カードファイト!! ヴァンガード StarSong 作:バビロン@VG
真っ白な空間が、目の前に開けて広がった。
どこまでも続く白い色。不可思議な雰囲気。
ゆっくりとした時間が流れ、過ぎ去っていく。
一人の老人の姿が、目の前に浮かび上がった。
「……運命力(デザインフォース)」
カッカッカッという小気味良い音。
チョークによって、黒板に白い文字が刻まれていく。
「こちらの惑星と、あちらの惑星。その2つは鏡映しのような相関関係にあるとされている。あちらの出来事がこちらの世界にも反映され、またその逆も成り立つ」
講義をしているかの口調。
とうとうと、老人は文字を書きながら喋り続ける。
「それらがどういった原理で繋がり、影響を及ぼしているのか。その理解にはいまだ至っておらぬ。そもそもこの考え自体が、いかに飛躍的かつ不合理なものであるかは、私自身も重々承知している」
文字を書く音が響く。
黒板を文字が埋め尽くした所で、老人が振り返った。
「それでも、私は確信している。間違いなく、向こうの世界――惑星Cは存在していると。それは何よりも正しく、絶対的な理論なのじゃ」
力強く断言する老人。
その猛禽類のような目が前に向けられた。
白い空間の中、立ち尽くしているミアに向かって――
「老いぼれの戯言と笑いたくば笑うがよい。耄碌老人の妄言とな。誰もがそう言い、私からは離れていった」
「…………」
無言で老人を見つめているミア。
その紫色の瞳が、かすかに揺れた。
老人の姿が白い空間に溶けて消える。
「……博士」
小さく呟くミア。
目の前の空間に、また別の光景が浮かび上がった。
大きなベッドに横たわる、老人の姿。
「……綺羅星ミアよ」
病衣を纏い、ベッドに背を預けている老人。
先程よりも深く刻まれたシワに、乱れた白髪。
顔色悪く、老人がミアに視線を向ける。
「……ミアよ、分かっているだろう。お前は失敗作だ」
くぐもった声。
ゴホゴホと、老人が咳込んだ。
「私は許されぬ間違いを犯してしまった……。悔やんでも悔やみきれぬ所業だ。せめて、せめてこの身を侵す病さえなければ、お前を……!!」
途切れる言葉。老人が手を震わせた。
ミアは無表情のまま、その姿を眺めている。
ぎろりと、老人が睨むような目を向けた。
「お前のそれは、禁忌の力だ。もう二度と使ってはならぬ。もしもその力を使い続ければ、その時お前は――」
最後の言葉が掻き消えた。
苦しそうに、再び咳込む老人。病の音が響く。
ゆっくりと、口を開いて――
「……知ってるよ」
無表情のまま、ミアがそう答えた。
いつもとは違う、超然とした雰囲気を漂わせているミア。
その紫色の瞳に、渦巻くような神秘的な光が宿る。
「それでも、私はこの力を使い続ける」
はっきりとした声が、白い空間に響いた。
老人が目を見開く。
「ミア……!!」
怒りに満ちた声。
老人が険しい表情で、ミアを睨みつける。
しばしの間の後、ミアがフッと笑みを浮かべた。
「怒る気持ちは分かるけどさ、私ももう決めたことだから。それに、この力を使い続ければ、私も――」
ミアの口から放たれる言葉。
唖然とした表情を浮かべた後――
「バカな事を言うな!! お前のその力は不完全だ!! そんなことをして、何になるというんだ!!」
興奮したように、老人がまくしたてた。
言い終わるや否や、ゴホゴホと苦しそうにむせる老人。
ミアがゆっくりと首を振る。
「……もう決めた事だからさ」
笑顔を浮かべているミア。
白い空間の中に、言葉が雪のように溶けていく。
老人に背を向けて――
「それじゃ、さよなら。博士」
ミアが片手をあげて、歩き出した。
