カードファイト!! ヴァンガード StarSong 作:バビロン@VG
地平線の果てに、美しい夕焼けが沈みかけていた。
優雅に天を駆ける、巨大な桃色の鯨。
その背に広がる学園都市──リリカルモナステリオ。
数多の学生達が集う学生寮、その一室にて──
「……よし!」
猫の少女──ロロネロルが声をあげた。
紫色の瞳を向け、辺りを見回すロロネロル。
綺麗に片付けられた部屋が、目の前には広がっている。
家具以外、何も残っていない殺風景な景色。
どこか寂しげな雰囲気が、辺りには漂っている。
「うん、準備完了なのです!」
腰の所に手をあてながら、満足そうに頷くロロネロル。
膨れ上がったリュックサックを背負って──
「それじゃ、出発するのです!」
不自然なまでに明るく、ロロネロルがそう宣言した。
歌を口ずさむロロネロル。美しい歌声が響く。
ごそごそと、ロロネロルが一通の便箋を取り出す。
簡素な白い便箋。
表には綺麗な黒い文字で、こう書かれていた。
"退学願"
「…………」
じっと、手の中の便箋を眺めているロロネロル。
夕焼けに照らされ、その表情に影が差す。
ぺたんと、ロロネロルの猫耳が垂れ下がった。
「……仕方のない事なのです」
まるで自分に言い聞かせるように、
小声で呟くロロネロル。
しばしの間、部屋の中が静まり返る。
「……そろそろ、行かないと」
決意を固め、顔をあげるロロネロル。
短く息を吐き、便箋を玄関から見える位置に置く。
ドアノブを掴んで──
「さよならなのです、リリカルモナステリオ」
ロロネロルが、悲しみを堪えながらそう言った。
名残惜しむような表情。伏し目がちなロロネロル。
ゆっくりと、部屋の扉を開いて──
「何がさよならなの、ロロ?」
不意に、不機嫌そうな声がその場に響いた。
驚くロロネロル。部屋の前に立ちはだかる、一つの影。
白と黒の翼が、風に吹かれてさわさわと揺れた。
「あ、アレスティエル……!?」
目を丸くしているロロネロル。
天使の少女──アレスティエルが腕を組んだ。
「こんばんは、ロロ」
どこか冷たさを感じる声。
不審げに、アレスティエルがロロネロルを見つめる。
「もう夜になるのに、どこに行く気なの?」
「えっ、えっと、それはですね……!」
あわあわと、慌てた様子のロロネロル。
アレスティエルの視線が部屋の中へと向く。
玄関に置かれた便箋を、アレスティエルが見つけた。
「……なにこれ?」
低い声で呟くアレスティエル。
ロロネロルが「あっ!」と声をあげた。
「あ、あの! これはですね──!」
言い訳するように言うロロネロル。
アレスティエルが手を伸ばすと、便箋が浮かび上がる。
魔力の閃光が走り、便箋が燃えて灰になった。
「あーっ!!」
大声をあげるロロネロル。
慌てて、灰になった便箋の元へと駆け寄る。
しゃがみこむロロネロルを見下ろして──
「ロロ、なにしてるの?」
静かに、アレスティエルがそう訊ねた。
怒ったような目。不機嫌そうな表情のアレスティエル。
2人の間、わずかな沈黙が流れる。
「……ろろ、ここを出て行くのです」
座り込んだまま、ロロネロルが口を開いた。
アレスティエルが目を細める。
「理由は?」
「理由? そんなの、決まってるのです!!」
弾かれたように、ロロネロルが立ち上がった。
食って掛かるように、アレスティエルに向き直る。
「ろろは今、悪い奴らに狙われているのです!!」
大きな声が、その場に響き渡った。
「世界征服を企む悪の秘密結社がろろの周りにいて……ろろを狙って、争いが起きるのです!! だから、ろろの傍にいると皆が危ないのです!!」
「……それ、昨日の襲撃事件の事を言ってるの?」
黒い翼を揺らしながら訊ねるアレスティエル。
ロロネロルが頷いた。
「そうなのです!! あれだって、ろろがいたから起こった事なのです!! あれのせいで、クラリッサやウィリスタが怪我をして……!!」
うるうると、紫色の瞳が潤む。
泣きそうになり、ロロネロルがその場でうつむいた。
夕焼けの光が、2人の少女の姿を照らす。
