カードファイト!! ヴァンガード StarSong   作:バビロン@VG

23 / 49
第四楽章 血塗られし森厳の姫君①

 

ライヴハウス内は、満員の客で埋め尽くされていた。

 

辺りを取り巻く熱気。期待に満ちた表情。

興奮した空気がフロアの中を満たしていく。

 

スポットライトの光に照らされて――

 

『さぁ、今夜もまたやってきたぞー!! 伝説のギタリストの登場だー!!』

 

マイクを通した声が、辺りの空気を震わせた。

沸き立つ観客達。会場の空気が一気にヒートアップする。

 

DJ風の格好をした男が、マイクに向かって叫んだ。

 

『あらゆるバンドを渡り歩き、辿り着いた果ては孤高のソロシンガーにして、超絶技巧のギタリスト!! 今宵も魂を震わせる、その音楽を見せてくれー!!』

 

大きく響き渡る声。

ステージ上に立つ少女を手で示す。

 

蘇芳色の瞳を観客の方へと向けて――

 

『日野宮マユーッ!!』

 

茶色い髪の少女が、爆発するような歓声をあびた。

気だるそうな雰囲気に、鋭い眼光。エレキギター。

 

マイクスタンドに口を近づけて――

 

「前フリはもういいよ。はじめるから」

 

そっけなく、少女――マユがそう言った。

盛り上がる観客。熱気がさらに高まっていく。

 

異様な雰囲気に包まれたライヴハウスに――

 

「"COFFIN HEARTS"」

 

マユがかき鳴らすギターの音が響き渡った。

激しいテンポに、見る者を圧倒させるテクニック。

 

マユの口から、透き通るような声が発せられた。

 

炎が燃えるような時間。熱狂の渦。

音楽が空間を支配し、観客が一体となる。

 

時間が一瞬で過ぎ去り、そして――

 

マユが、最後の歌詞を口にして演奏を終えた。

 

「……ありがと」

 

最後の一音。ギターの余韻。

汗だくのマユが、マイクに向かってぼそりと呟く。

 

ひと際大きな歓声が巻き起こった。

 

「最高だったぞー!!」

 

「マユー!!」

 

飛び交う声。地鳴りのような音。

ライヴハウス内は、大盛り上がりの様相を呈していた。

 

「…………」

 

対照的に、冷めきった様子のマユ。

熱が過ぎ去ったかのように、目を伏せる。

 

歓声に応えることなく、マユが舞台袖へと引っ込んだ。

 

「…………」

 

ケーブルや物で入り組んだ狭い通路。

ギターを持ちながら、マユは一人歩いていく。

 

控え室の前までたどり着いて――

 

「……はぁぁぁ」

 

深いため息を吐き出し、マユが壁にもたれかかった。

緊張が解けた表情。胸に手を当てているマユ。

 

靴音が響いて――

 

「マユ」

 

通路の向こうより呼びかける声。

マユがハッとなって、顔をあげる。

 

穏やかな微笑みを浮かべて――

 

「見てたわ。やっぱり、あなたは天才ね」

 

スーツ姿の女性――諏訪レイカがそう言った。

腕を組み、どこか嬉しそうな表情を浮かべているレイカ。

 

マユが視線をそらす。

 

「……なんだ、あんたか」

 

ぶっきらぼうに言うマユ。

レイカが面白そうに笑った。

 

「あんたとはご挨拶ね。一応、あなたにとっては所属会社の社長に当たるのだけど?」

 

確かめるように話すレイカ。

マユがため息をついた。

 

「契約したらでしょ。その話、明日のはずだけど?」

 

「そうね。でも、今日のライヴを見て、私は決めたわ」

 

ツカツカと近寄るレイカ。

真っ直ぐにマユを見据えながら、手を差し出す。

 

「日野宮マユ。うちと契約しましょう。あなたのその音楽、私がプロデュースしてみせるわ。あなたをプロの世界で活躍させてあげる」

 

迷いない言葉。力強く、レイカがそう告げる。

無言で手を見つめているマユ。

 

2人の間に、沈黙が流れた。

 

「……あんた、随分変わってるね」

 

どこか呆れたように、マユが口を開いた。

 

「あたしみたいな、音楽しか取り柄がないような不愛想な奴つかまえて、契約しようだなんて。プロどころか、バンドメンバーとさえ上手くいかないのに……」

 

自信なさげに目を伏せているマユ。

レイカがにっこりと微笑んだ。

 

「それも聞いたわ。あなた、自分だけじゃなくて他人に対しても凄い厳しいんでしょ。今時珍しいくらいストイックだって」

 

「……別に。あたしはただ、必要な事をやってるだけ」

 

小声で答えるマユ。

ぎゅっと、持っていたギターを抱き寄せる。

 

「あたし、音楽の他には、何もできないから……」

 

暗い表情。ぽつりと呟くマユ。

やれやれと言わんばかりに、レイカが息を吐いた。

 

「本当、あなたって面白いわね。ライヴ中はあんなに自信満々なのに、普段はそうやってナイーブで、感傷的で不器用で……」

 

面白そうにくすくすと笑うレイカ。

マユがムッとしたように顔をしかめた。

 

「なによ、あたしの性格なんだから、勝手でしょ……」

 

ぶつぶつと文句を口にするマユ。

ますます面白そうに、レイカが笑った。

 

愛おしそうな目を向けて――

 

「マユ、あなたはそのままでいいの。あなたはただ、あなたの音楽をやっていればいい。後の事は私が全部やるわ」

 

自信に満ちた声。輝く笑み。

レイカが真っすぐに、マユを見つめる。

 

再び、手を差し伸べて――

 

「だからお願い。私と契約しましょう!」

 

レイカの声が、通路内に響き渡った。

ほんの少し目を見開くマユ。瞳が揺れる。

 

静寂が流れた後――

 

「……わかったわよ」

 

ほんの少しだけ、照れたように。

マユが顔をそらしながら、そう答えた。

 

レイカが目を見開く。

 

「ほ、本当!?」

 

「えぇ。あんたの会社と契約するわ。何度も言わせないでよ」

 

そっけなく答えるマユ。

瞬間、レイカの目に強い光が宿って――

 

