「禅城葵のことは忘れろ。そうすればお前は強くなる」 作:らくべえ09
※サブタイが誤字してたの直しました。
とんだミス……。
綺礼は構える。
仙水は、ただ立っているだけだ。
自然体である。
隙だらけだ。
しかし、
――これは……。
打ち込めない。
見えない、巨大な壁のようなものが仙水の前にあるかのように。
綺礼の全身が震えた。
恐怖なのか、歓喜なのかわからない。
あるいは、その両方なのだろうか。
叩きのめされ、殺される。
そんな予感がひどく生々しい。
しかし、逃げたいとはまるで思わなかった。
その時、
「ぬう」
思わず知らず、綺礼はつぶやいた。
〝気〟が、仙水からあふれ出している。
膨大な、まるで巨大な台風か地震のような。
――タイタンのようだな……。
あのゴジラを思わせる巨大なモノが、2メートルにも満たない人間から発せられている。
その色は、黄金――
如来の放つという光背。
聖職者であった綺礼にとって、それは宗教画で描かれる天使の輪がなじみ深かった。
「……聖光気」
綺礼は、それの名を口にした。
「ほう」
と、仙水は笑った。
ひどくきれいな笑顔だった。
とても、人類の大虐殺を考えているとは思えないような。
「知っているのかい」
「聞いた話では、理想とされる究極の闘気……だったか。かの幻海老師ですら持ちえなかったもの。まさか、英霊でもない生きた人間のそれをこの目で見られるとは思わなかった」
「なら、結果はわかっているだろう?」
わずかに仙水が身をゆすった? ように思えた。
その瞬間、綺礼は体は見えざる圧力のようなものに吹き飛ばされ、紙切れのように宙高く舞った。
落下し、転がった後綺礼はゆっくりと、静かに立ち上がる。
何をしたかも不明な、ほんのわずかな動作だけで。
鍛え抜かれ、いくつのも修羅場を経験した男の肉体に大きなダメージが走っていた。
「仮にあんたの気が俺よりも数倍上だったとしても、あんたでは俺に勝てない」
「ふふふ……」
綺礼は、吐血した口元をぬぐいながら、笑った。
「なるほど。悪しき者では、聖なる力には勝てぬというわけか」
基本となる型。
それを構えながら、綺礼は呼吸を繰り返し、気を練り上げる。
いや、生命そのものを練り上げていく。
「まあ、それも楽しからずやな、かな」
「……異常者というのは困ったものだ」
「お前に言われる筋合いはない」
再び、仙水が動こうとした。
その直前、空気を読まない爆音が響いた。
かと思うと、何かが空中から降ってくる。
それは、仙水を押しつぶすように、そのまま落下していき、
ドゴムッ!!
空中で、爆ぜた。
仙水の聖光気。
それは、わずかな揺らぎだけでそれを粉微塵に砕いたのだ。
炎と金属片が散らばっていく中、2つの影が綺礼のそばに立った。
「やれやれ。まだ買って間もないバイクが木っ端みじんだぜ」
困った顔で言いながら、ジャンパーを着た男が頭をなでる。
「秋葉 流――」
綺礼が言った。
「よお。いきなり乱入して悪いが……俺たちも混ぜてもらおうか?」
対魔用の錫杖を手に、秋葉は笑った。
「まったく……また、ろくでもない役回りだよ」
愚痴るようにつぶやいて、もう一人が蛇のように立ち上がる。
「光覇明宗の秋葉 流。それから、臨獣拳の蛇崩だったかな」
仙水は乱入者たちを順繰りに見て、言った。
「まさか、3人がかりなら勝てるなどと考えているのかね?」
「さあて。まあ、かなりきっついのは想像できるがな」
秋葉は飄々と言った。
「こっちは……好き好んで、とち狂ったエコテロリストと関わりたかぁなかったがね」
蛇崩雁夜はうんざりしたような顔だった。
「とち狂った? それは違うな。真実に目覚めたのさ」
「あー……。やべーカルトだの陰謀論にはまったやつはみんなそう言うんだよ」
雁夜はやる気のなさそうな顔のまま、ため息。
