「禅城葵のことは忘れろ。そうすればお前は強くなる」 作:らくべえ09
今週はさすがに無理かと思いましたが、間のエピソードながら間に合いました……。
気配を感じた。
音とか、匂いではない。
肉体的な感覚よりも、むしろ予感に近いものだった。
揺れている。
『護送中』のトラックの中である。
外見からはどこでも走っていそうな平凡なものだ。
だが、そのコンテナ内部は一種の檻にになっている。
言峰綺礼はそこに座っていた。
先の聖杯戦争から、10年。
戦ってきた。
人を、獣を、タイタンを相手に。
その過程にの中で、綺礼は今カルデアの『虜囚』となっている。
ある意味、取引でそうなった関係だった。
より巨大な、強大なタイタン。
それと戦うには、個人では無理があったからだ。
小型や中型を相手に何度も駆り出されて、戦って
いずれも、人間や他の野生動物を相手にするよりも苦戦した。
死にかけたことさえある。
しかし、そんな経験を繰り返してももう良いという果てがない。
むしろ経験を得るごとに、戦いは最適化されて作業のようになってしまった。
どれほど恐ろしく思える相手でも――
付け入る隙や弱点は必ずある。
むしろ習性を学習するほどに、タイタンとの戦いも『狩り』になってしまった。
これではいけない。
どこかで、そう思う。
だからこそ。
特殊車両や航空機の訓練を受けて、巨大なタイタンと戦うための兵器を操るれるまでになったのだ。
そしてその兵器の搭乗者として、今護送されている途中であり――
そこで、思考が中断される。
衝撃が走り、トラックが大きく揺れて、止まった。
運転手とも連絡がつかない。
「……ふう」
綺礼は息を吐いて立ち上がり、コンテナの壁に手を当てた。
数瞬。
呼吸を繰り返す。
その
「フンッ!!!」
気合が
特殊合金でつくられたコンテナに巨大なへこみが、そして穴が生まれた。
綺礼は自ら作り出した穴から、ゆっくりと下へと降りていった。
トラックの運転席は、完全に破壊されている。
運転手の死亡を確認してから、静かに前方へと視線を送った。
誰かが立っている
男だった。
年齢は、よくわからない。
老人ではないし、少年でもない。
では具体的にいくつぐらいなのかというと、曖昧だった。
二十歳からそこらの青年のようにも、人生に
端正な顔だった。
しかし、どこか怖い。
言葉では表現しにくいが、どこか異様な空気をまとっていた。
それはある意味綺礼と似通ってもいる。
黒い服を着ている。
上も下も黒かった。
髪をきれいに後ろへとなでつけている。
額に黒子が見えた。
そこがどことなく、仏像を思わせるようだ。
「言峰綺礼だな」
確認するように、男が言った。
「お前は、仙水忍か」
歩を進めながら、綺礼は返した。
「ほう?」
と、どこか楽しそうに男が笑った。
一見すると穏やかな笑みだ。
しかし、それも怖い。
まるで猛獣が牙をむいたようだった。
「知っているのかい」
「なかなか有名人だからな、お前は――」
「そうらしい」
わずかに肩をすくめて、仙水は目を細めた。
「私に何の用だ」
「一緒にきてもらいたい」
「何のために」
「わかっているくせに」
「……」
わずかな間、綺礼は沈黙した。
「お前の、破滅願望の手助けをしろというのか?」
「少し違う。墓を掘るのを手伝ってほしいんだよ」
「お前の墓か」
「最終的には俺も、だが。全ての人間の――というべきだな」
「……天才的武術家であり、霊能者であり。潔癖症の正義漢……そして、極度の人間嫌いか」
若いな、と綺礼は男を見つめて言った。
「人間は生きるに値しない。だからみんな殺す。お前の考えを端的に言うとそんなところだろうな」
「……理解が早くて助かる」
「それで、何故私なのだ」
「もっとも協力してくれそうだからかな?」
「……なるほど。私のことも念入りに調べたわけか。だがな――」
綺礼は立ったまま、あくまで自然体の姿勢。