しばしの沈黙の後──
「……私が聞いた話と、違うけど」
ゆっくりと、アレスティエルが口を開いた。
「え?」と顔を上げるロロネロル。
アレスティエルが、真っ直ぐにロロネロルを見つめた。
「皆、こう言ってたよ。『ロロが皆を守ってくれた』『勇敢に戦ってくれた』って。あの事件で怪我人があそこまで少なかったのは、全部ロロのおかげだって」
「そ、そんなことないのです!! ろろは──!!」
アレスティエルが手を伸ばし、言葉を制す。
「そんなこと、ある。だってこれ、ウィリスタから聞いた話だもん。ウィリスタ、ロロに本当に感謝してたよ」
強い眼差し。真剣な表情。
ロロネロルが目を見開き、黙り込んだ。
地平線の彼方より、夜の闇が忍び寄ってくる。
「……ろろ、もうどうしたらいいのか分からないのです」
幾ばくかの時が流れた後。
ぽつりと、ロロネロルがそう呟いた。
「何が何だか分からなくて……時々、自分じゃない誰かに導かれてるような、そんな感覚がして……! でもそれも、よく分からなくて……!」
振り絞るような声。
アレスティエルが黙って、ロロネロルの言葉に聞き入る。
ぽたぽたと、その目から涙がこぼれた。
「気が付いたら戦いの中にいて。それで、皆を助けなくちゃって必死で。だけど、ろろの周りの人は、どんどん傷ついて……!」
震えているロロネロル。
大粒の涙を浮かべながら、ロロネロルが顔をあげた。
「もう、ろろにはどうすることもできないのです!! だからせめて、誰にも迷惑をかけないようどこか遠くに、ろろは行かなければ──!!」
叫ぶような声。悲愴な表情のロロネロル。
瞬間、柔らかな感触が猫の少女を包み込んで──
「そんなことないよ」
優しい言葉と共に、
アレスティエルがロロネロルを抱き寄せた。
「えっ……」
言葉を漏らすロロネロル。
ぎゅっと、アレスティエルがロロネロルを抱きしめた。
「ロロ、辛かったんだね。でも、皆ロロがすごくがんばってる事は知ってるよ。だから一人で抱え込まないで。私達が、助けになるから」
言い聞かせるような口調。
穏やかに、アレスティエルが喋っていく。
にっこりと、柔らかな笑みを浮かべて──
「私達、友達だもん。でしょ?」
アレスティエルが、優しくそう訊ねた。
目を見開くロロネロル。衝撃を受けた顔。
やがて、その表情が崩れていって──
「うっ、うあああぁぁぁ……!!」
ロロネロルが、その場で大きく泣き始めた。
優しく、頭を撫でているアレスティエル。
2人きりの空間。時間がゆっくりと流れていく。
夜の帳を見上げながら──
「少し、落ち着いた?」
アレスティエルが、静かにそう訊ねた。
ロロネロルが顔をあげる。
「はい。ありがとなのです、アレスティエル……」
少しだけ元気を取り戻したロロネロル。
弱々しいながらも、笑顔が浮かぶ。
アレスティエルが立ち上がった。
「良かった。それじゃあ、問題を解決しようか」
「にゃ? 問題?」
首をかしげるロロネロル。
アレスティエルが「うん」と答える。
「さっきのロロが言ってた話、悪の秘密結社。実際、昨日みたいに被害も出てる以上、もうロロだけの問題じゃないよ。皆で考えないと」
「それは、そうなのですが……」
言い淀むロロネロル。
自信なさげに、視線が地面の方に向く。
「結局、あのバイオロイドはどこかへ消えてしまって……手がかりになるようなものもないのです。何かしようにも、手段が……」
「別に、そんなに難しく考える必要ない」
あっさりと言い切るアレスティエル。
ロロネロルが「へ?」と不思議そうな声を出す。
その目を細めながら──
「次に怪しい奴が出てきたら、皆でそいつをボコボコにする。それで情報を聞き出したら、簀巻きにでもして海に放り投げればいいんだよ」
アレスティエルが、とてもいい笑顔でそう断言した。
衝撃を受けるロロネロル。引きつる笑顔。
白と黒の翼が、さわさわと揺れた。
「案外、過激なのです、アレスティエル……」
聞こえないよう呟くロロネロル。
アレスティエルがにっこりと微笑んだ。
ふわりと、アレスティエルが浮かび上がる。