「……何故、お前たちが?」
綺礼は率直な疑問を2人に言った。
「仙水のことはこっちでも探っててな。で、それが移送中だったお前さんところへ来たってんでここまで来たわけさ」
「……こっちは、いきなり同行させられたんだけだがな。それも無理やりな」
雁夜は言いながら、仙水を見る。
――やれやれ……。今まで色々やべーやつは見てきたが、こりゃ最大級だな。
「ならば蛇崩雁夜。君は逃げたらどうだ? まだ死にたくはないだろ?」
「そう言われて見逃してくれるとは思えねーがな? 後ろから狙い撃たれるのもごめんだ」
「――」
綺礼は状況を見ながら、ふうと息をついた。
「妙な取り合わせだな。これでケイネス・エルメロイがいればさらに妙だ」
「さすがに、あいつはやることが多すぎる体だからな」
秋葉は笑う。
「――負けを承知で戦おうと諸君らを、勇ましいとも潔いとも思わない。だが、戦友を想う気持ちには私もそれなりのもので応えよう」
黄金の気をまといながら、仙水は一歩だけ進んだ。
それだけで、大気が揺らぎ大地が震えた。
「押さえているつもりでも、すぐに自然へ影響が出てしまう。困ったものだ」
――気高い人になると大変だな。
雁夜は内心で肩をすくめながら、自らもゆっくりと構えた。
臨獣蛇龍拳・基本型。
そこから臨気が燃焼して、凝縮されていく。
「臨気凱装」
限界以上まで練り上げられた臨気が、形となり、物質となって雁夜に全身を覆った。
コブラを思わせるフォルムの全身装甲。
「……そこまでできるようになっていたか」
綺礼が言った。
「10年前は、手足だけで精いっぱいだったがね。幻海のばぁさんのシゴキもあってな」
雁夜は、兜の下で苦笑した。
「なるほど。寝ていたわけではないということか」
「できりゃあ寝ていたかったがねえ」
そして。
3人が合図もなく、同時に動いた。
それぞれ異なる方角から、仙水への攻撃をしかける。
黒鍵。
法力金剛弾。
だが――
どれも必殺のそれらが巨大な爆発によってかき消され、吹き飛ばされる。
聖光気が一気に膨張し、圧縮したのだ。
収縮した聖光気。
それは、鎧となって仙水を包んだ。
「気鋼闘衣」
独り言のように、仙水は言った。
「なんでもありだな……」
着地しながら、秋葉は冷や汗を流す。
「究極の気は物質化し、至高の武具となり、防具となる。蛇崩の
「嫌味に聞こえるね……。まるでレベルが違う」
膝をつきながら、雁夜は毒づいた。
鬱蒼した樹木や草が周辺を覆っている。
ほぼ人の入らない山地であった。
島根県・某所である。
地元の人間、林業や狩猟者でさえほぼ入らないそんな場所だ。
そこに、2人の若者がいた。
高校生ほどの少年と、少女。
どちらも整った顔立ちをしていた。
「あああ~~~~……しんど!」
少女は、草の上に寝ころびながらそんなことを叫んだ。
さきほど――
巨大な魔術を行使したばかりであった。
「おい……。どうするつもりだよ、この後」
少年――間桐慎二は疲れた表情で少女を見おろす。
少女――桜は、
「さあ?」
どうでも良さそうに言って、そのまま寝入りそうな態度だった。
ほんのついさっき。
桜は8つの勾玉を並べて、呪法を行っていた。
円形に並べられたその真ん中には、金と紫の入り混じった杯があった。
「なんだよ、それは……」
「んー。まあ、強いて言うなれば? 間桐の聖杯ってところかしら?」
桜は目を閉じたまま、うっすらと笑って言った。
「聖杯?」
「10年前――間桐の蟲おじいちゃんは、自分のためだけの聖杯を造ることを考えて、計画してたみたいね。ま、ある程度の図面を引いて準備をしただけで、そのまま色んな意味で終わっちゃったけど。でも、その時、私の中にの下準備がいくらかしてあったわけよ。で、そっから色々調べて……こんなものをでっちあげたってところかしら? といってもまあ……願望器みたいな機能はないわね。せいぜいサーヴァントを召喚できる程度」
