「禅城葵のことは忘れろ。そうすればお前は強くなる」   作:らくべえ09

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五章  英雄そろって宴を開き、アーチャー大いに笑うこと

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇の中に、桜は一人いた。

 

 誰かが立っている?

 

 

 おかあさま?

 

 

 いいや、あの人はもう他人だ。

 

 だって自分は捨てられたのだから。

 

 

 立っているのは、とてもきれいな女の人だった。

 

 

 がいこくじん、だろうか?

 

 

「あなたはまだ眠っていていいの、サクラ」

 

 女の人は、優しい声で言った。

 

「あなたをいじめる悪い虫は、すべて食い殺してあげる――」

 

「だから、少しの間あなたの体を貸してね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い底で、誰かが断末魔の声をあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クワナイデクレエエエエエエエエエエエエエエエエエエ…………!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明らかにおかしいわ」

 

 アイリスフィールは蒼白の顔で言った。

 

「キャスターとバーサーカー。2騎のサーヴァントが斃れたのに、私の中はまるで満たされていない――」

 

「では、奴らは死んでいない……ということかい?」

 

「それはわからないけど……でも、満たすべきはずの魔力が、どこかに消えてる。これは確か」

 

「……」

 

 衛宮切嗣は考える。

 

 これは何かの罠か。

 あるいはどこかでミスが起こっているのか。

 

 どっちにしろ、無視できない事実だった。

 

 このように。

 

 セイバー陣営が頭を悩ませている時であった。

 

 

 ライダーが突如として押しかけてきた。

 酒樽をかついで。

 

「一献、かわしにきた!!」

 

 あまりにも野放図な言い草に、セイバーは絶句するしかなかった。

 

 ほぼなし崩しに始まってしまった宴に、黄金のアーチャーがやってきたのは、しばらくしてからのこと。

 

「ふん、なんだこの小汚い場所は――」

 

 見下した物言いをしながら、周辺を睥睨するアーチャー。

 

「ガハハハハ。そう細かいことは気にするな! ほれ、かけつけ3杯!!」

 

 まるで気にした様子もないライダーに、アーチャーは鼻で笑い、

 

「くだらん。くだらぬが……雑種どもの会合も余興と思えばそれなりに見るものはあるか。だが――」

 

 アーチャーは背を向けて、

 

「ここではない。明日、それなりの場所を用意する。残りの雑種どもも含めてな」

 

「ほぉ!? では、5騎の英雄全てを集めて宴をするとな?」

 

「そういうことだ」

 

 言い放ってから、アーチャーは消えた。

 

 

 

 

 翌日の夜。

 

 

 

 

 冬木でもっともランクの高いホテル――

 

 そのうち、ホールの一つが貸し切りにされ、贅を凝らした料理や酒が並んでいた。

 これらの代金は、すべて遠坂によるものであった。

 

 一席に、アーチャーはふんぞり返っている。

 

 だが、鎧装束ではない。

 

 明らかに高級品とわかるジャケットを着ていた。

 横後ろには、真顔の遠坂時臣が控えていた。

 

 そこからいくらか離れた位置に、言峰綺礼とランサーが立っている。

 綺礼もランサーも背広姿だった。

 

 時臣もそうだが、サーヴァントたちはその威風と美貌だけに恐ろしく絵にになっている。

 

 

 やがて。

 

 

「いよう! 呼ばれてきたぞ!!」

 

 

 ジャケットを着たライダーと、あまり似合わない背広姿のウェイバー。

 

 最後に、男装のセイバーとドレス姿のアイリスフィールが到着する。

 

 

 ここに。

 

 

 4組の陣営が主従ともにそろったこととなる。

 

「残るはアサシンのみか」

 

 一同を見回すライダーの声に、

 

「もう来ている――」

 

 美しいが、どこか底冷えのする声が響いた。

 

 影が揺らぎ。

 

 いつの間にか、大柄な美女がそこにいた。

 

 紫の、腰近くまで伸びた美しい髪。

 見る者を凍てつかせ、あるいは魅了する瞳。

 黒のドレスをまとった、絶世の美女である。

 

「――アサシン?」

 

 アイリスフィールが疑いの眼差しを向けた。

 

「ふん。新しいマスターに合わせて姿を変えたか」

 

 アーチャーがどうでもいいとばかりに言った。

 

「というよりも、再召喚に近いの」

 

 アサシンは肩をすくめる。

 

「なんだって? じゃあ、あの男は……?」

 

