「禅城葵のことは忘れろ。そうすればお前は強くなる」 作:らくべえ09
ライダーとアサシンがアーチャーへと向かっていく頃。
「……では、やろうか」
「応」
セイバーとランサーも、それぞれ得物を構えていた。
ランサーは腰を低くして、だらりと槍を持つ両腕を下げている。
一見、無防備にも見えた。
しかし、その内実が狙いを定める肉食獣のごときものであること。
セイバーはそれを察知している。
びりびり、と。
両戦士の殺気がぶつかりあう。
「セイバーよ」
不意に、ランサーが言った。
「手加減はいるか?」
「なに?」
「花のような
「――安い挑発だな」
「効かぬか」
「その
「なるほど、そうらしい」
ランサーは苦笑し、わずかに視線を落とした。
セイバーは動かない。
ランサーも動かなかった。
遠くで、ライダーたちの檄の声が響いている。
ふわりと、木の葉が小さく舞った。
刹那。
全くのノーモーションから、ランサーの一撃がセイバーへ放たれた。
セイバーは直感をひらめかせ、最小の動きで回避する。
ひと呼吸。
その合間さえなく。
ランサーの槍が悪鬼のようにセイバーを襲い続けた。
一撃でも受ければ、良くて戦闘不能、悪ければ即死する。
そういうレベルのものだった。
――速い。
――迷いがない。
――なんという戦士か。
――ディルムッド・オディナ。
――無私の決意。
――これほどまでとは。
ぞくりと、氷のような恐怖と稲妻のような敬意がセイバーの胸にうずいた。
何もいらない。
ただこの戦いに己の全存在を燃焼しつくす。
ランサーの戦い方はそういうものだった。
王であるなら。
民を守り、救うべき者なら。
そのような立場にない者だからこそ、できる戦い。
眩しい。
同時に悲しくもあり、羨ましくもあった。
――後も先もなく、この一瞬に全てを捧げるような戦いなど。
自分にはできない。
――いや、するべきではないのだ。
――否。否。そんなことを考える余裕などない。今はこの男を、是が非でも討たねばならない。
――だがそんな無意味なことを、私は考えて……。
思考が錯綜しかけながらも、戦士として英雄として歩んだ記憶と経験。
それは戦闘を最適化させていき、相手の隙を、急所を狙う。
無数の打ち合いを経て、セイバーの剣がランサーの腹をえぐった。
ごぼり。
絶世の美男子。
その甘い言葉の似あいそうな唇から、血の塊が吐き出された。
それでも、ランサーの動きは緩まない。
魔力を、命を、流し続けながら、男の動きはさらに増していくようだった。
――ランサー!!
そう叫びそうになりながら、セイバーの刃は
「おおおおおお!!」
だが、ランサーの顔には驚きも苦痛も浮かばない。
どうでもいい。
そう宣言するように、残る槍と腕でセイバーを狙う。
セイバーはかわしざま、ランサーのもう片方の腕を切って落とした。
槍を、両腕を失い――
セイバーという最優のサーヴァントを相手に、勝ち筋はなかった。
――よく戦った。
セイバー……アルトリア・ペンドラゴンは心からそう思う。
――強かった。
――円卓の騎士と並べても、まったく遜色はあるまい。
――だからこそ。
情けは侮辱だと心得る。
最後のとどめを刺すべく、セイバーは剣を振るった。
ぞっ。
セイバーの頭に、小さな稲妻が悪寒を伴って走る。
危険を報せる〝直感〟。
みし、べき。
おかしな音が耳に響いた。
――な、んだ。
声がうまくでない。
ひゅーと、かすれた笛のような音。
ランサーが後ろにいる。
振り返ると、セイバーの視界はぐらりと揺らいだ。
ランサーは何かを地面に吐き捨てた。
赤黒い、小さな白いものがまじった塊。
それは地面に落ちた途端、魔力となって消えていく。
――ああ、そうか。そうだったな。
傾いていく視界の中、セイバーは思い出す。
――今のお前は、騎士ではなく、戦士だった。
そして、自覚した。
ランサーに、喉の半分以上を嚙み砕かれ、食い千切られたということを。
――不覚……!!