「そういう訳だから、私、しばらくロロの傍に付いてるよ。大丈夫、見つからないように天から見てるから。ロロは気にしないで」
「気にしないでって……そういう訳には」
もにょもにょと言うロロネロル。
どこか困惑したような表情。もじもじと指を動かす。
アレスティエルがフッと息を吐いた。
「平気だよ。きっとすぐに慣れ──」
そう言いかけた瞬間。
どくんと、辺りの空気が鈍く胎動して──
空を覆い尽くすように、漆黒の闇が吹き上がった。
「にゃっ!?」
「ん?」
声をあげるロロネロルとアレスティエル。
夕焼けが闇に飲み込まれ、夜の帳が深く沈み込む。
一瞬にして、辺りが漆黒の闇に包まれた。
「ま、まさか……!?」
怯えた様子のロロネロル。
アレスティエルが警戒するように、辺りを見回した。
「気を付けて、何か変な感じが──」
言いかけた瞬間。
闇が足元から勢いよく吹き出て、少女達を飲み込んだ。
「アレス──!!」
途切れる言葉。
ロロネロルが伸ばした手が、漆黒に消えていく。
闇が、リリカルモナステリオ全域を覆い尽くした。
「……閉じ込められちゃった」
漆黒の中、呟くアレスティエル。
目の前の闇を興味深そうに眺める。
孤独な空間の中で、アレスティエルが宙に浮いた。
「ふーん、なるほどね」
静かな口調。口元に指を当てるアレスティエル。
闇が不気味に蠢く空間の中で──
「話が早くて、助かるかも」
アレスティエルがのんびりと、そう言い放った。
「──つまり、この世界は誤った秩序に満ちている。それゆえ、我々は自らの活動を"世界を滅ぼす"という表現を使い、布教しているのです」
穏やかな言葉が、その場に響いて消えていった。
真っ白な壁。洗練された雰囲気の部屋。
黒い髪の長身の青年が、にこりと微笑む。
「なるほど、興味深いですね」
ペンを片手に、メモを取る黒髪の女性。
眼鏡の奥、鋭い目を青年へと向ける。
「つまり、終末の使徒とはある種のポストモダン的な思想をもって、この世界の在り方に一石を投じている存在。そういう事でしょうか?」
「素晴らしい。理解が早い方で助かります」
どこまでも穏やかな声。
心地の良い響きが、青年の口から放たれる。
女性が短く息を吐いた。
「この程度、普通の理解力があれば当然のことです」
冷たく答える女性。
青年がますます楽しそうに、目を細めた。
「ですが」
視線を伏せながら、女性がさらに言葉を続ける。
「終末の使徒の理念については理解できました。しかし、"世界を滅ぼす"というのは、いささか過激すぎる表現にも思えます。それについては、どのようにお考えでしょうか?」
鋭い質問をぶつける女性。
答えを待つかのように、青年に視線を向ける。
青年の口元に、微笑みが浮かんだ。
「ふふっ、そう思いますか?」
どこか含みのある声。
くすくすと、青年が笑いをこぼす。
「そう思えるのであれば、きっとあなたは恵まれた人生を歩んでいるのでしょうね。おっと、失敬。少々失礼な物言いになってしまった」
「お構いなく。どういう意味でしょうか?」
冷静に訊ねる女性。
青年が先程までと変わらぬ、柔らかな笑みを浮かべた。
「そのままの意味ですよ」
流れるように答える青年。
おもむろに、その指を伸ばす。
紅蓮色の瞳の中、妖しげな光が揺れて──
「この星では、"こんな世界は滅んでしまえばいい"と考える人が、そう少なくはないということです」
青年が、楽しそうにその目を細めた。
穏やかな声とは裏腹の、どこか嘲るような響き。
ぞっと、女性がかすかな寒気を感じる。
「……そう、ですか」
なんとか平常心を取り戻し、答える女性。
さらさらと、メモ帳に文字を記していく。
息を吐いて──
「貴重なお時間いただき、ありがとうございました。またぜひ、取材させて頂ければと思います」
「えぇ、あなたならいつでも歓迎ですよ。えぇと──」
視線を落とす青年。
机の上に置かれた名刺を見ながら──
「──三芳野ヨウコさん」
青年が、そう言って微笑んだ。
立ち上がる眼鏡の女性──ヨウコ。
鞄を片手に、深々と頭をさげる。
