異星人の創った女性型アンドロイドに逆行転生或いは逆行憑依して歴史を変えるかも知れない話 作:片玉宗叱
―ユリウス暦一〇九八年、秋。蝦夷地ト・マクオマ・ナイ。
タケル一家の長男、リクは満一六歳となっていた。身長も高く、程よく筋肉質の身体に、まだ幼さは残るが精悍な顔立ちの美丈夫に成長していた。狩りも上手いし、気遣いも出来る。そして頭も良い。そんなリクは周辺コタンの娘達からは憧れの眼差しを向けられていた。
但し、
タケルが持ち帰った寒冷地向けの作物が広まるにつれてト・マクオマ・ナイ周辺のアイヌの民達の食生活は徐々に改善されて行った。食料に余裕が出来た事で、幼い子供達が採取の仕事の手伝いに出る機会が減っている。
「モシリにいちゃん、これでいいの?」
モシリとはリクのアイヌ名であり、アイヌの民達はタケルの子達をアイヌ名で呼んでいる。
「ああ、上手に書けたな。偉いぞ」
小枝を使い地面に書かれた少し変わったカタカナ文字を見て、リクはその子を褒める。リクは暇な時は子供達と遊びながら『文字』を教えていた。
「えへへ。もっと上手になったら、モシリにいちゃんのお嫁さんにしてくれる?」
「あっ! ずーるーいー! あたしがお嫁さんにしてもらうって先に言ってたんだからね!」
こんな調子でリクは、おませな幼女達に猛烈にモテていた。彼は困ったような笑みを浮かべる。
アイヌ民族は文字を持たず、全ては口伝で伝えられていた。そこでリクはアイヌ語にカタカナを当てはめ、五〇音表に無い音にはカタカナに特殊な記号を付けたり表記の仕方を工夫している。リクは彼らの言葉や伝承を文字として少しでも形を残せる様になったら良いなと思って子供達に教えている。
その日の終わりに、リクは彼の母親であるタケルと話をする。これは他の兄弟姉妹も同じだ。
「なあ、母さん。紙とか作らないのか?」
地面や砂に書いて子供達に教えているリクは少し不便を感じていた。
「あ〜紙かぁ。一応、インドに寄った時に足を伸ばしてミツマタは採取してはいるんだけど、寒冷地には向かなかったんだよね。ガンピとコウゾも帰りに日ノ本にこっそり寄って採取して来たけど、こっちもね……」
この時代、日ノ本にミツマタはまだ伝来していない。代わりにガンピやコウゾを使って紙が漉かれているのだが、やはりどちらも寒冷地での栽培は向いていない。蝦夷地でも繊維の取れる草木はあるのだから、これらが無くても多少は手順が煩雑で手間は掛かるだろうが、紙漉きは出来ないこともないだろうとは思う。
「あたしからも良い? やっぱり記録を残すのって大事だと思うのよね。それに私達って人間離れした記憶力はあるけど、お母さんと違って全部が頭の中で出来る訳じゃないし」
「わたしもお姉ちゃんに賛成!」
「アイデア出す時は書いた方が捗るよね」
「「そうでしょ? ホムラ」」
アマネの発言にシズクとフウカが同意し、更にシンクロしてホムラを巻き込む。
「ボクも姉ちゃんたちに賛成かな。図面は大事。でもってCADとか使えたら最高だと思う。モリト?」
次男のモリトが無言で挙手をしていたのを見てホムラが彼に話を振る。
「かあちゃんの『記憶』にあるパソコンが欲しい。表計算ソフトとかデータベースがあれば品種改良の記録と整理が楽」
なんか要望のハードルが段々と高くなって行くぞ。
「アマネ達もこう言ってるし。俺達って無駄に便利な道具の『記憶』があるからさ」
子供達の要望にタケルは苦笑する。現在、タケル達は家族一丸となって『シンタ』の次の船の計画を進めている。総トン数が『シンタ』の四倍以上、揚陸艇を収容出来るウェルドックを備え、人員五〇〇人以上と大型の家畜一〇〇頭を乗せても余裕で地球を一周出来る、速度三〇ノット以上を出せる、そして運用は少人数でも可能、そんな船だ。その中で子供達の役割も様々だ。
アマネは機織り機や水車等の作り方や使い方を人々に教えつつ、自らも女衆に混ざって機織りやら何やら女衆の仕事をやっている。家族の中では主に機械系の機構開発設計を担う。
リクは普段は男衆に混ざって狩りや農作業をしているが、人とのコミュニケーションに重きを置く調整型であり、頼られると彼方此方に足を運んでは与えられた『記憶』と『知識』を広く浅く使い相談を受けたり解決に動いたりする。家族の中では主にプロジェクト・マネージャ的な役割を担う。
シズクとフウカは普段から拠点に籠りがちだが、友達に誘われれば外に出かける。家族の中では主に電気電子関係と船舶の船体設計を担う。この双子は自分達で設計した船で世界を旅するのが目標なのだ。
