「禅城葵のことは忘れろ。そうすればお前は強くなる」   作:らくべえ09

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六章  アーチャー召喚者たちに望みを問い、爆弾発言をすること

 

 

 

 

 

 選択の余地。

 

 そんなものはなかった。

 

 あらゆる意味で、今アイリスフィールを失うことなどできない。

 

 

 まさにライオンの口にはいるような覚悟で――

 

 

 衛宮切嗣はその場へ足を踏み入れた。

 

「人形をマスターに仕立て、自分は陰から狙い撃つ、か。つまらぬ小細工だが、思考の凝り固まった魔術師どもに有効だったやもしれぬな。だが?」

 

 生憎、我の眼は節穴ではないのだ。

 

 と、傲慢な古代の王は切嗣を笑った。

 

「安心するがいい。今この場で手を出さぬ。まだ貴様たちの望みを聞いておらんのでな」

 

 アーチャーは座り直し、また一同を見回した。

 

「では、語るがいい雑種ども。聖杯にかける願いをな――」

 

 

 しかし。

 

 

 その場は凍り付いたような沈黙がたれこめていた。

 

 互いに警戒しあう目。

 

 明確な敵意の目。

 

 奇妙な好奇心の目。

 

 色々だが。

 

 一番手を名乗るものはいなかった。

 

 

 そんな時、

 

 

「――私は聖杯にかける望みはない、が」

 

 言峰綺礼が進み出た。

 

「それとは別に。衛宮切嗣、お前と戦ってみたい。是非ともな」

 

「――」

 

 綺礼の視線を受け、切嗣は戦慄した。

 

 ――やはり、この男は危険だ。

 

 そう本能が告げる。

 

「……」

 

「勘違いするな。別に魔術師同士の競い合い、魔術合戦などしたいわけではない」

 

「……何が言いたい」

 

「近代火器。毒殺。爆破。手段を厭わない魔術師殺しと聞いている」

 

 言ってから、綺礼はゆっくりと両手を広げた。

 まるで恋人を出迎えるかのような、優しい仕草で。

 

「使うがよかろう」

 

「なに?」

 

「何でも使いたまえ。勝利に必要だと思うのなら、迷わずそうするがいい」

 

「……」

 

「神に仕える身として恥ずべきことだが……私はお前を前にして、とても興奮している。そう。なんだろうな、ふふふ……下品な表現でちとはばかられるが――」

 

 

 ニィ。

 

 

 綺礼は口角を吊り上げた。

 猛獣のような笑みであった。

 

「まるで絶世の美女と臥所(ふしど)に入る前の清童のようだ」

 

「な……?!」

 

 これに反応したのは、むしろアイリスフィールだった。

 夫をかばうように、その前に立つ。

 

「? ……ああ、誤解させてすまなかった。別に私は同性愛(ソドミー)の嗜好があるわけではない。ただ――衛宮切嗣、お前と戦いたいのだよ。結果私が死んでもな」

 

 闘争への快感。

 ある意味で切嗣がもっとも嫌悪するものでもあった。

 

「殺し合いがそんなに楽しいか」

 

「さて。どうこたえるべきかな。私もこんな愉悦を知ったのはごく最近でね。そう……蛇崩雁夜。あの男と同じように、お前もまた魅せてくれるはずだ」

 

「ほざいていろ。戦闘狂め……」

 

 吐き捨てるような切嗣の答えに、綺礼は今度は微笑するだけだった。

 

「さて……私は終わった。次は、そこの少年、君に譲ろう」

 

「ええっ!?」

 

 いきなりふられ、ウェイバーは顔を上げる。

 

「おう、坊主。しっかり語ってみせいっ」

 

 ドンとライダーに背を叩かれ、つんのめるようにウェイバーは一歩前に出た。

 

「僕は――……・自分の、正当な評価を得たくって、参加した。最初は」

 

 ウェイバーはそれでも前を向きながら、まわりを睨み返すよう強い眼を向ける。

 

「今は、正直わからない。でも、逃げる気もない。最後まで戦う。いや、勝つ。それだけだ……」

 

「ほう。小さな仔ネズミが健気なものだな。が、それもまた良し。何ができるか、やってみせろ。我を興じさせられれば、褒めてやる」

 

 アーチャーはウェイバーとライダーを順繰りに見る。

 

「ま、そういうことだ。どう転ぶかしらぬが、勝たせてもらう所存」

 

 ライダーはニッと笑い、アーチャーを見返す。

 

「言ったぞ。次は……」

 

 ウェイバーは誰かにまわそうとして、たまたまアサシンと目が合う。

 

「あー、私のマスターはパス。おねむの時間だから。そうね、黒い殺し屋さん、あなたの番にしましょう」

 