「私という人間は、お前の忌み嫌う醜悪な人間そのものだぞ。ならばまっすぐに殺すべきではないのか?」
「へえ。自殺願望があると?」
「どうかな。だが、お前の大量殺戮に付き合うつもりはない。断りをいれれば、善悪の問題ではないぞ。それは私の論じることではないからな。ハッキリ言うならつまらんからだ」
「他人の不幸があんたの娯楽かと思っていた」
「そうかもしれんし、違うのかもしれん。あるいはお前に協力する可能性もあったのかもな。だが、今現在の私は、観客席で見世物を楽しむことでは愉悦を得られない。それだけだ」
「……」
「一つたずねよう。お前は、人間が嫌いなのか。それとも生物が嫌いなのか」
「よくわからない質問だな。しかし一応は答えよう。俺は動物も植物もみんな好きなんだよ。それこそ、
「そうか。実に、〝人間らしい〟返答だ」
綺礼は少しだけ笑った。
「どういう意味かな?」
「なに、お前は結局人間という生物を良くも悪くも特別視しすぎていると思っただけだ」
「……」
「――まあ、どっちにしろ。私はお前に協力する気はないし、ほっておけばお前の邪魔をするぞ。なら、することは決まっているのではないか?」
綺礼が言った直後だった。
何かが、砲弾のように綺礼の心臓めがけて飛んだ。
綺礼はそれを鞭のような動きでいなし、そらした。
瞬間、綺礼の足元へ無数の亀裂が八方へと広がった。
「なら、死ぬしかないな」
そう言いながら立つ仙水の周辺には、無数の霊力の玉が浮遊していた。
――なるほど。あれを撃ってきたか。
「初めからそうすればいい」
綺礼は構えながら、微笑んだ。
聞いたことがある。
一対多数の経験を多く踏んだ仙水と言う男の技。
烈蹴紫炎弾。
そのような名前だったか。
凄まじい威力だ。
この点は、綺礼は先の一撃で十分理解していた。
――確かに。まるで散弾銃と機関銃を合わせたような……。
全身から感じる、霊気量も尋常なものではない。
それに肉体。所作。
この部分でも、それこそ凄まじい修行を繰り返してきたのだろうことが理解できた。
――才能は、あのケイネス以上かもしれん。
素直に、そう感じた。
天賦の才能を持って生まれた者が、けた外れの修練を経て出来上がった怪物。
攻撃を防御し、受け流しながら綺礼は思う。
この男であれば、どのような分野、世界であっても一流の名前を残したことだろう。
それこそ、魔術の世界であってもだ。
ただそれを惜しいとも思わない。
どれだけ名声を得たとしても、それが本人の望んだ人生であるとは限らないからだ。
平穏で静かな暮らしを理想とする人間が、人殺しの才能を秘めている。
そんなことも珍しくはない。
できること、できてしまうことが自分の望みとは限らない。
剥離していることさえある。
人間というものの、皮肉さというべきなのか。
――凄まじい。確かに、凄まじいが。
霊力の弾丸をはじきながら、綺礼は着実に距離を詰める。
肉薄。
直接に、拳や足が交差し合った。
「
仙水が、大きく吹き飛んだ。
気を練り上げた綺礼の拳が、着実に急所を狙って幾度も打ち込まれたのだ。
――ほう……。
さすがだ、と綺礼は感動をおぼえた。
肉体に直接打ち込んだ感触。
まるで、頑強な大型車のタイヤのような。
並の人間ならば、殴ったほうが痛みやダメージを受けるだろう。
一見細身、華奢にさえ見えるその下に隠された肉体。
練りこまれ、鍛え上げられた筋肉。
理想的な肉体だった。
どれほどの、格闘家やスポーツ選手が渇望するだろう。
――だが……。
妙なと思う。
違和感があった。
事前に聞いていたいくつかの情報の剥離。
仙水忍。
元々は、退魔行を行う者だったという。
その持って生まれた霊力ゆえに、幼い頃から悪鬼悪霊につけ狙われていた。
だからこそ、この男にとっては魔性とは存在時代が悪だった。
「全て無に還すべきだ」
そんな過激な主張さえしていたという。
