ける。
「……う!」
ウェイバーは一瞬うめいた。
ひどい悪臭が一気に流れ出してくる。
死臭であった。
「おいおいおい……」
進んですぐ、雁夜たちは乗組員の遺体を発見した。
発見したのだが――
見つかる死体は、いずれもまるでミイラのようになっている。
状況的には考えづらいことだった。
「……なんかに襲われたか?」
雁夜の経験的には、人間が何かしたか、あるいは魔性のなにかか。
だが。
「妙だな……? 妖気の残りカスみてえもんがまるでない」
死体を観察しながら、雁夜は首をひねった。
数人の人間をミイラにしたなにか。
これだけ派手に暴れたのだ。
妖怪だの魔物なら、それらしい痕跡が必ずある。
「……これ、ホントに【あんたら】の仕事かい?」
ウェイバーを振り返りながら、雁夜はいぶかしそうに言う。
「……」
「ちぇ。余計なことは言わないってか? ま、いいけど……」
苦笑しかけてから、不意に雁夜は真顔になった。
「いるな」
「ああ……」
雁夜のつぶやきに、ウェイバーも同意した。
「……ミスター・ベルベット、動くなよ。同士討ちはごめんだ」
言ってから、雁夜は身をわずかにかがめて、
「じゃあっ!!」
手足を鞭のように振るった。
ベギィ!
ブチ!
嫌な音をたてて、不意打ちを仕掛けようとしたものたちが、逆に砕けてあたりに飛び散った。
「……なんじゃ、こりゃあ?」
それを見て、雁夜は驚いた。
拝み屋をしているうちに、あまり驚くということはなくなってきたが――
「たまげたねえ」
自分が潰した生き物を見やり、うめいた。
それは、しいて言うならフナムシみたいな姿だった。
だが、大きさは猫ほどはありそうだ。
明らかに尋常なものではない。
しかし?
やはり、生身の生物であることも確かなのだった。
同じ頃――
ある街の、ある小学校であった。
夏休みももう間近と言うことで、やや浮ついているが楽しそうでもある。
「いやー、休みになったら、家族でサンフランシスコに行くんだよね。そこにパパの知り合いの店が……」
秀一という少年が、クラスで自慢そうに話していた。
高級レストランオーナーの息子。
いわゆるセレブというやつなのか。
みんながうらやましそうにしている中、いきなりだった。
「やめといたほうがいいよ」
かわいい声が、少年の自慢話を止めた。
「な、なんだよ、いきなり……」
美少女。
誰が見てもそういうだろう、きれいな女の子。
三枝 桜。
いつも一人でいるあまりしゃべらない子だった。
普通ならいじめられそうではある。
が、彼女に限ってはそういうことはない。
3年生の頃だ。
5年生の今も同じクラスである金田 勝という少年がちょっかいをかけたことがあった。
大柄で太った腕力もある勝だが――
そんな勝を桜は逆にやり返した上に、大勢の前で【フルチン】にしたことがあるのだ。
「やられたらやり返す。倍返しよ!」
それが桜のポリシーらしい。
大勢でやられたら、一人の時を狙って執拗にやり返す。
蛇のような執念深さと毒のある少女だった。
さて。
動揺している秀一に桜は、
「だって、そこいったらあんたもあんたのパパもママも死んじゃうよ?」
いきなりそんなことを言われても。
気味が悪いと思う人間はいても、真に受けるものはほとんどいない。
この時は、それで終わった。
が。
それから時間が過ぎて。
いよいよ、終業式。
その翌日には、秀一一家はアメリカ行きの便に乗る予定だった。
1学期終わりの、ちょうど前日の夜である。
秀一は、急性盲腸炎で入院した。
当然、アメリカ旅行はキャンセルとなったわけだが――
「桜、ちょっといいかい?」
終業式が終わってから。
朝に、秀一を見舞ってきた担任教師は桜を呼び止めた。
「……なあ桜、秀一の盲腸、お前がやったんだろう?」
「ふーん。やっぱりわかっちゃった。さすがセンセー」
教師の言葉に、桜はにんまりとした。
「なあ、桜。お前には強い霊力がある。でも、それを無闇に使うのは危険なんだ。例え人からわからないようにしてもだ。そういうのは、必ずよくないことを引き寄せる」
事前に、桜の背後にある複雑な事情を知り――
自らも〝そういう事柄〟に詳しい教師は、真摯な態度で語りかけていた。
「ね、先生?」
どこか悲しそうに諭す教師に、桜はかわいらしい仕草で言った。
