八咫ノ忘レ戌   作:いーるるーい

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2ワン

 世の中何が起きるか分からない。

 双子を背中に引っ付けて、犬飼丈瑠は木のニオイを嗅いでみる。

 

 あの時、黒スーツの集団と共にその場の現場責任者には上からの命令が下されていた。

 これは夏油の連絡から、彼の担任である夜蛾正道の手によって裏工作が行われた結果によるもの。

 あれよあれよという間に、三人は保護の名目の下黒塗りの車へと誘導され、東京のとある場所まで連れて来られる事になった。

 

「見慣れないかい?」

 

「寺に入った事無いんで」

 

 声を掛けてくるのは、現地から同行している夏油だ。因みに、車内で一応自己紹介は互いに済ませている。

 

「夏油さんは、ここに住んでるのか?……あ、ですか?」

 

「敬語は無くて良いよ。そうだね……丈瑠、ここはそもそも寺じゃないんだ」

 

「?」

 

 首を傾げる丈瑠の様子は、年相応のあどけなさがある。

 精神的な疲れが少し癒されるような気がして、夏油は笑みを浮かべた。

 

「ここは、呪術高等専門学校。日本には、ここ(東京)と京都にしかない、呪術師を養成するための専門学校さ」

 

「ほーん……?」

 

「まあ、君達みたいな特別な力を使える人間が通う所、かな」

 

 いまいちピンと来ていない丈瑠に、夏油は改めて前を見た。

 すると、視線の先に見慣れた白髪頭と、未成年喫煙をする同期の姿を見つける。

 

「悟、硝子」

 

 片手を挙げれば二人が近づいてきた。

 

「遅かったじゃん、傑。つか、そっちの………うん?」

 

「積もる話もあるけど、先に硝子」

 

「なに?」

 

「二人を診てくれないかな。その……色々とあったからね」

 

 固まった白髪頭を放っておいて、咥えていた煙草を消した家入硝子はゆっくりと膝を曲げてしゃがみ込む。

 僅かな怯えを滲ませて丈瑠の背に隠れる美々子と菜々子。その小さな体には一応の手当てを施された痕が残っており、痛々しい。

 代わりに一歩前に出たのは、丈瑠だった。

 

「初めまして。犬飼丈瑠です」

 

「ん、初めまして。君は、怪我してないみたいじゃん」

 

「お医者さんですか?」

 

「まあ、似たようなもんかな」

 

 丈瑠の黒曜石の様に深い黒の瞳が、じっと家入の瞳へと向けられる。

 時間にすれば数秒だが、不意に視線が切られた。

 

「美々子、菜々子。行っておいで」

 

「……やだ」

 

「たけるは……?」

 

「オレは怪我してないからね。二人も、ずっと痛いのは嫌でしょ?」

 

「「…………」」

 

「大丈夫。何かあったら、直ぐに行くから」

 

「ほんと?」

 

「ぜったい……?」

 

「うん、絶対」

 

 念を押せば、双子は互いに顔を見合わせた。

 少なくとも、この場に至るまで彼女たちに危害を加えようとする者はいなかった。それどころか、優しく声を掛けてもらい、傷を治療してもらい、美味しいものも貰えた。

 何より、自分たちのヒーローが絶対に助けてくれるという安心感。

 

 家入と手を繋いで、双子は医務室の方へ。その途中途中で振り返ってくるあたり、まだまだ怖いものは怖いらしいが。

 同時に、サングラスをずらして目を見開いている白髪頭が再起動。

 

「傑、コレどこから拾ってきた訳?」

 

「人をこれ呼ばわりは良くないよ、悟。丈瑠は、あの双子と一緒にいたんだ…………何がそこまで気になるんだい?」

 

「こいつ、呪力量が俺より多いし。オマケに術式が気持ちワリィの」

 

「術式が?」

 

「おう。こいつの術式は、()()()()。んなの、俺も見た事ねぇよ」

 

 オエーッと舌を出す彼、五条悟の言葉に夏油は眉を顰める。

 話についていけないのは、話題の的である丈瑠の方だ。

 隣の夏油のシャツの裾を引く。

 

「術式って、なに?」

 

「ん?……ああ、そうか君は知らないのか」

 

 丈瑠の疑問に、納得したように夏油は頷いた。

 

「術式っていうのは、生まれつき体に刻まれた生得術式の事を言うんだ。これに、呪力を流す事で私たちは術を行使することが出来るんだよ」

 

「呪力は?」

 

「呪力は、呪術師の力そのもの。この力を捻出、コントロールできるのが呪術師。出来ないのがさ……非術師だね」

 

「さ……?」

 

「そこは気にしなくて良いかな」

 

「おい、ガキ。ちょっと、表に出ようぜ」

 

 曖昧に濁した夏油と変わる様にして、チンピラ感丸出しで五条がしゃがみ込んでくる。

 

「俺の目は、呪力や術式を視れんだけど。お前のはおかしい訳。で、面白そうだから表で確認しようって話」

 

「……そもそも、誰?」

 

「彼は、五条悟。私の同期だよ」

 

「ほれ行くぞ、ガキ」

 