 と、紫の美女は切嗣に微笑んだ。

 

「そう、貴様の願いにも興味はある。語るがいい、偽ることない本心をな……」

 

 アーチャーが龍のような赤く輝く瞳で切嗣を見た。

 瞬間、切嗣は全身が石になったような錯覚をおぼえる。

 

 まるで蛇に睨まれた蛙。

 

 腹に力をこめ、静かに息を吐いて――

 

「僕の願いは」

 

 

 

 恒久的世界平和だ。

 

 

 

 ハッキリとそう男は宣言した。

 

 直後、あらゆる視線が一斉に切嗣へ降り注いだ。

 

 ウェイバーは口を開きっぱなしにし。

 

 遠坂時臣は絶句していた。 

 信じられないものをみる目で。

 いや、あまりにも予想外な人物から予想外な答えが出たためか。

 

「ふううううううむ……」

 

 綺礼は何か考えてこんで、頭に手をやっていた。

 

「――例えば、だが。それは国家間の戦争や内戦、テロ行為がない世界とでもいうのか」

 

「……」

 

「まあ、仮にそうしたものがなくなったとして。それでも貧富の差。飢餓や疫病はどうなる? それらも解消した世界か? なるほど、理想郷。まるでエデンの園だな。しかし……どうやってそれを成し遂げるのだ? 聖杯は万能だという。だが、所詮は人の造ったものだ。果たしてどこまでのものか、お前には何か確信でもあるのか?」

 

「――」

 

「それとも、一か八かで聖杯に願いを託すというのか?」

 

「どうとでも、言え」

 

「そうか……。それがお前なりの〝信仰〟か」

 

 綺礼はそれ以上は追及しなかった。

 

「だが、お前の願いがいかに崇高であれ、切実であれ。私のやることは変わらん。聖杯がとりたければ、勝つしかないな?」

 

「……ああ、そのつもりだ」

 

「――安心した」

 

「?」

 

「あれで迷い、戦意を失ってもらっては困るからな」

 

「ちっ……」

 

 楽し気に微笑む綺礼へ、切嗣は舌打ちで返した。

 

「ふむ……どうも口を挟む余地はなくなったのう」

 

「世界平和って……マジかよ」

 

 ライダー陣営はそれぞれの反応を見せている。

 

「セイバー、お前たちも主従ともに譲れぬ願いがあるのはわかった。しかし……全力で()りに行かせてもらう」

 

 ランサーはグラスの酒を干した後、セイバーに向けて言った。

 

「望みところだ、ランサーよ」

 

「――お前が対するは誇りある騎士ではない。一個の駒であり、一介の兵士にすぎぬ。相応の覚悟はしておくことだ」

 

「…よかろう。私も、そのつもりで戦うまでだ」

 

 その様子をアーチャーは愉快そうに見ている。

 今にも、腹を抱えて爆笑しそうな雰囲気だった。

 

「……思った以上に楽しめだぞ。さぁて、時臣よ? お前が真打だ。望みをつげるがいい」

 

「は……」

 

 時臣は恐縮しながら一礼し、

 

「我が望みは、聖杯の力により【根源】へとたどりつくこと――」

 

 それは、魔術師としてはごくありふれた願いである。

 

 なので切嗣のような爆弾を落とすことはない。

 

 

 だが――

 

 

「ほお、なるほどなるほど。そうであったな? しかし、だ……」

 

 アーチャーは嗜虐的な眼で時臣を見やり、

 

「いかに万能の願望器といえど、くべられる6つの(にえ)で可能かな? 他のものはいざ知らず……お前の願いは、この世界の外に通じるものであろう? ならば、ちと〝足りぬ〟のではないか?」

 

 その問いに、時臣は死人みたいな顔色になった。

 

「そう……我を含めて、〝7騎のサーヴァント〟を捧げねば、叶うまいよ? なあ?」

 

 アーチャーの言葉。

 

 それの意味することを、理解して場にいる一同が瞠目した。

 

 

 時臣の願い。

 

 

 根源への到達。

 

 

 これをかなえることは、最後にはアーチャーを犠牲にすることなのだ。

 

 

「ふははははははははははははは!!!」

 

 

 激怒する。

 そういったあらかたの予想に反して、アーチャーは哄笑を発した。

 

「よいなあ!? よい顔をするではないか、時臣よ。つまらぬ男と思ったが、なかなかどうして……面白いことをたくらむではない

か」

 

 時臣は、何も答えられず絶句したままだ。

 

「ははは……まあ、それはそれで良しとして――だ。現状においては、どうなろうが、聖杯は完成せぬぞ?」

 

 

 

 は?

