「禅城葵のことは忘れろ。そうすればお前は強くなる」   作:らくべえ09

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一章  雁夜意図せずにアサシンを召喚し、否応なく聖杯戦争へ巻き込まれること

 

 

 

 男は冬木の街を一人歩いていた。

 古びたコートをはおり、陰気そうな顔で。

 

 どこにでもいそうな風貌だったが、何故か他の通行人は彼を避けていた。

 

 何故そうするのか。

 

 それは本人たちにもわからない、無意識の行動らしい。

 

 自然と人波をよけながら、男は歩く。

 

 無造作にのろのろと歩いているようだが移動速度は速かった。

 まるで小走りでもしているような。

 

 痩躯の印象を受けるが、それは錯覚で服の下には鞭のように鍛えられ、絞り込まれた肉体があった。

 男は、郊外に向かって歩いている。

 

「あのすみません――」

 

 不意に声がかかったのは、親子連れとすれ違った時だった。

 

 男は振り返る。

 

 声をかけた女は、一瞬ギクリとした顔になったが、

 

「……ひょっとして、雁夜くん?」

 

「失礼だけど、どなたです?」

 

 男は困った顔で答えた。

 

「あの……私、遠坂。いえ、旧姓の禅城といったほうがわかるかしら?」

 

「すいませんが、わからないですね」

 

「そ、そうですか。ごめんなさい、人違いでしたわ」

 

「いえ」

 

 きまり悪そうな女に背を向け、男は静かに去っていった。

 

 男の後ろ姿を連れられていた小さな少女が見つめる。

 

「だれ?」

 

「いえ、勘違いしてたみたい。お母さんの、昔のお友達に似てた気がしたから。でも、やっぱりそうよねえ」

 苦笑

を漏らして、遠坂葵は娘の凛と共に歩き出していった。

 

 

 

 ――ふるさとは、遠くにありて思うもの、か。

 

 車を走らせながら男は思った。

 仕事の都合で通る気もなかったこの街に来てしまった。

 

 かつて、間桐雁夜と名乗っていた男。

 今の姓は、蛇崩。

 

 まだ10代の頃、家を飛び出し一人放浪していた雁夜は蛇崩保憲と出会った。

 保憲は、退魔業――俗な言い方をすれば拝み屋だった。

 あるいは霊能力者と言われもするか。

 

 表の顔は占い師として活動していた。

 

 間桐と名に興味を示した保憲は、紆余曲折あり雁夜を弟子とし、養子とした。

 保憲は魔術にも通じてはいたが魔術師でも魔術使いでもない。

 

 臨気。

 

 そのように呼ばれる特殊な気功を操る拳法・臨獣拳。

 これを修得していたのだ。

 

 様々な武器・暗器にも通じるが、最大の武器は五体を凶器化する技にある。

 破壊力の源は、臨気。

 陰陽で言えば陰の気を重視する拳法。

 

 その源流は古代インドから中国に由来するという。

 全体像はいわゆる象形拳から流れを組むとされる。

 

 だが、本質的にはインドのヨガにいきつく、と保憲は語っていた。

 また歴代の継承者たちは、他の拳法や武術から貪欲に学んでいったそうだ。

 

 魔を払い、魔を克す技。

 体内の気を死者のそれと近づけることで魔を殺す魔の力を生み出す。

 そのために生み出される極めて独特の気を、臨気と呼ぶのだ。

 

 臨獣拳はいくつもの流派を持ち、蛇・蠍・百足・蝦蟇・ヤモリなどの五毒をはじめ様々な生物から着想を得ている。

 雁夜が保憲から伝授されたのは、正式には臨獣蛇龍拳と名付けられるものだ。

 

 全身を水とイメージしていき、手足を空手のように固く鍛え上げるのではなく――

 さながら鞭……蛇のごときものに変えて振るうのだ。

 

 保憲のつける稽古は容赦なく、血や反吐を吐かぬ日はなかった。

 だが、そんな地獄のような日々でも逃げたいとかやめたいとは一度も思わなかった。

 

