カードファイト!! ヴァンガード StarSong 作:バビロン@VG
休憩の時間に入って――
「申し訳ございませんでしたー!!」
ミアのマネージャーが、深々と頭を下げた。
目の前のスタッフがしかめ面を浮かべる。
「本当、午後の部ではお願いしますよ!」
「はい! 私からもしっかり、言っておきますので!」
ぺこぺこと謝罪しているマネージャー。
その横で、ミアは自分の手を眺めている。
「まぁまぁ、イベント的にはちゃんと進んだんだから、いいじゃない。結果オーライってやつで」
軽い口調のミア。鋭い視線が向けられる。
「それはハル君が何度もフォローしてくれたからですよ! ミアさん、全然打ち合わせの流れに従ってくれなかったじゃないですかー!」
不満そうな声で詰め寄るマネージャー。
ミアが悪戯っぽく微笑んだ。
「私、歌以外の事はあんまり覚えられなくて~」
「都合のいい記憶喪失にならないで下さい!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てているマネージャー。
スタッフが大きくため息をついた。
「いずれにせよ、午後の時間にもう一度同じ内容のステージをやりますので。しっかりお願いしますよ」
「はいはーい。任せてー」
自信満々に頷いてみせるミア。
スタッフがますます心配そうに眉をひそめた。
首を振って、スタッフがその場から去っていく。
「ミアさん! 本当、お願いしますよ! せめてハル君には迷惑かけないでください!」
注意するように話すマネージャー。
ミアが「分かったよ~」と声を出す。
「ま、あの子は大丈夫でしょ。私よりもしっかりしてるし、カードの扱い方も上手いもん。アドリブにはちょっと弱そうだけど」
「そういう問題じゃ……!」
言葉を詰まらせるマネージャー。
やがて、諦めたようにその肩から力が抜けた。
「はぁ。せっかく、ハル君と同じイベントステージになれたというのに。これなら、私が代りたいくらいですよ」
「ふふ、私の代理でステージ立つ? マユっち?」
冗談めかして言うミア。
マユが首を振った。
「立ちません。そもそも、ミアさんって本当にヴァンガードやったことないんですか?」
「ないよー」
「そうなんですか? それにしては、カードの持ち方とかけっこう堂に入ってましたけど」
不思議そうな目を向けるマネージャー。
ミアが肩をすくめた。
「私ってほら、天才だから。仕方ないよね~」
はぐらかすように答えるミア。
マネージャーが反応に困ったように黙る。
ミアが立ち上がり、その場で伸びをした。
「じゃあ、次に備えて飲み物でも買ってくるよ~。じゃ、また後でね、マユっち~」
手を振るミア。
マネージャーが止める間もなく、控え室から出ていく。
「あっ、もう! ミアさんったら!」
マネージャーの声がその場に響いた。
眉を下げ、ため息をつくマネージャー。
通路を進んで――
「さーて、どれにしようかな~」
通路の先、奥まった場所。
並んだ自販機の前に、ミアが立った。
紫色の瞳が、自販機へと向く。
「コーンスープに、おしるこドリンク。なかなか冒険できるラインナップね。悩ましい……」
うーんと、口元に指を当てて悩んでいるミア。
いつになく真剣な表情がその顔に浮かぶ。
ふらふらと、その指が宙をさまよって――
「いい加減にしなさい!!」
突如として、怒りに満ちた声がその場に響いた。
「お?」と反応するミア。声のした方をそっと覗き見る。
誰もいない通路の行き止まりで――
「言い訳は聞きたくありません。結果が全てです」
足立ハルとスーツの女性が向き合い、話し込んでいた。
しゅんと、頭を下げているハル。落ち込んだ顔。
「ご、ごめんなさい……」
怯えたように、ハルが謝る。
ステージでの振舞いとは違う、年相応の姿。
翡翠色の目に、うっすらと涙が浮かんでいる。
