「禅城葵のことは忘れろ。そうすればお前は強くなる」   作:らくべえ09

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七章  雁夜と時臣 酒席に語り合い、英霊たち合戦開始の図

 

 

 

 

「あのじいさんが興味があったのは、自分が長生きすること。そんだけだよ」

 

「……」

 

 微かに、時臣の表情が揺らいだのを雁夜は見た。

 が、気づかないふりをしながら、グラスを傾ける。

 

「……だが、それでも」

 

「まあ、不老長寿? いや、不老不死か? それも魔法といやあ魔法だけどさ」

 

「ああ。そうだ」

 

 どこか自分に言い聞かせるように、時臣はうなずく。

 

「――バカな人ねえ?」

 

 音もなく。

 

 グラスを持ったアサシンが、断りにも雁夜の隣に座った。

 そして、勝手にテーブルの酒を自分のグラスに注ぐ。

 

「あの蟲に、魔道を子孫に……少なくとも、あの子に伝える気なんかなかったわよ?」

 

「――なに」

 

 時臣の表情が凍った。

 

「アレの本体は、我がマスター……間桐桜の心臓に寄生してた。おかげで、こっちは効率よく食べることができたんだけど。ま、その時にアレの記憶とか色々知ったの」

 

「どうして、そんなことを……」

 

「できるだけ安全な場所に隠す、って判断かしら。ま、無駄だったんけどね」

 

 

 くすくすくす。

 

 

 アサシンは愉快そうに笑う。

 

「………それが、事実だという保証はない」

 

「そうねえ。あなたを揺さぶるための嘘かもしれない。でも、本当かもしれない……」

 

「……あんたね」

 

 雁夜はアサシンを抑えるように身を乗り出しながら、

 

「そんなに不安なら、好きなだけ調べればいいだろう?」

 

 ゆっくりと、噛んで含めるように時臣へ言った。

 

「どういう意味だね……?」

 

「そのまんまの意味さ。臓硯の死んだ今、間桐はほとんど無防備状態だ。同じ御三家として、顔を出しても不自然じゃあない。それに、あのじぃさん表向きは街の名士でもあったからな。同じく旧家で名家の遠坂が首つっこんでも文句は出ないさ。というか、文句をつけられるヤツはもういない」

 

「……」

 

「間桐が遠坂の保護下……になってもいいじゃないのかねえ?」

 

「本気かね?」

 

 どこか感情の見えない眼つきで、遠坂時臣は訊ねる。

 

「俺にとっては、どうでもいい話だからな」

 

「……」

 

「まあ、そういうことだ」

 

 言ってから雁夜は顔を上げ、

 

「マスター、少し食いでのあるツマミない? 小腹がすいたんだ」

 

「ビーフシチューなどいかがでしょう?」

 

「いいねえ」

 

「マスター、こっちにもお願い」

 

 アサシンも手をあげた。

 

「きみ……」

 

「なんだい。落伍者のロクデナシにまだ話すことあるの?」

 

 やや嫌味がかった雁夜の言葉に、時臣は鼻白んだ。

 

「――ない」

 

「ああ、そう」

 

「失礼する」

 

 怒ったような顔で時臣は立ち上がり、カウンターに高額紙幣を数枚置いた。

 

「あの、遠坂さん、こんなに……」

 

 マスターは困った顔をするが、

 

「おつりはけっこう。今夜の支払いは、うちへ請求してください」

 

 時臣は実に形の良い仕草で一礼した。

 

「先に帰るか?」

 

 そこへ、アーチャーはグラスを持ったまま、言った。

 

「は。申し訳ありません、少々雑事が……」

 

「かまわぬ。好きにするがよかろう」

 

 カラン、と。

 

 赤い背広の魔術師は、去った。

 

 

 

「……うん。すげえ美味い。浅草で食ったやつを思い出すな。カクテルだけじゃなくって、こっちもいけるんだねマスター」

 

 雁夜はビーフシチューを堪能していた。

 

「そういや、マスター。時臣…・・・いや、遠坂の旦那だけど、よくこの店来るの?」

 