 夏油の説明も知った事かと首根っこを掴んで、五条は丈瑠を持ち上げる。

 雑な様子だが、持ち上げられた当人は気にした様子もなくされるがままだ。

 流石にそんな扱いをするのは宜しくないだろう、と夏油の眉根が寄ったが五条は知ったこっちゃないと言わんばかりの様子で外へ。

 

 向かったのはグラウンド。

 呪術高専では体術の訓練も行われる。その為、四百メートルトラックなどもあり生徒数に対してかなり広かった。

 

「んじゃ、やれ」

 

「…………」

 

 傍若無人とも言える態度だが、それだけの力量が五条にはある。

 成人もしてない学生の身分ながらも、既に彼は最強だ。

 

(私とは、違う)

 

 どこまでも前を行く親友の背を見て、夏油の胸の内には苦いものが湧き上がってくる。

 しかし、明かさない胸の内まで察してくれ、というのは虫のいい話だ。

 

 そして、気付かな二人、もとい五条は下ろした丈瑠の前にしゃがみ込む。

 

「何するの?」

 

「だから、術式使えって言ってんの」

 

「どうやって?」

 

「お前、仮にも傑に任された任務だったんだから、1級並みの呪霊祓ってんだろ。その祓った時に使った力を使えって言ってんの」

 

「危ないから、嫌だ」

 

 アッサリと断った丈瑠に、五条の蟀谷に青筋が浮かぶ。

 どれだけ強かろうとも、彼の情緒は小学生なみ。癇癪持ち、とまではいわないが同期の家入からクズ一号と呼ばれているのは伊達ではないのだ。

 その手が、丈瑠の頬に伸びる。

 

あにふんの(なにすんの)

 

「生意気小僧にはお仕置きだ。おお、伸びる伸びる」

 

 スライムでも捏ねる様に丈瑠の頬が伸び縮み。

 小さな手が外そうと藻掻くも、力の差は如何ともしがたい訳で。結局、されるがままだ。

 流石にこのままでは話が進まないという事で、夏油が助け舟を出す。

 

「それじゃあ、何か的があればどうかな?」

 

まふぉ()……?」

 

「ん~……まあ、いっか。良い訳?傑。手駒が減るじゃん」

 

「本命の高い等級なら未だしも、雑魚殲滅用の奴なら幾らでも居るしね。それこそ、肉盾替わりの奴を使うし」

 

 そう言って、突き出された夏油の右腕。

 その掌から抜け出る様に現れるのは三メートル程の緑色をした幾つもの目がある肉の塊の様な巨体だった。

 目を見開く丈瑠だが、一方で五条はつまらなそうな顔。

 

「本当に雑魚じゃん。高く見積もっても3級程度」

 

「だから肉盾だって言っただろう?厚みは十分あるから、ある程度の壁にはなるんだって」

 

 立ち上がった五条と入れ替わるようにし、今度は夏油が膝を付く。

 丈瑠はというと、赤くなった頬を両手で撫でて持ち持ちしていた。

 

「この呪霊を的にしよう。それなら、出来るかな?」

 

「ん…呪霊って?」

 

「ああ、呪霊っていうのは………まあ、後で説明するよ。悟の機嫌が悪くなっちゃうからね」

 

 露骨に苛立っている五条に配慮して、始まった実験。

 二人はその場から少し離れ、丈瑠は夏油の設置した呪霊から数メートル離れた場所に立った。

 

「ヤッチン、牙」

 

 指さし呟いた瞬間、呪霊を中心とした空間が抉り取られたかのように一瞬の間に喰い千切られる。

 恐るべきは、その範囲と速度。地面は一メートル程抉れており、呪霊の巨体は元よりその周り数メートル範囲の地面が抉られているのだから。

 

「……傑」

 

「うん、呪霊は死んだよ。私の手持ちからも確かに外れた」

 

「ふーん」

 

 目を細める五条は気の無い返事を返しながら、その場に立ち尽くしている丈瑠の下へと足を進める。

 見上げてくる黒い瞳を真っ直ぐに見返した。

 

「お前のソレ、本来別物だろ?何で出さない訳?」

 

「危ないから」

 

「さっきも言ってたね。悟、丈瑠の術式って結局何なのさ」

 

「……コイツの術式は、生きてる。でも、術式としても成立してる」

 

「式神って事かな」

 

「ちげぇ。傑の呪霊操術とも違う。全く別のタイプ。さっきの呪霊殺した一撃も、単なる攻撃じゃない。ありゃ、噛み付きだ。空間ごと喰い千切ってる。で、本来ならその喰い千切ってる奴を表に出せる筈なんだけど」

 

「危ないからダメ」

 

「私たちが襲われるって事かな?」

 

「ソレもあるけど……ここだと、周りの建物が潰されるから」

 

 暗に、このグラウンドでは狭い、という言葉に夏油は周りを見渡した。

 先の通り、陸上の四百メートルトラックが用意されている程度にはこのグラウンドは広いのだ。

 にもかかわらず、ここでは狭いと彼は言う。

 

 果たして呼び出せる存在は一体、どれ程の大きさなのか。夏油には想像もつかなかった。

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