「あの程度のアクシデントにうろたえているようでは、まだまだ一流とは言えません。不測の事態に備えてこその、俳優なのです」
「はい……」
「午後の部でも、お相手は変わらない予定です。しっかりと午前中の反省点を洗い出し、それを反映させたパフォーマンスを見せるように。いいですね?」
強い口調で言い聞かせている女性。
ハルが小さく「わかりました……」と答えた。
女性が腕を組み、頷く。
「期待しています。それでは休憩をとるように」
それだけ言い残し、背を向ける女性。
ツカツカと、ヒールの音を響かせてその場から離れる。
「……うぅっ」
いまだに怯えた様子のハル。
ぐすんと、その目に浮かんだ涙をぬぐう。
自販機の影から出て――
「やー、君!」
ミアが、明るい声を出した。
はっとなって、顔をあげるハル。
「あっ、えっと……」
おどおどとした様子のハル。
ミアがにっこりと微笑む。
「えーっと、たしか、何だっけ。ソラ君だっけ?」
「……ハルです」
「そうそう! ハル君だ!」
ぽんと手を叩くミア。
微笑みを浮かべたまま、頬をかく。
「いやー、私って人の名前覚えたりするの苦手で。本当、歌う以外は全然できなくて困っちゃうよね~」
笑い声をあげるミア。
ハルはどう反応していいか迷っている。
「あ、あの。僕、午後の準備があるので……」
目を伏せながら、そう話すハル。
そそくさとその場から離れようとする。
ミアがにやりと、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「ねぇ、ちょっと待って!」
呼び止めるミア。
ハルがびくりと身体を震わせ、振り返る。
「……はい?」
「ほら、これ見て!」
どこからか取り出した紫色のデッキケース。
その中の一枚を、ミアが掲げた。
歌を届けるために ロロネロル
ノーマルユニット 〈0〉 (ブースト)
リリカルモナステリオ - ワービースト
パワー6000 / シールド5000 / ☆1
【自】:このユニットがライドされた時、あなたが後攻なら、1枚引く。
― ろろは……もっと、も~っと頑張るのです!
「えっ! えっと、その……!」
カードを見て、もじもじとするハル。
にっこりと笑いながら――
「好きなんでしょ? ヴァンガード」
ミアが、そう訊ねた。
「どうして、分かったんですか……?」
おしるこドリンクを持ちながら、ハルがそう訊ねた。
横に座るミアが微笑む。
「分かるよー。カードの持ち方とか手つきとか、どう見ても初心者の子じゃなかったもん」
先程までのティーチングイベント。
ステージ上のハルを思い出しているミア。
「それにさ、初心者の子はとっさに"ストイケイア"って単語は出せないよ」
流れを取り戻そうとミアに話しかけた時の言葉。
ハルが力ない笑みを浮かべた。
「そうですか……。がんばって初心者っぽく見せようとしてたんですけど、まだまだ演技が甘いですね……」
頬をかいているハル。
ミアが優しく肩を叩いた。
「元気出しなって! まだ12歳なんでしょ? 人生まだまだ、これからだよ!」
「は、はい」
控えめに頷くハル。
2人が顔を見合わせて、笑い合った。
「あ、あの。綺羅星さんも、ヴァンガード好きなんですか?」
ロロネロルのカードを見ながら、おずおずと訊ねるハル。
ミアがんーと悩むような声を出す。
「好きとはちょっと違うかな~。なんていえば良いんだろ、ビジネスライクな関係? あるいは戦友?」
考えながらそう答えるミア。
ハルはあまりピンときていない。
ミアが肩をすくめた。
「まぁ、あんまり人前でやれない事情があってさー。それで事前アンケートでは未経験って答えてたの。そしたらこのイベントに回されちゃって~」
「そうだったんですね」
ミアを見上げているハル。
きらきらとした目を向ける。
「でも、僕嬉しいです。天才シンガーの綺羅星さんも、どんな形であれヴァンガードに関わってくれてるなんて」