しかし、それがある事件で『裏返った』。
これについても、知ってはいる。
だが、その顛末について思うことは、あまりなかった。
――若い。いや、幼いのか。
綺礼は一瞬そんな思考をしながらも、
――そうではない。
と、思う。
確かにこの男は強い。天才なのだ。
それは間違いない。
だが、無数の死闘を経験してきた綺礼の目からすると、どこか足りない。
いや、欠けているものがあった。
――ニセモノ? いや、そうではないのか。
強い。
わずかな油断が命取りになる相手なのだ。
勝てないかもしれない。
だが、負けるという気にもならない。
そんな相手だった。
バランスを崩した仙水に、綺礼は間合いを詰めた。
拳。足。手刀。指。膝。
凶器のような手足が、仙水を確実に打ち抜いた。
一撃ごとが、かすっただけ悶絶するようなものだった。
仙水はなすがままだった。
が――
「……!」
何かヒントがあったわけではない。
ただ、単純な勘だった。
綺礼は後ろに飛び、回避した。
銃。
としか言えないものが、仙水の片腕から銃身がのぞいていたのだ。
それが、綺礼に向かって撃たれた。
――あんなものを仕込んでいたか。だが……。
それだけではない。
仙水の表情が、一変している。
さっきまでの飄々としたものから、粗野で凶暴なチンピラのような。
「……なめてんじゃねーぞ、このクソ中年があああああああああ!!」
品性も何もない言動。仕草。
「……多重人格。解離性同一障害というものだったか?」
本で読んだ知識を思い出しながら、綺礼はわずかに首をかしげた。
「さすがに、お前にそんな
「うるせええんだよ、クソボケがああ!!!」
凶暴な声を上げながら、仙水は腕の銃を乱射する。
普通の銃弾ではない。
気……霊力を収束、圧縮して撃ち出す特殊なものらしい。
その無軌道な凶暴性は、確かに危険だ。
――しかし。
綺礼は銃弾を回避、正確には銃口から動きを予測しながら回避、接近して、
「隙が多くなったぞ」
その言葉と共に仙水の脇腹に拳を打ち込んだ。
常人、いや鍛えた格闘技熟練者でも即死しかねないものだった。
骨や内臓が粉砕されていても不思議ではない。
一撃を受けて、仙水はそのまま道路へ転がっていく。
そのまま、動かなくなった。
だが、綺礼は構えたまま静かに様子を見つめている。
そして。
「本体に交代してはどうだ、仙水忍。半端な側面だけでは私は殺せんぞ。邪魔をされるのは困るのだろう?」
綺礼はそう呼びかけた。
反応は、ない。
時間が過ぎる。数十秒。1分。
やがて。
音もなく、予備動作すらなく。
男は立ち上がった。
「……出たな」
気配が、いや全てが変わっていた。
「――〝忍〟ですよ。はじめまして」
そう語る仙水の瞳は、穏やかだった。
しかし、戦慄させるような不気味なものがあった。
「……お前はずっと引きこもったままだった、らしいな」
「そう、こうして人と話すのも久しぶりだ」
ここで、ようやく綺礼は納得がいった。
事前の情報から、予想していた仙水と極めて近い。
底知れない圧力が、その全身から発散されている。
しかし、それは邪気とかそういうものではなく――
――今日、ここで死ぬかもしれんな。
〝仙水忍〟と対峙しながら綺礼はそんなことを思った。
時代が違えば、いやたどった道が違えば英霊として崇拝の対象だったろう。
そんな相手が、今目の前に敵としている。
――それもいい。いや、それだからこそ……。
「もう一度だけ聞くが、協力者になってはくれないんだな?」
仙水は、念を押すように言った。
「大量殺戮では、私は喜びが得られない。そう言ったはずだ」
「残念だ」
「心にもないことを言う」
「いや、本心だ。君が協力者なら、もっとスムーズにことが運べた」
「折り合いが悪かったな。まあ仕方のないことだ」
綺礼は応え、重心を落として構えた。
そして。
戦いは、再開した。