カードファイト!! ヴァンガード StarSong 作:バビロン@VG
真っ白な色が目の前に広がって――
白い壁で出来た病院の一室。
小さな花瓶の前に、私は立っていた。
赤、白、黄色。
色とりどりの花々。
鮮やかな色が、辺りに彩を添えている。
手慣れた手つきで、花を花瓶に刺していき――
「これでよし、と」
一通り花を飾り立て、私はそう呟いた。
満足のいく仕上がり。額の汗をぬぐう。
ベッドの上、ミアが柔らかな笑みを浮かべた。
「意外と器用だよね~、お姉ちゃん」
面白がるような口調。
半身を起こして、頬づえをついているミア。
その紫色の瞳が、私の方へと向けられている。
「その通り、私にできないことはないの!」
自信満々の口調。
腰に手を当てながら、私は堂々と胸を張った。
ミアがため息をつく。
「もー、また始まったよ……」
呆れたような声を出すミア。
得意になりながら、私は椅子に座る。
鞄を開いて――
ばさりと、書類の束がベッドの端に置かれた。
「なにそれ?」
興味を惹かれたように訊ねるミア。
ふふんと、私は微笑む。
「最新の医療論文だよ。特別な伝手で取り寄せてもらった、出来立てほやほやのやつ!」
「ふーん……」
その凄さに気付いた様子もなく、
気のない返事をするミア。
さっと、私は読書用の眼鏡を取り出す。
「ミアも知ってるでしょ。私、天才科学者なの!」
大きく断言する私。
眼鏡をかけると、論文へと視線を落とす。
「だから、私に任せておけば大丈夫よ。どんな名医でも及びがつかない、奇想天外な科学療法を見つけてあげるから!」
「奇想天外って……私を実験台にしないでよね~、お姉ちゃん」
渋い表情を浮かべているミア。
「大丈夫だって!」と、私が力強く言う。
互いに顔を見合わせ、私達は笑い声をあげた。
2人きりの時間。穏やかな空気。
煌めく星空が、窓の外には広がっていた。
「ねぇ、お姉ちゃん」
唐突に、ミアが口を開く。
論文を読んでいる私。
「なに?」
「お仕事、ずっと休んでない? 大丈夫なの?」
心配そうな口調。
眼鏡を指であげながら、私は頷いた。
「平気よ。サミーにもちゃんと話してあるし、私は優秀だから。特別なのよ」
力強く、そう言い切る。
ミアが怪訝そうな目を向けた。
「それ、本当なの? お姉ちゃんの言う事って、いまいち信用できないんだよね~」
「なによ、そんなことないでしょ」
顔をあげ、不満げな表情を浮かべる私。
ミアがため息をついた。
「いや、お姉ちゃん、けっこういい加減じゃん。結局、私のライヴだって一度も見に来てくれなかったし」
「うっ」
図星をつかれた私。
視線を逸らすと、壁の方を見つめる。
「そ、それは、その。仕事とか忙しかったし……。それに! ライヴって言っても、高校の文化祭の話しでしょ? そんな大したものじゃ……」
「あっ、ひどいんだー! 私、傷ついちゃうー!」
いじけたように言うミア。
怒ったように、わざとらしくむくれて見せる。
ほんの少しの間の後、私は息を吐いた。
「悪かったわよ……。ミアの病気を治したら、今度こそちゃんとライヴに行くから……」
しゅんとした声色。
ミアがにっこりと、大きく笑った。
「分かればよろしい!」
得意そうに話すミア。
輝く瞳に、明るい雰囲気。可愛らしい声。
――記憶の中だけに、残っている姿。
「まぁ、なんにせよ、まずは早く病気を治さないとダメよ! そうしたら、ライヴでも何でも行ってあげるから!」
力強く、過去の私がそう言い切る。
全てはそこから。決意を新たにした口調。
ミアが、穏やかに微笑んだ。
「……そうだね」
それ以上は何も言わないミア。
窓の外に視線を向けると、星空を眺める。
煌めく星々。漆黒の闇の中、光が瞬いて――
「あっ、そうだ!」
突然、思いついたようにミアが声をあげた。
「ん?」と反応する私。
ごそごそと、枕の下をあさって――
「はい、これ! お姉ちゃんにプレゼント!」
ミアが、一束の紙を差し出した。
ピンで留められた数枚の楽譜。手書きの文字。