モリトはサンゴリランのルイと一緒に有用植物の品種改良に勤しんでいる。最近やっとタケルが持ち帰ったテーブルビートの改良が進み、特に糖度が高かった品種から、より糖度を高めたサトウキビにも負けない程、糖を含む物が出来上がった。家族の中では主にバイオテクノロジー全般を担う。
ホムラは各コタンにある鍛冶場に
「そうだね。紙はまあアイヌの人達に植物繊維の取り出しと紙漉きを伝えて自分達で発展させて貰うとして、あなた達が使うツールか……」
タケルは割りと一人で何でも出来る万能工作機的な一面を持つ、故に子供達が使えるツール類に関しては失念していた。そんなタケルにリクからの提案が上がる。
「それなんだけどさ、マシニングセンター含めた各種製造装置を作るの、母さん一段落したでしょ? 余裕が出来たんならさ、ホムラが試作した単結晶シリコンのインゴッドとか化合物半導体を使って電気電子素子を作れないかな? 母さんってそれ系のエンジニアだったって『記憶』にあるよ?」
「あー、ね。そりゃ一応は設計出来るし、製造装置も主な物は出来上がっては来てるけど、クリーンルームも、レジストとかの薬品系や気相成長に使うガスとか洗浄設備とかまだだからね。外部記憶も……磁気じゃなくて不揮発性メモリーで良いのか。でもよしんばハードが出来てもソフトはOS含めて自分達で一から作るしかないよ?」
「俺達なら直接機械語で記述しても問題無いし。異星人の技術の中にも、こっちで落とし込めそうなのが結構あるし。でも、そうか。化学系がまだだったんだ」
「ねえねえ、ナノマシンで回路を作っちゃダメなの? わたしとシズクがお母さんに頼んで電子部品を作ってもらってるみたいに。それこそ家族でしか使わないんだもの」
フウカの提案に、タケルは待ったをかける。
「フウカの言う事ももっともなんだけどね、お母さんしか使えないし作れない、異星人のナノマシン技術の多用は後々で困る事になるんじゃないかな。そうお母さんは思うなぁ」
なんだかんだと意見の出し合いが行われて、自分達で当座使う物は、シリコン基板上に不純物や金属を含むナノマシンをタケルが配置して回路を構成させると言う手法を使う事になった。フォトレジストによるマスク作製や、化学的気相成長法(CVD)での拡散させる不純物析出を、不純物を含むナノマシンを配置する事で代替する。そして通常は表面の配線をアルミニウムを蒸着しエッチングする事で行うが、これは金を含んだ有機ナノマシンを配置し、熱処理で有機物を飛ばす事で行なった。贅沢である。
出来上がったのは所謂、SoC(システム・オン・チップ)と呼ばれる一チップに入出力装置を除くパソコンの機能を全部載せた物である。命令セットはRISCで、命令とデータのメモリが完全に分離されているハーバードアーキテクチャを採用。メモリのアクセスが高速なのでキャッシュメモリは無し、そしてマルチコア構成である。その為MMU(メモリ管理ユニット)は複雑化している。尚、グラフィックアクセラレーターや浮動小数点数演算ユニットは搭載されていない。それならシングルコアでアーキテクチャももっと単純な物でも良かったのでは? 軽く嫌がらせの気配がする。
表示器は液晶がまだ作れないので、LEDマトリクスを使った。これも不純物を含んだナノマシンを、RGB各色の微細なLEDがマトリクスを構成する様に配置して、熱処理を加える事で、一〇二四×七六八で一五インチ程度の大きさの物を作りあげた。解像度としてはショボいかも知れないが、実用にはなるだろう。
「で、プログラミングはどうするの? これ見て予想は出来るんだけどさ」
出来上がった物を見て、リクがタケルに聞いた。それはディスプレイとキーボードの横に、三二個×二列のトグル・スイッチとLEDが並んだ箱である。『STEP』とか『EXAMINE』とか『RESET』とか『GO/STOP』とか『OPCODE/DATA』なんて書かれたスイッチもある。見る人が見たら「昭和の自作マイコンとかミニコンかよ!」と突っ込むであろう。
「古来より最初はスイッチをパチパチしての二進数入力が基本でしょ」
「マジか……。って母さん、せめてモニタープログラムとか文字フォントとかはパターンROMにして載せておいてくれてても」
リクが文句を言うが、タケルはニヤニヤしながらにべもなく言い放つ。
「『直接機械語で記述しても問題無いし』ってドヤってたからね。ご希望に沿っていると思うけど? 頑張って基本部分から作りなさい。はい、これSoCの仕様ね。命令セットとかメモリ・マップとか制御レジスタとか諸々全部、書いておいたから」
それを見ていたモリトが、ぼそっと一言「かあちゃん、