心の底から嬉しそうな声。
ミアが柔らかな笑みを浮かべた。
「君、本当に好きなんだね。ヴァンガード」
「はい、そうなんです!」
迷いなく、ハルが答える。
「小さいころから大好きで、ずっとずっと、カードも集めてて……。そうだ! あの、これ見て下さい!」
ごそごそと鞄の中をあさるハル。
薄緑色のデッキケースを取り出し、一枚を見せる。
描かれているのは、白銀の髪の虎の少女。
繋ぎ合う親交の環 ペトラルカ
ノーマルユニット 〈3〉
(ツインドライブ!!) (ペルソナライド)
リリカルモナステリオ - ワービースト
パワー13000 / シールドなし / ☆1
【自】【(V)】:このユニットがヴァンガードにアタックしたバトル終了時、【コスト】[【カウンターブラスト】(1)]することで、あなたの山札を上から7枚公開し、「繋ぎ合う親交の環 ペトラルカ」とは別名の、公開されたカードすべてがそれぞれ別名なら、公開された中から1枚まで選び、(R)にコールし、そのターン中、パワー+10000。「繋ぎ合う親交の環 ペトラルカ」を選んだら、(R)ではなく【スタンド】でライドし、そのターン中、さらにドライブ-1。山札をシャッフルする。(ライドしてもパワー+10000)
― 一つ一つが大切な絆だから、ずっと繋ぎ続けるの。
「へぇ、ペトラルカかぁ」
カードを眺めているミア。
ハルが自慢げな笑みを浮かべる。
「昔からカードを集めながら、ずっと使ってるデッキなんです。きっと、綺羅星さんのロロネロルにだって負けませんよ!」
「お? なんだい、お姉さんと戦う気かい?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべるミア。
ハルが照れたように頬をかいた。
「えへへ。でも本当は、僕ってそんなに強くないんですけどね。そもそもあんまりファイトしたことなくて……」
「そうなの? ひょっとして、今回ティーチングのイベント担当なのはそういう理由?」
何気なく訊ねるミア。
ハルの表情が、わずかに曇る。
「いえ。あれは事務所の方針なんです。僕のキャラ的に、初心者の方がウケがいいだろうって理由で……」
目を伏せるハル。
翡翠色の瞳に、暗い色が宿った。
「カードもリリカルモナステリオが好きなんですけど、それだと女の子みたいだからって。それで男の子感を出すために、さっきはドラゴンエンパイアを選んで……」
先程のイベントでの発言を思い出すミア。
ハルがぎゅっと手を握った。
「本当は、もっと友達と遊んだりファイトしたりしたいんです。だけど僕には子役としての仕事があって。常に、皆から求められる姿でいないといけなくて……」
小さくなっていく声。
暗く沈んだ表情を見せるハル。
顔をあげて――
「だから、綺羅星さんは凄いと思います! ああやって自分の好き嫌いをはっきりと言えて、誰にも縛られなくて、素直で! 僕、本当に羨ましいです!」
ハルが、そう言って笑みを浮かべた。
その姿には、どこか悲しそうな雰囲気が漂っている。
ミアが視線をそらして、遠くを見つめた。
「……そんなことないよ」
ぼそりと呟くミア。
その紫色の瞳がかすかに揺れた。
「ねぇ、ハル君」
おもむろに口を開くミア。
先程までのおちゃらけた雰囲気が消える。
神秘的な雰囲気を纏いながら――
「君は本当に凄いよ。子供なのに、まるで大人みたいに働いてて。おまけにしっかりとした責任感もある。努力も誰よりもしてる」
歌うような声で話すミア。
その言葉に、ハルが引き込まれる。
フッと、ミアが微笑んだ。
「だけどね、これだけは覚えておいて。自分に嘘をついちゃダメ。例えそれが、どんなに小さなことでもね」
「……え?」
戸惑ったような声を出すハル。
ミアが再び遠くを見つめた。
「自分に嘘をついてるとね、それがクセになっちゃうの。そうすると、本当の事と嘘がごちゃ混ぜになっちゃう」
淡々とした口調。