表紙には大きく、"Falling Star"と書かれている。
「……これって」
楽譜を受け取る私。
ぺらぺらと、中身をめくる。
きらきらと目を輝かせ、ミアが私を見つめた。
「昨日ね、ようやく完成したの! 本っ当に苦労したんだから! でも、おかげで私の最高傑作になったと思う!」
自慢そうな口調。
楽譜を見ながら、私は「へぇー」と声を漏らす。
一瞬の間の後、ミアがじとっとした目を向けた。
「……お姉ちゃん、覚えてないの? 完成したら一番にお姉ちゃんに見せてあげるって、前に約束したじゃない」
「ふぇっ?」
思わず、すっとんきょうな声が出る。
冷たい視線。頭を必死に働かせている私。
ようやく、いつかの記憶が脳裏に蘇って――
「あぁ、あの時の!」
ぱんと、私は手を叩いた。
呆れかえった様子で、ミアがため息をつく。
「もー、やっぱり忘れてるんだもん。ほら、私の言った通りじゃん! お姉ちゃんはいい加減すぎ!」
先程の指摘を証明するかのような声。
私は「ぐぅ」と、苦しそうに返事をする。
ミアが楽譜を指差した。
「それ、大切な物だから、ちゃんと見ておいてよ! それと、ミアがいなくてもちゃんと毎日お風呂には入る事! 食事は1日3食、お菓子だけはダメ! あと、寝る前にスマホは見ないで――」
「あーもう、わかったわかったってば!」
慌てたように、私は手を振る。
「そう毎回毎回言わなくても、分かってるってばー! 私だって、立派に独り立ちしてるんだからー!」
「本当かなー? お願いだから、ちゃんとしてよね~」
からかうような口調のミア。
「ぐぬぬ」と、私は悔しそうな表情を浮かべる。
論文を置き、私はその場で立ち上がった。
「もう! 今日はこれでおしまい! また明日来るから!」
ぷりぷりと怒ったように言う私。
受け取った楽譜の束を、鞄へと仕舞う。
荷物をまとめると、私は片手をあげた。
「それじゃあね、ミア!」
「うん。ありがと、お姉ちゃん」
手を振り返しているミア。
いつも通りの挨拶。一時の別れ。
私が扉に手をかけた瞬間――
「ねぇ、お姉ちゃん」
不意に、ミアの声が後ろから響いた。
「ん?」
何気なく、振り返る私。
ミアの微笑む姿が、視界に入る。
穏やかな雰囲気を漂わせながら――
「世界で一番、愛してる」
ゆっくりと、その言葉が歌のように響いていった。
白い病室の中、その声は一瞬で消えていく。
ほんの少し、目を丸くしてから――
「……私もだよ」
微笑みながら、私もまたそう答えた。
見つめ合う私達。ゆっくりと流れていく時間。
すっと、手をあげて――
「じゃあ、また明日」
「うん。また、明日ね」
私とミアが、そう言葉を交わした。
再び、ミアに背を向ける私。扉に手をかける。
病室の扉が開き、そして――
ばたんという扉が閉まる音と共に、
最期の記憶が終わりを告げた。
「……また、明日」
真っ白な空間の中、一人佇んでいる私。
自らの手の平を、力なく見つめる。
「……ミア」
ぽつりと、呟く声。
全ては遠い記憶の彼方。過ぎ去った運命。
ぼんやりと、何もない空間に手を伸ばして――
「ライヴ、行けなくてごめんね……」
私の声が、その場に響いて消えていった。
どこまでも続く真っ白な空間。孤独な場所。
ただひたすらに、沈黙が流れていく。
『私は知っているぞ! お前の中にある心の闇を! お前が望む、真なる結末を!』
いつか聞いた言葉が、思い返される。
私が望む未来。選び取る結末。
その先にあるのは――
私の足元から、漆黒の闇が溢れて広がっていった。
辺り一面を塗りつぶしていく闇。黒い足音。
白い世界が、黒に飲み込まれていく。
「…………」
抵抗する気もなく、身を任せている私。
目の前の闇に、心地よささえ感じている。
死を間近に感じながら――
「……これで、ようやく」
安堵の声が、私の口から漏れた。
そっと両目を閉じて、私は胸の前で手を組む。
冷たい風が、肌を撫でていった。
さわさわと揺れる髪。遠くから聞こえる音。
下に落ちるような感覚がして――