噛みつき。
セイバーが魔力の粒子となって消えた後、両腕を失ったランサーはただ夜空を見上げていた。
ぽたり。
血のしずくが落ちる。
言峰綺礼は、それが握りしめた自分の拳からだとようやく気付く。
怒りでも屈辱でもなく。
興奮と、羨望。
拳を固く握らせたのは、そういうものだった。
――なんという戦いか。
片時も、目が離せなかった。
――神々しい。
かつて目にしたどんなものよりも、尊く輝いて見えた。
血がたぎっていた。
聖職者としては忌むべきはずの、暴力への衝動。
拳を、蹴りを打ち込む相手が欲しかった。
そして自分へ反撃を返してくる相手が。
獣の臭い。
そんなものが香る相手が望ましい。
だが、今は――
ほう。
大きく息を吐きだし、綺礼は令呪をかざした。
「令呪を以て命じる。ランサーよ、傷を癒し十全な状態となれ」
傷を回復させたランサーはハッとして、綺礼の前に膝をついた。
「見事だ。見事だった」
「もったいなきお言葉……しかし、主よ」
「む」
「お体に触りがあるのでは」
「ふふっ。そうだったな」
狂戦士のごときランサーの戦い。
そこで消費された魔力は、綺礼にも少なくない負荷をかけていた。
言われて自覚したが、かなりの消耗である。
「戦争だ。傷や苦痛、損害は避けられん」
綺礼にとって消耗した魔力なぞどうでもいいことだった。
――あのような闘いが見れたのだ。
この程度の代償は小銭ほどにもない。
本気でそう思えた。
「そんな……」
セイバーを形成していた魔力。
それが流れ込んでくるのを感じながら、アイリスフィールは絶望の声を絞り出す。
負けた。
最強の騎士であるはずのセイバーが、真っ向勝負で槍兵に負けたのである。
どちらが勝っても、まったくおかしくはなかった。
そのような戦いであった。
しかし、そんな理屈はまるで意味をなさない。
膝から崩れ落ち、白い美女はしばし放心状態となった。
一方で。
それどころではない男もいる。
言峰綺礼。
ランサーのマスターであり、自らを狙う危険人物。
先の酒宴で、その危険性がより明確になった。
片耳に手を当てる。
装着した通信機。
だが、片腕である久宇舞弥からの返答はない。
なにがあった。
だが、考える時間はない。
ランサーの後ろで、消耗した様子ながらも悠然と立つ言峰綺礼。
目が、あった。
とんとん。
綺礼が、指で自分の心臓を叩いて見せた。
――撃ってこい。
そう、目が語っている。
笑っていた。
仮に、自分が撃ち抜かれて死ぬ時も、笑っているのではないか。
そう思わせる笑みだった。
だが切嗣は動かなかった。
あからさまな誘いに乗るほど、愚かではない。
「これでいいのか?」
唐突に、綺礼が言った。
質問らしい。
「お前の聖杯戦争は、これでいいのかと聞いている」
「……何が言いたい」
「恒久的世界平和。聖杯でかなうかどうかはいざ知らず。諦めきれるのか?」
できるわけがない。
もはや、引き返すには罪を犯しすぎた。
「ランサーはセイバーに勝った。サーヴァントとの戦いは、我が勝利だ。しかし……まだ私とお前の戦いは終わっていない」
「……」
「奪ってみるか? この令呪を」
右手を突き出し、綺礼は言った。
それは悪魔の誘惑にも思える、甘美な誘いだった。
聖杯戦争を再開するためにも。
やるべき理想を実現化するためにも。
是が非でも。
令呪は必要だった。
だが、危険な賭けである。
この男に、言峰綺礼に、
――勝てるか?
そういう確信はない。
今さら命が惜しいなどとは言わない。
しかし、失敗――敗北という結果は絶対に避けたかった。
――どうする……
切嗣は、答えを出せなかった。
その時。
なにか、魔力の塊として言えない何かが、中空を走った。
「…!?」
綺礼も、それに意識を奪われたようだ。
「――あれは」
紫の、蛇。
否。
――令呪!? どういうことだ!?
サーヴァントを縛るはずのものが、自律的に動き、飛び回る。
ありえない。
だが、そのありえないことが起こっている。
信じらぬものながら、その正体を確信した男は――
遠くからライダーとアサシン、そしてアーチャーの派手な空中戦。
それを見上げながら雁夜は嘆息していた。
近くには、自分が気絶させた女が倒れている。
――衛宮切嗣の部下……だったか。
名前も知らないが、裏家業の人間であることは確かだろう。
別に、最初から関わる気などなかったが。
雁夜の接近に気付いた女が銃口を向け、それに対処した結果だった。
銃器には実弾が入っている。
それは確実だった。
となれば、そんなものを向けた相手は、問答無用で殺すべきだ。
少なくとも――
師である蛇崩保憲の教えではそのように言われている。
死んではいないが、骨くらいは折れただろう。
ならば、後はとどめを刺すだけのことである。
別に躊躇する理由は、ない。
この女に対しては義理も人情も、欠片もないのだ。
――殺そうとしたんだ、殺されても文句はなかろうさ。
ゆっくりと、女に拳を向けた時。
「…!?」
どこかおぼえのある、ゾッとするような気配。
それを感じて雁夜は身を伏せた。
空中を、何か細長いものがうねり、疾走していく。
――蛇?
紫に淡く光る毒蛇が、中空を泳いでいく。
――あいつぁ、アサシン……? いや、令呪???
まさか、聖杯戦争の令呪とやらは勝手に動き回ったりするものなのか。
関係者が聞けば、卒倒しそうなことを雁夜は思う。
その直後だった。
おびただしい魔力の奔流。
津波のようなその衝撃が走ったと同時に、空中で戦うサーヴァントたちが消えた。
――いや、これは。
どこかに、潜んでいる?