 冬木を去ってから、雁夜は今までの自分が死に、朽ち果てて(むくろ)となったような気持だった。

 葵への恋慕と共に、人間らしい何かを全て捨て去ったような。

 

 その中で、臨獣拳の修業は、己が新しい何かに生まれ変わるような。

 蛇が抜け殻を捨てて再生するような、そんな気分であった。

 

 

 そして現在。

 

 

 雁夜は一人の拝み屋として、社会の影で糊口をしのいでいる。

 表向きの職業は、ルポライターとしてはいるが。

 

 この日、冬木に立ち寄ったのはそういった仕事の途中だったのだが、

 

「が…!?」

 

 運転中、雁夜は右手の甲に鋭い痛みを感じた。

 とっさに車を適当な場所にとめ、手を見る。

 

 痛みだけではない。

 何かに入り込まれるような、何がしかの呪術を受けた時の感触に似ていた。

 

 いつの間にか。

 

 手の甲には、紫の刺青に似たものが浮き上がっている。

 

 ――なんだ、これは……?

 

 商売柄、それが単なる痣でないことは一瞬で理解した。

 何らかの呪符に近いような。

 

 ――呪いを食らったのか?

 

 身に覚えは、ある。

 仕事柄、恨みを受けることなど珍しくはない。

 

 面倒なことになった。

 

 そう思い、ため息をついた時。

 

 ぞくり。

 

 背中に、氷でも突き刺さったような気配を感じた。

 

 何か、いる。

 

 気づいた時には、手の甲に何かが潜り込んでいた。

 

 痛みはない。

 しかし、肉体に入り込む感触は明確だった。

 

 ――間桐!?

 

 まさか、捨てた家が何か仕掛けてきたか。

 

 不意打ちを喰らった自分の迂闊さにいら立ちをおぼえかけた時――

 

 自分に憑こうとしている怪異への対処を行おうとした雁夜へ、

 

 

 ≪サーヴァント・アサシン。問う、汝が名は≫

 

 

 怪異が、内部より語り掛けてきた。

 

 ――さーばんと? 使い魔か……?

 

 ≪(あれ)呼ばわりし召喚者、汝、何者なるか?≫

 

 召喚?

 

 そんな覚えはない。

 

 だが今自分に巣食ったものは、悪霊とか魔性ではないらしい。

 

 

 

 そして、いくらかの時間が過ぎる。

 

 

 

 ――まったく、面倒なことになった……。

 

 自分に憑いたモノを持て余しながら、雁夜は酒をあおった。

 

 アルコール度数の高いウォッカを、ストレートで一気に飲む。

 熱い感触はあるが、酔いが回る様子はない。

 検査されても、アルコールの反応はすぐ消えるだろう。

 

 ――まるでアル中だな。

 

 何故かは知らないが。

 

 

 あの時。

 

 

 蛇崩雁夜は冬木で、意図せずにサーヴァントを呼び出してしまった。

 

 サーヴァント。

 

 聖杯戦争と魔術儀式で駒として使われる英霊のコピー、らしい。

 7組の魔術師とサーヴァントが殺し合い、最後に残ったものが聖杯を手にする。

 何でも願いのかなう願望機。

 

 実に胡散臭い。

 

 関わりたくはない、が。

 

 ――こうなった以上、知らん顔も無理だろうなあ……。

 

 いつまでも、この厄介なサーヴァントに憑かれたままでは困る。

 

 結局、選択肢はなかった。

 

 ある筋からの仕事のため。

 

 そんな言い訳を伴って、蛇崩雁夜は行きたくもない故郷へと向かう羽目になった。

 

 

 

 

 冬木へと入った雁夜が行ったのは、ある男の探索だった。

 

 雨竜龍之介。

 

 顔も名前もわかっている。

 

 この男を連れてこい。最悪死体でもかまわないが、生きて連れてくれば報酬は倍にする。

 という内容だった。

 

 まともな筋からではない。

 

 雨竜という男を調べるうちに、どうやら連続殺人犯らしいとわかった。

 特に女子供が好みらしい。

 

 警察ではなく、魔道かそれに近いものから得た情報である。

 依頼者も、同様なのだろう。

 

 ――怨恨か。

 

