カードファイト!! ヴァンガード StarSong 作:バビロン@VG
漆黒の闇が、纏わりつくように蠢いた。
高層ビルの最上階。広々とした部屋。
暗闇の中、蝋燭の炎だけが辺りをおぼろげに照らす。
邪悪な気配が這い上がって──
「ハハハハハハハハハ!!」
闇の中に、狂喜の笑い声が響き渡った。
黒い髪をした背の高い青年。司祭のような服装。
仰々しく、その両手を広げて──
「祈りも願いも、燃え尽きるがいいッ!!」
青年の瞳に、妖しげな光が宿り輝いた。
冥焔の魔王 バフォルメデス
ノーマルユニット 〈3〉
(ツインドライブ!!) (ペルソナライド)
ダークステイツ - デーモン
パワー13000 / シールドなし / ☆1
【自】【(V)】:このユニットがヴァンガードにアタックした時、【コスト】[グレード3のリアガードを2枚ソウルに置く]ことで、1枚引き、あなたのソウルのグレード3のカード3枚につき、そのバトル中、このユニットのパワー+10000。
【永】【(V)】:あなたのソウルのグレード3の枚数により、このユニットは以下すべてを得る。
・3枚以上-グレード3以上のあなたのユニットすべてのシールド+5000し、『ブースト』を与える。
・6枚以上-このユニットがアタックしたバトルでは、相手は手札から(G)にコールする際、3枚以上同時にコールしない限りコールできない。
― 喜べ。汝に冥府の劫火と燃える栄誉をくれてやろう。
闇の中に浮かび上がっている1枚。
薄紫色の劫火を操る悪魔の姿。
悪魔の前、猫の少女が膝をつく。
「はぁ……! はぁ……!」
荒く乱れた呼吸。
息を切らしている猫の少女。
紫色の瞳の中、光が不安定に揺らいだ。
「なんなのです、こいつ……!」
悪魔を見上げながら呟く猫の少女。
強大で、それでいてどこか虚ろな気配の悪魔。
まるで抜け殻のような空虚さが、その姿から感じられる。
「このままじゃ……!」
油断なく身構えている猫の少女。
悪魔の目が鈍く輝き、その口から嗤うような音が漏れた。
深淵なる闇が、どこまでも続いて──
「綺羅星ミア……!!」
暗闇の部屋に、三芳野ヨウコの声が響いた。
不安げな表情。怯えた目をしているヨウコ。
視線の先、綺羅星ミアがその目を細める。
「…………」
無言のまま手札を構えているミア。
ゆっくりと、その視線を伏せる。
花咲く歌声 ロロネロル
ノーマルユニット 〈2〉 (インターセプト)
リリカルモナステリオ - ワービースト
パワー10000 / シールド5000 / ☆1
【永】【(V)】:あなたのターン中、あなたのオーダーゾーンに表の曲があるなら、このユニットのパワー+5000。
【自】:このユニットがライドされた時、あなたの、山札か手札からグレード2の曲カードを1枚まで探し、公開してオーダーゾーンに置き、山札から探したら、山札をシャッフルする。手札から置いたら、1枚引く。
― すくすく~♪元気に~♪育つんーだぞ~♪
猫の少女が描かれた1枚。孤独な盤面。
辺りを支配する闇が波打つように蠢き、胎動する。
暗闇に一人、孤独に佇みながら──
「……ロロ」
ぼそりと、ミアが小さく、そう呟いた。
VANGUARD
StarSong
古びた映写機が、カタカタと音を立てて動き出した。
スクリーンに浮かび上がる映像。古ぼけた色合い。
どこかの教室の光景が、ぼんやりと映し出される。
カッカッカッという、小気味良い音が響いた。
「クオリアとは」
大きな黒板を前にして、
年老いた老人が厳めしい口調で話し始める。
「ラテン語で"質"を現す言葉だ。感覚的な意識や経験、主観的な質。脳によって感じ取る物。定義としては"感覚的体験に伴う独特で鮮明な質感"とも表される……」
とうとうとした語り口調。
チョークを使い、老人が黒板に文字を刻んでいく。
「ここで重要なのは、人間には"感じ取る能力がある"ということだ。太陽の光、その眩しさ、熱さ。海の色合い、波打つ音、塩水の味……。様々な感覚を、人間はあらゆる機能を使って感じ取っている」
説明するような口調の老人。
モノクロの教室に、その声が響いていく。
「そして、人間は時として自らの能力さえも超えたものを感じ取る。勘、虫の知らせ、第六感と表現されるもの。それらは理屈上では説明が付かないが、確かに存在する。言い換えるならば──」
チョークの動く音。
黒板に大きく、白い文字が並んで──
「人間には、運命を感じ取る能力がある」