コツコツという足音。紫がかった長い髪が揺れる。
「待て、ミア!! ミアッ!!」
後ろから呼び止める老人の声。
ミアはその言葉に応えずに、前へと歩き続ける。
白い色がその身体を飲み込んで――
「…………」
綺羅星ミアが、目を覚ました。
漆黒の星空に街の明かり。近くを走る車の通る音。
月明かりに、その青白い肌が照らされる。
「……夢」
ベッドに横になったまま呟くミア。
横に置かれた時計は、夜の時刻を示している。
「……久しぶりに見たな」
ぼそりと、言葉を漏すミア。
短く息を吐くと、ベッドから起き上がる。
「……っ!」
苦しそうに、ミアが顔をしかめた。
胸のあたりに手をあてるミア。冷や汗が浮かぶ。
息を切らしながら――
「……ファイトした後は、やっぱり疲れるね」
ミアが、小さくそう呟いた。
昼間のステージ、足立ハルとの戦いを思い返すミア。
夜の時間が静かに流れていく。
「…………」
呼吸を整えているミア。
ぼんやりと、自分の手を見つめる。
「……博士」
ささやくような声。
月明かりの下、暗い部屋の中に――
「何度聞かれてもさ、私の答えはあの時と変わらないよ」
ミアの言葉が、静かに響き渡った。
その紫色の瞳が一瞬だけ、光を帯びる。
「だからさ……」
穏やかな口調。
誰もいない空間を見つめているミア。
夢の中の老人に向かって話しかけるように――
「……おやすみなさい」
ミアがそう言って、再びベッドに横たわった。
身体から力が抜けていくミア。その目を閉じる。
夜の暗闇に包まれて、綺羅星ミアが再び眠りについた。
漆黒の夜空が、天に広がっていた。
コンクリートのジャングル。都会のビル群。
車の走る音が響き、人々が道を歩いていく。
とあるビルのフロア内に――
「……ふぅ」
疲れたようなため息が、小さく響いて消えた。
自販機のボタンを押す音。ペットボトルが落ちる。
三芳野ヨウコが、かがみこんで飲み物を取り出した。
「…………」
疲れ切った表情。
ペットボトルを手に、ぼんやりとしているヨウコ。
足音が響いて――
「おー、ヨウコじゃない。お疲れー」
首から社員証をぶら下げた女性が、ふらりと現れた。
ヨウコが視線を向け、軽く頭を下げる。
「……先輩、お疲れ様です」
やや低めの声で話すヨウコ。
その声色からは、疲労が隠しきれない。
「こんな時間まで残業なの? 珍しいじゃない」
気さくに話しかけてくる先輩記者。
自販機の前に立ち、しげしげと飲み物を吟味する。
「はい。少し、調べものをしてまして」
淡々と、ヨウコが答えた。
手を伸ばし、眼鏡の位置を直すヨウコ。
ガコンと、ペットボトルが落ちる音が響く。
「それって例のアレ? 綺羅星ミアのこと?」
先輩記者からの質問に、ヨウコが頷いた。
「えぇ、その通りです。情報を調べているのですが、不自然なくらい情報が出てこないため難航しています」
「なるほどね~。なんか理由に心当たりは?」
ペットボトルのキャップをひねる先輩記者。
ヨウコが目を閉じた。
「考えられるとしたら2つですね。1つは、今までは情報が残らないくらい、全くの無名で平凡な人間だった」
考えを確かめるかのように話すヨウコ。
先輩記者がにっと笑う。
「あの歌唱力で? 今までずーっと誰にも聞かれることなく、デビューの時まで過ごしてたって言うの?」
「そうなりますが、現実的にそれはありえないことでしょう。それこそ、突然この世界に現われたのでもない限り、不可能ですね」
冷静に考えを巡らせているヨウコ。
先輩記者がうんうんと頷いた。
「となると、残りは?」
「はい。残る可能性としては、なんらかの理由があって、彼女もしくは誰かが"綺羅星ミア"という人間の情報を消している」