 ウェイバーが雁夜の顔を思い返しつつ、尋ねる。

 

「先代は、マスター権は譲った。私の【マスター】に」

 

 

 クスクスクス。

 

 

 紫の美女は笑う。

 

「あ、あなたのマスターは……?」

 

「クスクスクス……」

 

 アイリスフィールに対して、アサシンは自分の胸を指す。

 

「やはり、宿主なくば形を成せぬか」

 

 アーチャーが目を細めた。

 

「おや? アーチャー殿? マスターの目が怖い怖い」

 

 アサシンは時臣を見ながら、くくくと笑う。

 

「うまくすれば、この場で討ち取りたいという顔ねえ?」

 

「……!」

 

 内心を見透かされ、時臣は鼻白んだ。

 

「でもいいの? 今ここで私を殺したら、あなたの娘も一緒に死んじゃうよ?」

 

「――は?」

 

 よくわからないことを、アサシンは笑って言った。

 

「わからない? わからないなら、ほら……」

 

 ずぶずぶと。

 

 アサシンのドレスから何かがせり出してくる。

 黒い粘液に覆われたそれは――

 

「……!?」

 

 時臣は、目を見張る。

 

 間桐桜。

 

 目を閉じて眠っているような小さな少女は、時臣が養子として送り出した次女であった。

 

「バカな……」

 

「くすくすくす。マスターはあの蟲……間桐臓硯、だと思った? 残念。あれもそういう腹づもりだったのでしょうけど……。本体をこの子に寄生させていたのは失敗だったわねえ」

 

「長虫をあなどったか」

 

 アーチャーが言った。

 

「そういうこと。あの男……本名はマキリ・ゾォルケンだったかしら? あの蟲は、蛇の執念と生命力をなめていた。だから――」

 

 と、アサシンは謳(うた)うように、

 

「自分の魂を、肉身としていた蟲を喰われる羽目になったわぁ。くすくす。その時は見ものだったわよぉ? 自分が何もできずに喰われ、溶かされて、養分にされていく恐怖がハッキリ伝わってきたもの――」

 

「くっ」

 

 悪趣味なアサシンの言い分に、セイバーは不快そうに顔を歪めた。

 

「あら? セイバーさん? あの蟲に同情する必要はないわよ? さんざん他人にしてきたことだもの――この子にもねえ」

 

 と、アサシンは自分の内部、桜を指した。

 

「人を喰いながら、長く生きながらえてきた……その過程で、どれだけの人間を犠牲にしたことか。ねえ?」

 

 アサシンは笑いながら、

 ドレスから何かを取り出す。

 

 一瞬警戒するセイバーだったが、

 

 ――本?

 

 それはどこでも売っているような、普通のコミックだった。

 

「ほら? ここにも書いてるあるわ?」

 

 アサシンはページを慣れた手つきで開き、どこかを白く美しい指で占める。

 

「他人にはするが…自分がされた時は御免被る…通らないだろう、いくらなんでもそれは…!」

 

 誰かの声真似をするように言った後、

 

 くすくすくす。

 

 また、笑った。

 

 

 

 これよりいくらか前の時間。

 

 

 

「………」

 

 永久に戻るつもりのなかった間桐の家にて。

 

 雁夜は絶句して、それを見ていた。

 

 無駄に豪勢な台所のテーブル。

 そこで髪の長い異国人の美女が酒を飲み、並ぶ料理に舌鼓を打っていた。

 

「だれ?」

 

 死んだ目で給仕している鶴野に、雁夜はようやく言った。

 

「兄貴のコレか?」

 

 小指を立てて見せると、

 

「~~~~~~~~~~!!!!!」

 

 鶴野は形容しがたい顔で首を横に振る。

 

「――わかっているでしょう」

 

 上品な仕草で高いワインを飲みながら、美女は言った。

 

「……アサシンか?」

 

「ご名答」

 

 紫の美女は、くすくすくす…と笑う。

 

「ずいぶん、変わったな」

 

「ええ。新しいマスターはとても優秀だから。あなたと違ってね」

 

「そりゃけっこうですな」

 

 雁夜が肩をすくめる間も、アサシンは喰い、呑み続ける。

 

「……おい、あいつもう10人前は食ってるぞ……。酒だって、見ろ」

 

「あー……」

 

 鶴野のひそひそ声に、視線を変えると空となった酒瓶がゴロゴロと。

 

「悪いけれど」

 

 アサシンが空のグラスを突き出しながら言った。

 

「私はひどく燃費が悪くって? すぐにおなかが減るのよ」

 

 鶴野が弾かれたようにグラスにワインを注いだ。

 

「――」

 

 雁夜は、アサシンが憑いていた時を思い出す。

 確かにそうだった。

 

 しかし。

 

 ――こいつはさらにぶっ飛んでるじゃねーか??