はっきりとした口調で、老人がそう断言した。
言葉を切る老人。深い沈黙が教室に流れる。
壁によりかかりながら、少女が腕を組んだ。
「運命とは」
黒板の前、老人が再び話し始める。
「あらかじめ定められた道筋。天から与えられしもの。何人たりともそれを知ることはできず、その軌跡を見ることも出来ない。人々は運命の流れの中に生まれ落ち、それに従ったまま、生涯を終える……」
仰々しい声色。
その手に持ったチョークが再び動き出す。
「では、運命を変える事はできないのか?」
問いかけるような声が、老人の口からあがる。
「運命には流れ──道がある。それを何らかの手段で、意図的に感じ取ることができたならば? 可視化することができたならば? それによって、行く道を自ら選択できたならば?」
淡々とした声。
ひたすらに、老人が文字を書き続ける。
「運命を何らかの形で表現し、その先を選択する。私は理論を構築し、様々な実験を行った。無作為な事象、運命の再現。実験は困難を極めたが、永い年月の果てに一つの結論に辿り着いた。すなわち──」
老人がポケットに手を入れる。
その手の中の物を、机の上に置き──
「──運命とは、テーブルの上に並べられたカードの順番によって表現できる、と」
老人が、厳かな声でそう告げた。
静まり返った教室。モノクロの色遣い。
1枚のカードが、老人の前には置かれている。
歌を届けるために ロロネロル
ノーマルユニット 〈0〉 (ブースト)
リリカルモナステリオ - ワービースト
パワー6000 / シールド5000 / ☆1
【自】:このユニットがライドされた時、あなたが後攻なら、1枚引く。
― ろろは……もっと、も~っと頑張るのです!
「なぜ、このような結論に至ったか?」
老人が自ら訊ねる。
再び、チョークの刻む音が響きだす。
「運命を研究するにあたり、私は一つの事象を観測した。こことは遠く離れた異なる惑星。そこには、運命を操る力が存在している。そして奇妙な事に、その惑星とこちらの星には相関関係がある、と」
飛躍した発想。
老人が迷うことなく言葉を続けていく。
「運命を変える、あるいは導く力。私はその力を運命力(デザインフォース)と定義した。あちらの惑星──惑星Cには、運命力が満ちている。そしてその力は、少なからず我々の世界にも影響を及ぼしている」
確信に満ちた声が響く。
「あちらの事象がこちらにも影響し、またその逆も成り立つ。運命力に満ちた星との繋がり。その現象はなぜか、このヴァンガードというカードゲームを通して観測されている」
とんとんと、指で机を叩く老人。
黒板を白い文字が埋め尽くしていく。
「今話していた理論がいかに不合理であるかは重々承知している。だが、それらを事実と仮定した場合、このような仮説が成り立つのではないだろうか。すなわち、惑星Cからの運命力をこちら側で感じ取り、それを利用する事で──」
振り返る老人。
鋭い眼光が、少女の姿を射貫くように捉えて──
「運命を、変えることができる」
その言葉が、静かに響いて消えていった。
モノクロの光景。張りつめた空気。
黒板の中央、大きく白い文字が書かれている。
【PSYクオリア理論】
「…………」
無言で老人を見つめている少女。
思案するように、その紫色の瞳が揺れ動く。
老人が深く、息を吐いた。
「これが、私の辿り着いた答えだ。だが、理論の完成までにあまりにも長い時間がかかってしまった。これらは全て机上の空論にすぎず、実践に至るまでの時間は私に残されていない」
残念そうに言う老人。
再び息をつくと、その口を開く。
「ただし……」
口ごもったような声。
老人が真っすぐに、少女を見据えて──
「自ら被検体になりたいと言うような、奇特な人間が現れたなら話しは別だがな」
訝しむように、老人がそう告げた。
睨むような鋭い目。疑うような眼差し。
しばし、教室が静寂に包まれた。
「……ようするに」
口を開く少女。
くるくると、その指を回す。
「そのクオリアがあれば、運命を操れるってこと?」
「あらゆる複雑さを排除して表現するなら、そうだ」
ひねくれたように返答する老人。
少女の眉が下がり、渋い表情が浮かんだ。
ため息をつき、少女が視線を伏せる。
「まぁ、詳しい理論はどうでもいいわ。それなら、私が変えたい運命は──」
「それは不可能だ」
ぴしゃりと言い放つ老人。
少女がぴたりと、その言葉を詰まらせた。