すらすらと、ヨウコが答えた。
先輩記者が「へぇ~」と、口元に手を当てる。
「なかなか面白いね。でも、その理由は?」
「……分かりません」
ため息をつくヨウコ。
持っていたペットボトルに視線を落とす。
「せめて、その理由を推測する材料でもあればいいのですが、それさえも見つかっていない状況です。よって先程の考えは、今の所はただの思い付きです」
「へへぇ。ヨウコがそこまで苦戦するだなんて、なかなか相手も手強いんだねぇ」
面白そうに笑っている先輩記者。
ヨウコがペットボトルのキャップを外す。
「そうですね。ですが、私は諦めません。いつか必ず、綺羅星ミアという人間について調べあげて見せますから」
決意に満ちた声を出すヨウコ。
そのまま持っていた飲み物を一息にあおった。
自販機の前、静かな時間が流れる。
「ねぇ、ヨウコ。新人だった頃さ、こういう風に事態に行き詰った時って、どうやって解決してた?」
何気ない様子で、先輩記者がそう訊ねた。
ヨウコが一瞬考えた後、口を開く。
「一度、全ての情報を最初から見直してました。あらゆる角度からの検証を再開し、既に取り除いた選択肢にも再び検討を――」
「あー、違う違う!」
ヨウコに向かって、先輩記者が慌てて手を振った。
いぶかしむような表情を、ヨウコが浮かべる。
ペットボトルを掲げて――
「そういう時の解決策は1つ! 偉大な先輩に知恵をかりる、でしょ!」
自信満々に、先輩記者がそう言い放った。
「イダイナセンパイ……?」
異文化の言葉を聞いたような反応のヨウコ。
先輩記者がやれやれと肩をすくめる。
「一人だけで問題解決しようとするだなんて、ヨウコもまだまだ甘いねぇ。こういう時は他の人の助けを借りるものなのだよ」
「……まぁ、そうですね」
「求めよ、さらば与えられん! そもそもさ! 私のような素晴らしい職場の先輩がいるのだから、ヨウコももっと気さくに私とコミュニケーションをとって――」
長々と話し出す先輩記者。
ヨウコがわずかに眉間にしわをよせた。
「……アドバイスありがとうございます。私、そろそろあがりますから。もう少し調べて、それでも息詰まるようでしたら、先輩に助けを――」
ヨウコが話しを終わらせようと切り出す。
先輩記者が「ふふん!」と笑みを浮かべた。
スマホを取り出して――
「綺羅星ミアの情報なら、私が持ってるよ」
先輩記者が、あっさりとした口調でそう告げた。
ヨウコが目を見張る。
「……え?」
「別件を調べてる時、たまたま情報を知ってるって人がいてさ。いやはや、こういうの何て言うんだろね? 物欲センサー?」
面白そうに笑っている先輩記者。
ヨウコは呆然とした表情を浮かべている。
先輩記者が、ヨウコをじっと見つめた。
「さてさて、こういう時はどうするんだっけ?」
「…………」
黙り込むヨウコ。
眼鏡の奥、その瞳がわずかに揺れる。
息を吐いて――
「先輩、情報共有お願いします」
ヨウコが、ほんの少しだけ悔しそうにそう言った。
先輩記者が「よろしい!」と楽しそうに頷く。
2人がスマホの画面を覗き込んだ。
「これって……!!」
画面上に流れている映像を見ながら、呟くヨウコ。
先輩記者が指を伸ばした。
「情報提供者は一般男性の方。本人曰く、3年くらい前に親戚の娘の文化祭で撮った映像だってさ」
荒い画質の映像。
ぶれた画面を見ながら話す先輩記者。
ヨウコが画面を見ながら、口を開く。
「つまり、その頃に高校生だったということは、綺羅星ミアは現在およそ20歳前後ということになりますね」
「まぁ、単純計算するとね。でもさ、年齢を割り出しても別に面白くないでしょ?」
