カードファイト!! ヴァンガード StarSong 作:バビロン@VG
夏の日差しが辺りに降り注いでいた。
街の喧騒。行き交う人々。
賑やかな空気に満ちた、人通りの多い道。
街頭ビジョンから音楽が流れて――
『……以上が、今週のヒットチャートでした!』
その場に、女性の声が響き渡った。
後ろから流れている、軽快な音楽。神秘的な歌声。
スーツを着た女性が、歩みを止める。
「…………」
後ろで結んだ黒い髪に、黒縁の眼鏡。
鞄を肩から下げ、街頭ビジョンの映像を見上げる。
『今週の1位も、綺羅星ミアさんによるシングル"Falling Star"!! これで8週連続の一位です! この勢いはとどまることを知りません!』
快活に話す女性の声。
一人の少女の姿が、画面に表示された。
紫色の瞳をこちらに向けて、少女は微笑んでいる。
「……綺羅星ミア」
ぼそりと呟くスーツの女性。
眼鏡の奥の冷たい目が、少女の姿を見据える。
画面が切り替わり、別の映像が流れ始めた。
「…………」
再び、歩き始めるスーツの女性。
コツコツというヒールの音が辺りに響いた。
――太陽の光が降り注ぐ。
オシャレな店が立ち並ぶメインストリート。
若者達は笑顔を浮かべて、辺りを歩き回っている。
そんな通りにある、カフェテリアのテラス席で――
「そ、それでですね、次の予定なんですけど……!」
スーツを着た小柄な女性が、そう切り出した。
片手にもった書類。あわあわとした口調。
気弱そうな雰囲気を、女性は漂わせている。
「んー……?」
目の前に座る少女が声を出した。
深くかぶった帽子に、サングラス。洒落た格好。
紫色の瞳が、持っているスマホへと向けられている。
「つ、次は15時から雑誌のインタビュー取材が入ってます! その後は移動して、夜には会社でイベントの打ち合わせ! それから、新曲の進捗確認を移動中のどこかで――」
「うんうん。了解、了解」
手をひらひらと振る少女。
横を歩く店員を呼び止める。
「あっ、すいませーん! コーヒー1つ下さい!」
明るい声での注文。
その声を聞いた周囲の人間が、わずかにどよめいた。
「おい、あれ……!」
「えっ、本物……?」
ひそひそという声。
少女へと向けられる複数の視線。
小柄な女性が身を乗り出した。
「ちょ、ちょっとミアさん! あんまり大声出さないでくださいー! 気づかれちゃうじゃないですかー!」
ひそひそとささやく小柄な女性。
眉を下げ、いかにも困ったような表情を浮かべる。
少女――ミアが微笑んだ。
「いいじゃない、別に~。それにさ、こうやって喋らないと打ち合わせできないよ?」
意地悪く言うミア。
小柄な女性――ミアのマネージャーが声を詰まらせる。
「そ、そういう意味じゃ! ミアさんはいまや一躍時の人なんですから、色々と気を付けないと! 今の時代、何がきっかけで炎上するか――」
「あはは。心配性だねぇ、マユっちは」
慌てているマネージャーとは対照的に、
どこまでものんびりとした雰囲気のミア。
コーヒーが運ばれてくる。
「もっと気楽に行こうよ~。仕事なんてのはさ、適当にやるくらいがちょうどいいんだよ~」
コーヒーカップを持ちながら話すミア。
マネージャーが怒ったような表情を浮かべた。
「そ、そういう訳にはいかないんです! ミアさんはよくても、私が社長に怒られるんですよー!」
ぷりぷりと腕を振っているマネージャー。
ミアはコーヒーをすすりながら、それを眺めている。
2人の座るテーブル席に、若いカップルが近づいて――
「あ、あのー……」
おそるおそるといった様子で、2人に話しかけた。
コーヒーカップを両手で持っているミア。視線を向ける。
「ん?」
「あの、ひょっとしてなんですけど、綺羅星ミアさんですか……!?」