 連れて行けばどうなるか。

 まあ雨竜の行為を考えれば、どうなろうと文句も言えまい。

 

 司法の裁きを受けても、死刑はまず確実だ。

 

 幸い? 相手の動向はすぐわかったのだが……。

 

 

「おおおお!! 我が聖処女よ!! 私の顔をお忘れか!?」

 

 魚のような風貌をした怪人が、鎧姿の少女へ向かって叫んでいる。

 

 ――なんなんだ、この状況……。

 

 キャスターの前には、3騎のサーヴァント、二人のマスター。

 みんな困惑した顔である。

 

 ――ま、まあ、うん……。

 

 キャスターの言動はどうひいき目に見ても狂人のそれだ。

 

「おおおおっ!! あの忌まわしき神は、我が聖処女にかくも無惨な……!!!!」

 

 セイバーに自分の言葉を否定されたキャスターは泣き喚いて地面を殴りつけている。

 

 ――キャスター…? いや、バーサーカーだな、あれじゃ。

 

 どっちにしろ、仕事のために雁夜はキャスターを排除する必要がある。

 

 まったく、どういう因縁か。

 あのキャスターのマスターは、雨竜なのだ。

 雨竜を確保するために、あのサーヴァントは邪魔だった。

 

 ――とはいえ、どうするか……。

 

 雁夜は右手の令呪を見ながら、一人考える。

 

 この時。

 

 雁夜の内部でアサシンが蠢いた。

 

 ――ちっ。せかしやがって…。

 

 この厄介なサーヴァントは常に飢え、餌を欲しがる。

 

 雁夜を通して普通の食物や酒を喰らう。

 だが、それでは完全に飢えをごまかし切れない。

 

 このアサシン、悪霊だの妖魔を特に好んだ。

 

 なので雁夜は食費を賄うのと同時に、アサシンを抑えるために退魔行に奔走されていた。

 香港では、キョンシーの類を丸のみにしたこともある。

 

 便利な点もあるにはあるが、やはり危険性や厄介さが先に立つ。

 

 そして、今。

 

 しゅるり。

 

 雁夜の右手から一匹の蛇が、鎌首をもたげて躍り出た。

 

 シャッ。

 

 蛇は小さな呼気を吐き、一気にキャスターの背後まで伸びていった。

 

「なにっ!?」

 

 キャスターが気配を察した時には、すでに遅く――

 

 巨大な毒蛇と化したアサシンがその身を呑み込んでしまった。

 

「なっ!」

 

「ええっ!?」

 

「これは……!!」

 

「なんと!?」

 

「はぁっ!?」

 

 サーヴァントとマスターが驚く前で、哀れキャスターは毒蛇の腹で砕かれ、溶かされ、滋養となっていった。

 

 ことが終わった後、

 

「――そこにおるヤツ、顔を見せい!! 見せねば、余自らふん捕まえる!!」

 

 雷鳴のように、ライダーが一喝した。

 

「はあぁ……」

 

 見つかった。

 まあ遅かれ早かれ、そうなってはいたのだろうが。

 

 雁夜は仕方なく、衆目の前に立った。

 アサシンはシュルシュルと身を縮め、雁夜の手に巻き付いていく。

 だが、その鎌首は他のサーヴァントに向けたままだ。

 

「坊主、あれもサーヴァントの一角か?」

 

「あ、ああ、そうだけど…なんだ? 混沌としてて……ステータスがハッキリしない?」

 

 ライダーのマスター、ウェイバーは混乱しながらも、雁夜とアサシンを凝視する。

 

「で、征服王よ。アレには誘いをかけんのか?」

 

 美貌のランサーが雁夜に目を向けたまま言う。

 男である雁夜でさえ色気を感じるほどの美しさだ。

 

 古い言葉で言うのなら、

 

 ――水も(したた)るいい男……ってやつかね。

 

 頭を掻きながら、雁夜はどうでもいいことを思った。

 

 一方で、サーヴァントたちは困惑していた。

 

 この男には、英霊のようなある種の気配とか匂いを感じない。

 一般人ではなさそうだが、人間だ。

 

 だが、ならばあの蛇はなにか?