「言ったわね!? よっし、やったわー!!」

 

突如として、レイカが声を張り上げた。

ぎょっとするマユ。困惑の表情。

 

レイカが、両手を握り合わせた。

 

「ようやく、うちの事務所に専属アーティストが!! 本当に長かったわ!! これで、海外アーティストの権利を仲介するような退屈な仕事とはおさらばよー!!」

 

「キャッホー!!」と興奮しているレイカ。

子供のようにはしゃぐ姿を見て、マユがドン引いた。

 

「えぇっ、あんた、そんなキャラなの……?」

 

困惑しきりな様子のマユ。

奇妙な光景を前に、言葉を失う。

 

2人の間で、時計の針が進んで――

 

「失礼。少し、はしゃぎすぎたわ」

 

すっかり落ち着きを取り戻したレイカが、

いかにも厳かな口ぶりでそう告げた。

 

きりっと、レイカは澄ました表情を浮かべている。

 

「……まぁ、いいけどさ」

 

理解するのを諦めたマユ。

ため息をつくと、おもむろに口を開く。

 

「ねぇ、一つ聞いていい?」

 

「なにかしら?」

 

マユが短く息を吐く。

 

「あたしを選んだ理由。なんで、そこまでしてあたしの事をスカウトしたわけ?」

 

じっと、レイカの事を見つめているマユ。

蘇芳色の瞳に、真剣な眼差し。静かな迫力。

 

レイカが柔らかに、微笑んだ。

 

「簡単な事よ」

 

あっさりとした口調。

迷いなく、レイカが答えた。

 

「あなたの音楽に惚れたの。それだけよ」

 

「…………」

 

黙り込むマユ。

ほんの僅かだが、その頬が赤く染まった。

 

「……そう」

 

ぼそりと答えるマユ。

レイカがその場で腕を組む。

 

「契約したからには、私達はコンビよ。必ずあなたを一流のミュージシャンとしてプロデュースしてみせるわ。約束する」

 

自信に満ちた笑みを浮かべ、断言するレイカ。

マユが小さく肩をすくめた。

 

「まぁ、期待しないでおくわ」

 

いかにも皮肉めいた声を出すマユ。

レイカが不敵に微笑んだ。

 

「えぇ、任せておきなさい。これからたくさん働いてもらうわよ。なにせ、うちにいるアーティストはあなたしかいないんだから!」

 

「それ、自慢気に言う事? ようするに弱小事務所って事じゃん……」

 

呆れたように目を細めているマユ。

レイカが胸を張った。

 

「伝説は常に何もない場所から始まるものよ。さぁ、マユ」

 

呼びかけるレイカ。

すっと、静かに右手を差し出して――

 

「これから、一緒にがんばりましょう」

 

レイカがマユに向けて笑いかけた。

迷いのない声。情熱が燃える瞳。

 

確かな希望が、その姿からは感じられる。

 

「…………」

 

差し出された手を見つめるマユ。

ほんの少し、迷う素振りを見せてから――

 

「……はいはい」

 

マユが、右手を出してレイカの手を握り返した。

輝かしい光景。2人にとっての、運命の瞬間。

 

希望に満ち溢れた未来が、待っているはずだった。

 

時計の針が進んでいく。

あらゆる光景が流れ去り、過去の一幕となっていく。

 

そして――

 

運命の瞬間から数年。

肌を突き刺すような冷たい風が吹く日。

 

暗い雨が、しとしとと天から降り注いだ。

 

「…………」

 

空を覆い尽くす分厚い灰色の雲。

低い雷の音が轟いて、辺りの空気を揺るがしていく。

 

雨に打たれながら――

 

「あ、あたし……」

 

日野宮マユが、力を振り絞るように口を開いた。

散らばった荷物。道路に横たわっているマユ。

 

ざあざあと、雨がアスファルトを打つ音だけが響く。

 

じわりと、その目が潤んで――

 

「あたしには……音楽しか、ないの……。他には、何もない……。だ、だから……お願いします……神様……」

 

ぼそぼそと呟いているマユ。

白い肌の上、雨の雫が流れて落ちていく。

 

力なく、左腕を天へと伸ばして――

 

「あたしから……音楽を……奪わないで……!」

 

マユの願いを込めた声が、雨音にかき消された。

天が泣くように降り注ぐ雨。どこまでも暗い空。

 

遠くから響く、救急車のサイレンの音を聞きながら――

 

日野宮マユが、静かに意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りは息苦しいまでの静寂に包まれていた。

 

廃墟となったライヴハウス。暗闇の空間。

寂しげな場所を、無機質な照明の光が照らしている。

 

ファイトテーブルを挟んで――

 

「あんた、何しにきたの?」

 

日野宮マユが、冷たい声でそう訊ねた。

敵意に満ちた雰囲気。鋭い目。

 

蘇芳色の瞳が、輝く光を宿している。

 

「……さっきの子は?」

 

無表情のまま訊ねるミア。

どこか冷たさを感じる目を、マユへと向ける。

 

マユが短く、息を吐いた。

 

「知らない。強引にここに連れ込まれて、ヴァンガードでファイトしろって言われたから、やっただけよ」

 

当然の事のように答えるマユ。

異常な発言である自覚は、全く感じ取れない。

 

少しだけ考えた後――

 

「そっか」

 

ミアが、柔らかな微笑みを浮かべた。

 

「何もなかったなら良かったよ。本当、悲鳴が聞こえた時はどうしたものかと思っちゃったからさ~」

 

アハハと笑い声をあげるミア。

手をひらひらとさせる。

 

「でも、マユっちが無事ならそれでよかった。それにしても、マユっちもヴァンガードできたんだね~」

 

ファイトテーブルに視線を向けるミア。

マユが不機嫌そうに目を細めた。

 

「やったことない。さっきのが初めて」

 

「そうなの? でも、勝ったんでしょ?」

 

先程の盤面を思い返すミア。

少女の前に置かれた、6枚のカード。

 

マユがカードの上に指を置いた。

 

「そうみたいね。あたしはただ、頭の中で聞こえる声に従ってただけだから」

 