目の前に、マンションの一室の光景が広がった。
「…………」
目を開き、天井を見つめている私。
じっとりと発汗した身体。酷い倦怠感。
近くを走る車の音が、辺りに響いている。
「……ここは」
起き上がりながら、口を開く私。
綺麗に整頓された部屋。知らない誰かの一室。
警戒するように、辺りを見回す。
薄暗い部屋。奥のキッチンから聞こえる物音。
窓の外では、都会の光がゆらゆらと漂っている。
「……痛っ」
頭を抑える私。
ずきずきとした痛みが、私の全身を貫いた。
顔をしかめ、手の平を見ながら――
「なんだ……生きてるじゃん……」
残念そうに、私はそう呟いた。
がっかりとしながら、長く息を吐く。
何の気もなしに、視線を下の方へと向けて――
「……は?」
思わず、鋭い声が私の口から漏れた。
いつのまにか、服が着替えさせられていた。
コミカルな猫がプリントされた、子供っぽいパジャマに。
「…………」
無言で、それを見つめる私。
静かな夜。月明かりが、私の姿を淡く照らしている。
苦虫を噛み潰したような表情で――
「……ダサ」
率直な感想が、私の口から放たれた。
VANGUARD
StarSong
「あら、気が付いたの?」
光が差し込み、キッチンから人影が現れた。
両手に持った湯気の出るマグカップ。ラフな服装。
三芳野ヨウコが、観察するような目を向けた。
「……記者さん」
低い声で話すミア。
ヨウコが無造作に、ミアの向かいに座り込む。
「ほら、飲む?」
マグカップを差し出すヨウコ。
湯気の中、漆黒のコーヒーがゆらゆらと揺れた。
「……ありがと」
素直に受け取るミア。
そのままカップを傾け、コーヒーを飲む。
2人の間、時間が静かに流れていく。
「……ここは?」
おもむろに、ミアが口を開く。
ヨウコがフッと息を吐いた。
「私の家よ。ちなみに、一人暮らしだから」
淡々とした口調。
ヨウコがコーヒーを口に含んだ。
ミアが「ふーん」と言葉を漏らす。
「つまり……あなた、普段はこんなダサい部屋着で過ごしてるの?」
着ているパジャマを引っ張るミア。
ヨウコが「むぐっ!」とコーヒーを詰まらせた。
げほげほと、ヨウコがむせる。
「言っておきますけど、それは私のではなく妹のです! たまに泊まりに来るので、置いてあるだけですから」
不愉快そうに答えるヨウコ。
ぴくりと、ミアがその言葉に反応した。
「……へぇ。記者さん、妹がいるんだ」
ぼそりと呟くミア。
その目がどこか遠くを見つめる。
コーヒーの湯気が宙を漂って――
「……ねぇ、記者さん」
しばしの沈黙の後、
ミアがおもむろに口を開いた。
「ちょっと、お願いがあるんだけど」
「……なにかしら?」
僅かに緊張したように訊ねるヨウコ。
ミアがコーヒーカップを置いて、手を伸ばした。
「……動画」
「えっ?」
「この前の動画。もう一度見せてくれない?」
視線を伏せがちに、ミアがそう話した。
表情のない顔。漂う儚い雰囲気。
「…………」
無言でいるヨウコ。
差し出された手を見つめる。
スマホの光が、辺りを淡く照らして――
『はーい、みんなー。どうもありがとー!』
ミアの手の中で、明るい少女の声が響き渡った。
手振れのある乱れた映像。荒い画質。
高校の文化祭の様子が、騒がしく流れていく。
「…………」
じっと、画面に集中しているミア。
流れてくる歌声に、耳をすませていく。
少女の歌が部屋の中に響き、そして――
『ありがとー!! みんな、愛してるよー!!』
画面の中の少女が、煌めく笑顔を浮かべて手を振った。
輝いている姿。万雷の拍手が少女を包み込んでいる。
動画が終わり、画面が停止した。
「…………」
黙り込んでいるミア。
画面に浮かぶ少女の笑顔を、静かに見つめる。
その指が、少女の顔をなぞって――
「……やっぱり、大した事ないじゃん」
ぼそりと、ミアが振り絞るようにそう呟いた。
うつむいているミア。かすかに震えている指先。
ぽたりと、スマホの画面に雫が落ちる。
「……綺羅星ミア」
呟くヨウコ。
目の前の少女の姿を心配そうに見つめる。