何かを思い出すように話しているミア。
にっこりと笑みを浮かべて――
「だから、お姉さんと約束して! これからは自分に嘘をつかないって! そうしたら、君の人生はもっと素敵なものになるよ!」
ミアが、右手を差し出した。
伸ばした小指。約束するためのおまじない。
「綺羅星さん……」
じっと伸びた小指を見つめるハル。
おずおずと、同じように手を伸ばした。
小指を絡ませて――
「指切った!」
歌うような声と共に、ミアが手を離した。
輝くような笑み。ハルの方を見る。
「これで、君はもう自分に嘘が付けなくなったね! もし約束を破ったら、その時は私のロロネロルが猫パンチしにいくよ!」
カードを取り出し、見せつけるミア。
驚いたように目を丸くしていたハルだったが――
「ふふっ。はい、分かりました!」
やがて、控えめな笑い声をあげた。
穏やかな表情、柔らかな笑みを浮かべているハル。
「僕、約束します。自分の思いに嘘をついたりしないって。がんばって、綺羅星さんみたいに自分らしくなります!」
「おー、その意気だよ、ハルっち~」
ぽんぽんと背中を叩くミア。
ハルが照れたように、頬を染めた。
「まぁでもさー、私ってほら、いい加減だから。合わないと思ったら、考えを変えて良いからね。そんなに深く考えちゃダメだよー」
先程までと打って変わって、ゆるい雰囲気の言葉。
ハルがくすりと笑った。
「本当、綺羅星さんって面白いですね。凄い人だと思ったら、急に普通の人みたいになって。そうしてると、僕のお姉ちゃんみたいです」
「へぇ、ハル君、お姉さんがいるの?」
「はい。あ、でも、別に女優とかじゃないですよ。普通の高校生なので。あんまり頼りになりませんし」
きっぱりと言い切るハル。
ミアが微笑みながら、頷いた。
「わかるー。お姉ちゃんって、頼りにならないよね~」
小馬鹿にしたような声を出すミア。
2人が顔を見合わせ、笑い声をあげた。
廊下を走る音が響いて――
「あー、ミアさん!! こんな所で!!」
マネージャーの姿が現れた。
息を切らしているマネージャー。
ミアの隣りに座るハルの方を見て、目を見開く。
「は、ハル君!? どうしてここに!?」
驚愕するマネージャー。
あんぐりと、大きく口を開ける。
「どうも、こんにちは」
礼儀正しく挨拶するハル。
マネージャーがでれでれとした表情を浮かべた。
「こここ、こんにちは! えっと、その……」
しどろもどろになっているマネージャー。
ミアが呆れたように息を吐く。
「マユっちったら、今は仕事中だよ~」
やれやれと肩をすくめているミア。
じとっとした目を、マネージャーに向ける。
「それで、何の用?」
「あっ、そうでした! ミアさん! 今度こそきっちりと打ち合わせしますから! 控え室に戻って下さい!」
「えー、別にそんなことしなくても~」
「ダメです! ほら、行きますよ!」
ぶーぶーと文句を言っているミア。
マネージャーが強引に、その手を引っ張った。
立ち上がりながら――
「じゃ、ハルっち。また後でね~」
ミアが、軽い口調で言いながら手を振った。
ハルが控えめな笑顔を浮かべる。
「はい。よろしくお願いします!」
丁寧に頭を下げるハル。
ミアがイタズラっぽくウィンクした。
2人の姿が通路の先に消える。
「……えへへ」
楽しそうに、ハルがはにかむ。
その手に持ったデッキを大事そうに握りしめた。
靴音が響いて――
「やぁ、そこの君」
柔らかな声が、その場に響いた。
どこか神秘的な声色。振り返るハル。
黒い色が視界に広がって――
「君が足立ハルだね?」
黒いフードをかぶった青年が、そう訊ねた。
顔を覆い隠したフード。すらりとした体型。高い身長。
「は、はい……?」
青年を見上げているハル。
どこか不安そうな表情が浮かぶ。
フッと、青年が微笑んで――
「"君の分身"に用があるんだ」
その赤い色の瞳に、妖しい光が宿った。