淡々と答えるマユ。

その視線が手元のカードへと向けられる。

 

ミアが「あぁ」と納得したように声を出した。

 

「なるほど。そっか、そうなんだ」

 

頷いているミア。

2人の間を、息苦しい沈黙が流れていく。

 

「……ねぇ、マユっち」

 

沈黙を破るように、ミアが口を開いた。

 

「本当は明日にでも話そうと思ってたんだけどさ。実は私、マユっちに大事な話があるの」

 

視線を伏せがちに切り出すミア。

真剣な表情。どこか気まずそうな雰囲気。

 

マユが腕を組んだ。

 

「偶然ね。あたしも、あんたに聞きたい事があるの」

 

「ん? マユっちも?」

 

顔をあげるミア。

何気なく、マユへと視線を戻す。

 

スポットライトの光が瞬いて――

 

「あんた、レイカと何を話してたの?」

 

静かに、マユがそう訊ねた。

ミアが少しだけ驚いた後、頷く。

 

「あぁ、そのことね。ちょうどよかった。実を言うとね、私が話したかったのもそのことなのよ。実はさ――」

 

話しかけたミアの言葉を遮って、

 

「別に言わなくていいよ。どうせ、あんた達がやりたい事は分かってるから」

 

きっぱりと、マユがそう告げた。

不思議そうな表情を浮かべるミア。

 

マユの蘇芳色の瞳に、強い輝きが宿る。

 

「あんたとレイカ、2人で話し合ったんでしょ。あんたの今後のプロデュースについて。そんでもって――」

 

言葉を切るマユ。

睨むような鋭い目を向けて――

 

「あたしはもう用済みだって、そう話してたんでしょ?」

 

マユの声が、その場に響き渡った。

鋭い声色。空気を切り裂くような響き。

 

凍り付いたように、辺りの温度が冷え切っていく。

 

「……それ、どういう意味?」

 

笑顔が崩れ、困惑したように訊ね返すミア。

マユが「ハッ!」と鋭い声をあげる。

 

「そのままの意味よ! あんたも、あたしの事を見下してるんでしょ! 使えない女だって、何もできない無能だって!」

 

「…………」

 

「言わなくたって分かってるさ! 実際、あたしだってそう思ってるからね! 今のあたしには、何の価値もないって!」

 

「…………」

 

沈黙しているミア。

ため息をつくと、慎重に言葉を選ぶ。

 

「マユっち、聞いて。私が言ってる事は信じられないかもしれないけど、今のマユっちは別の誰かに操られてるの」

 

真っ直ぐにマユの目を見つめるミア。

 

「さっき言ってた頭の中の声っていうのもそう。私達は別の星の運命と繋がっている。その影響で、マユっちはおかしくなってる。だから――」

 

「うるさいッ!!」

 

マユの叫びが、ミアの言葉を遮った。

荒い息遣い。苦しそうな表情。

 

マユが、ミアを指差す。

 

「あんたの言う事なんて、何も信用できない!! どいつもこいつも、あたしをバカにして!!」

 

びりびりと震える空気。

マユが大きく腕を動かす。 

 

「皆そうだ!! あんただって、レイカだって!! あたしのこと、厄介そうな目で見て!! 腫れ物みたいに扱って!!」

 

心からの叫び。

ミアが悲しそうに目を伏せる。

 

「マユっち、それは誤解で――」

 

「黙れ黙れッ!!」

 

大きく叫び、首を振るマユ。

ぼろぼろとその目から涙が零れた。

 

「全部分かってるんだ!! レイカがあんたと契約した時から、全部!! レイカはあたしを捨てる気なんだって!! あたしの代わりに、あんたをプロデュースするんだって!!」

 

ミアの事を睨むマユ。

憎しみに燃えた瞳に、ミアの姿が映る。

 

「レイカから聞いてんだろ、あたしのこと!! もう演奏できない、壊れた女だって!! 商品価値のない、役立たずの無能だって!!」

 

「……事情は、聞いたよ」

 

振り絞るように答えるミア。

マユが拳を握り固めた。

 

「レイカ……!!」

 

様々な感情の入り混じった声。

ぶるぶると、その手が震える。

 

「あたしはパートナーだって、都合のいい事ばっかり言って……!! 約束するって言っておいて、それで、それで……!!」

 

黙り込むマユ。

ぎゅっと、自分の右肩を掴む。

 

涙が頬をつたい、零れ落ちていった。

 

「そうさ。勝手に期待した、あたしが悪いんだ……!! どうせ皆、あたしを見捨てるんだ。全部全部、あたしが……!!」

 

俯いて座り込むマユ。嗚咽が漏れる。

ミアが同情するように見つめる。

 

「マユっち……」

 

マユに近づくミア。

そっと、手を差し伸べる。

 

ぎりっと、歯を食いしばって――

 

「近寄んなッ!!」

 

ぱんっと、マユがミアの手を払いのけた。

後ろに下がるミア。悲しそうな表情。

 

2人の姿を、光だけが静かに照らしている。

 

ゆらりと、マユが立ち上がった。

 

「どうしてかな。もう全部、どうでもいいはずなのに。全部が全部、終わってるはずなのに……!!」

 

俯いたマユの口から漏れる低い声。

蘇芳色の瞳が輝いて――

 

「頭の中、どこかから声がするのよ。あんたを潰せ、世界を滅ぼせって。それだけが絶対的に正しい事なんだって……!!」

 

マユが、憎しみに満ちた目でミアを睨みつけた。

テーブル上のカードを、勢いよく掴む。

 

冷たい殺気を纏いながら――

 

「だから、あたしと戦え、綺羅星ミア!! あたしにはもう、あんたへの憎しみ以外、何にも残ってないのよッ!!」

 

マユが、叫ぶように言い放った。

廃墟となったライヴハウスに、声が反響する。

 

「…………」

 

無言のミア。

ゆっくりと、天井を見上げる。

 

口を開いて――

 

「はぁー……」

 

大きく、ミアが息を吐いた。

脱力した身体。暗い影の差した表情。

 

ぐしゃぐしゃと、無造作に髪をかく。

 

「あーもう、本ッ当に最悪ッ……!」

 