「今後とも、よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願いしますね」
穏やかに微笑んでいる青年。
目を糸のように細めながら、手を広げる。
心の中で──
(……どこか、違和感があるのよね)
ヨウコが、静かに考えをまとめていた。
目の前の好青年に対する不自然さ。漠然とした不安。
得体の知れなさを、ヨウコは感じ取っている。
夜の闇を背景にして──
「ところで記者さん。この後、予定はありますか?」
幾分か砕けた口調で、青年がそう訊ねた。
ヨウコが青年を見つめ返す。
「いえ。まだなにか、インタビューしたい事が?」
「あぁ、そうではなくて。良ければ、私達の理想について、取材を抜きにゆっくりと話せればと思いましてね」
気取ったように話す青年。
さりげなく、ヨウコの方へと近寄る。
青年が微笑み、手を差し伸べた。
「この辺りで美味しい料理を出すお店を知っているんです。ぜひ、あなたにもあの味を知っていただきたい。そうすればさらに親密な関係が築けるのではないかと」
「…………」
ほんのわずかに、目を細めるヨウコ。
超人的な精神力を使い、無表情を保つ。
先程とは違った寒気を感じながら──
(なに、このナンパ男……)
ヨウコが心の中でそう呟いた。
呆れているヨウコ。答えを待っている青年。
無表情のまま、ヨウコが口を開く。
「申し訳ないんですが、私には家で帰りを待っている妹と弟がいまして──」
視線をそらしながら、断りを入れた瞬間。
部屋に備え付けられた電話が、突如として鳴り出した。
「おっと、これは失礼……」
露骨に顔をしかめる青年。
どこか不機嫌そうに、受話器を掴む。
「取材中だ。なんの用だ?」
鋭い声で訊ねる青年。
受話器からの声に耳を傾ける。
その目が一瞬、大きく見開かれて──
「なんだと?」
驚いたように、青年が訊ね返した。
思案するような表情。紅蓮色の瞳が揺らぐ。
やがて、かすかな笑みがその口元に浮かび──
「愚かな奴だ」
嘲るように、青年がそう呟いた。
先程とは全く違う口調。邪悪な気配。
クックックと、青年が笑い声を漏らす。
「いいだろう。上がってもらえ」
最後にそう言い、青年が受話器を置いた。
カチャンという音。辺りが静まり返る。
にっこりと、青年が微笑んだ。
「どうやら、お客さんが来ているようです」
「お客? こんな時間に?」
「えぇ。最近、この辺りには迷い猫がよく出るんですよ」
からかうように話す青年。
ヨウコが困惑したような目を向ける。
すっと、両手を広げて──
「良ければ、このまま見て行って下さい。先程の話しの続きは、その猫の相手をした後にしましょう」
青年が、どこまでも朗らかな様子でそう言った。
神秘的な声色。穏やかな雰囲気を醸し出している青年。
その紅蓮色の瞳に、妖しげな光が宿って──
「ね、だから言ったでしょ?」
ビルの1階。広々としたエントランス。
白い装束の人々に囲まれながら──
「あなた達のボスと私、友達なのよ」
綺羅星ミアが、にっこりと輝くような笑みを見せた。
悪戯っ子のような表情。煌めく笑み。
睨むような視線が、ミアへと降り注いでいる。
「さーて」
視線を気にした様子もなく、呟くミア。
どこからともなく、デッキケースを取り出す。
その紫色の瞳に、一瞬だけ光が宿って──
「最後の仕事よ、ロロ」
消え入るような声で、ミアが呟いた。
光に満ちた空間。穢れなき真っ白な壁。
天を突くような高層ビル、その最上階にて──
「ようこそ、お待ちしていました」
青年が両手を広げ、ミアを迎え入れた。
洗練された近代的デザイン。広々とした部屋。
ガラス張りの窓の向こうには、夜の闇が広がっている。
「綺羅星ミア……!?」
驚いた声を出すヨウコ。
ミアもまた、意外そうな表情を浮かべた。
「あれ? 記者さん?」
目を丸くしているミア。
一瞬、鋭い視線がヨウコの方へと向けられる。
疑念が渦巻く中に──
「この方がここにいるのは、偶然ですよ」
青年の穏やかな声が、響いて消えた。
