カードファイト!! ヴァンガード StarSong 作:バビロン@VG
「あの、本当に、申し訳ございませんでした……!」
深々と、ハルが頭を下げて謝罪した。
血の気の失せた顔。縮こまっている身体。
いまにも泣きそうな表情を、ハルは浮かべている。
「……本当、とてつもない盛り上がりでしたけどね」
渋い顔でそう話すスタッフ。
興行としての成功と、流れを台無しにされた怒り。
相反する2つの想いが入り混じる、複雑な反応。
「まぁさ、皆も楽しそうだったし、いいんじゃない?」
あっけらかんと、横にいるミアが口をはさんだ。
まるで悪びれていない様子。笑顔のミア。
ぎろりと、鋭い目が向けられる。
「あなた"は"ダメです、綺羅星さん」
怒りの滲み出た声。
冷たい殺気が、ミアへと向けられている。
「本当ですよ、ミアさん!!」
真っ青な顔で、マネージャーが割り込んだ。
「イベント中も、社長から鬼のように着信がきまくってたんです!! もう私、本当に胃が痛くて……!!」
今にも倒れそうに、マネージャーがスマホを掲げる。
ミアが微笑んだ。
「あー、後で私からも謝っておくから。ごめんね」
「"ごめんね"じゃありませんよー!!」
悲痛な叫び。
頭を抱えているマネージャー。
コツコツという靴音が響く。
「ハル」
冷たい声。
びくりと、ハルが身体を震わせた。
スーツ姿の女性が、ハルを見下ろしている。
「あっ……!」
吐息のような声。
言葉を失い、女性を見上げているハル。
怯えきった目が、その顔に浮かんでいる。
「あー、どうもー」
女性に声をかけるミア。
ちらりと、女性の視線がミアへと向けられる。
ミアで人懐っこい笑みを浮かべた。
「あのー、ちょっと聞いてほしいんですけど。今回の事は、私がハルっちを無理やり巻き込んで――」
「別に、関係ありません」
冷たく言う女性。
ミアを無視して、ハルへと向き直る。
「ハル。あなた、自分が何をしたか分かっていますね?」
「は、はい……」
真っ青な顔で頷くハル。
その目に涙が浮かぶ。
女性が鋭い目を向けた。
「台本の流れを無視し、共演者のアドリブに付き合った挙句、ありとあらゆるイベントの進行に支障をきたしました。断じて許される事ではありません」
「……はい」
ハルが消え入りそうな声を出す。
顔を伏せ、女性の言葉に耳を傾けているハル。
「ねぇねぇ、ハルっちはまだ子供なんだしさー」
横のミアが口をはさむが、
「あなたは黙ってて下さい」
有無を言わさぬ声。
ミアの言葉を、女性が手で制した。
女性が腕を組む。
「こういった事が今後も起こるようであれば、あなたへの信用にも関わってきます。仕事というのは信頼関係が何よりも重要になってきます。スポンサーの意向。それを常に考える事を忘れないように。いいですね?」
「……はい」
うなだれているハル。
ぽろぽろと、その目から涙がこぼれた。
「言われてますよ、ミアさん」
こそこそとささやくマネージャー。
ミアが渋い表情を浮かべる。
ハルが涙をぬぐい、顔をあげた。
「本当に、申し訳ありませんでした……。僕、どんな罰でも受けます。だから、あの……僕……」
何とかして、そう話すハル。
すがるような目を向け、女性に懇願する。
その目を細めて――
「罰? なんの話です?」
女性が、鋭い声のまま訊ね返した。
「え?」と顔をあげるハル。不思議そうな目。
腕を組んだまま、女性が口を開く。
「先程教えたばかりでしょう。仕事においては、スポンサーの意向が全てです。例えそれがどんな形であろうとも、先方が満足しているのであれば問題ありません」
淡々とした口調。
すっと、女性がスマートフォンを差し出した。
画面には、大手SNSのトレンドが表示されている。
「足立ハルと綺羅星ミアの対決。凄まじい反響で、会場のみならずインターネット上でも大盛り上がりです」
画面を覗き込んでいるハルとミア。
様々な反応が書き込まれている。
「普及協会の現会長まで反応して、とても好意的なコメントを残しています。これをきっかけに、ヴァンガードをはじめたいという声も多数見受けられます」
スマホを引っ込める女性。
小さく息を吐いて――
「ようするに、ヴァンガードの普及をするという点において、あなた達のイベントは大成功という訳です。よってあなたが何か罰を受ける謂れはありません」
「ほ、本当ですか!?」
驚くハルとマネージャー。
ミアだけは、一人うんうんと頷いている。
「ふっふーん。ようやく、私の狙いが皆にも分かったみたいだね……」
得意そうな顔のミア。
マネージャーが呆れたように、白い目を向ける。
女性が射抜くようにハルを見つめた。
「もっとも、これはたまたま上手くいっただけです。先程も言いましたが、あのような勝手な振舞いは許される事ではありません。猛省するように」
「は、はい!」
直立不動になるハル。
背筋を伸ばすと、頭を下げる。
女性がじっと、ハルの姿を見つめた。
「……それにしても」
ぼそりと、呟く女性。
「あなた、あんなにヴァンガードが好きだったの?」
「えっ。いや、その……」
答えに窮するハル。
女性がため息をついた。
「別に怒っている訳ではありません。むしろ、あなたのプロフィールをしっかり把握できていなかったのは、こちらのミスですから」
自分に言い聞かせるような口調。