「ええ。おひとりで時々。雰囲気が良いとほめてくださりまして」

 

「へえ……。なるほど、確かにシックで上品だもんなあ。なのに、肩ひじはった感じがしない。いい店だよ」

 

「恐れ入ります」

 

「――しかし、あの旦那がねえ」

 

 ひとり酒場で背中を丸める遠坂時臣。

 なんだかひどくおかしなものを想像したように、雁夜は不思議な気持ちとなった。

 

「実はねえ、マスター。俺この街の生まれでさ? あの旦那ともまあ昔なじみ? みたいなもんなのよ」

 

「はあ、なるほど」

 

「あんまり驚かないねえ」

 

「失礼しました。いえ、お言葉に何かここらの方言があったような気がしたもんですから」

 

「ひゃあ。すごいね、マスター」

 

 雁夜は愉快な気分で笑い、また飲む。

 

「……ついでに、これも話しちゃおうかな? いや俺さ、実はあの旦那の奥さん好きだったの。ガキの頃の話だよ? 年上の幼馴染でさ、憧れのお姉さんっての? いやー、でもガキながら本気だったなあ……。告白する度胸もなかったけど。当たっても砕けてたのは確実だろうね。多分だけど、奥さん昔からあの旦那に惚れてたと思うわけ。そうすると、俺って完璧な横恋慕だな。ははは、まったく情けないねえ」

 

「誰にだって同じような思い出はありますよ」

 

「だといいけど。いや、いいのかねえ、ほんとに」

 

 そんな雁夜たちの会話を、サーヴァントたちは無言で聞いている。

 いや、酒の肴にしているのか。

 

「ま、俺も無駄に年だけ食っちゃったわけなんだが……。ねえ、マスター? マスターはさ、初恋の相手に再会した経験とか、ある?

 

「さて、悲しいかな、そういうロマンチックな経験は……。できるなら、してみたいですが」

 

「そうかい」

 

 雁夜はまた飲み、バーの天井を見上げた。

 

「俺もねえ、少し前にあの人……初恋だった奥さんに会ったんだが――あい変わらずきれいだったよ。でもねえ、それだけだった」

 

「それだけだった?」

 

「悲しいとも嬉しいとも、つらいとも寂しいとも。特に何も感じなかったよ。知り合いに会った。それだけのことでしかなかった」

 

「ははあ…」

 

「別に、今さら人妻に道ならぬナニナニというわけじゃないし、なったら困るんだが。自分の中にある過去も思い出も、みんな死んじまったような気がするよ。それで嫌だとか哀しいってわけもない。ああ、そうか。ってだけ。虚しいもんさ」

 

 

「――ウルトラマン」

 

 

「は?」

 

 いきなり妙な単語を口にしたマスターに、雁夜はキョトンとなる。

 

「ウルトラマンタロウ。ご存じですか? 昔、テレビでやってた巨大ヒーローものなんですけど」

 

「…ああ、まあそんなのがあったのは、知ってる? けど」

「その中にね、確かこんな台詞があったんですよ――」

 

 

 

 人間誰しも、大事に取っておいた思い出に別れを告げなきゃならない事があるんだ。そんな風にして男は成長していくんだから。

 

 

 

「……名言だねえ」

 

 雁夜は目を閉じてつぶやいたが、

 

「ひょっとすると、俺もそのタロウ? どっかで見たことあるのかもしれないな。なんとなく、聞き覚えがあるような」

 

 そう。

 

 確かにどこかで聞いた、と雁夜は思う。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 時臣が場を辞してしばらくした後――

 

 入れ替わるように、アーチャーが雁夜の正面へ座った。

 

「貴様もなかなか面白い道化ぶりよなあ、毒蛇」

 

「昔、中世の道化ってのは王様に無礼なことを言っても許されたそうですが……。そういうのは荷が重いですな」

 

「くくくくく。別に諫言せよなどとは言わぬ。貴様には観客として特別席を用意してやろうというのだ」

 

「……それだけですみますかねえ?」

 

「もちろん、違う」

 

「ははぁ」

 

「どうだ、毒蛇よ。貴様、時臣とやるつもりはないかな?」

 