「えぇ。その程度ではスクープになりませんね」
食い入るように画面を見つめているヨウコ。
その真剣な顔を、先輩記者は微笑ましく眺めている。
動画の中で――
『――紫導ミアちゃんです!』
男性の声と共に、盛り上がるような歓声があがった。
巻き上がる拍手と、はやし立てるような声。
紫がかった長い髪の少女が、画面の中に現れる。
「…………」
スマホを覗き込んでいる2人。
様々な音声が画面から流れていく。
動画が終了した。
「どうだった?」
面白そうに訊ねる先輩記者。
考えをまとめるように、ヨウコが黙り込む。
やがて、息を吐いて――
「率直に言って、ますます綺羅星ミアという存在が理解できなくなりました」
「あはは! そう言うと思ったー!」
ヨウコの言葉に、先輩記者が笑い声をあげた。
もやもやとした表情で、視線を伏せているヨウコ。
先輩記者がにっこりと笑った。
「まぁまぁ、とりあえず動画は送っておくからさ。貴重な手がかりなんだし、ここから調べてみなよ!」
「……そうですね。ありがとうございます」
再び頭を下げるヨウコ。
先輩記者が満足そうに胸を張る。
「さて、それじゃあ私はまだ記事の文章をまとめないといけないから。お疲れ~」
「はい。お疲れ様です」
その場から立ち去ろうとする先輩記者。
ふと、気が付いたように振り返る。
「ヨウコ、あんまり根詰めすぎないようにね。たまにはリフレッシュもしないとダメだよー」
「……えぇ、そうします」
淡々と答えるヨウコ。
複雑そうな表情を浮かべると、視線をそらす。
「今週末は妹が家に泊まりに来るんです。それに備えて、体力を温存しないといけませんから」
「あっ、そうなんだ! それは楽しみだね!」
無邪気に話す先輩記者。
ヨウコが「別に、楽しみでもないので」と呟く。
先輩記者が笑顔を向けた。
「ま、がんばって!」
励ますような声。
先輩記者がそのまま、廊下の先へと消えていく。
「…………」
一人残されたヨウコ。
手元のスマホに視線を落とす。
「……綺羅星ミア」
画面を見つめているヨウコ。
先程の動画のファイルが送られてくる。
指を動かして――
『――紫導ミアちゃんです!』
再び、動画が再生されはじめた……。
太陽の明るい光が、鯨の背中に降り注いだ。
優雅に天を泳ぐ巨大な桃色の鯨。
そして鯨の背中に広がる、一つの巨大都市。
――リリカルモナステリオ。
惑星中のアイドルを育成するために発展した国家。
全てのアイドル達の原点にして、その登竜門。
そんな鯨の国の市街地、とある食堂にて――
「お待たせしました」
竜人の少女が、姿勢の良い立ち姿でそう挨拶した。
深々と頭を下げる少女。空いていた席に座る。
手をあげて――
「クラリッサ、そう畏まらなくていいのですよ」
白銀の髪をした虎の少女――ペトラルカが、
どこか困ったような口調でそう話した。
「そうなのですよ、クラリッサ!」
ペトラルカの横に座る猫の少女――
ロロネロルもまた、同じように声をあげる。
竜人の少女――クラリッサが首を振った。
「目上の方に対して、そうはいきませんので」
凛とした口調。はっきりと告げるクラリッサ。
ペトラルカとロロネロルがそれぞれ首を振った。
「それで」
口を開くクラリッサ。
ちらりと、目の前に座る2人に視線を向ける。
どこか困惑したような表情で――
「……2人は、大喧嘩でもしたんですか?」
クラリッサが、おもむろにそう訊ねた。
頬や腕。絆創膏まみれのロロネロルを見つめる。
ペトラルカがため息をついた。
「……正直な所、私にもよく分からないのです」
心底、悩んだように話すペトラルカ。