女性が視線を切る。
「今回の件で、あなたのヴァンガードの腕前が衆目を浴びました。これからは、そういった仕事を入れてもいいかもしれまんね」
「えっ!? ほ、本当!?」
思わず、子供らしい口調が漏れるハル。
女性が頷いた。
「えぇ。たまには、あなたも遊ぶ機会がないとね。それに、自分に嘘ばかりついていては良い演技はできませんから」
「!!」
女性の言葉を聞き、目を見開くハル。
横のミアがにんまりと笑みを浮かべる。
手を握って――
「はい、わかりました! 僕、自分に嘘はつきません!」
大きな声で、ハルがそう言い切った。
晴れ晴れとした表情。どこか吹っ切れた様子のハル。
女性が少しだけ不思議そうに、首をかしげた。
「いやー、よかったねー、ハルっちー」
気楽な様子で声をかけるミア。
ハルが「綺羅星さん!」と振り返る。
「本当に、ありがとうございました! あの、それで。僕、さっきは綺羅星さんに変な事ばっかり言っちゃって……」
「あー、いいのいいの。盛り上がったしさー」
手を振っているミア。
じっと、その紫色の瞳をハルに向ける。
「ところでさー、ハルっち。私と別れた後、イベント前に誰かと会ったりした?」
何気なく訊ねるミア。
ハルが不思議そうに首をかしげた。
「え? いえ、会ってませんけど……」
困惑したように答えるハル。
その姿は、嘘を言っているようには見えない。
「そっかー。いやね、さっきの世界がどうのこうのってやつ、誰かから教わったのかなって~」
軽い口調で話しているミア。
ハルが顔を伏せた。
「正直、僕も何が何だか分からなくて。あの時は急に、綺羅星さんを倒さないといけないって、それで頭がいっぱいに……」
もじもじと指を動かしているハル。
デッキを取り出すと、ペトラルカのカードを取り出す。
「でも、不思議なんです。なんだかペトラルカの声が聞こえたような気がして。向こうでも、ペトラルカが苦しんでいる気がして……」
ハルが小さな声で話す。
ミアがわずかに目を細めた。
「ハル君、疲れてるんじゃ。私と同じで……」
妙なシンパシーを感じているマネージャー。
ミアがにこやかに微笑んだ。
「まぁ、そういうこともあるよね~。じゃあ、私はまだ仕事があるから。またどこかでね、ハルっち!」
明るく言うミア。
ハルが控えめな笑みを浮かべた。
「は、はい! また!」
嬉しそうな声。頭を下げるハル。
ミアが両手を振って笑顔を見せた。
踵を返し、ミアが控え室から出ていく。
「あっ! ミアさん、勝手に行かないでくださいー!」
慌てて、マネージャーがミアを追いかけていった……。
蝋燭の炎がゆらゆらと揺れた。
暗闇が広がる空間。冷たい空気。
辺りはひどく静まり返り、沈黙が流れている。
儀式的な祭壇の前で――
「やはり、あの程度か……」
黒いフードの青年が、声を出した。
顔を覆い隠すフードの下、赤い色の瞳が輝く。
「所詮は付け焼刃の使徒。期待する方が間違っていたか」
冷たい声でそう話す青年。
憂うように、その目を細める。
影の中に目を向けて――
「お前は、私の期待を裏切らないだろうな?」
青年が、そう問いかけた。
誰もいない空間。漆黒の闇だけがある場所。
蝋燭の炎が震えるように動いて――
「あぁ、期待している」
青年が、誰かと会話するかのようにそう答えた。
その口元にかすかな笑みが浮かぶ。
赤い色の瞳が光を帯びて――
「――世界に、滅びと沈黙を」
蝋燭の炎が消え、辺りが闇に包まれた。
「ただいまー」
マンションのドアを開け、声をあげるミア。
靴を脱ぎ、リビングの方へと進む。
扉を開けると――
「おー、おかえり~」
紫導カナタの声が、その場に響いた。
ソファでくつろいでいるカナタ。
ぽりぽりと、手に持った煎餅をかじる。
「どうだったの、ライブの方はー?」
口を動かしながらそう聞くカナタ。
ミアが肩をすくめる。
「いやー、それが色々とトラブルが重なっちゃってさー。結局、歌えなかったんだよね~」
「あら、そうなの?」
意外そうな目を向けるカナタ。
煎餅を飲み込む。
「まぁ、結局行かなかった私が言うのもなんだけど、それは残念だったね~」
「そうなんだよ~。お姉ちゃん、慰めて~」
冗談めかした口調。
わざとらしく泣く真似をして見せるミア。
ふっと、カナタが微笑んで――
「いいよ。お姉ちゃんが慰めてあげる!」
優しく微笑みながら、両手を広げた。
愛おしそうな目を、ミアに向けているカナタ。
ミアもまた、笑顔を浮かべて――
「ありがと、お姉ちゃん!」
カナタの下へと、勢いよく飛び込んだ。
いきなり抱き着いてきたミアに、カナタが驚く。
「わわっ、ちょっと、ミア!」
「えへへっ、たまには、こういうのもいいでしょ!」
甘えた声を出すミア。
カナタの胸に顔をうずめる。
「……もう、しょうがないなぁ」
仕方なさそうに言うカナタ。
微笑みながら、ミアの頭を撫でた。
穏やかな空気が流れていく。
「ねぇ、お姉ちゃん?」
「うん?」
ミアの呼びかけに応えるカナタ。
その紫色の目が下を向く。
目をつぶりながら――
「世界で一番、愛してる」
ミアが、静かにそう口にした。
安らかな笑みを浮かべているミア。
一瞬、驚くような反応を見せた後――
「……私もだよ」
カナタもまた、優しく微笑んだ。
第二楽章 絆を紡ぐ白銀の牙 FIN