普段とは違う乱暴な言葉遣いが、その口から漏れ出た。

様々な感情が入り混じる。手を震わせているミア。

 

紫色の瞳を向けて――

 

「わかったわ」

 

ミアが、紫色のデッキケースを取り出した。

冷たい雰囲気に、鋭い目。苦々しい表情。

 

デッキケースを構えて――

 

「ファイトよ、マユっち」

 

ミアが、低い声でそう答えた。

他に誰もいないライヴハウス。不気味な廃墟。

 

ファイトテーブルを前に、2人が向かい合う。

 

「…………」

 

無言の2人。

カードを置く音だけが、その場に淡々と響く。

 

星の描かれたスリーブのカードを、ミアが置いた。

 

「…………」

 

ゆっくりと目を閉じるミア。

マユもまた、1枚のカードを目の前に置いた。

 

血を流す一輪の花が、スリーブには描かれている。

 

「…………」

 

同じく無言のマユ。

準備を終えた2人の間に、しばし沈黙が流れる。

 

目を閉じたまま、ミアが口を開いた。

 

「ねぇ、マユっち。戦う前に、これだけは言っておくわ」

 

「……は? なによ?」

 

不機嫌そうな目を向けるマユ。

すっと、ミアが手を伸ばした。

 

「まず、こんな事に巻きこんじゃってごめん。今、マユっちが苦しんでるのは、全部私のせい。本当にごめんね」

 

辛そうな口調のミア。

マユが両手を広げ、声を荒げた。

 

「今更、謝られた所で関係ないんだよ!! あんたへの怨みが燃え尽きる事はないんだから!!」

 

叫ぶような返答。

ミアが「うん、わかってる」と頷く。 

 

冷たい気配を漂わせながら――

 

「マユっちは悪くないよ。だけど私さ、久しぶりに本当に怒ってるの。だから――」

 

カードの上に指を置くミア。

ゆっくりと、その目を開ける。

 

その瞳に、渦巻くような神秘的な光が宿った。

 

「――最初から、本気でやってあげる」

 

静かに、ミアがマユを見据えた。

神秘的で超然とした雰囲気。静かな迫力が漂う。

 

マユもまた、指をカードの上に置いた。

 

「どうだっていいんだよ!! あんたのこと、完膚なきまでに叩き潰してやる!!」

 

ミアを睨みつけるマユ。

蘇芳色の瞳が輝き、2人の視線が空中でぶつかる。

 

一瞬の静寂の後――

 

「スタンドアップ・ヴァンガード!!」

 

ステージ上、2人の声が重なり響き合った。

 

「《バイオロイドの少年 ロロワ》!!」

 

 

バイオロイドの少年 ロロワ

ノーマルユニット 〈0〉 (ブースト)

ストイケイア - バイオロイド 

パワー6000 / シールド5000 / ☆1

【自】:このユニットがライドされた時、あなたが後攻なら、1枚引く。

― 僕でも、皆を守れるのなら……!

 

 

「《歌を届けるために ロロネロル》!!」

 

 

歌を届けるために ロロネロル

ノーマルユニット 〈0〉 (ブースト)

リリカルモナステリオ - ワービースト 

パワー6000 / シールド5000 / ☆1

【自】:このユニットがライドされた時、あなたが後攻なら、1枚引く。

― ろろは……もっと、も~っと頑張るのです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天には、綺麗な夜空が広がっていた。

 

漆黒の夜の帳。落ち着いた空気。

冷たい風が、穏やかに辺りを吹き抜けていく。

 

鮮やかな光がきらきらと輝いて――

 

「あぅ~……」

 

ロロネロルの情けない声が、辺りに響いた。

噴水の流れる音。楽し気なお喋りの声。

 

頬杖をつきながら、ウィリスタが微笑む。

 

「そんな落ち込まないでよ~。テストまでは、まだまだ時間あるんだからさ」

 

「そ、そう言われてもぉ……!」

 

しくしくと涙を流すロロネロル。

しゅんと、猫耳が力なく垂れ下がる。

 

「まだまだ全然、合格には程遠いのです! このままでは、ろろの青春はいよいよ臨界点に……!」

 

意味不明な表現を使うロロネロル。

力尽きたように、教科書の間に突っ伏す。

 

くすりと、クラリッサもまた笑みを浮かべた。

 

「ウィリスタの言う通りよ。まず、しっかりとやるべきことをやりましょう。私達も協力するから」

 

励ますように話すクラリッサ。

誓いを立てるように、その胸に手を当てる。

 

のそのそと、ロロネロルが顔をあげた。

 

「わ、分かったのですよぉ……」

 

どこまでも情けない声が響く。

クラリッサとウィリスタが、笑い声をあげた。

 

夜の噴水広場には、落ち着いた雰囲気が流れている。

 

「それにしてもさ」

 

広場の中央、噴水を見つめているウィリスタ。

しみじみとした様子で、口を開く。

 

「なんだか不思議だよね。本当なら、縁もゆかりもないはずなのに、こうやって皆で勉強したり、お喋りしたり……」

 

感慨深い口調。

ロロネロルが首をかしげた。

 

「にゃ? どういう意味なのです?」

 

不思議そうな表情のロロネロル。

ウィリスタがにっと微笑んだ。

 

「私はダークステイツで、クラリッサはドラゴンエンパイア。ロロネロルはストイケイア」

 

ウィリスタがそれぞれを指差していく。

 

「出身も育ちも全くのばらばら。なのにこうして、私達は同じ机を囲んでる。同じ制服を着て、同じ教科書を見て、同じ景色を見て……」

 

辺りの光景を手で示していくウィリスタ。

2つの色が混じる瞳に、輝きが映って――

 

「なんていうかさ、凄いと思わない?」

 

ウィリスタが、2人に笑いかけた。

さわさわと、穏やかな風が通り抜けていく。

 

「……確かに、そうですね」

 

静かに同意するクラリッサ。

淡い橙色の光が、その横顔を照らす。

 

「リリカルモナステリオに来なければ、きっと私達は出会う事はなかった。それぞれ、全く別々の人生を歩んでいたでしょうね」

 

「でしょでしょ。そうだよね!」

 