視線を戻すミア。油断ない雰囲気。
にっこりと、青年が笑みを浮かべた。
「たまたま、私達の活動について取材を受けている所でしてね。先程の反応ですと、2人はお知り合いで?」
「さぁ、どうかしらね?」
はぐらかすように、ミアが答える。
迷いない足取り。青年の方へと近づくミア。
ミアと青年が、向かい合った。
「…………」
「…………」
紫色の瞳と紅蓮色の瞳。
2つの視線が空中で交差する。
緊迫した空気が流れる中で──
「さて、まずは自己紹介といきましょうか」
落ち着いた口振りで、青年がそう言った。
気取った雰囲気。すっと、青年が胸に手を当てる。
「私の名前は九頭龍(くずりゅう)キョウマ。終末の使徒の総帥にして、世界に滅びをもたらす者……」
柔らかな微笑みを浮かべている青年──キョウマ。
ミアもまた、にっこりとした笑みを見せる。
「私は綺羅星ミア。煌めく星の天才歌姫」
自信に満ちた声で話すミア。
2人が和やかに笑い合い、互いに見つめ合った。
空気が張りつめていく。
「まさか、このような夜更けにおいで下さるとは。事前に知らせて頂ければ、歓迎の準備もできましたのに」
貼りついたような笑みを浮かべているキョウマ。
すっと、その目を細める。
「そういえば、この前の趣向はお気に召してもらえましたか? 美しく散る花の旋律、迷える魂の舞台。私としては、中々の自信作だったのですがね」
嘲るような響き。
にやにやと笑っているキョウマ。
笑顔のまま、ミアが両手を広げた。
「そうですね~。音楽そのものは悪くなかったんだけど、どうにも演出がイマイチで」
肩をすくめるミア。
紫色の瞳を向けて──
「きっと、プロモーターが無能だったんでしょうね」
さらりと、ミアがそう言い切った。
ぴくりと反応するキョウマ。その笑顔に瑕が入る。
空気が重苦しく、濁っていく。
「……それで、今日はどういった用件で?」
おもむろに訊ねるキョウマ。
ミアが息を吐いた。
「別に。強いて言うなら、鬼ごっこに飽きたの」
穏やかな口調。
ふっと、ミアが微笑む。
「まぁ、会いに来たのは鬼じゃなくて悪魔だけど。それにしても、想像してた姿と違うわね~。てっきり、もっと悪そうな奴だと思ってたのに、こんな優男だなんて」
じろじろとキョウマを眺めているミア。
キョウマがフッと、バカにしたように一笑する。
「器の容姿に意味があると? 所詮、脆く壊れやすい入れ物ですよ、人間は。こんな命には何の価値もない」
侮蔑するような言葉。
自らを蔑むように、キョウマが言い捨てる。
2人の会話を聞くヨウコが、戸惑いを深めた。
「……いったい、何を?」
言外の意味を図りかねているヨウコ。
違和感が強まり、疑念が波のように押し寄せてくる。
冷たい空気を切り裂くように、軽快な音楽が流れた。
「あら、失礼」
スマホを取り出すミア。
けたたましく鳴っている音楽。冷たい視線。
画面をタッチすると、音楽がぷつんと途切れた。
「出なくていいんですか?」
「えぇ。どうせ、上司の説教を聞かされるだけだから」
手をひらひらとさせるミア。
スマホを仕舞うと、キョウマに向き合う。
にっこりと、笑みを浮かべて──
「これ以上話しても無駄でしょ。あんたには今すぐ、向こう側に帰ってもらうから」
ミアが、静かにそう告げた。
迸る緊張感。息の詰まるような空間。
キョウマが面白そうに、その目を細めた。
「それができると? まったく、本当に愚かな人間だ」
やれやれといった様子のキョウマ。
ミアが微笑む。
「御託はいいのよ。やるの? それとも逃げる?」
挑発的な言葉を投げかけるミア。
キョウマが一瞬、不愉快そうに顔をしかめた。
空気が重く、沈み込んでいって──
「……いいだろう」
静かな声。
すっと、キョウマが手を伸ばした。
「なら、今この場でお前を闇に返してやる」
指を鳴らすキョウマ。パチンという音が響く。
部屋の電気が消え、辺りが漆黒の闇に包まれた。
「きゃっ」
小さく悲鳴をあげるヨウコ。
ミアは無言で、その場に佇んでいる。
炎が燃えあがり、蝋燭の光が辺りを鈍く照らした。