沈黙が流れて――
「……ありがとう」
名残惜しそうに、ミアがスマホを差し出した。
熱っぽい息遣い。揺れている紫色の瞳。
ヨウコの手が、スマホを掴む。
「……この映像の子って」
慎重に訊ねるヨウコ。
ミアが深く、息を吐いた。
「……私の妹」
短く答えるミア。
ゆっくりと、その視線を伏せる。
「紫導ミア。私達、一卵性の双子だったの」
「…………」
過去形で語られる言葉。
ヨウコが何かを察したように、目を細めた。
夜の街の音が、やけに大きく2人の間を流れていく。
「……姉妹で、アイドルをしてたんですか?」
確かめるような声色。
ミアが自嘲するような笑みを浮かべる。
「まさか、ミアの方だけよ。私は科学者だったし、人付き合いは苦手なの。アイドルにも別に興味なかったし」
あっさりと言い切るミア。
ヨウコが訝し気な表情になる。
「科学者ですって? あの歌唱力で?」
疑わしそうな視線。
フッと、ミアが微笑む。
「言ったでしょ。私には、カードの声が聞こえるのよ」
当然のことのように話すミア。
どこか超然とした雰囲気を漂わせる。
ヨウコが目を細め、腕を組んだ。
「前から聞きたかったんですが……それはいったい、どういう意味なんです? カードと歌唱力に、何の関係が?」
疑るような眼差し。
ミアが「アハハ」と笑い声をあげる。
「まぁ、そうだよね。普通はそうなるよね~」
面白そうに言うミア。
ヨウコがますます怪訝そうな目を向ける。
指を伸ばして――
「ねぇ、記者さん。知ってる?」
唄うような口調。
ミアがゆっくりと、天井を見上げた。
「この宇宙には、地球とよく似た星があって、そこでは色んな種族が暮らしているの。龍に悪魔、天使。ロボットに人魚。それに――歌う、猫の女の子」
「…………」
黙って話しを聞いているヨウコ。
ミアの紫色の瞳が揺れる。
「種族だけじゃない。魔法と呼ばれる不思議な力や、地球とは比べ物にならない程に高度に発展した科学技術、神秘的な力。全てが地球とは違う惑星」
言葉を切るミア。
にっと、悪戯っぽく微笑んで――
「そんな星――惑星クレイが実在するって言ったら、記者さんは信じてくれる?」
ミアが、おもむろにそう訊ねた。
目を丸くするヨウコ。驚きの表情。
時計の針の音が、規則的に響く。
「……惑星、クレイ」
ぼそりと、その名を口にするヨウコ。
真剣な様子で考え込む。
前髪をかきあげると――
「……つまり、あなたはクレイ星人なんですか?」
ヨウコが、きわめて真面目にそう訊ねた。
一瞬、きょとんとするミア。沈黙が流れる。
ミアが吹き出した。
「アッハハハ!! く、クレイ星人って!! そんな訳ないでしょ!!」
お腹を押さえ、大笑いしているミア。
ヨウコが赤面する。
「ちょ、ちょっと!! そんなに笑わないで下さい!!」
強気になって迫るヨウコ。
ミアが笑いながら手を振る。
「わ、悪かったって。ちゃんと説明するから! クッ、フフフ……!」
震えているミア。
ヨウコが不機嫌そうに苦い表情を浮かべる。
大きく、深呼吸をして――
「いい? さっきも言ったけど、惑星クレイは実在するの。そして、地球とクレイはとても強い力で結びついている」
ミアが、ぴっと指を伸ばした。
ヨウコが鋭い目を向ける。
「結びつき?」
「そうよ。運命とか因果とか、そういうようなもの。地球の出来事とクレイの出来事は、鏡映しみたいにシンクロしてるのよ」
「……それは、どういう意味です?」
冷静に訊ねるヨウコ。
ミアが両手を広げた。
「向こうで争いが起きれば、こちらでも争いが起きる。逆もまた然り。ようするに、私達の行動が、向こうの世界にも影響を与えているってこと」
説明するミア。
ヨウコの脳裏に、キョウマの言葉が蘇る。
『選ばれし者だけが、運命を支配できる! 戦禍を、同盟を、邂逅さえも! 全てが我らの手の中にある!』
ヨウコが口元に手を当てた。
「あれ、そういう意味だったの……?」
ぼそりと呟くヨウコ。
今までの情報が組み合わさり、形を作っていく。