老人が哀れむような目を、少女へと向ける。
「私の理論は、運命を感じ取ってそれを選択するものだ。すでに起こった運命を変えることはできない」
はっきりとした声。氷のような冷たさ。
空気が重くなり、胸を締め付けるような沈黙が流れた。
ぎゅっと、少女が自分の手を握りしめる。
「……言ってみただけよ」
視線をそらしながら、小さく答える少女。
老人が首を振り、少女に視線を向けた。
「もう一度だけ聞くが、本当に被検体になるのだな?」
「そうよ」
迷いない返答。
老人が息を吐く。
「敢えて率直に言わせてもらうが、何が起きるかは私自身にも分からない。理論はまったくもって不完全で、検証もできていない。危険性は言うまでもなく、宇宙服を着てブラックホールに飛び込む方がまだ安全かもしれん」
「死ぬってこと?」
動じる事もなく、少女が訊ねる。
老人がふんと、鼻を鳴らした。
「理解できる分、死ぬだけならマシかもしれんな」
真剣な表情。本気で言っている老人。
2人の間から会話が消える。
しばしの間の後、少女が先に口を開いた。
「で、いつやるの?」
端的な質問。
老人が肩をすくめた。
「私には時間がない。早い方が望ましいな」
「そう。なら、今晩やりましょう」
まるで命令するかのように、少女が話す。
老人が目を細め、僅かにその思考を巡らした。
「……いいだろう」
頷く老人。
2人の視線が交差し、無言の会話が繰り広げられる。
ゆっくりと、手をあげて──
「それじゃあ、また今夜」
静かに、少女がそう告げた。
カタカタという映写機の音。映像が切り替わっていく。
モノクロの背景が変わり、そして──
「ミアよ」
どこかの病院の一室。大きなベッド。
病衣を着た老人が、半身を起こして少女を見つめた。
「はっきり言おう、お前は失敗作だ」
空気を切り裂くような鋭い言葉。
目の前に立つ少女が、腕を組んで次の言葉を待つ。
ため息の後、老人が言葉を絞り出した。
「運命力を介して、あちらの惑星と繋がる事に関しては成功したと言える。だがお前の場合、それがわずかに歪んだ形で成立している。本来、お前は繋がるべき存在ではなかったからだ」
とうとうと語る声。
強い意志を宿した目が、少女へと向けられる。
「その歪みはお前にとって莫大な負担となっている。言うなれば、無理やりあちら側の存在に干渉しているような状態だからだ。惑星……ひいては運命から、お前は拒否反応を起こされている。ゆえに──」
「回りくどい言い方はやめてよ。つまり?」
はっきりとした声で訊ねる少女。
老人の言葉がはたと止まる。
険しい表情で、老人が少女を見据えた。
「力を使い続ければ、お前は死ぬ」
はっきりと病室に響く声。
不気味な沈黙が、2人の間に流れていった。
「……そう」
どうでもよさそうに答える少女。
自らの手を、ぼんやりと見つめる。
再び、老人が口を開いた。
「ミアよ、お前は失敗作だ……」
繰り返される言葉。
ゴホゴホと、老人が咳込む。
「だが、私にとっては最期の最高傑作であることは間違いない。だからこそ、お前には伝えておく……」
弱々しい声。
老人が顔をあげ、少女を見つめた。
「決して、その力を使うな。使えば使う程、お前の命は危険になっていく。このままでは、いずれは破滅的な結末が待っていることだろう……」
語り掛けるような口調。
憐れむような目が少女へと向けられて──
「お前は若い。命を粗末に扱うような真似はするな」
老人が、はっきりとした声で少女にそう告げた。
再び咳込む老人。病に蝕まれた身体。
苦しそうに息をしながら──
「私はもう長くない……。お前の行く末を見守る事はできぬが、それでも、お前には生きて欲しいと思う……。それが私からの、最後の願いだ……」
消え去りそうな声で、老人がそう言った。
懇願するような目。消え行く命の灯火。
少女もまた、悲しそうな目を向ける。
「……博士」
憂うような声。
病室の中で、2人が向かい合う。
映写機の映像が途切れて、老人の姿が消えていった。
「…………」
無言で佇む少女。
いつのまにか、その手には1枚のカードが握られていた。
いつか見た、運命のカードが。
歌を届けるために ロロネロル
ノーマルユニット 〈0〉 (ブースト)
リリカルモナステリオ - ワービースト
パワー6000 / シールド5000 / ☆1
【自】:このユニットがライドされた時、あなたが後攻なら、1枚引く。
― ろろは……もっと、も~っと頑張るのです!