「別にわたし、白戸がむかつくからとか、そんなんでやったんじゃないよ? その気があったら、直接ぶん殴るか蹴飛ばすもん」
「そ、それもどうかと思うが……。じゃあ、なんで?」
「んー。まあ、同じクラスだし嫌いでもないから、ちょっとした人助け?」
「いや……。おいおい、なんで霊障で病気にするのが人助けに……」
「すぐにわかるよ。ニュースか新聞で。じゃあねー」
「お、おい!」
桜は話を勝手に切り上げ、そのまま行ってしまった。
担任・鵺野鳴介教諭を後にして――
桜の言葉。
鵺野は、それを本当にすぐに悟った。
それから3日後。
サンフランシスコは突如地獄となった。
巨大怪獣。
そうとしか言いようのない、黒い生物が上陸したのである。
怪物は、米軍の攻撃を受けながらも、好き放題に暴れた。
常識外れの頑強さに加え、攻撃を受けた先から傷が再生していく。
とどめに。
怪物はその特徴的な背びれを発光させた後――
口から、SFのビーム兵器みたいな青白い熱線を吐き出した。
その威力は凄まじく。
直撃を受けた地点の、半径6kmは完全に破壊され、さらにその熱波と爆風は核攻撃のような被害をサンフランシスコにもたらしたのである。
唯一の救い? は、その威力ゆえか怪物も連射はできず、かつ消耗も激しいという点だった。
G・デイ。
後のそう呼ばれる日のことであった。
アメリカ政府の記者会見。
その凡その内容。
日本より招聘されていた学者たちによる説明――
「あの巨大生物。その全高はおよそ60メートルを超えると推測され、極めて頑健な肉体と凄まじい再生能力を持っていると、確認されております」
「通常であれば、あれほどの巨大な生物が陸上で自由に動き回ることは不可能と思われますが、それを可能する強度を、あの生物は確実に有しております」
「あの生物、古代伝承で語られる海の怪物。そこから取りまして、仮に〝GODZILLA〟。ゴジラと呼称いたします」
「ゴジラが今まで未発見であった理由、さらにどこに生息していたかは、現在調査中でありますが」
「採取したその細胞組織を分析した結果、細胞内にまったく未知の小器官が確認されました」
「その小器官は、放射線を吸収することにより膨大なエネルギー、ひいては生命力と頑健さをその生物に与える、驚異的なものであります」
「これを、我々はミニ・タイタンと、命名いたしました」
「ゴジラの吐き出した熱線、さらにその不死身とも思える肉体の維持、生命力はこれによる働きだと推測されます」
「すなわち、ゴジラはいわば食事として大量の放射線を求めており……」
日本政府による発表――
その凡その内容。
「1か月前に、自衛隊の原潜を破壊したのは、アメリカ・サンフランシスコを襲撃したゴジラ、これと同一個体、あるいは同族、少なくとも近親種であると確認されました」
「原潜破壊による海洋汚染は、皮肉な結果でありますが放射性物質をゴジラが吸収していったために、残留している放射線は極めて少数であると、確認しており……」
イギリスにて――
「……えらいもんが出てきたもんだ」
新聞を放り出し、雁夜は皮肉に笑った。
たった一日。
それだけで世界の常識はひっくり返ってしまった。
「ゴジラさんはどこいったかわからんし、今の地球は世界中あちこちに核がある。いつ、どっかの国の原発だの核兵器だのが狙われるかわかったもんじゃない――」
「汚染による被害〝だけ〟は免れそうなのは救いかもな。救いと言える疑問ではあるが」
同じ部屋にいたケイネスは表情を変えないまま、
「いずれ、ゴジラの影響された中型や小型種があちこちから出てくるだろう。ゴジラの食い残し……残留放射線を求めてな」
「……おいおい、他にもまだいるってのかい」
「ああ、君の国――日本にも3体確認されている。東北に1体。中部に1体。九州に1体」
「……日本は怪獣だらけかよ?」
「いや、地球そのものが怪獣だらけだ」
「っていうか、あんたらいつから知ってた……?」
「私の場合、知ったのは先の聖杯戦争以降だ。日本の遠坂が大戸島での異変を調査したおり、確認している。もっとも、その時目撃されたのはせいぜい体長15メートル弱だったそうだが」
ケイネスは、一枚の写真を机に置いた。
それには、夜の浜辺と特徴的な背びれを持った肉食恐竜のような生き物が映っていた。