その耳がしゅんと垂れ下がった。
「ペトラルカ先輩は悪くないのです! 悪いのは、ペトラルカ先輩に変な事を吹き込んだ奴なのです!」
力強く断言するロロネロル。
絆創膏のついた腕を振り上げ、拳を握り固める。
「ろろだけでなく先輩まで狙うだなんて、許せないのです! 絶対に、あの悪の組織を倒してやるのです!」
決意に燃えているロロネロル。
ペトラルカがますます困ったような表情を浮かべた。
クラリッサが片手をあげる。
「まずは」
よく通る声。
2人の視線がクラリッサに向けられる。
その口元に穏やかな微笑みを浮かべて――
「食事にしましょう。お昼休みが終わってしまいます」
クラリッサが、にこやかにそう提案した。
手をあげて店員を呼ぶクラリッサ。
3人がそれぞれ料理を注文する。
「それで、昨日は何が起こったの?」
ロロネロルに向かって訊ねるクラリッサ。
膝の上に手を置き、姿勢を正す。
「よく聞いてくれたのです! 昨日はろろ、大活躍だったのです!」
ロロネロルが、得意そうに笑みを浮かべた。
そのまま話し出すロロネロル。聞き入る2人。
時計の針が周って――
「――そんな感じで、ろろの友情パワーが爆発して、ペトラルカ先輩を元に戻したのです!」
ロロネロルが、そう話しを締めくくった。
どや顔のロロネロルと、苦笑しているペトラルカ。
「……おおよそ、話しは理解できたわ」
目を閉じながら、クラリッサが神妙に頷いた。
小さく息を吐くと、ちらりと周りに視線を向ける。
「どうして学食じゃなくて市街地の食堂に呼んだのか不思議だったのだけど……そういうことだったのね」
「そうなのです! 他の生徒がいる所では、あまり話したくない内容なのです!」
声を潜めつつも断言するロロネロル。
料理が運ばれてきて、テーブルの上に並ぶ。
目の前の焼き魚定食に、ロロネロルが視線を向けた。
「おぉー……!」
目を輝かせているロロネロル。
ぶんぶんと、その尻尾が揺れる。
ペトラルカが微笑んだ。
「このお店、ドラゴンエンパイア出身の料理人がやっているそうです。街の人々には人気だけど、学生はあまり来ないとか」
和風の料理を前に、そう説明するペトラルカ。
その言葉通り、店の客はほとんどが街の人々だった。
学生の姿は、ほとんど見られない。
「なるほど。内緒話をするにはもってこいですね」
納得したように頷くクラリッサ。
目の前に置かれた魚の味噌漬けをちらりと見る。
「……それで、ペトラルカ先輩?」
確認するように訊ねるクラリッサ。
ペトラルカが息を吐いた。
「……大体は、ロロネロルの言った通りよ」
うつむき気味に口を開くペトラルカ。
「突然、頭の中に一つの考えが現れて、それに導かれるような感じで……。ロロネロルを倒して、この世界を滅ぼさなければいけないって、そう思ったの」
「あの時のペトラルカ先輩はものすごく変だったのです! きっと、誰かに操られていたのです!」
もぐもぐとご飯を食べながら話すロロネロル。
クセリッサが呆れたように顔を向ける。
「もう、ロロネロル! 食べてる時は喋っちゃダメよ!」
たしなめるような口調。
ロロネロルが「はぐっ!」とご飯を詰まらせた。
クラリッサが視線をペトラルカに戻す。
「それは、ペトラルカ先輩がこの前言っていた魔術のようなものですか? 魅了魔法や幻想魔法といった類の?」
「……いいえ」
ペトラルカが首を振った。
「そういった魔術とは明らかに別物でした。もっと根本からの変化といいますか、私という存在そのものに影響を与えられたような……」
暗い表情のペトラルカ。
悩ましげに言葉を続ける。