しかし、どこに。
驚きながら、雁夜は師から聞いたあることを思い出した。
固有結界。
術者の心象風景を現実に侵食させるというものであったか。
魔術協会が禁忌としている、らしい。
元より、退魔士……拝み屋である雁夜には詳細などわからぬ。
魔法に近いというその超常の術。
あるいは、英霊――サーヴァントなら可能な者もいて、
――おかしくは、ないか。
どこまでも――
広がる砂漠と荒野だった。
晴れ渡った青空の下に、無数の戦士が軍団となって並んでいる。
ライダー最大の宝具。
征服王と呼ばれる巨躯の男は、そう呼んでいた。
「面白い!!」
アーチャーは笑い、自慢の財宝を展開した。
何か、小さな玩具のようなもの。
だがそれは空へ飛ぶと同時に、巨大なクジラのようになった。
クジラ。
形状ばかりではない、そのばかげたサイズもクジラのようだ。
古代中国の道士が操った
より正確には、その原典といえるもの。
花狐貂はその巨大な口を開き、戦士の群れへと襲いかかっていった。
無数の槍や矢が飛ぶ。
だが、生ける
瞬く間に数百の戦士たちが、なすすべもなく喰われていった。
「なんとまあ……」
飛びながらその光景を見るアサシンは、感心したように肩をすくめる。
最初から反則なサーヴァントではあったが、まさかこんなものまで持っているとは。
巨大な人食いクジラ。
並のサーヴァントでは歯が立つわけもなく、いたずらに犠牲が増えるばかりだ。
「こりゃあまた……! えらいものを出してきおったわい!!」
ライダーが獰猛な笑みを浮かべ、戦陣を組みなおしている。
やりようによっては、この化け物にも対処はできるのだろう。
軍勢の中には、魔術に長けたものもいるようだ。
だが、兵士がどんどん喰われているのにアーチャーは無傷。
いや――さらに。
「そうら、これもくれてやる!!」
何かが、また飛び出す。
「あれは……」
獰猛な巨躯の犬だった。
犬と言うより狼というほうが似合うかもしれない。
花狐貂ほどではないが、恐ろしく巨大だ。
首が3つある。尾は毒のある大蛇。
「ケルベロス……!」
神話に伝わっている、冥府の番犬とされる古代ギリシャの怪物。
さしずめ。
ギリシャ最強の英雄・ヘラクレスがライダーとして召喚されれば、その乗り物として宝具となるのかもしれない。
――面白い。
ニタリ。
アサシンは微笑んだ。
地獄の番犬の前に降り立ち、まっすぐに見据える。
怪物ながら、美しい女の顔が、歪む。
毒蛇のように。
その双眸が燐光をまとって輝いた。
石化の魔眼。
神話の時代、多くのものの事件を永遠に凍結させた邪眼だった。
魔性の視線を受けたケルベロスは身をよじり、固まり、石と化した。
あのまま暴れれば、甚大な被害をもたらしていただろう。
「小癪だな、蛇め」
見下ろすアーチャーがせせら笑った。
「なら、これはどう逃げる!!」
放たれるのは、無数の武具。
それも蛇殺しの逸話を持つ宝具の雨だった。
翼を使い、かわしていくが一撃でも受ければ致命的だった。
特に、今は。
――時間がない。
マスターから離れた今は、マスターの触媒を得ていても魔力は限られてくる。
ならば。
ほんの一瞬、アサシンは意識を遠くへ飛ばす。
桜の令呪。
サーヴァントとしてのアサシンを形作る大元と言えるもの。
が。
「!?」
何かが、変わった。
ぱらり、と。
触媒で少女の髪が落ちていく。
アサシンの、ゴルゴーンを形作るものが胡乱になっていく。
混沌へと移ろっていくのだ。
何者かが、令呪を奪った。
ゴルゴーンとしての意識が混沌に霧散していく中で――
アサシンは、新たなマスターの情報を朧げに把握する。
エミヤキリツグ。
「愚か者」
猛毒の蛇に手を伸ばした男に対して、ゴルゴーンは最後に嘲笑を送った。
……――
私は、毒蛇である。
私は、人に恐れられ、人に牙むくものである。
私は、ゴルゴーンである。
私は、ラムトンのワームである。
ワタシは、ヤトノカミである。
ワタシは、ラドゥーンである。
ワタシは、化蛇である。
ワタシは、ノヅチである。
ワタシは、エキドナである。
ワタシは、オオモノヌシである。
ワタシは、デルピュネである。
ワタシは、ラミア―である。
ワタシは、ヤマタノオロチである。
ワタシは、女媧である。
ワタシは、ヴリトラである。
ワタシは、リヴァイアサンである。
ワタシは、
ワタシは、
ワタシは、
ワ タ シ は 、
………。
巨大な怪物の叫びが、結界の中へ響いた。