「どうやら、そいつは20年以上前から、島の周辺海域で目撃されていたようだ。もっとも、刺激しない限り積極的に人間を襲うことはなかったようだがな」
「確かに似てるな。こいつがでかくなったのが、あのゴジラなのか……?」
「さて。確証はない。しかし、極めて近い生物なのは確かだと学者は断言した」
「……こんなもんが、今までどこにいたんだ? このでかさだ。すぐ見つかりそうなもんだろ」
「それは知らんよ。わかっているのは、こいつと同じ放射線を餌にする厄介なものがあちこちで確認されていることだ。しかも、どんどん増えている」
ケイネスは疲れた顔で言いながら、さらに写真を見せてきた。
そこに映っているのは――
蛇のような胴体を持つ東洋の龍みたいなものがいた。
唐獅子を思わせる顔の、一本の角を持つ赤い怪物。
背中に棘の山を背負った古代の鎧竜に似たもの。
角がたてがみのように頭から背中にはえている大きな爬虫類らしき生物。
巨大な蜘蛛。カマキリ。
エビのような巨大甲殻類。
「………もう、いい。頭が痛くなってきた」
雁夜は写真を置き、ケイネス以上に疲れた目をした。
「あんたら、このでかい生き物を調べてるわけか? 魔術師が生物学者の真似を?」
「お前も実感しているだろう。そいつらの出現と同時に、世界中で霊的な活動が頻発化になっている」
「……まあ、商売は繁盛、かな? ちょっと最近オーバーワークだが」
雁夜は肩をすくめる。
「世界中の霊地、地脈化が噴火寸前のマグマのようになりつつある。そのくせ、地震や火山の活動はむしろ沈静化している――」
「そりゃあどういう……」
「喰われている、のかもしれん」
「は?」
「我々が確認しているうちの一体に、火山帯に潜み膨大な熱を直接餌としているヤツも確認している。現地の伝承から、炎の悪魔……ラドンと命名した」
「うわあ……」
「この状況が悪化すれば、人類はこの星の霊長ではなくなるだろう。そう危惧する者は多い。だから、それに対処する組織が設立された――人理継続保障機関フィニス・カルデアだ」
「……はあ」
「といっても、それは魔術界からみた話で。表向きは特殊危険生物対策組織カルデアとして国連所属ということなるな」
「あんたもそれに?」
「そうだ。で、君にも参加してもらいたい」
「――何いってんだ、あんた」
雁夜は、思わず素で言い返した。
「俺はしがない拝み屋で、高卒だぞ?」
「何も研究をしろとは言っていない。研究員の護衛や霊的災害の対処にあたってほしいというのだ。すでに一度頼んでいるだろう?」
ケイネスは、わずかに意地悪い顔をした。
「ああ、そういう……」
雁夜は少し納得した顔になり、
「けど、そういうのは、あの久宇のおねえちゃんが適任じゃないの? 銃も使える。魔術関係もいける。てぴったりだろ」
「彼女は、現在イリヤスフィールとシローの護衛が任務となっている。ま、適任だな。書類上の保護者でもある」
「なるほど……」
「君もそっちのほうの護衛に回るかね? あの姉弟(きょうだい)……。特に姉のほうはカルデアでも常に護衛対象だ。最優先の一人だな」
「監視の間違いじゃないの?」
「それも否定はせん。今や彼女は有名人になってしまったからな」
と、ケイネスは少し古い新聞を机の上に投げた。
新聞には、
『ドイツ出身の天才少女』
そんな見出しで始まる記事が書かれていた。
「彼女には、科学的分野の才能があったようだ。皮肉と言えば皮肉だ」
「……ほう、大したもんだ。俺も最近ライターの仕事はぜんぜんだったから、気づかんかった」
「迂闊だな」
「まったくそのとおりで」
雁夜は頭を掻き、ばつが悪そうに苦笑する。
「――で、答えはどうだね?」
「……あー、まああんたとも思えば付き合いが長くなってるからな。わかったよ」
ケイネスの問いに、雁夜は少し感慨深そうにうなずく。
「しかし、あんな……ゴジラみたいなのが出てもまだ信じられんなあ。映画みたいな怪獣がウジャウジャ出てくるなんて、それも生身の生物ときた」
「そうだな……。こちらでも念入りに人手を使って調べたが、少なくとも半世紀前までは世界のどこでもそんな予兆などなかった……。20年と数年。そのわずかな期間で、まるで何かのタガが外れたように、世界が変わっていったように思える。原因は……わからん」
そして、さらに五年後――
冬木の聖杯は再び動き始めていく。
もうちょっとだけ、続きます。