「正直なところ、私もよく覚えてはいないのです。ロロネロルのおかげでその考えは消えましたが、その代わりにしばらく身体から力が抜けてしまって……」
頬に手を当てているペトラルカ。
横のロロネロルが口をはさむ。
「元に戻った後のペトラルカ先輩はすごく疲れていて、まるで一日中、休みなくライヴをしていたような気分だったと言っていたのです!」
手を動かしながら説明するロロネロル。
クラリッサが鋭い目を向ける。
「他に、覚えていることはありませんか?」
冷静な口調のクラリッサ。
ペトラルカが首を振る。
「いいえ、まったく。どうしてあんなことをしたのか、いくら考えても分からないの。強いて言えるとすれば……」
言葉を切るペトラルカ。
目を伏せ気味に、ぽつりとこぼす。
「まるで、私自身の運命を他の誰かに手によって操作されていたような。そんな感覚があったことだけは、今でも覚えています……」
ペトラルカの言葉が、3人の間に静かに響いた。
黙り込むクラリッサと、ご飯を食べているロロネロル。
沈黙が流れる。
「……思った以上に、厄介そうですね」
箸を持ちながら、クラリッサがそう呟いた。
手を合わせて「いただきます」と言うクラリッサ。
味噌汁の入った茶碗を持つ。
「私もペトラルカ先輩のアドバイス通り、学園都市中の怪しい人達を調べていましたが……お話しを聞く限り、そんな次元の話しではなさそうですね」
「えぇ。私達の手には負えないと思うわ」
冷静に話している2人。
ペトラルカもまた、冷奴を箸で掴んだ。
「とはいえ、何かが起こっているという証拠もありません。今のまま警備兵(ガード)さん達に話した所で、相手にされないでしょうね」
「そうですね。何か手立てを考えませんと……」
考え込んでいるクラリッサとペトラルカ。
悩むように、ゆっくりと食事を口に運んでいく。
両手を合わせて――
「簡単なことなのです! 次に不審者さんが出てきたら、またろろが倒せばいいのです!」
ロロネロルが、元気にそう言い放った。
「ごちそうさまなのです!」と続けるロロネロル。
クラリッサが大きくため息をついた。
「ロロネロル、あなたねぇ……」
呆れたような表情のクラリッサ。
ペトラルカもまた、苦笑いを浮かべた。
「変わらないわね、ロロネロル。もっとも、元気になってくれたのは嬉しい事だけれど……」
途切れる言葉。それぞれの反応を見せる2人。
不思議そうに、ロロネロルが「にゃ?」と首をかしげた。
しばらく、2人が食事を続ける。
「……まぁ、でも、現状できることは気を付ける事くらいしか思いつかないわね」
箸を置くクラリッサ。
上品な動作で、口元をナプキンでぬぐう。
「同感です。皆でロロネロルを見守っていくのが一番です。目撃者が増えれば、信憑性も増しますから」
ペトラルカが同意した。
腕を組み、クラリッサが頷く。
「そうですね。そういう訳でロロネロル、しばらくは皆で一緒に行動しましょう。それなら、変な人が現れても安心でしょ?」
にっこりと、優しく話すクリラッサ。
ロロネロルが感動したように両手を合わせる。
「クラリッサ……!!」
潤んだ瞳を向けるロロネロル。
クラリッサが指を伸ばす。
「私だけじゃなくて、Earnescorrectのメンバーやウィリスタ、アレスティエル達にも声をかけておきましょう。他に協力してくれそうなのは……」
考え込んでいるクラリッサ。
ロロネロルが涙を流しながら頭を下げた。
「うぅぅ。ろろのために、本当にありがとうなのです! 嬉しいのです!」
「もう、友達なんだから当然でしょう!」
2人が楽しそうに笑い合った。
ペトラルカが水の入ったコップを持つ。
「お願いしますね、クラリッサ。私はしばらくの間、ロロネロルとは会わないようにするわ」