はしゃいだように言うウィリスタ。

指を絡ませながら、考えるように目を閉じる。

 

「もしここに来なかったら、私はきっとダークステイツで魔術の研究に没頭してたかな。ひょっとしたら、魔王に仕えるような悪の魔法使いになってたかも!」

 

「悪の魔法使い!?」

 

驚くロロネロル。

くすりと、クラリッサが微笑んだ。

 

「私の場合は、きっと本家のお膝元で剣の修行に明け暮れていたわね。種族間の争いも根深い所だし、剣士として戦場に出てたかもしれないわ」

 

「剣士!? 戦場!?」

 

目を丸くするロロネロル。

面白そうに、ウィリスタが手を叩いた。

 

「おー、それ面白いね! クラリッサなら、きっと剣士としてもかなりの人物になるんだろうな~」

 

「からかわないでよ。それに、あなたもけっこう似合いそうじゃない? 悪の魔法使い」

 

楽しそうにやりあう2人。

和やかな時間。響き合う笑い声。

 

2人の目が、ロロネロルの方へと向いた。

 

「それで、ロロネロルは?」

 

「えっ! ろ、ろろですか?」

 

困惑したように訊ねるロロネロル。

2人が笑いながら頷いた。

 

ロロネロルが腕を組み、考え込む。

 

「ろろの場合は……もしストイケイアにいたら、えっと……毎日お散歩して、歌を唄って、友達と一緒にご飯を食べて……それで、元気にしてるのです!」

 

胸を張って言い切るロロネロル。

2人がきょとんとした表情を浮かべて――

 

我慢できず、ウィリスタが吹き出した。

 

「アッハハハ! そ、それじゃ、こっちにいる時と変わらないじゃない!」

 

おかしそうに机を叩くウィリスタ。

クラリッサもまた、口元を手で隠す。

 

「ちょ、ちょっと、そんなに笑っちゃダメよ、ウィリスタ……ふふふっ……!」

 

小刻みに震えているクラリッサ。

2人の笑い声が、テーブルの上を流れていく。

 

「な、なんなのです! 聞いておいてー!」

 

怒りの声をあげるロロネロル。

微笑ましい光景。賑やかな噴水広場。

 

青春の一幕が、穏やかに過ぎ去っていく。

 

「あー、笑った笑った!」

 

満足そうに言うウィリスタ。

その顔に輝くような笑みが浮かぶ。

 

「やっぱり、ここにいると退屈しないよ! 私、リリカルモナステリオに来てよかったー!」

 

「えぇ、まったく同感です」

 

頷いているクラリッサ。

ロロネロルが、ぷいと顔をそらす。

 

「ろろ、腑に落ちないのです……」

 

じとっとした口調のロロネロル。

ウィリスタがその背中を叩いた。

 

「もー、ほら、悪かったってばー! そんなにすねないでよ、ロロー!」

 

軽い口振りのウィリスタ。

星空を見上げながら、長く息を吐く。

 

「私、本当に感謝してるんだから。今までのことも、これからのことも……」

 

遠い目で天を眺めているウィリスタ。

輝くような笑みを浮かべて――

 

「私達は最高の友達! そうでしょ?」

 

そう、2人に投げかけた。

生徒達の集う噴水広場。賑やかな夜。

 

楽しそうな雰囲気が、辺りを包み込んでいる。

 

「……そうね」

 

「……もちろんなのです」

 

感慨深い声。

余韻に浸るように、3人の間から言葉が消えた。

 

穏やかな沈黙が流れる中――

 

「……にゃ?」

 

ぴくっと、ロロネロルが

何かに気付いたようにして顔をあげた。

 

「ん? どしたの、ロロネロル?」

 

ロロネロルの様子に気付くウィリスタ。

がたりと、ロロネロルが立ち上がる。

 

空の方を見ながら――

 

「今、誰かの声が聞こえたような気がしたのです」

 

ロロネロルが、小さく呟いた。

不思議そうに辺りを見回しているロロネロル。

 

2人が顔を見合わせる。

 

「声ですか?」

 

「私、なんにも聞こえなかったけど」

 

ウィリスタがそう答えた瞬間。

 

「えっ、なにあれ!?」

 

「ちょっと、ヤバくない!?」

 

広場内に、悲鳴のような声が響き渡った。

声のした方、数人の女生徒が空を指差している。

 

顔を上げて――

 

「いったい、なにが――?」

 

クラリッサが疑問を口にした時だった。

遥か上空、星空から1つの影が降り落ちて――

 

噴水広場の中央付近、凄まじい破壊音が轟いた。

 

「きゃああぁぁぁ!!」

 

近くの生徒達から悲鳴があがる。

石造りの床が砕け、破片が散らばり砂埃があがる。

 

落下してきた物体を見て――

 

「ど、ドラゴン……!?」

 

ウィリスタが、大きく目を見開いた。

突如として空から降ってきた大型の影。紫の鱗。

 

ボロボロに傷ついた竜が、地面に横たわっている。

 

「うっ……がっ……!!」

 

苦しそうなうめき声を漏らす竜。

クラリッサが飛び出した。

 

「誰か救護班を!! ウィリスタ、手伝って!!」

 

大声で指示を飛ばすクラリッサ。

素早く、竜の下へと駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!? しっかりして下さい!!」

 

呼びかけるクラリッサ。

酷く傷ついた竜の姿を見て、顔をしかめた。

 

「ちょっとマズいわね……ウィリスタ!!」

 

「分かってるよ! 癒しの魔術をかけるから、ちょっと待ってて!」

 

魔術の印を結び始めるウィリスタ。

真剣な表情。その頬を冷や汗が流れていく。

 

ばさばさという布がこすれる音が響いて――

 

「見て! また!」

 

空を見ていた生徒が、悲鳴をあげた。

天から落ちてくる小柄な影。風を切る音。

 

「嘘でしょ、どうなってるの……!?」

 

呆然と呟くウィリスタ。

クラリッサもまた、唖然と空を見上げる。

 

落ちてくる影がにやりと微笑み、そして――

 

ふわりと、静かに噴水の上に着地した。

重力を感じさせない動き。優雅な立ち姿。

 