 

 そうこうしているうちに、どんどん料理が運ばれてくる。

 鶴野はひっきりなしで注文の電話をかけまくっていた。

 

 ――あきれたもんだ。まだまだ食う気か……。

 

 まあ、それでも。

 

 別に雁夜の財布が軽くわけでもない。

 無駄にため込まれた財産が多少目減りする程度だろう。

 

「で…俺にどうしろと?」

 

「……どうって」

 

 鶴野がすがるような視線を向けた。

 

「まさか、このアサシンを退散させろっていうのか? 無理だね」

 

「無理って……」

 

「できない仕事は引き受けない。商売の基本だ。じゃあな」

 

「いや、待ておい!?」

 

「聖杯戦争が片付けば、サーヴァントも消えるさ。それまで我慢しろよ? な?」

 

 子供に言い聞かせるような声で、雁夜は言い残して――

 

 

 去った。

 

 

 

 

 

 

 再び舞台は【ホール】へと戻る。

 

「まあ、つまるところ。此度の聖杯戦争、おのおのいかなる願いがあって参戦したか――? それを問答したい」

 

「ふん。それで格でも決めるつもりか、雑種」

 

「そんなところだのう」

 

 アーチャーの冷笑に、ライダーは太い笑みで答えた。

 

「……征服王、そんな戯言のためにこんな茶番を用意したか」

 

「ほう? ならば騎士王よ、お前にはかけるべき望みがないと?」

 

 ライダーのからかうような問いに、セイバーは微かに目を怒らせた。

 

「あるから、今こうしているのだ」

 

「……せっかくだが」

 

 白熱し始めた王たちの横で、ランサーは静かに盃を傾けながら言った。

 

「ならば、俺にはそんなものはない。あるとすれば、セイバー、ライダー、そしてアサシン。お前たちの首しるしとでも言っておこうか」

 

「ほお!? それはまた大きく出たの?」

 

「それが主の望みなのでな」

 

 あげた名にアーチャーがない。

 すでに遠坂と言峰の同盟は周知の事実となっている。

 

「欲もなく、望みもなく、あくまでただの捨て駒になりたいと申すのか?」

 

「しかり」

 

「ふううむ?」

 

 ライダーは少し困った顔になる。

 

「所詮我らは英霊の影にすぎぬ。ならば忠義のため、犬となり、駒となるのも良かろう。それもまた道の一つだ。王道ではないがな。幸い、俺は王ではない」

 

「そこまで覚悟を決めたか……惜しいのう」

 

 ライダーはふう、と息をつき、悲しそうな、あるいは眩しそうな顔でうなずく。

 

「くくくくくく。狗(いぬ)の道を進む覚悟か! 愚直もそこまでいけば一興よ。ランサー、貴様もせいぜい我を楽しませてみろ」

 

 アーチャーは愉快そうに肩をゆすった。

 

「好きにされるがよろしかろう――」

 

「言われるまでもないわ。くだらぬ座興と思っていたが、ふむ、見方次第で色々と楽しめるものよなあ」

 

「ではアーチャー、お前の望みはなんだ? 唯一無二の王を称するなら相応の願いがあろう?」

 

 ライダーはアーチャーを見る。

 

「聞くまでもない」

 

 アーチャーは唇をゆがめた。

 

「この世のあらゆる宝は、全て我が宝物庫におさまる。水が引く気に流れるがごとく、ごく当然の摂理だ」

 

「ほほう。では、聖杯は最初からお前のものだと言うのか、英雄王よ」

 

「無論」

 

「馬鹿な――」

 

 鷹揚にうなずくアーチャーに、セイバーが刃物のような視線を突きつけた。

 

「貴様の言っていることは、まるで妄言だ。キャスターと何も変わらぬ!!」

 

「吠えるな。セイバー。それほどまでに聖杯が欲しければ、我が愛妾にでもなるがよい。さすれば、聖杯のひとつやふたつ、くれてやらぬでもない」

 

「貴様!!!」

 

「あー、待て待て」

 

 激昂しかけたセイバーを、ライダーは抑える。

 