「……ロロネロル」
呟く少女。
ほんのかすかに、その目を細める。
白い空間の中、天を見上げて──
「……ごめんね、博士」
ぽつりと、少女の口から言葉が漏れた。
複雑な想い。あらゆる気持ちが入り乱れた言葉。
少女が立ち上がり、映写機に背を向けた。
果てしなく続く白い空間。
少女がゆっくりと、その中を進んでいく。
前を向いて歩く少女の瞳の中で──
神秘的な光が渦巻き、強い輝きを見せた。
夕暮れが沈み、夜の闇が地平線の端から広がっていた。
静まり返った小奇麗な空間。白い壁。
窓から差し込む夕暮れが、部屋の中を照らす。
「ありがとうございます」
扉の前に響く声。
ガラガラと音を立て、病室の扉が開く。
一瞬、驚いたように目を見張って──
「……綺羅星さん」
諏訪レイカが、花束を片手に呟いた。
ベッドサイドの脇、椅子に座るミアが手をあげる。
「お疲れ様です、社長~」
ゆるい口調。笑顔を浮かべているミア。
レイカが後ろ手に扉を閉める。
2人が顔を見合わせた。
「……マユは?」
病室のベッドに視線を向けるレイカ。
ミアのマネージャーのマユが、ベッドで横になっている。
ひらひらと、ミアが手を振った。
「さっきまで起きてましたけど、もう寝ちゃいましたよ~。マユっちったら、すごく疲れてるみたいで~」
あっさりと言うミア。
穏やかな寝息の音が、その場に響いている。
ホッとしたように、レイカが息を吐いた。
「……そうですか」
短く答えるレイカ。
病室の中を進むと、花瓶に持っていた花を生け始める。
ミアがやれやれと言わんばかりに、肩をすくめた。
「いや~、マユっちったら、ずーっと謝ってばっかりで。私は本当に気にしてないって言ってるのに、信じてくれないんですよ~」
軽い口調のミア。
ぺらぺらと、その口から言葉が続く。
「本当、マユっちってば真面目なんですよね~。そこが良い所ではあるんですけど~。ただ、このままだと私も困っちゃうので、後で社長からも言っておいてくれませんか~?」
にこやかな笑みを見せるミア。
レイカは背を向けたまま、黙っている。
2人の間に、気まずい沈黙が流れた。
「……はぁ」
短く息を吐くミア。
その顔から、貼りついたような笑みが消える。
真剣な表情を浮かべて──
「──何があったか、聞かないんですか?」
静かに、ミアがそう訊ねた。
先程とは一変した雰囲気のミア。鋭い目。
レイカが鼻で笑う。
「聞いたら、答えてくれるんですか?」
たった一言だけの返答。
再び花の方へと意識を向けるレイカ。
時計の針の音が、やけに大きく病室の中に響いていく。
「…………」
沈黙しているミア。
何かを思案するかのように、紫色の瞳が揺れる。
やがて、静寂を切り裂くように──
「あぁん、もうっ……!!」
レイカが、イラついた声を出した。
花瓶の前で苦戦しているレイカ。花びらが落ちる。
息を吐き、ミアが立ち上がった。
「もー、社長、貸して下さい!」
呆れたような声。
手を伸ばすと、ミアがレイカの手から花束を奪い取る。
「あっ、ちょっと!」
抗議の声をあげるレイカ。
だがそれよりも早く、ミアの手が動いて──
あっという間に、ミアが花を綺麗に飾り立てた。
「……上手いものですね」
感心したように呟くレイカ。
ミアが興味なさそうに片手を振った。
「慣れてるだけですよ。昔、よくやってたんで」
後片付けをしているミア。
手慣れた手つきで、残った花をまとめていく。
「ふぅ」と一息つき、ミアが身体を伸ばした。
「さて、社長も来たなら、私はそろそろお暇しますね。後は2人でゆっくりどうぞ~」
手を振り、微笑んでいるミア。
鞄を片手に、サングラスを取り出してかける。
病室から出ようとするミアに向かって──