静かな声でそう話すペトラルカ。
ロロネロルが「にゃっ!?」と目を見開いた。
「ぺ、ペトラルカ先輩!? ろろ、何かしてしまったのですか!?」
慌てたように訊ねるロロネロル。
ペトラルカが首を振った。
「勘違いしないで。今は元に戻ったけれど、いつまたあなたを倒そうとするか分からないのだもの。当分は近くにいない方がいいでしょう?」
「で、でも! ペトラルカ先輩……!」
食い下がるロロネロル。
ペトラルカが優しく微笑んだ。
「それに、もう一度自分の音楽を見直したい気分なの。しばらくは新しい曲作りに励むことにするわ」
「えっ、ペトラルカ先輩の新曲!?」
興奮したような声のロロネロル。
尻尾がぴんと伸び、目がきらきらと輝いた。
クラリッサが笑顔を浮かべる。
「それは私も凄く楽しみです。月並みな言葉になりますが、応援していますね」
「ありがとう2人とも。そう言って貰えると嬉しいわ」
憑き物が落ちたような様子のペトラルカ。
席から立ち上がると、清々しい笑顔を浮かべる。
「改めて、本当にありがとうね、ロロネロル。全部あなたのおかげよ」
「そんな、ろろは何も……」
デレデレと照れた様子のロロネロル。
自然な動作で、ペトラルカがロロネロルの手を掴んだ。
優雅に頭を下げながら――
「あなたなら、きっと世界一の歌姫になれるわ」
そっと、ペトラルカがロロネロルの手の甲にキスをした。
衝撃を受けるロロネロルとクラリッサ。
白銀の髪を優雅に揺らして――
「それでは、ごきげんよう」
ペトラルカが、店から去って行った。
沈黙する残された2人。店内の喧騒だけが響く。
「……やっぱり、ペトラルカ先輩はろろの憧れなのです」
手の甲をさすりながら、
ぼうっとした声でささやくロロネロル。
真っ赤になりながら――
「ペトラルカ先輩、ああいう王子様みたいな動き、さらっとできるんだ。なんていうか、ズルいなぁ……」
どこか悔しそうに、クラリッサがそう言った。
2人がしばし、余韻に浸るように黙り込む。
穏やかな時間が流れていく。
「……さて、私達もそろそろ行きましょう。早く戻らないと、お昼休みが終わっちゃうわ」
「はい、そうするのです……」
いまだに夢見心地のロロネロル。
クラリッサが軽く背中を叩く。
「もう、あまりぼーっとしないで。さっきも言ったけど、あなたは狙われているのよ。気を付けないと!」
警告するように告げるクラリッサ。
ロロネロルが背筋を伸ばした。
「わ、分かったのですよ! 大丈夫なのです!」
わたわたとするロロネロル。
2人が並んで歩きながら、店から出ていった。
「まいどありー」
厨房からの声が店の中に響く。
和装の竜人が現れ、皿を片付けていった。
3人が座っていたテーブルの、向かいの席で――
「――という訳で、今回の特集記事はこのネタで行こうと思ってるの!」
一人の獣人の少女が、元気な声をあげた。
テーブルの上に広げられたいくつもの本にメモの束。
メモの端には、赤い鱗の大きな蛇の絵が描かれている。
「伝説の暗殺者、メガロノヅチねぇ……」
頬杖をついている天使の少女。
資料を片付けながら、獣人の少女が頷いた。
「そそ! ドラゴンエンパイアでは結構有名なんだって。キョウカちゃんに聞いた時も名前知ってた感じだし」
「ふーん。そうなんだ」
熱っぽく話す獣人の少女とは対照的な冷めた声。
天使の少女が視線を落とす。
「かつて、ドラゴンエンパイアで暗殺の任務を請け負っていた伝説の大蛇、メガロノヅチ。しかしてその存在は闇の中に隠蔽され、永く姿を消した今ではその伝説が密かに語り継がれるのみ、かぁ……」
メモに書かれた文章を読み上げる。