 

 

 

 意味の分からない言葉に、誰しもポカンとなる。

 アーチャーと、アサシンを除いて。

 

「貴様にはわかるであろう、蛇」

 

「あー、わかっちゃったのねえ……」

 

 困った困った、とアサシンは首を振る。

 

「お、王よ……そ、それはどのような意味で……」

 

 すがるように、時臣が言った。

 

「なに。簡単だ。サーヴァント2騎分、すなわちキャスターとバーサーカーの魔力を、この蛇が喰らい、使い潰したからなあ?」

 

 

「ああっ!?」

 

 

 アイリスフィールが口を覆い、悲鳴を発した。

 

 そうか、と白い美女は思う。

 

 ようやくわかった。

 なぜ2騎が敗退してなお、自分の中に魔力が注がれなかったのか。

 横から、この紫の蛇が横取りしていたからである。

 

「そ、そんな、バカな……?」

 

 あわあわと口を開閉させるウェイバー。

 

 それに、

 

「悩むまでもあるまい? 仮にも召喚不能なはずの神霊が形を成し、あれほどの威力を見せた。最強のサーヴァント、などという都合の良い話があるはずもなし。本来ならば、どうしようもないカスが呼ばれていたはずだ。なのに、強大なバーサーカーをたやすく(ほふ)った。そして今も――」

 

 と、アーチャーはアサシンを指して、

 

「この蛇が不釣りあいな力をなしているのを見ればな」

 

「ううぅ……」

 

 ウェイバーはうなった。

 

 雁夜と合体した時の、〇ワー〇ンジャーに出てきそうなサーヴァントも。

 そして、この紫の美女も。

 

 ふざけたステータスは変わらない。

 いや、今のアサシンは、魔力においては雁夜のそれを上まわってすらいるのだ。

 

 ――聖杯を形成するための魔力……その一部をそっくり使ってたわけか。そりゃアサシンクラスがバカみたいに強いはずだよ……。

 

「しかしまあ……蛇もこれ以上食うことはできまい。そんな真似をすれば、聖杯は完成せんからなあ?」

 

「そのようですわねえ、英雄王様」

 

 笑うあう怪物たち。

 

 しかし、笑いごとではすまない者もいる。

 

「なん……だと?」

 

 セイバーの顔が、絶望に曇る。

 切嗣も、アイリスフィールも表情をなくしていた。

 

「ちょいと待てアーチャーよ、ならばお前もまた聖杯を手にできんということだな?

 

「確かに。しかし、我は別にかまわん。失敗作、未完成品もまた、それはそれで愛でようもあるものだ」

 

「おぬしはそれでよいかもしれんがなあ……」

 

 ライダーはさて、困ったと顎をなでる。

 

「だが、雑種ども。希望がないわけでもないぞ?」

 

 そこでアーチャーは席を立ち、中央まで進み出てきた。

 

「我を形作る魔力は貴様らのものとは格が違う。軽く見ても貴様らの3騎分はあろう」

 

「な、なんだってーーーー!?」

 

 ウェイバーは目をむく。

 

「だが、逆を言えばだ。貴様らの誰であろうと我を倒さねば聖杯は手にできぬということよ」

 

「……ほう、さすがは最古の王だけのことはあるのう!?」

 

 ライダーは大げさに反応するが、

 

「だが、良いのか? 下手をすれば3対1ぞ? いや、3対2か?」

 

 と、ランサーに目をやりながら怖い顔で笑った。

 

「なんであれば、1対4でもかまわん」

 

 アーチャーは愉しそうに見返しながら、肩をゆする。

 

「……」

 

「――」

 

「ふむ…」

 

 その場に、熱気とも冷気ともつかないモノが満ち始める。

 呼吸を妨げるような、重苦しい空気。

 

「――マスター殺しを考えているか、溝鼠(どぶねずみ)…否、道化よ」

 

 不意にアーチャーは切嗣に数歩近づき、いたぶるように言った。

 

「……!」

 

 その前に立つセイバーを一瞥してから、

 

「なるほど。悪くない手だな。しかし、生憎だな。我には単独行動のスキルがある。新たなマスターを得ることは、難しくない」

 

 まさにその通りで。

 

 これがある意味、このサーヴァントの実に厄介な点だった。

 もっとも、こんなことを言われた時臣はたまったものではなかった。

 

「ふむ……不敬にも王を生贄にせんとした逆臣を切り捨てるのも、手段の一つだな」

 

 アーチャーは軽く両手を上げて、席に戻っていく。

 

「だが、それではつまらん。ここで宣言しよう。我がマスターを殺した陣営は、真っ先に潰す。手段を問わずなあ」

 