「そりゃあ、つまり……」

 

「立ち合い。決闘。果し合い。呼び方はどうでもよい」

 

「そりゃあまた……魔術師同士は術比べ、技比べをするでしょうがねえ。あいにく自分は拝み屋でして。人間相手はちょっと、専門外ですなあ」

 

「ぬかせ。いつの世も人を呪う者は人よ。拝み屋とはすなわち、人の闇と戦うものであろう」

 

「……」

 

 言われて、雁夜は肯定するしかない。

 

 

 いつか。

 

 

 同業の男も、そんなことを言っていたように思う。

 

 

 九十九乱蔵。

 

 〝祟られ屋〟。ミスター仙人などの異名を持つ、巨躯の男。

 

 

「毒を以て毒を制す。魔を以て魔を殺す。貴様の宿運とは、そのようなものだ」 

 

「遠坂時臣は、人間ですがね」

 

「そう、人間(ひと)だ。しかしながら、魔道の技を身につけ、その宿業と共に生きざる得ない、お前たちの言う【普通】とか【一般】とは大きく離れた人間だ。そして、貴様もなあ」

 

「……おっしゃりとおりで」

 

「また。貴様にその気がなくとも、向こうがやる気ならば。嫌でも応じざるえまい」

 

「おっかない話ですね」

 

 アーチャーの、イタズラをする子供のような視線に、雁夜は首をすくめた。

 

「でもまあ、それもおっしゃるとおりで」

 

 

 やる――となれば。

 

 

 そうなれば、ただ全力で相手を叩き潰すだけだ。

 

 雁夜の中で毒蛇が鎌首を持ち上げ、呼気を吐いた。

 

 

 

 

 

「――馬鹿な……」

 

 遠坂時臣は、家訓である優雅さをかなぐり捨て、苦渋の表情だった。

 

 葬儀の準備でゴタゴタしている間桐邸。

 

 深夜に有無を言わさずに訪問した彼の知ったもの――

 

 魔道の修業は過酷なるもの。

 自らの経験則でそう理解はしていた。

 

 だが。

 

 間桐に保存された魔術書、記録の数々。

 これらは深く読み進めるほどに時臣を絶望させた。

 

 生きながら蟲に喰われる地獄のような苦行。

 それはいい。

 

 形は違えど、遠坂とて魔道の修業は血を吐くような日々だった。

 

 しかしながら。

 

 桜に施されたであろう〝処置〟は、魔術師になるためのものではない。

 あくまで、間桐の血を存続させるための胎盤でしかなかった。

 

 記録が、歴史が、文書が、それを確信させた。

 

 ある意味で、母である葵と同じ役割を担わされたのであろう。

 しかし、そんなものは時臣の望むものではない。

 

 

 謀られた。

 

 

 屈辱と絶望が、時臣にのしかかり押しつぶそうとしている。

 

 ――アサシン。

 

 今、桜の体を乗っ取っているであろうサーヴァント。

 

 何とかして、桜をとり返さねば。

 

 

 そのあとは、

 

 

 ――どうする。

 

 やるべきことは、決まっている。

 

 もう一度、今度こそしかるべき家へ養子に出す。

 

 そうせねばならない。

 だが、間桐の魔術で肉体を弄り回された彼女に、引き取り手があるのか。

 

「くっ……」

 

 膝を崩した時臣は、悔しさを滲ませて床に拳を叩きつけた。

 

 

「無様なものねえ」

 

 

 嘲笑が響いた。

 

 振り返る。

 

 

 そこには、紫の美女――アサシンが立っていた。

 

 

 いつの間に。

 

 ――否。そんなことよりも。

 

「言いたいことを当てましょうか? 〝桜から離れろ〟かしら?」

 

「ならば、話は早い」

 

 時臣は立ち上がる。

 目に、暗く激しい炎が宿っていた。

 

「ん。まあそれ自体はいいでしょ。私も、この子を傷つけるのは本意ではないから」

 

 アサシンの反応は意外なものだった。

 

 ――いや、そうではないか。

 