しばしの間の後、天使の少女が手をひらひらとさせた。
「ま、いいんじゃない? けっこう面白そうだし」
「でしょでしょ! いいよね!」
嬉しそうな声を出す獣人の少女。
尻尾を振りながら、拳を握り固める。
「取材によるとね、メガロノヅチってどんな姿にも化けることができたんだって! だから、このリリカルモナステリオにも潜入できるはずなんだよ!」
「なにそれ? 学園都市に、行方不明のメガロノヅチがいるって事?」
訊ねる天使の少女。
獣人の少女がふんすと胸を張った。
「そうは言ってないよ。ただ、そういうこともあるかもねって期待を煽るの! これでPVも鰻登り!」
どこまでも楽しそうに話す獣人の少女。
天使の少女が呆れたような目を向けた。
大きな鐘の音が鳴り響く。
「あっ、やば。そろそろ戻らないと怒られるや」
立ち上がる天使の少女。
獣人の少女もまた、メモをまとめて鞄を持った。
「うん、急ごう! ごちそうさまでしたー!」
ばたばたと慌てながら、2人の少女が店を出ていく。
「まいどありー」
暖簾をかきわけ、厨房から顔を出す和装の竜人。
盆を片手に、店の中をつかつかと進む。
食堂の端、カウンター席の方へ歩いて――
「はい、特製チョコレートパフェおまち」
竜人が、美味しそうなパフェをテーブルに置いた。
幾層にも重なった白いクリームに、黒いチョコレート。
季節のフルーツが、彩りを添えている。
「おぉー……!」
パフェの前、少女が目をキラキラと輝かせた。
金色の長い髪に狐耳。東洋の巫女のような服装。
竜人がにやりと笑って――
「本当、スイーツ好きだねぇ。ノヅさんは」
気さくな様子で、そう話しかけた。
少女がにっと笑い、銀色のスプーンを持つ。
「うむ! 推しとスイーツはいくつあっても構わん! 現世を生きるための糧じゃからの!」
得意そうに答える狐耳の少女。
竜人がやれやれと肩をすくめる。
「呉服屋の店主が、昼間っからこんなところで時間つぶしてていいの? ノヅさんのところ、老舗だから仕事多いでしょ?」
「うむ、おかげさまで商売繁盛じゃ!」
ピースサインを作る狐耳の少女。
くるくると、銀色のスプーンを器用に回す。
「とはいえ、ワシももう年じゃからの。店の事は若い連中に任せておるのじゃ。ゆえにこうしてスイーツを食べてても、何の問題もない!」
狐耳の少女が断言する。
竜人が苦笑しながら頬をかいた。
「まぁ、ノヅさんは俺が生まれる前からここで呉服屋やってたんだもんな。隠居しててもおかしくないのかね」
「その通りじゃ! もっとも、小うるさい奴はおるがの」
手をひらひらとさせる狐耳の少女。
竜人が再び肩をすくめた。
「程々にな。それじゃ、ごゆっくり」
「おう! いつもすまんの~!」
狐耳の少女が機嫌よく手を振る。
竜人が厨房へと戻って行った。
ぱくりと、少女がパフェを一口食べる。
「うーむ、美味い!!」
幸せそうな声が、その場に響き渡った。
心の底から嬉しそうな表情。ふわふわした気配。
パフェを食べながら――
「いやはや。まったく、ここは天国かの?」
狐耳の少女が、そう呟いた。
窓の外から見える平和な景色を眺めている少女。
頬杖をつきながら、息を吐く。
「血なまぐさい戦場もない。醜い権力争いもない。あるのは甘美なスイーツと、甘酸っぱい青春と、うら若き乙女達による友情・努力・勝利……」
噛みしめるように、言葉を紡いでいく少女。
ぽわぽわとしたゆるい雰囲気。気の抜けきった顔。
銀色のスプーンを持ちながら――
「リリカルモナステリオ、最高ー!!」
かつて伝説の暗殺者と謳われた存在。
メガロノヅチが喜びに満ちた声をその場に響かせた。