周囲を取り囲むように現れた蝋燭達。
魔術的な儀式のような様相。妖しげな雰囲気。
暗闇の中、ファイトテーブルがぼんやりと浮かびあがる。
「すごいじゃない。あなた、こっちでマジシャンやってればいいんじゃない?」
軽口をたたくミア。
キョウマが鼻で笑い、デッキケースを取り出した。
コツン、コツンという靴音が響く。
「運命とは」
厳かな口調。
テーブルの前、カードを並べていくキョウマ。
「全てを支配する意志によって定められ、与えられるもの。それは決して変えられず、抗えず、知る事さえもできない。数多の命はただ、その流れに従うのみ……」
語り掛けるような口調。
神秘的な響きを含んだ声が、辺りに響く。
「だが」
両手を広げるキョウマ。
紅蓮色の瞳が、ミアへと向けられる。
「選ばれし者だけが、運命を支配できる! それはさながら、大いなる意志が導くかのように! 戦禍を、同盟を、邂逅さえも! 全てが我らの手の中にある! そう──」
視線を切るキョウマ。
暗闇の中、その指が1枚のカードを掴む。
その瞳に、妖しげな光が瞬いて──
「この、ヴァンガードによって!!」
叫ぶような声が、深い闇の中へと堕ちていった。
背後から立ち昇る邪悪な気配。歪む空気。
悪魔の姿が、蝋燭の炎によって淡く照らされていた。
冥焔の魔王 バフォルメデス
ノーマルユニット 〈3〉
(ツインドライブ!!) (ペルソナライド)
ダークステイツ - デーモン
パワー13000 / シールドなし / ☆1
【自】【(V)】:このユニットがヴァンガードにアタックした時、【コスト】[グレード3のリアガードを2枚ソウルに置く]ことで、1枚引き、あなたのソウルのグレード3のカード3枚につき、そのバトル中、このユニットのパワー+10000。
【永】【(V)】:あなたのソウルのグレード3の枚数により、このユニットは以下すべてを得る。
・3枚以上-グレード3以上のあなたのユニットすべてのシールド+5000し、『ブースト』を与える。
・6枚以上-このユニットがアタックしたバトルでは、相手は手札から(G)にコールする際、3枚以上同時にコールしない限りコールできない。
― 喜べ。汝に冥府の劫火と燃える栄誉をくれてやろう。
「随分と大げさな考え方ね」
冷たい声を出すミア。
キョウマが肩をすくめる。
「お前らに理解してもらう必要はない。いや、そもそも理解できるものではない」
馬鹿にしきった声。
紅蓮色の瞳に、蝋燭の炎が映る。
「永く創世の時より至る、永劫の沈黙。全てを内包する虚無の世界。それがもたらす平穏と安寧こそが、私のもたらす新世界……」
闇の中に目を向けるキョウマ。
陶酔しきった表情。昏い光の宿った目。
キョウマが両手を広げ、天を仰ぐ。
「この世界とあちらの世界、その全てに沈黙を与え、滅びを導く! 私こそがそれを統べる者! 全てを支配する、運命の先導者! その化身!」
漆黒の中に響く声。
ざわめくように、蝋燭の炎が揺れる。
ミアがその目を細めた。
「ふーん……」
呆れたような声。
ミアがデッキケースを取り出す。
「正直、何言ってるのかさっぱり分からないわ。変な宗教作って神様気取ってると、そうなっちゃう訳?」
手を広げて訊ねるミア。
キョウマがにやりと笑った。
「言っただろう。愚かな人間如きに理解できるとは思っていないと。お前はただ、運命に身を委ねていればいい」
その口から発せられる穏やかな声色。
すっと、キョウマが闇の中にカードを置く。
紅蓮色に輝く瞳を向けて──
「喜べ。お前に冥府の劫火と燃える栄誉をくれてやろう」
漆黒に、悪魔が嘲笑するような貌が浮かび上がった。
ぞっとするような気配。身じろぎするヨウコ。
ミアが、目の前に裏向きの1枚を置いた。
「それ、口説き文句? 趣味悪いね」
まるで動じていないミア。
余裕そうに話しながら、キョウマを睨み返す。
カードを間に、2人が向かい合った。
「ちょ、ちょっと待って下さい! あなた達、さっきから何を言って!? 綺羅星ミア、あなたはいったい……!?」