美しい朱華のバイオロイドが、周囲を見回す。

 

「……あら?」

 

呆然としている周囲の生徒達を見て、

ころころとした笑みを浮かべるバイオロイド。

 

その緑色の髪が風に吹かれ、かすかに揺れた。

 

「えっ? なになに?」

 

「どういうこと? 新手の動画撮影か何か?」

 

ざわめく生徒達。

その場にいた全員が、事態に付いていけていない。

 

バイオロイドが大きく、天を仰いで――

 

「素晴らしいー!!」

 

歓喜の声が、響き渡った。

 

「この瞬間を夢にまで見ていたの!! 本物の空!! 本物の大地!! この肌を撫でる本物の風!! 大地に芽吹く、生命の息吹!!」

 

唄うような声を発しているバイオロイド。

大げさな身振りを交えながら、踊るように動く。

 

「目の前に広がるこの光景!! 異空間に封じ込まれて幾星霜、ようやくこの地に戻ることができたのね!!」

 

アハハハハハと、バイオロイドが大きく笑い声をあげる。

楽し気で、それでいてどこか異様な気配。

 

ゾッとしたように、クラリッサが身じろぐ。

 

「なに、あの人……?」

 

青い顔で呟くクラリッサ。

呆気にとられている他の生徒達。

 

ゆっくりと、バイオロイドが蘇芳色の瞳を向けた。

 

「ねぇ、そこのあなた達!!」

 

機嫌の良い声。

女生徒達が怯えたような表情を見せる。

 

「えっ、あ、あの……?」

 

「突然ごめんね! 私の名前はクロディーヌ!」

 

恭しく一礼するバイオロイド――クロディーヌ。

人懐っこそうな笑みが、その顔に浮かぶ。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、ここはどこの大地? ゾーア・カルデラはどっちの方角?」

 

投げかけられる質問。

女生徒達が顔を見合わせた。

 

一人の女生徒が、おそるおそる手をあげる。

 

「あ、あの、ここはリリカルモナステリオです……」

 

「リリカルモナステリオ?」

 

「は、はい。ゾーア・カルデラはストイケイアなので、ここからずっと東の所ですよ……」

 

慎重に答える女生徒。

クロディーヌが「あら!」と口に手を当てる。

 

「そうなんだ! ここがリリカルモナステリオなのね! 噂に名高い、空飛ぶ鯨の幻想国家!」

 

はしゃぐように辺りを見渡すクロディーヌ。

きゃぴきゃぴとした雰囲気。子供のような振る舞い。

 

星空を見上げながら、口を開く。

 

「つまり、今の航路によってはストイケイアから遠く離れた地になるってことかな。なるほどね……」

 

思案するような口調。

倒れている竜が苦悶の声を漏らす。

 

にっこりと、クロディーヌが笑みを浮かべた。

 

「もう一つ聞いてもいいかな! ここにいる人の中で、セレネシスを知っている人はいる?」

 

「……セレネシス?」

 

訊ね返す声。

クロディーヌが「そう!」と明るく声をあげる。

 

「影を統べる虫の姫君、セレネシス! 私、どうしても彼女のいる所を知りたいのよ。誰か知ってる人いない?」

 

問いかけるクロディーヌ。

ざわざわと、女生徒達が相談しはじめる。

 

「な、なんなのです……!?」

 

困惑しきりのロロネロル。

魔術の印が輝き、竜の傷を癒していく。

 

わずかな間の後、クロディーヌが首をかしげた。

 

「……誰も知らないの?」

 

確かめるように訊ねるクロディーヌ。

辺りを見渡すが、答えは返ってこない。

 

「えっ、本当に? ここにいる誰も、セレネシスを知らない?」

 

驚いたように息を呑むクロディーヌ。

よろよろと、その場にへたり込む。

 

「なんてこと! ようやく出てこれたと思ったら、セレネシスの名も伝わっていないような遠い地に降り立つだなんて! これじゃあ……」

 

嘆くような口調。

クロディーヌが両手で顔を覆った。

 

異様な空気が漂う中――

 

「おい……!!」

 

クラリッサの前、倒れている竜が口を開いた。

びくりと驚くクラリッサ。視線を向ける。

 

「えっ?」

 

困惑しているクラリッサ。

ウィリスタもまた、竜の方を見る。

 

息も絶え絶えになりながら――

 

「今すぐ……にげ……ろ……!!」

 

竜が、かすれるような声でそう告げた。

そのまま意識を失う竜。2人が凍りつく。

 

くすくすという忍び笑いが響いた。

 

「今いるここはストイケイアから遠く、しかもセレネシスを知る人もいない。という事は――」

 

ゆらりと、クロディーヌが顔をあげる。

美しい立ち姿。噴水の水がきらきらと光を反射する。

 

その蘇芳色の瞳に、妖しい光が宿って――

 

「――つまり、私の邪魔をする奴は、この辺りにはいないって事ね!!」

 

クロディーヌの手の中で、魔力が奔流した。

凄まじい量の魔力。緑色の光が収束して、捻じ曲がる。

 

「!!」

 

ウィリスタが目を見開いた。

クロディーヌが唄うように魔術を結んで――

 

封印の魔法陣が、クロディーヌの姿を取り囲んだ。

 

「あら?」

 

不思議そうな声。

その輝く瞳が、広場の方へと向く。

 

魔術の印を結びながら――

 

「皆、ここから逃げてー!!」

 

ウィリスタが、大きく叫んだ。

必死になって手を動かしているウィリスタ。

 

冷や汗を流しながら、魔力を手繰り寄せる。

 

「ウィリスタ!!」

 

悲鳴のような声が、クラリッサの口から出た。

混乱した状況。ざわめいている女生徒達。

 

クロディーヌが目を細めて――

 

「アハハ、かわいらしい魔法!」

 

まるで動じることもなく、笑い声をあげた。

その手の中、魔力の光が凝縮して――

 

爆発するような衝撃波が巻き起こった。

 

耳をつんざくような衝撃音。ガラスの砕ける音。

封印の魔法陣もまた、あっけなく崩壊する。

 

悲鳴をあげる間さえなく、女生徒達が吹き飛ばされた。

 

