IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
「起きろ、3号。訓練の時間だ」
「……」
スピーカーから響いた無愛想な声で目を覚ますと、カビの匂いが鼻につく。無機質な天井を何度見上げたかを一瞬考えるも、数える価値など無いと思い直す。
毛布を剝いで見回せば殺風景な部屋。そして着用する機能以外を排した全身タイツのような服。全くもって自分の『価値』にお似合いだ。
「……さて、と」
朝食とは名ばかりの数種類のタブレットを纏めて口に放り込み、嚙み砕きながら扉を開けば目の前には茶髪の女性。伸ばした髪を苛立たし気に振るところを見ると、何やら立腹しているようだ。
「おいてめえ、なにのんびりしてやがる。こっちは暇じゃねえんだよ」
「……仕事がある風には見えんが」
「あぁ゛!?」
言い掛かりに皮肉で返すとどうやら逆鱗に触れたようで、女は鋭い前蹴りを顔面目掛けて放ってきた。それを少し右に逸れることで頬に掠らせて血を流すと、彼女は一応満足したのか姿勢を直して歩き始める。
「付いてこい。今日のメニューは厳しいからなぁ?」
「…………そうか」
女の後ろを早歩きで追いかけていく。身長差のせいでこうもしないと置いてかれてしまいそうだ。
しばらくすると訓練場にたどり着く。俺と同じ服を着せられた子供が何人もおり、古びた部屋とは対照的にハイテクな雰囲気を纏ったポッドの中で横──というよりかは縦だろうか──になっていた。彼らに倣って空いてるやつに入り、カバーが閉まるのを確認しながら備え付けのヘッドギアを装着する。
すると一瞬真っ暗になり、すぐさま青白い光の粒子たちが様々な建物を構築していく。見た感じどこかの軍事施設のようだ。
『対象、新型
システム音声が響き渡ると同時、先程と同じように青い光が集まって大きな人型の機械を作り出す。緑色のそいつは2m強ほどの大きさで、太く角ばった手足と4枚の羽根──そのうち2つがスラスターで、残りが物理シールド──が特徴的な機体だ。真ん中には線だけで形作られた人型が乗っており、ISとやらがパワードスーツの一種であることを明示している。
こいつらは言わば『戦闘機の速度と火力を備えた着る核シェルター』のようなものであり、まかり間違っても生身で戦うような相手ではない。
(……これは、中々手こずりそうだ)
冷や汗を流しながら俺に与えられた装備を確認すれば、一部パーツが破損した
「ちぃッ!」
一先ず近場の遮蔽へと転がりこんで弾を避ける。あの武器は同じパワードスーツを相手取ることを想定しているため、一発でも当たれば最低でも手足…………あるいは
(98、99、100、101……今ッ!)
遮蔽を穿つ音を数えてちょうど弾切れを起こした瞬間、俺はそこから飛び出てリヴァイヴの元へと全力で走り出した。当然やつも近接武器として巨大なナイフを出現させて切りかかるものの、そいつの峰に弾丸を数発叩き込んで軌道を逸らす。
そしてついに操縦者から1m以内の距離──ISの射撃・格闘が一切不可能の範囲へと入り込んだ俺は跳び上がりながらショットガンを構え5発撃ち込んだ。その内4発はスラグ弾*1で羽根と本体を繋ぐサブアームを破壊。最後に
ISは極めて優秀なエネルギーシールドに守られているものの、攻撃を受ける人間の精神は流石に対象外だ。特に火炎放射などの本能的恐怖に訴えかける手合いは物理的ダメージが低くとも極めて効果的になる。
(再現度が高すぎるのも考えものだな)
そこからはとにかく火力を最速で叩き込んでいった。ARは交換用マガジンも含めて100発近く、ショットガンはスラグを数十発。弾切れになってからは槍を両手で握って兎に角相手に突き刺す。
ISは操縦者を守る為に通常よりも極めて強固なシールド──通称『絶対防御』──を発生可能なのだが、それには莫大なエネルギーを消費する。故にこうして本体を重点的に攻撃すると効率的に弱らせられるわけだ。おまけにこいつは新型ということもあり操るAIも学習不足、殆どなすがままである。
『訓練終了。VRシステムを終了します』