緊張しきった様子のカップル。
ごくりと唾を飲み、ミアからの返事を待つ。
「ち、ちちち、違います!! この人はただの、その、野生のそっくりさんなだけで……!!」
慌てているマネージャー。
あたふたと、ごまかすのに必死になっている。
ミアが、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「なに、あの騒ぎ……?」
黒い髪を揺らしながら、スーツ姿の女性が呟いた。
通りの奥。カフェテリア前の人だかりに目を向ける。
群衆の中に――
「イェーイ!!」
ミアの、明るい声が響き渡った。
隣りの女性の肩に手を回し、ピースサインを作るミア。
カメラのシャッター音が響く。
「あ、ありがとうございます!!」
感激した様子の女性。
ミアが笑いながら手を振った。
「いいのいいの! これからも応援よろしくね!」
どこまでも明るい口調のミア。
すぐに別のファンの手を取り、握手する。
「はい、じゃあ次は君ね! 写真でいい?」
「は、はいっ!!」
がちがちに緊張している大学生くらいの青年。
ミアが微笑んだ。
「そんなに緊張しないでよー。ね?」
穏やかな微笑み。神秘的な響きの声。
青年が魅了されたように、頷く。
「あっ、あっ……!」
言葉を失っている大学生くらいの青年。
ミアがスマホのカメラを向けた。
「はい、チーズ!」
相手の身体を引き寄せ、密着するミア。
青年の顔が真っ赤になった。
シャッター音が響く。
「これからも応援よろしくね!」
スマホを返し、ウィンクするミア。
夢見心地の青年が「はい……」と何とか返事をした。
愛想よく、ミアがファンサービスを振りまいていく。
「あああぁぁぁ……!!」
テーブル席に座りながら、マネージャーが頭を抱えた。
「み、ミアさん!! もうやめてください!! こんな勝手なことしてたら、社長とか色々な人に怒られて……!!」
涙目になりながら訴えているマネージャー。
ミアがにっと笑った。
「いいじゃん、いいじゃん。私が勝手にやってることだから。それにアイドルとして、ファンは大切にしないとさ!」
無邪気な口調のミア。
顔をあげると、ファンに向かって呼びかける。
「皆、集まってくれてありがとねー! それじゃあ今日は特別に、ここで一曲歌っちゃおうか!」
ぴしっと、指を伸ばして宣言するミア。
観客達からどよめきにも似た声が上がった。
「おいおい、マジか……!」
「ミアちゃーん!」
更なる盛り上がりを見せていく観客達。
熱気に満ちた空気。期待の目がミアに向けられた。
「み、ミアさん!! それは本当にダメです!!」
勢いよく立ち上がるマネージャー。
目にも止まらぬ速さでミアに近づく。
「ほ、本当に本当に、それはやっちゃダメなんです!! お、お願いですから、話しを……!!」
あわあわとしているマネージャー。
ミアがちらりと視線を向け、そして――
「マネージャー」
そっと、マネージャーの唇に指を当てた。
「私、歌いたい気分なの。だからお願い」
輝くような笑みを浮かべるミア。
毒気を抜かれたように、マネージャーが言葉を失う。
観客達の方へと振り返って――
「よーし、それじゃあいっくよー!!」
ミアが、腕を振り上げて高らかに宣言した。
巻き上がる歓声。拍手と口笛が響く。
「終わった……。私、クビかな……」
よろよろと、マネージャーが壁によりかかった。
絶望した表情。全く気付いていないミア。
ミアが、マイクを構えるポーズを取る。
「いつもの曲で! "Falling Star"!」
元気に言うミア。
椅子に片足を乗せて、指を伸ばす。
その目を閉じて――
ミアの気配が、一瞬にして変化した。
先程とは違う、鋭く張りつめた空気。集中した表情。
どこか神秘的な雰囲気を、ミアは纏っている。