「……」
それだけでも、かなりの代物ではないのか。
慎二は思ったが、あえて口にはしなかった。
「それで、お前は――」
慎二が口を開きかけた時、桜は何事かつぶやき出した。
――呪文? 祝詞……(のりと)? いや、これは。
「……ウジタカ、レコロロキテ………オイテハ、クロイカズチ…………」
――古事記……? それも、
桜の言葉が続く中で、勾玉はそれぞれ異なる色に輝き出す。
赤・青・黄・紫・黒などなど。
やがて、聖杯と勾玉は天空に巨大な光の柱を形成した。
音はない。
鳥・獣・虫……本来様々な音が響くはずの山中が完全な無音に。
そんな状態の中で、柱は天空へと延びていき、ついには雲まで到達した。
慎二が見上げている中。
雲の中に、巨大な穴が生じた。
混沌とした色あいの中に、柱は消えていった。
それから。
しばらくの間、桜はたったまま魔力を燃焼させていた。
激しい消費量が、はためにもわかるほど。
そして、ついには力尽きたように倒れてしまったのである。
「……はー。なんか久しぶりに体力消耗したって感じ」
目を閉じたまま、桜はのんきな声で言った。
どうやら、とんでもない何かを召喚して、操っていたらしい。
――ヤマタノオロチ。
偽書とされたある古文書には、こうある。
神話の時代。
ツクヨミは、父神イザナギより
しかし。
天界である高天原の支配者に姉であるアマテラスが選ばれたことに嫉妬したこの神は、
――黄泉国のイザナミの助力を得て、ヤマタノオロチとなった……。
明治維新以降ならば、投獄されてもおかしくない珍説だが――
慎二が桜に付き合わされて、あちこちから『拝借』してきた勾玉は、全てツクヨミの祭られた場所の近く。
「……いや、俺は学者じゃないし」
言い訳するように思わずつぶやいた慎二に、
「……」
桜の視線がぶつかってきた。
「……なんだよ?」
「おんぶ」
「はぁ!?」
思い切り抗議を込めて叫ぶ慎二だったが、拒否もできなかった。
――ああ、くそ。
暗い山道を、人間一人を背負って降りる羽目になったのだった。
常人ならば遭難しかねない自殺行為だが。
慎二の足は、速足のように危なげなく道なき道を進んでいく。
しばらく歩いて、だいぶ麓に近づいた頃。
「あ。ちょっとストップ」
いきなり、桜が頭に手を置いてきた。
「あぁっ!?」
不機嫌な慎二の声に、
「ちょっとそのままこっち向いて」
「なんなんだ……」
ブツブツ言いながら首だけ振り向きかけた時だった。
いきなり、桜の唇が慎二に重ねられる。
――な!?
驚く間もなく、桜の下がぬめぬめと慎二の口内に入ってくる。
その途端。
「……!?」
痺れるような疲労感が、全身を貫いた。
あっという間に足元が崩れ、膝をついてしまう。
体中の力を根こそぎ奪われたような気分。
いや、気分だけではない。
実際にそうだったのだ。
慎二がなんとか手をついて倒れるのを踏ん張っている間、
「よっと」
桜は身軽に地面に着地。
それから、
「ライダー」
霊体化していたサーヴァントを呼び出した。
「アレをね、大至急持ってきてほしいんだけど」
「承知しました」
長身の美女はうやうやしくうなずくと、また姿を消す。
「……てめえ」
どうにか声を絞り出す慎二に、
「あー、ごめんね? ちょっと緊急事態みたいだから精気をもらっちゃった」
悪びれもせずに言って、桜は慎二を担ぎ上げる。
「おい……!」
「でもま、歩ける程度にはなったからかわってあげるね♥」
まるで荷物のように慎二を肩に担いで、桜は歩き出す。
「わけわかんねえよ……」
「そりゃ説明してないからねえ」
不服しかない慎二のつぶやきに、桜は軽く笑うだけだった。
その後。
何かを含んだような声で、
「仙水忍ってヤツ、知ってる?」
いきなり、ある男の名を口にした。