 どかり。と。

 アーチャーは席に座り直し、ハイクラスのシャンパンを瓶ごと手に取る。

 

「ま、そういうことだ。せいぜい小賢しい工夫をするがいい、雑種ども」

 

 

 かくして。

 

 

 

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬木でも、場末のバーだった。

 

 店構えはひっそりしたものだが、そろった酒は悪くない。

 

 蛇崩雁夜はひとり、適当なウィスキーを水割りで飲んでいた。

 バーテン……いや、マスターの腕が良いのか、うまい。

 

 ――こいつが飲めたのは、厄介ごとばかりの聖杯がらみで、唯一の救いかな。

 

「あの」

 

 心の中でつぶやく雁夜へ、マスターが声をかけたのは水割りを飲み終えた、ちょうどその時だった。

 

「なにか?」

 

「あちらのお客様からです」

 

 目の前にカクテルが出され、

 

「……」

 

 見ると、紫の美女が微笑んでいた。

 

「あんたかい」

 

「隣、よろしいかしら?」

 

「はあ、まあ。ご自由に……」

 

「――もうこの街を出たと思ったけど」

 

 アサシンは雁夜の隣に座りながら、グラスをなめる。

 背筋が震えつきそうなの色香だった。

 

「ちょっと呼び止められましてね」

 

「へえ? どんな女性かしら」

 

「生憎怖い男ですよ」

 

「ふふふふふ。怖い、ねえ?」

 

 少しの間、女――アサシンは黙って呑んでいた。

 次々に酒瓶を空にするが、ゆっくり味わっている印象だった。

 

 店内は、静かだった。

 古い映画音楽が流れ、時間の流れが遅く感じる。

 

 雰囲気は良かった。

 

 ――これで、このおっかないお姉ちゃんがいなきゃ最高だったんだがな……。

 

 雁夜がひそかに苦笑していると――

 

 新たな客が入ってきた。

 

「待たせたな」

 

 豪奢な雰囲気の美男子が、我が家のような顔で席に座る。

 無造作な仕草だったが、不思議と気品があった。

 

 ――アーチャー……。

 

 自分を引き留めたこの英霊に、雁夜はゾッとしない気分だ。

 

 ――脳みそを持った水爆と並んでる気分だよ……。

 

 実際、危険性はそれに近いかもしれない。

 そして、アーチャーは一人ではなかった。

 

 遠坂時臣。

 

 雁夜にとって――かつて、恋敵でもあった男。

 いや、思えばただの横恋慕でもあったのか。

 

 妙な気分だった。

 

 自分がひどく落ち着き、むしろ冷めていることに雁夜は驚いた。

 何も知らない、赤の他人みたいな印象。

 

「さて……つもる話もあるのだろう? ゆっくり話すがいい」

 

 アーチャーは後ろのボックス席を指した。

 

「はあ」

 

 別に、そんなものはない。

 

 雁夜として正直迷惑な押し付けではある。

 しかし、逆らえる状況でもなかった。

 

 男二人が、相対しながら飲む。

 だがそこにあるのは、ひどくしらけた空気だけだった。

 

「――拝み屋になったそうだな」

 

「まあね」

 

「……間桐の臓硯翁が亡くなったと聞いた」

 

「ああ。大往生だったんじゃないのかね、いい歳だったし」

 

 言ってから雁夜は吹き出しそうになる。

 

 

 いい年どころではない。

 

 

 すでに何百年も生きている妖怪だった。

 

「なぜ、間桐を継がなかった?」

 

「ん?」

 

 雁夜は反応しながら、時臣が何か【処置】をしたのに気づく。

 他人に聞かせたなくことも話すつもりか。

 

「それだけのモノを身に着けられるなら、魔師としても相応のものにはなれたはずだ」

 

「ちょいと違うなあ。俺は蛇崩の、臨獣蛇龍拳だから、この程度にはなれたんだよ。間桐にいても、まあせいぜい三流どまりだな。知ってるだろう、間桐はとっくに終わった家だったんだ――」

 

「それでも。魔術師の血統に生まれたのなら、相応の義務がある」

 

「ふうん」

 

 見たこともないような時臣の目に、雁夜は珍しいものを見た、と感じた。

 

「遠坂なら、そうなんだろうよ。だがうちは違う。根源だの、魔法だの、そんな御大層なものじゃあないんだよ。あったのは、年寄りの妄執……いやあ、未練だな、ありゃあ」

 

 雁夜は皮肉に笑って、グラスに酒を注いだ。

 

 時臣は、黙っている――

 

 

 

 

 夜の酒場で、まだ魔道たちの会話は続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









解説屋……ではない、名探偵ギルガメッシュ!!




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