一瞬にして静まり返る観客達。
まるで魅せられたかのように、全員が黙り込む。
ミアがその口を開いた瞬間――
「そこまでよ」
鋭い声が、その場に響き渡った。
目を開けるミア。紫色の瞳を向ける。
ヒールの音が響いて――
「許可もなく勝手にライヴをするのは、都の道路交通規則違反よ。そこまで厳密に取り締まってる訳ではないとはいえ、あなた程の有名人がやったらそうはいかないでしょうね」
ビジネススーツを着た女性が、冷たい声を出した。
黒縁の眼鏡に、後ろで結ばれた黒髪。険しい表情。
鋭い視線を、ミアの方へと向けている。
「…………」
考え込むように黙り込んでいるミア。
やがて、深いため息をつくと――
「なーんだ、そうなの。だったら最初からそう説明してよね、マユっち~」
マネージャーに向かって、ミアが呆れたように言った。
「私は!! 散々!! 止めましたよー!!」
顔をあげて反論するマネージャー。
その声には様々な感情がこもっている。
ミアが申し訳なさそうに両手を合わせた。
「ごめん皆! そういう訳だから歌うのはなし! 悪いけど、ファンサービスはまた今度ねー!」
観客に向かって呼びかけるミア。
不満そうな声が上がる。
「いいから散りなさい。警察呼ぶわよ」
集まった人々に向かって、スーツの女性が鋭く言った。
厳しい雰囲気に、迫力のある言葉。
観客達が、散り散りになっていく。
「おー! お姉さん、やりますねー!」
目を輝かせながら、ミアが無邪気にそう言った。
ぎろりと、女性が睨むような目を向ける。
「あなたが綺羅星ミアさんですね?」
向かい側の席に座る女性。
ミアがニッと笑った。
「その通り! 今話題の超人気天才美少女アイドル! 煌めく星の歌姫、綺羅星ミアでーす!」
両手でピースサインを作るミア。
人懐っこそうな笑みを浮かべ、スーツの女性を見る。
「私はこういうものです」
スーツの女性が名刺を差し出した。
ミアが名刺を受け取る。
「武蔵国新聞社、三芳野(みよしの)ヨウコ?」
名刺の文字を読み上げるミア。
スーツの女性――ヨウコが頷く。
「文化部に所属しております。お見知りおきを」
冷ややかな声で告げるヨウコ。
手帳を取り出して、テーブルの上に置く。
「綺羅星ミアさん。あなたに聞きたい事があるのですが」
氷のように冷たい目を向けながら、ヨウコがそう言った。
向かいに座りながら、ミアが微笑む。
「それって取材ってこと? いやぁ、記者さんからのインタビューだなんて、私もついにそこまできちゃったか~」
でれでれとしているミア。
ヨウコがペンを片手に、ミアを見据える。
「綺羅星ミアさん。3ヵ月程前に動画投稿サイトにデビュー曲である"Falling Star"を投稿。それから数日で動画は300万再生を突破。間を置かずに複数の大手レーベルからオファーがあり、メジャーデビュー。現在は事務所所属の下、シンガーソングライターとして活躍中」
すらすらと、何も見ずに話しているヨウコ。
ミアが頬杖をつきながら、微笑む。
「さすが記者さん、よく調べてるね。ひょっとして、私のファンだったりするー?」
問いかけるミア。
ヨウコがその言葉を無視して続ける。
「メディアが付けた渾名は"煌めく星の歌姫"。どこからともなく現れた彗星のような存在。そう、言われてますね?」
「そうそう! いやぁ、私も最初は大げさだなーって思ってたんだけどさ、使ってる内に案外気に入っちゃって──」
「私が聞きたいのは」
ミアの言葉をヨウコが遮った。
「後半の部分です。どこからともなく現れた、彗星のような存在。そう言いましたよね?」
「うん?」
首をかしげるミア。
その顔に浮かぶ不思議そうな表情。
鋭い眼差しを向けて──
「あなた、どこから来たんですか?」
ヨウコが、静かにそう訊ねた。