困惑しきっているヨウコ。
ミアの顔を、不安そうに見つめる。
ひらひらと、ミアが手を振った。
「あー、私達の会話はあんまり気にしないで。多分、言っても分からない事だから~」
「そ、そういうことじゃ……!!」
食い下がるように言うヨウコ。
ミアが「アハハ」と乾いた笑い声をあげた。
「いやー、本当は教えてあげてもいいんだけど、あいにくあんまり時間がなくて。このファイトが終わったら、ちゃんと教えてあげるよ~」
悪戯っぽく言うミア。
ほんの一瞬、その視線が下を向いて──
「まぁ、無理だろうけどね……」
ぼそりと、ミアがそう呟いた。
闇の中に消えていく言葉。絶句しているヨウコ。
蝋燭の光に照らされながら──
「……いくよ、ロロ」
ミアが、カードへと指を伸ばした。
キョウマもまた、その手を伸ばして構える。
闇に渦巻く静寂。睨み合う2人。
「──世界に、滅びと沈黙を」
厳かな声で、そう告げるキョウマ。
紫色の瞳と紅蓮色の瞳。2つの色が交差して──
「スタンドアップ・ヴァンガード!!」
どこまでも続く深い闇の中に、その声が響き渡った。
「《クロックハンズ・ドラコキッド》!!」
クロックハンズ・ドラコキッド
ノーマルユニット 〈0〉 (ブースト)
ダークステイツ - ギアドラゴン
パワー6000 / シールド5000 / ☆1
【自】:このユニットがライドされた時、あなたが後攻なら、1枚引く。
― さぁ、一緒に時間を進めに行こう!
「《歌を届けるために ロロネロル》!!」
歌を届けるために ロロネロル
ノーマルユニット 〈0〉 (ブースト)
リリカルモナステリオ - ワービースト
パワー6000 / シールド5000 / ☆1
【自】:このユニットがライドされた時、あなたが後攻なら、1枚引く。
― ろろは……もっと、も~っと頑張るのです!
時計の針が、規則的な音を奏でていった。
広々としたマンションの一室。窓から見える夜の空。
静かな空間に、時を刻む音がやけに大きく響いていく。
部屋の中、ソファーの上から──
「……んぅ」
寝ぼけたような声が、部屋の中に響いた。
もぞもぞと動く影。ゆっくりと、その場で起き上がる。
少女──紫導カナタが、頭に手をあてた。
「……あれ? 私」
ぼんやりとした声。
思考がまとまらない様子のカナタ。
きょろきょろと、部屋の中を見渡す。
「……そっか、昨日、病院から帰ってきたんだった」
呟くカナタ。
昨日の夜の出来事が、頭の中に蘇る。
そして──
「──ミアッ!!」
頭の中の回路が繋がり、カナタが叫んだ。
記憶が波のように押し寄せて、消えていく。
救急車。病院。診察室。
あらゆる映像、音声が蘇っていく。
暗い診察室。CT画像を前にして──
『紫導ミアさん、あなたは──』
黒く塗りつぶされた医師の顔。
ノイズが走ったように、その声が途切れた。
目の前に、真っ暗な闇が広がる。
「──っ!!」
頭を抱え、その場でうずくまるカナタ。
心臓が早鐘のように脈打ち、息が乱れていく。
ポタポタと、カナタの目から涙が落ちた。
「わっ、私……!!」
途切れる言葉。
呼吸が荒く乱れて、発作のような音が漏れる。
冷たい温度を感じながら──
「どうしたら……!!」
カナタが、震えながらそう呟いた。
怯えたように、自分自身を抱きしめるカナタ。
心が深い絶望の中に落ちていき、そして──
「……ミア?」
ふと、カナタがこの場に広がる静寂に気付いた。
壁の時計を見る。指し示されているのは、夜の時刻。
しんと、部屋の中は静まり返っている。
「……ミア、いるの?」
ふらふらと、立ちあがるカナタ。
不安そうな表情。再び「ミア!」と呼びかける。
どこからも、返事は返ってこない。
「ミア……!?」
不気味までの沈黙。
カナタの顔から血の気が引き、息遣いが荒くなった。
「ねぇ、ちょっと、ミア!!」
悲鳴のような声をあげるカナタ。
リビングを飛び出すと、廊下を進んでいく。
「お願い、お願いよ……!!」
祈るような声。
涙をぬぐいながら、足早に進む。