ミアが息を吐いた。
「地球とクレイは相互関係にある。だから、運命で結びついた相手の影響が、こっちにも出ることがあるの」
淡々と語っているミア。
自分の胸に手を当てて――
「例えば――歌う猫と運命を共にしたら、人間離れした歌唱力が手に入る、とかね」
ミアが、静かにそう告げた。
口元に浮かぶ微笑。目線を伏せているミア。
ヨウコが思案するように、うつむく。
「……カードの声」
先程聞いた言葉。
ミアがにっこりと笑った。
「その通り」
得意そうに答えるミア。
ふぅと、疲れたように息を吐く。
「ちなみに、どうやってクレイの事を知ったとか、向こうと繋がったのかとかは聞かないでね~。正直言って、私も分からないから」
「分からない? どういうことですか?」
ミアが頬杖をつく。
「理論を構築したのは私じゃないの。おまけに、それを作った博士はとっくに亡くなってる。理論の核となる部分も記録が残ってないから、誰も解明できない」
「再現できないということですか?」
「そういうこと。そもそも、あの実験自体が危険極まりない賭けみたいな代物だったし。博士が生きてたとしても、もう一度できるかはかなり疑問だね~」
「CIAの技術でも、不可能だと?」
鋭い声で訊ねるヨウコ。
ミアがほんの少し、目を見開いた。
「……へぇ」
感心したような呟き。
ミアがにっと、不敵に笑う。
「なんのことか分からない……は、通用しないよね?」
からかうように訊ねるミア。
ヨウコが黙って、ある物を差し出した。
鷲のシンボルが描かれた、簡素な身分証を。
『CIA SPECIAL AGENT: K.SHIDOU』
身分証の中央に刻まれた文字。
ミアがにっこりと微笑む。
「取っておいてくれてありがと。さすがの私でも、それ失くしたら上司に怒られるからさ~」
飄々とした口調。
ミアが手を伸ばし、身分証を受け取る。
「あなた、諜報員なんですか?」
率直に訊ねるヨウコ。
ミアが「そうだよ~」と軽く答えた。
「そっちが本職。アイドルはまぁ、ちょっとした趣味みたいなもの」
あっさりと答えるミア。
ヨウコが真剣な眼差しを向ける。
「今までの騒動を考慮するに、あなたは"終末の使徒"を調べてた訳ですか?」
核心を突くような質問。
ミアが両手を広げた。
「まぁ、半分くらい正解かな。正確には、向こうの連中をこっちの世界に呼び込んだ奴を探してたの」
「向こうの連中? こっちの世界?」
話しに付いていけないヨウコ。
ミアが再び、コーヒーカップを手に持った。
漆黒の液体を、ミアが見つめる。
「さっきも言ったけど、惑星クレイは実在してて、しかも地球と深い繋がりを持っている。互いに影響を与え合う関係だってね。それに気づいたのは、何もこっちだけじゃない。クレイ側も同じなの」
とうとうと説明するミア。
にやっと、試すような笑みを浮かべる。
「さて、聡明な記者さんにここで質問。もしそれが事実だとしたら、クレイ側はどうすると思う?」
「どうするって……」
呟くヨウコ。
思考をまとめあげ、そして――
「……地球に来て、こちら側からクレイに影響を与える?」
ヨウコの言葉が、部屋の中に響いた。
かちゃりと、ミアがコーヒーカップを置く。
「そういうことよ」
満足そうに言うミア。
ヨウコが「いえ、ですが……!」と戸惑った。
「本当にそんな荒唐無稽なことが……!? そもそも、どうやってクレイから地球に来ると言うんですか……!?」
「もちろん、直接向こう側の住人がこっちに来るわけじゃないわ。奴らは向こうの世界から、こっちの世界の人間の意識を乗っ取る形で現れてる」
「乗っ取りですって……!?」
目を大きく見開くヨウコ。
ミアが両手を広げた。
「それがディフライダーって呼ばれてる連中。向こうと繋がりの深い存在がこっちの世界にいるから、それを利用されて乗っ取られてるって訳。面倒な話しよね~」
あっけらかんとした口調。
ヨウコが顔色悪く、冷や汗を流した。
ミアが手をひらひらとさせる。