地面や建物に叩きつけられ、意識を失う生徒達。

衝撃が波打つよう広がり、石造りの道路をえぐる。

 

空を駆ける桃色の鯨が、ひと際大きな苦痛の声をあげた。

 

「アッハハハハハ!!」

 

衝撃の中心。クロディーヌの笑う声が響く。

吹き飛ばされた噴水広場。倒れた生徒達。瓦礫の山。

 

粉塵が舞い上がり、地獄のような風景が広がった。

 

「あぁ、清々しい気分だわ!! こうして再び魔力を振るえる時がくるだなんて!! それに、ここにはこんなにも、美しい命が集まってる!!」

 

両手を伸ばし、崩壊した広場を示すクロディーヌ。

くるくると回りながら、踊るように地面に降り立つ。

 

倒れているウィリスタに向かって――

 

「ねぇ、さっきの魔法、あなたのでしょ!」

 

クロディーヌが、気安い口調でそう問いかけた。

吹き飛ばされ、気を失っているウィリスタ。

 

クロディーヌが微笑む。

 

「とっさに使ったにしては良い魔法! おかげで衝撃が弱まって、ここにいる人達も助かったみたい!」

 

にこにこと、機嫌よく話しているクロディーヌ。

すっと、その腕を伸ばして――

 

ウィリスタの髪を掴むと、無理やりその場に立たせた。

 

「い、痛っ……!」

 

目を覚ますウィリスタ。

灰と土で汚れた姿。混乱した表情。

 

クロディーヌが顔を近づける。

 

「おはよう、かわいい魔法使いさん!」

 

弾むような声。

 

「私、あなたみたいに輝いている命が大好きなの! 尊い輝き、一つだけの花! 過去の思い出を糧に、蕾が美しく彩りを咲かせて……」

 

どこまでも友好的に話しているクロディーヌ。

ウィリスタが「ひっ」と恐怖で息を呑んだ。

 

瓦礫が崩れるような音がして――

 

「そこまでよ……!!」

 

振り絞るような声が、辺りに響いた。

「ん?」と声のした方に顔を向けるクロディーヌ。

 

クラリッサが、よろよろと立ち上がる。

 

「あら? あなた、この子の王子様?」

 

ウィリスタを掴みながら、バイオロイドが訊ねる。

世間話をしているかのような声。余裕の笑み。

 

クラリッサが、鋭く睨みつける。

 

「今すぐ、その手を……離しなさい……!!」

 

痛みに顔をしかめているクラリッサ。

肩で息をしながら、右肩を押さえる。

 

「あなたがやった事は、重罪です……!! すぐに、警備兵の方々が駆けつけて……!!」

 

「警備兵?」

 

くすくすと笑っているクロディーヌ。

瞬間、ばさばさと空を駆ける音が辺りに響いて――

 

「そこまでだッ!!」

 

夜空より、武装した天使達が次々と広場に降り立った。

リリカルモナステリオを守る警備兵。天空の使徒。

 

緊張したように、天使達が武器を構える。

 

「そこのバイオロイド、今すぐ手を離しなさい!!」

 

「抵抗は無駄です!! 大人しく投降しなさい!!」

 

クロディーヌに浴びせられるいくつもの声。

じりじりと、天使達がクロディーヌを取り囲む。

 

クロディーヌが目を輝かせた。

 

「あら、こんなにたくさんの命が来てくれるだなんて!」

 

嬉しそうに弾む声。まるで無邪気な少女のような

振る舞いを、クロディーヌが見せる。

 

「今日はきっと素敵な日になるわ! 美しい輝きがたくさん見れそうで、とっても楽しみ!」

 

期待に満ちた目。天を見上げるクロディーヌ。

天使達が、困惑した表情を浮かべた。

 

「な、何を言っているんだ……!?」

 

「いいからその子を離せ! これは脅しではないぞ!」

 

投げかけられるいくつもの言葉。

クロディーヌがくすくすと微笑んで――

 

「ねぇ、魔法使いさん!」

 

その手に掴むウィリスタへと、視線を戻した。

 

「私、さっきも話した通り、輝いている命が大好きなの! 過去の思い出を胸に、愛によって成長した姿! 蕾から咲く一輪の夢!」

 

唄うように話すクロディーヌ。

天使達が「おい!! やめなさい!!」と叫ぶ。

 

クロディーヌが顔を近づけて、ささやいた。

 

「それでね、そんな素晴らしい命が一番輝いて、最高に美しくなる瞬間があるの! どんな時かあなたに分かる?」

 

「えっ……?」

 

怯え切った表情のウィリスタ。

何気なく、クロディーヌの手が地面へと置かれる。

 

狂気を感じさせる笑みが、その顔に浮かび――

 

「途方もない絶望に、必死に抗っている瞬間よ!!」

 

その手の中で、魔力の奔流が起こった。

瞬間、大地が震えて辺りの地面が隆起する。

 

「なっ……!?」

 

驚愕する天使達。

石造りの地面が盛り上がり、そして――

 

巨大な植物の蔦とその眷属が、地面からあふれ出た。

 

「て、敵だ! 総員、戦闘用意――」

 

最前線の天使の声が、蔦で潰され掻き消える。

蠢く植物の魔物が、天使達に襲い掛かった。

 

突如として、激しい戦闘が始まる。

 

「か、数が多すぎる!!」

 

地面から溢れ出る植物の眷属。

割れた大地から、それらが次々と現れていく。

 

「ならば、本体を!!」

 

大地を蹴り、飛び上がる一人の天使。

剣を構えると、雄たけびをあげて突進する。

 

真っ直ぐに、クロディーヌへと迫って――

 

「あら、残念」

 

巨大な蔦が鞭のように動き、天使を叩き落とした。

血を吐く天使。そのまま勢いよく落下していく。

 

辺りに嫌な音が響いた。

 

「ひっ!」

 

凄惨な瞬間を目にして、悲鳴をあげるクラリッサ。

絶望した表情。震えながら、呆然と立ち尽くす。

 

天使達が、植物の眷属に飲み込まれていく。

 

「ま、まずい! 応援を……!」

 

「こっち! 誰かが下敷きになってる!」

 