 思い返せば、アサシンの言動はどこか桜を気にかけていたようだった。

 

 ――しかし、何故。

 

 このアサシンは、マスターに合わせて姿を、ありかたを変える。

 ちょうど、マスターが自分に近しい英霊を召喚するように、だ。

 

 ずぶり。

 

 いきなり、アサシンは自分の腹に手を突っ込んだ。

 それから幾すじかの髪の毛を取り出す。

 

 桜と、同じ色の。

 

 いや、おそらくは桜自身の髪なのだろう。

 同時に、アサシンの中から小さな少女がゆっくりと現れた。

 

「桜……!」

 

 思わず駆け寄った時臣に、アサシンは静かに桜を渡す。

 

「これで、現界できる時間は限られてしまった。でも、戦いを降りる気もない」

 

 桜の髪の毛を手の中で弄びながら、独り言のようにアサシンは言う。

 

「令呪を奪おう、なんて考えはやめておくことね」

 

 桜の右手へ触れかけた時臣へ、アサシンは冷たく言った。

 

 しゅうううう……。

 

 と。

 

 蛇の呼気に似た音と共に、桜の令呪から魔力が噴き出す。

 

 ――これは……!?

 

「迂闊なことをすれば、肉が腐り、骨の髄まで侵されるわよ?」

 

「毒か……」

 

「蛇だもの」

 

 

 くすくすくす。

 

 

 アサシンは笑う。

 

「あいにくと、この姿と心が気に入っているの。それに――」

 

 

 私はお前が嫌いだ。

 

 

 そう言い残して、アサシンは消えた。

 

 

 

 

 

 翌日――深夜。

 

 

 アインツベルンの森。

 その深部に建造された、アインツベルン城。

 

 中庭で複数の影集まっている。

 

 ライダー陣営。アサシン。そして、セイバー陣営。

 セイバー陣営は久宇舞弥をのぞく3人がそこにいた。

 

「まあ、結局のところだ」

 

 ライダーこと征服王イスカンダルが太い腕を組み、一同を見まわした。

 

「あのアーチャーを倒すには、それぞれの陣営が孤軍奮闘しても無理がある……ということだわな」

 

「一体何を持ち出してくるかわからないしねえ、あいつ」

 

 アサシンは肩をすくめて、

 

「ライダーの戦車と同類、いえ上位になる宝具を持ってるかもしれない――なにしろ、この世のあらゆる宝を手にしたとも言われてる傑物だから」

 

「……それに、向こうにはランサーもいる」

 

「ありゃあ厄介だわな」

 

 ウェイバーが戦慄しながらつぶやいた。

 

 あの美しいが、刃物のような幽鬼のような眼差しを思い出したのだ。

 ライダーはどこか愉しそうに笑って、

 

「完璧に覚悟が決まっておるわ。名誉も保身も考えん相手というのは、実に面倒なものよ。ただひたすらにこっちを討とうとしてくるでなあ」

 

「ランサーは、私が倒す」

 

 セイバーが強い意志をこめた瞳で請け負った。

 

「とすれば、おぬしと余のコンビか……」

 

「……言峰が来た。ランサーも一緒だ」

 

 不意に、切嗣が片耳に手を当て、言った。

 イヤホンから舞弥の連絡が来たのである。

 

「そいつらは、お前に任せよう。余らは……」

 

 と、ライダーが首を持ち上げた方向には、

 

「……なんだ、あれ!?」

 

 ウェイバーも目撃し、叫んだ原因。

 

 それは光のように輝く飛行物体だった。

 

 

 天翔ける王の御座(ヴィマーナ)

 

 

「やれやれだわ」

 

 アサシンはニタリと微笑み、ふわりと浮き上がった。

 

 その背中に、黄金の翼が広がる。

 長い紫の髪……その先端から無数の毒蛇が牙をむき出す。

 

「ゴルゴーン……」

 

 アイリスフィールのつぶやきに、アサシンはチラリと微笑を返し、飛び立った。

 

「では、()くか!!」

 

 アサシンと並んで、ライダーの戦車が疾走する。

 

 

 

 戦いが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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