「ちょっと待って」
不意に、レイカがそう呼びかけた。
ぴたりと止まるミア。不思議そうに振り返る。
「はい?」
「綺羅星さん、これだけは伝えておきます」
真剣な口調。
鋭い目を向けているレイカ。
冷たい表情のまま、口を開く。
「率直に言いましょう。あなたが何者なのか、私は全く知りません。ですが、あなたにはとても大きな秘密がある。そうですね?」
「…………」
無言のミア。
レイカが腕を組む。
「あなたは何がしたいのか、何が目的なのか。私には想像もつきません。それを聞いたところで、あなたは答えてくれないでしょう」
淡々とした口調。
ミアがわずかに、その目を細める。
レイカが視線を伏せ気味に、ため息をついた。
「あなたの事が、私には分かりません。これからも天才的な歌手として私達の傍にいるのか、それとも、このまま気まぐれにどこかへいなくなってしまうのか……」
憂うような表情のレイカ。
病室の中に、言葉が溶けて消えていった。
夕暮れの光が陰り、地平線より夜の闇が忍び寄ってくる。
「……ごめんなさい、社長」
小さく言い、俯いているミア。
悩むような表情。その紫色の瞳が揺れる。
言葉を続けようとして──
「ですが」
はっきりとした声。
ミアが不思議そうに顔をあげる。
レイカがミアを見据えて──
「それでも、私はあなたの事を信じようと思っています」
病室の中、その言葉が大きく響き渡った。
目を見開くミア。驚愕の表情。
「……えっ?」
心の底から驚いたように、ミアが訊ねる。
「どうして?」と続けるより早く、レイカが答えた。
「なぜなら、あなたは私の事務所に所属しているアーティストだからです。社長として、所属しているアーティストを信じるのは当然です」
決意に満ちた言葉。
真剣な眼差しが、ミアへと向けられる。
「綺羅星さん、あなたが何をしようとしているかは分かりません。ですが、これだけは覚えていて下さい。あなたはうちの事務所にとって、かけがえのない存在です」
力強く断言するレイカ。
茶褐色の瞳に、夕焼けの輝きが映り込む。
ふっと、その肩から力が抜けて──
「いつでも戻ってきて下さい。待ってますよ」
レイカが優しく、微笑んだ。
「……社長」
ぎゅっと、手を握るミア。
何かを言いたげな表情。震える指。
レイカが視線をそらした。
「それに、忘れてないでしょうね。マユとの合同ライブの契約の件。あなた達2人には、もっとがんばってもらわないと困るんですから」
ミアの雰囲気を察したかのように、
どこか砕けたような口調で話すレイカ。
いかにもわざとらしく、厳しそうな顔を作る。
「……えぇ、そうですね」
ミアがなんとか、一言だけ答えた。
影の差した顔。何かを考え込んでいるミア。
やがて、ゆっくりとその手をあげて──
「それじゃあ、社長──」
わずかに言いよどむ声。
どこか暗さを感じる笑みが、その顔に浮かぶ。
口を開いて──
「また、明日」
ミアが、レイカにそう告げた。
秘められた決意を感じさせる声。紫色の瞳。
レイカもまた、ゆっくりと手をあげる。
「えぇ、また明日」
優しく応えるレイカ。
2人がしばし、その場で見つめ合う。
ゆっくりと、ミアが病室から出て行った。
「…………」
コツコツと、足早に廊下を歩いているミア。
いつになく真剣な表情。張り詰めた雰囲気。
病院から出ると、風が吹いて紫がかった長い髪が揺れる。
「…………」
おもむろにスマホを取り出すミア。
指を使い、画面のアイコンをタップしていく。
電話のコール音が響いて──
「もしもし、サミー?」
相手が電話に出た瞬間。
ミアが鋭い目を向けながら、口を開いた。
「今から、相手の本拠地に乗り込むことにしたわ」