廊下の先、奥ばった部屋の扉を開いて──
「ミアッ!!」
部屋の中に向かって、カナタが大きく叫んだ。
こじんまりとした空間、可愛らしく飾られた部屋。
白い壁紙を背にして──
「……お姉ちゃん?」
ベッドの上で、紫導ミアが不思議そうに返事をした。
パジャマを着た姿。起き上がっているミア。
その手には、数枚の紙が握られている。
「ミア……!!」
安堵の声を出すカナタ。
へなへなと、その場にへたり込む。
ミアが驚き、目を丸くした。
「ちょ、ちょっと、どうしちゃったの!?」
慌てたように訊ねるミア。
カナタが長く、息を吐く。
「何でもないよ。私、不安になっちゃって……」
それ以上、何も言えなくなるカナタ。
心配そうな目で、ミアがカナタを見つめた。
しばし、2人の間から会話が消える。
「……それで、ミア」
落ち着きを取り戻したカナタ。
おずおずと、口を開く。
「あのさ、昨日の話しなんだけど……」
「あぁ、うん。そうだね……」
目を逸らすミア。
その表情が暗く、曇っていく。
「正直な気持ちを言うと、今の私は頭の中ぐちゃぐちゃ。本当、突然の事だし。信じられないって気持ちとか、不安とか、いろいろな物が混ざっちゃって……」
視線を伏せ気味に、そう話すミア。
伸ばした手を、おぼろげに見つめる。
「本当、何がなんだか分からなくて。これが運命っていうなら、酷い話だし。だけど、一晩考えて思ったんだ。こういう時、いつもならどうするかって」
ゆっくりと、手を握るミア。
顔をあげると、カナタの顔を見つめる。
ミアがにっこりと、微笑んだ。
「決まってるよね。私には、世界で一番頼れるお姉ちゃんがいるんだから! だから私、お姉ちゃんの言う通りにするよ!」
朗らかな口調。
努めて明るく、ミアがそう答えた。
「ミア……!!」
言葉を詰まらせているカナタ。
涙ぐんだ目。息を呑んで、口元を隠す。
ミアが悪戯っぽく笑った。
「もー、お姉ちゃん、泣きすぎだよ~」
軽い口調で言っているミア。
ふふんと、面白そうに指を伸ばす。
「それにさ、私もお姉ちゃんの職場見たかったし! 天才科学者様の職場なんてそうは見られないもん。どんな所なのか、楽しみだなー!」
「もう、からかわないでよ……!」
なんとかして答えるカナタ。
涙を拭いながら、なんとかして笑みを浮かべる。
2人が楽しそうに、笑いあった。
「……それじゃあ、私は荷造りを始めるわ」
立ち上がるカナタ。
長く息を吐くと、優しく微笑む。
「準備ができ次第、出発するから。ミアも準備しておいてね。向こうにも連絡しておくから」
「うん、わかった」
頷くミア。
その紫色の瞳が、真っ直ぐカナタの方へと向けられる。
その手に握られた数枚の紙を、カナタが見つめた。
「ねぇ。ところで、その紙はなんなの?」
視線を落としているカナタ。
ミアが持っていた紙の束を持ち上げた。
「これ? ちょうどさっきまで、新しい曲を作ってたの」
「曲? 歌を作ってたってこと?」
「そう。私ってほら、アイドルやってるから。音楽だけじゃなくて、歌詞も自分で考えてるんだ~」
得意そうに答えるミア。
カナタが理解できない様子で「へぇ」とだけ言う。
楽譜を片手に、ミアが笑みを浮かべた。
「昨日から色々な歌詞とかメロディが頭の中に浮かんでて。自分で言うのもなんだけど、今までで一番良い曲になると思うの! きっと私の最高傑作になると思う!」
「そうなんだ。良かったじゃない」
無邪気に喜んでいるミアの姿を、
慈しむように見つめているカナタ。
ブイと、ミアがピースサインを作る。
「今はまだ未完成だけど、曲ができたら真っ先にお姉ちゃんに聞かせてあげるから! 楽しみにしておいてね!」
「はいはい、分かったわよ。新しい曲ね」
頷いているカナタ。
紫色の瞳が、楽譜の方へと向く。
「で、何て曲なの?」
何気なく、カナタがそう訊ねた。
ミアの顔に、煌めく笑みが浮かぶ。
「曲名はね──」
楽譜へと視線を向けるミア。
綺麗な紫色の瞳が、星の光のように瞬く。
どこまでも穏やかに、ミアが微笑んだ。
「"Falling Star"」