「しからば次は余の願いを言おう――それはな、受肉だ」

 

「――そこまで人生に未練があるか」

 

「大いに! というよりかだ。おぬしが言ったように我らは所詮影のごときもの。英雄だのいっても頼りない身の上ではないか。これでは野望も何もあったものではない! そこで、一個の命として本物の血肉を得たい。全てはそこからよ!!」

 

 ランサーの言葉に、ライダーは胸を張って答えた。

 

「で……アサシンよ。お前にも望みはあるのだろう?」

 

「ある、と言えばあるかな? 私自身のとは、少し違うけれど」

 

「ほう、聞かせてもらおうか!」

 

「い・や。教えない」

 

 アサシンはくすくす笑い、ライダーの声を一蹴した。

 

「女には秘密が多いものよ」

 

「そう言われると何も言えぬが…では、騎士王、お前で最後だ」

 

「……私は」

 

 

 我が故郷の救済を願う。

 

 

「おぬし、まさか――」

 

「くくくく」

 

「……」

 

 セイバーの語った答えに、ライダーは驚き、アーチャーは嗤(わら)う。ランサーは沈黙を。

 

「悲しいわね。美しいわ」

 

 アサシンが肯定した。

 

「蛇よ、貴様はセイバーをよしとするか」

 

 アーチャーはどこか期待したように言う。

 

「ええ。国の乱れ、滅び、災厄……そのような時古代の首長、王たちは命でその責任を取った。あるいは生贄として。国の責任者が我が身で責任を取る。昔から、よくあったことだわ」

 

「うむむむむ……」

 

 ライダーは太い腕を組み、思案顔になっていた。

 

「セイバーは弱さと不運さゆえに国を滅ぼした。アーチャーやライダーは我が道を行き、でも、その国はもうどこにもない。果たし

て誰が正解だったのかしら? いえ、そもそも王様なんて資格を失えば殺されて玉座を奪われるもの――」

 

「お前が【支配する女】から〝零落〟したようにか、蛇よ」

 

「そうねえ。同じようなものかも」

 

 アーチャーに対し、アサシンはやはり肯定してうなずいた。

 

 ――蛇? 支配する女……?

 

 まさか。

 

 黙って英雄たちの問答を聞いていたウェイバーは、アサシンの真名を思い至った。

 

 零落した女神。

 海神の妻。

 蛇神。

 

 

 それが指し示すものは。

 

 

「でも、仮にもセイバーの望みがかなったとしたら。歴史はどうなるのかしら?」

 

 アサシンは首をかしげて、言った。

 

「どうもこうもない。ただ道がわかれるだけのこと」

 

 アーチャーは事もなげに言う。

「どゆこと?」

 

「わからぬか、蛇。滅びた道と残った道。それが二つになるだけだ」

 

 

 すなわち。

 

 

 ――並行世界か。

 

 ウェイバーはアーチャーの言いたいことを理解した。

 

 つまり、歴史を変えても向こうとこちら。

 別々のルートで進んでいくだけだと。

 

「つまり、この世界だとなかったことには、ならないってわけねえ」

 

「あはははははははっはははははは!!」

 

 うなずくアサシン。爆笑するアーチャー。

 セイバーは顔を真っ青にして絶句している。

 

「でも、それはそれでいいんじゃない?」

 

 アサシンは慰めるようにセイバーの肩に手を置いた。

 

「たとえ違う世界でも、国の滅びない未来ができる。そして、あなたの過ごした人生や伝説も消えたりしない。そうでしょ」

 

「……アサシン」

 

 セイバーは紫の美女を見つめる。

 

「――なんとも、最後は女たちに持っていかれたのう?」

 

 ライダーはジョッキにウイスキーをそのまま注ぎ、飲み干す。

 

「いや、まだだ」

 

 アーチャーは完全に空気となっていたマスターたちを見る。

 

「まだ召喚者どもの望みを聞いておらぬ。せっかくだ、どんなくだらぬ望みか語ってみせよ」

 

 それからなあ。と。

 

 突如、アーチャーは宝具を展開して、無数の刃をアイリスフィールに向ける。

 

「アーチャー、貴様!!」

 

 すぐさま白い美女をかばうセイバーを無視して、

 

「どうせ聞いているのだろう、溝鼠(どぶねずみ)。さっさとこの場に顔を見せよ。さもなくば、この人形を潰すぞ――」

 

 

 

 それは、衛宮切嗣に向けられた言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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