「友達が動かないの……お願い……誰か助けて……!」

 

様々な声が戦場と化した広場に響き渡る。

絶望、恐怖、慟哭。負の感情が渦巻いていく。

 

巨大な蔦の上、クロディーヌが微笑んだ。

 

「あぁ、本当に綺麗だわ!! 美しい輝きがこんなにもたくさん!! 命が瞬いて、まるで感謝祭みたい!!」

 

アッハハハハハという笑い声。

蘇芳色の瞳に宿る輝きが、さらに増していく。

 

絶句しているウィリスタに向かって――

 

「さて、かわいい魔法使いさん! 次はあなたの番よ!」

 

クロディーヌが、穏やかにそう言って笑いかけた。

ウィリスタの顔が絶望の色に染まる。

 

「お、お願い……! やめて……!」

 

ガタガタと震えながら懇願するウィリスタ。

涙が溢れ、頬をつたっていく。

 

「ウィリスタ……!!」

 

手を伸ばすクラリッサ。

想いに反して、その身体は震えて動かない。

 

クロディーヌの手の中で、魔力が再び奔流した。

 

「あなたにもたくさん絶望を味合わせてあげる! 死んだ方がマシってくらいに! それに抗う美しさを、ぜひ私に見せてちょうだい!」

 

心の底から楽しそうな声。

クロディーヌが手を構えた。

 

「さぁ!」

 

死を告げる声。

満面の笑みがクロディーヌの顔に浮かんで――

 

「踊りましょ! 私達のこれまでと、これからの為に!」

 

魔力が迸り、捻じ曲がった。

絶望的な状況。ウィリスタの目から涙が落ちる。

 

瞬間、一陣の風が素早く蔦の上を駆け抜けて――

 

天に浮かぶ月を背景に、

ロロネロルがクロディーヌへと飛び掛かった。

 

「!!」

 

驚いたように振り返るクロディーヌ。

神秘的な光が宿った紫色の瞳が、その目に映る。

 

爪を振りかぶって――

 

素早い斬撃が、クロディーヌの腕を切り裂いた。

 

「きゃあ!!」

 

悲鳴をあげるクロディーヌ。

溜まっていた魔力が乱れ、辺りに散らばっていく。

 

クロディーヌの手がウィリスタを離して――

 

ロロネロルが、両手でウィリスタを受け止めた。

お姫様抱っこの体勢。ロロネロルが距離をあける。

 

「ロロネロル!!」

 

遠くのクラリッサが、大きく声をあげた。

ウィリスタもまた、「ロロ……」と弱々しく呟く。

 

巨大な蔦の上、ロロネロルとクロディーヌが対峙した。

 

「…………」

 

無言でクロディーヌを見つめているロロネロル。

普段とは違う、神秘的な雰囲気。集中した様子。

 

その紫色の瞳には、渦巻くような光が宿っている。

 

「ロロ、あなた……?」

 

ぐったりとしながら、ウィリスタが訊ねる。

ぎゅっと、腕に力を込めて――

 

「ウィリスタ、しっかり掴まってるのです」

 

静かに、ロロネロルがそう告げた。

瞬間、足場を蹴って走り出すロロネロル。

 

蔦の上を、凄まじい速度で駆け抜けていく。

 

「ちょっと、待ちなさい!!」

 

怒りのこもった声。

手を前に出し、蔦を操って攻撃するクロディーヌ。

 

あらゆる方向から蔦が迫って――

 

ロロネロルが、全ての攻撃を素早く回避した。

 

「あら!?」

 

驚愕するクロディーヌ。

すでに、ロロネロルの姿は遠くまで離れている。

 

蔦を蹴って、ロロネロルがクラリッサの前へと着地した。

 

「ロロネロル……!」

 

目を見開いているクラリッサ。

そっと、ロロネロルがウィリスタを地面へと下ろす。

 

「……怪我はないですか?」

 

しゃがみこみ、2人を見ながら訊ねるロロネロル。

クラリッサとウィリスタが、複雑そうに頷いた。

 

「……今の所は、大丈夫です」

 

「私も、なんとか……」

 

弱々しく返答する2人。

ロロネロルが小さく頷くと、立ち上がった。

 

「良かった。2人はここから離れるのです」

 

2人に背を向けるロロネロル。

じっと、遠くの方へと視線を向ける。

 

「待って! ロロネロル、あなた、なにを……!?」

 

すがるように訊ねるクラリッサ。

ロロネロルが、無言で腕を上げた。

 

クロディーヌを指差しながら――

 

「世界を救いに行くのです」

 

はっきりとした声で、ロロネロルがそう告げた。

言葉を失う2人。背後より、警備の天使達が近づく。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「……じゃあ、後は任せたのです」

 

天使を見ながら、呟くロロネロル。

冷たい表情を浮かべながら、大地を蹴って駆けだす。

 

「ロロ、行かないでよ……!!」

 

懇願するように言うウィリスタ。

だがその言葉は、ロロネロルには届かなかった。

 

「こ、こんなことって……!」

 

呆然としているクラリッサ。

走っていくロロネロルの背中を、2人が見送る。

 

蔦の上を駆け抜けて――

 

ロロネロルがクロディーヌの前へと舞い戻った。

再び向かい合う2人。視線がぶつかる。

 

「わぁ、戻ってきてくれたのね!!」

 

クロディーヌが、嬉しそうに両手を握り合わせた。

輝くような笑みがその顔に浮かぶ。

 

「あなた、とっても素晴らしいわ! そんなにキラキラと輝いている命は久しぶり! ねぇ、お願い! その絶望に抗う美しい姿、もっと私に見せて!」

 

手を差し伸べるクロディーヌ。

ロロネロルが視線を切り、辺りを見回した。

 

崩壊した広場、倒れた人々。襲い掛かる植物の魔物。

 

「…………」

 

それら一つ一つを、ゆっくりと見つめているロロネロル。

悲劇の舞台。多くの悲しみに満ちた戦場。

 

神秘的な雰囲気を纏いながら――

 

「ろろ、本気で怒ったのです」

 

ロロネロルの瞳が、渦巻く光を帯びて輝いた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。