「もっとも、本物のディフライダーはめったにいないけど。それ以外は、せいぜい運命力の波長を合わせられて向こうと同調してる程度ね。終末の使徒の連中はほとんどそれよ」
「せいぜいって……! あなた……!」
何か言いたげな様子のヨウコ。
ミアが頭の後ろで手を組む。
「だって事実だし~。実際、私が見つけたのは全員そうだった。最後のあの、いけすかない気取った野郎だけよ。本物のディフライダーは」
きっぱりと言い切るミア。
その言葉を聞き、ヨウコがハッと思い返した。
最後に現れた、あの白い髪の少年の事を。
「……あれは」
ぼそりと呟くヨウコ。
少年が醸し出していた異様な迫力。神秘的な気配。
銀色に輝く瞳が、ヨウコの脳裏に蘇った。
ミアが大きく、その場で身体を伸ばす。
「さーて、お喋りはここまでかな~。それで? どうして私は記者さんの家にいる訳? あの神気取りの馬鹿はちゃんとクレイに還ったの?」
訊ねるミア。
ヨウコが答えに窮する。
ほんの少しの間、静寂が流れて――
スマホの軽快な音楽が、沈黙を切り裂いた。
「げっ」
嫌そうに顔をしかめるミア。
音のする方――机の上のスマートフォンを見つめる。
ヨウコがため息をついた。
「きっかり、30分おきに鳴ってますよ。誰だか知りませんけど、出た方がいいんじゃないですか?」
「私の上司よ。30分おきですって? マメっていうか、生真面目っていうか……」
呆れたように話すミア。
ぶつぶつと言いながら、身を乗り出す。
その指が、画面をタッチして――
『――おいッ!! 誰でもいいから早く出……ッ!?』
荒々しい声が、響くと同時に途切れた。
電話が繋がった事に驚いている相手。
ミアが画面に向かって、口を開いた。
「ちょっと、サミー。そんな大声出さなくても平気よ」
『ミス・シドウ……!?』
心の底から驚愕した声。
一瞬の間の後――
『――お前、今までどこで何をしていたんだッ!!』
電話の向こうの男が、激しく声を荒げた。
喚きたてられる罵倒の言葉。辺りが一気に騒がしくなる。
2人が耳を塞ぎながら、顔を見合わせた。
「ちょっと、近所迷惑です。早く何とかして下さい」
こそこそとささやくヨウコ。
ミアが嫌そうな表情を浮かべる。
スマホに顔を近づけて――
「あー、もしもし、サミー?」
『なんだ!? 言っておくが、今回ばかりは言い訳を聞く気はないぞ!! これは重大な規律違反だ!! そもそも、お前は上司に対する敬意というものが――』
「見つけたわ。例のディフライダー。今度は本命よ」
ぴたりと、男性の声が止まった。
世界が終わったかのような沈黙が流れる。
夜の闇が、厳かに深まっていき――
『全て、報告しろ』
落ち着きを取り戻した男性が、静かにそう告げた。
そのまま、言葉を待つように黙り込む男性。
ミアが困ったように頬をかく。
「あー、それがさ。言い辛いんだけど、最後の方で気絶しちゃってさ~。最終的にどうなったのか、よく分からないのよ」
『なにィ……!?』
再び、怒りの感情がその声に蘇る。
ミアが面倒くさそうな表情を浮かべた。
その身を乗り出して――
「私は全てを目撃していました。私が話します」
ヨウコが、きっぱりとした口調でそう宣言した。
「あら」と呟くミア。ヨウコを見つめる。
一瞬、スマホからの音声が途切れた。
『……君は、誰だ?』
緊張したように、男性が訊ねた。
ぴりつく空気の中、ヨウコが冷静に言葉を続ける。
「三芳野ヨウコ。ジャーナリストです」
『ジャーナリストだと? おい、ミス・シドウ。何がどうなってる。なんで記者がいるんだ?』
「いやー、それが、私も分からなくて~」
「ここは私の家です。綺羅星ミアは今、私のマンションにいます」
淡々と答えるヨウコ。
スマホからの音声が再び途切れた。
深い沈黙が、部屋の中を包み込んでいく。
『……もう、質問するのは後にしよう』
諦めたように言う男性。
大きなため息が、画面越しに響き渡る。
ドカッと、椅子に座り直す音がして――
『全て話してくれ。これからの事は、その後に考える』
スマホからの音声が、そう響いて消えていった。