 

「あー。お取込み中のところを悪かったが……」

 

 妙な空気の中で、雁夜は肩をすくめる。

 

「こっちはあんたがたとやりあう気はないんだ。これ以上邪魔をする気はないから、見逃してくれないか?」

 

「――」

 

「――」

 

 青い装束の女騎士と、眉目秀麗の槍兵は沈黙を返した。

 

 一方で、巨体のライダーは興味深そうに、

 

「ふむ? お前さん、サーヴァントなのかマスターなのか、どっちだ? それに邪魔せんと言ったが、ついさっきキャスターを丸呑みにしたばかりではないか」

 

「ありゃあ仕事上必要だったんでね。あれのマスターに用があるんで、ま、邪魔だったからな」

 

「待て。お前はキャスターのマスターを知っているのか?」

 

「ああ。名前は雨竜龍之介。最近冬木を騒がせてる殺人犯で児童誘拐犯だよ」

 

 この発言に、場の空気は一変した。

 

「……そりゃまた、聞き捨てならん話だな」

 

 ライダーは顎鬚をなでながら、怖い眼をした。

 

「あんた、警察…じゃないよな?」

 

 ウェイバーは不審そうに言った。

 

「そんなご立派なもんじゃないよ。ま、しがないフリーターみたいなもんだ。で、明日の飯を得るためにも雨竜を連れてかなきゃあ

ならん。そういう依頼なんでね」

 

「その男を連れて行って、どうすると?」

 

 聞いたのはセイバーだった。

 

「さあね。そりゃ依頼者の決めることだ。ただ、生きたままじゃないと報酬が半減する。だからあんたがたに手を出されたら困るんだよ」

 

「貴様は、その悪辣な輩を金のために捕らえるだけだと?」

 

「あのなあ……」

 

 非難のこもったランサーの言葉に、雁夜は困った顔でため息。

 

「俺は警察でもないし、正義の味方でもないんだよ。まあ、確かに雨竜は人殺しの変態なんだろうさ。でもな? 俺にはあいつを殺すだの裁く権利なんざない。それとも義憤にかられて叩き殺せとでも言うのか? 見てるぶんにはスカッとするかもしれんけど、人殺しは人殺しだろ。大義名分を振りかざしてもな。個人的な恨みがあれば別だが、そんなもんはない。まあ、真っ当なやり

方は警察に報せることだろうが……それじゃ都合が悪いんだろ? あんたらには」

 

 淡々と言った後、雁夜は、ああとつぶやき、

 

「あんたらってのは、マスターに対してだぜ? 雨竜がキャスターの魔術を使ってやらかしたことが、世間に広まったらまずいんだろ?」

 

「……それは」

 

「ま、まあ……」

 

 セイバーの後ろに立つ白い美女・アイリスフィールは居心地の悪そうな顔をした。

 ウェイバーも複雑な顔だが反論する気はないようだ。

 

「じゃあ、まあそういうことで」

 

 やや白けた空気が流れだしたの見計らい、雁夜はそのまま立ち去る。

 

 立ち去ろうとした。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!! 」

 

 

 獣のような叫びをあげ、黒い何かが雁夜に向かって走ってきた。

 黒い風を、雁夜の手から飛び出した巨大な毒蛇が寸前で薙ぎ払う。

 

 動きを止めた襲撃者の姿。

 それに、一同はまたしても驚愕する。

 

 雁夜もまた例外ではなかった。

 

 理性のない狂気に双眸を輝かせるその顔は、セイバーと瓜二つだったのだから。

 

 ――おいおいおいおいおい……。

 

 雁夜はチラリとセイバーを見やる。

 セイバーもまた、その美麗な顔を唖然とさせていた。

 

「剣士様、あんたの知り合い!? っていうか、身内?」

 

 思わず叫んだ雁夜に対し、セイバーはぶんぶんと首を振る。

 その仕草だけは、見た目通りの少女みたいだった。

 

 キャスターが敗退し、この場に――

 

 ・セイバー

 ・ランサー

 ・ライダー

 ・アサシン

 

 そして、バーサーカーがそろったことになる。

 

 

 

 

 

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