そんな音声が流れる頃にはシールドも解除されており、中の人型は全身がズタボロにされていた。もしもちゃんと人間を再現していたとしたらきっと酷い光景となるに違いない。
それと一緒に周囲の構造物が粒子へと分解されていき、最初の暗闇に戻る。ヘッドギアを外してポッドから出ると、いきなりペットボトルが差し出された。そちら側に顔を向ければ眼鏡をかけた黒髪の少女が立っていた。
「お疲れ様、3号。水いる?」
「……ありがたい」
彼女からそれを受け取り一気に半分ほど飲み込む。ヘッドギアを介してVR内での負荷は肉体へとフィードバックされるため、訓練が終わるといつも疲れ果ててしまうのだ。
そうして一息つくと、周囲が少しばかり焦げ臭いことに気付く。広大な仮想空間を作り上げ、そこで精密な物理演算を成立させるほどの性能を誇るマシン。それを支える出力を悪用すれば
閑話休題。訓練を無事に終えた俺たちは例の無機質な部屋へと戻る道筋にて、二人だけに聞こえる程度の声で会話をする。
「今日の相手は凄かったね。流石にやられるかと思った」
「俺より先に終わらせておいてよく言うな」
「そりゃあ君と違って私はISを使えるんだもの。むしろ生身でずっと生き抜いてる方がおかしいんだよ?」
「……そうか」
あまり周囲との交流を好まない俺にとって、他人の訓練内容を知る唯一の手段が彼女との会話だ。いつから始まったかは覚えていないが、あちらから話を持ちかけたことだけは確かである。
彼女のことは、なんと表現すればいいのだろうか。世話焼きというか、どんな事にでも首を突っ込みがちというか。とにかく顔が広い部類なのは間違いない。
「…………それにしても、ますますISが普及した理由が分からなくなるな。
「さあね。もしかしたら女性であれば誰でも乗れるとかじゃない? あとは、君みたいな戦い方をできる人がほぼいないとか。軍人は身長が無いとなれないらしいからね」
「……まだ成長期が来ていないだけだ」
言外に「君は小さいよね」と言われたようなものなので、ついつい口調がぶっきらぼうになる。むしろ彼女が10歳にもなっていないのに150cm近くあるのが異常なのだ。こうして話している間も常に見下ろされていると考えるとますます腹が立ってくる。そうしている内に分かれる場所までやってきた。
「明日も頑張ろうね、3号」
「……そうだな、27号」
いつだったか職員に呼ばれていた名前を投げかけ、そこで会話は終わりだった。俺は足早に部屋まで移動し、置かれていたタブレットを嚙み砕きながらベッドへと倒れ込む。もはや何百回繰り返した分からなくなったその行動を明日、明後日……いつか訓練に落ちるまで繰り返すのだろうか。
(……虚しい)
言いようがない不安感が続々湧き出てくるが、27号との会話を思い出すと少しだけ気持ちが楽になる。話すのはいつまでたっても苦手だが、あの時間が訪れると考えると何故だか訓練を生き延びる気持ちが強まるのだ。
彼女との約束を守ろうと再び決意をしながら、俺の意識はまどろみへと落ちていくのだった。
それから数日後のこと。いつも通りスピーカーに起こされてタブレットを放り込み、訓練に向かおうとしていた時だった。不意に施設全体が激しく揺れたかと思えば、照明が真っ赤になると同時にサイレンが鳴り響いたのだ。
『緊急事態発生、コード13発令。繰り返す、コード13発令。職員は速やかに実験体の回収、あるいは
「…………処分?」
最後の言葉を聞いた瞬間、背筋が凍りそうになる。確かに今までの訓練には明らかに成功させるつもりのないやつがいくつか混ざっていたものの、少なくない生存者がいたはずだ。それをわざわざ殺す選択肢の理由はなんだ?
情報の濁流に戸惑っていると、目の前から何人もの大人たちがこちらへと走ってきた。回収に来たのかと思ったのも束の間──全員が拳銃を取り出して向けてきたのだ。
「……は?」
「すまんな3号。お前だけは確実に処分する必要がある。……恨んでくれるな」
一人の男がそう言いながら引き金に指をかける。どうにかして避けなければと考えるも身体は動かない。他の奴らも彼に倣って指を動かし────そして次の瞬間、
「…………なっ、えっ?」
辺り一面に脳漿がまき散らされ、どくどくと漏れ出す赤色が足元にまでやってくる。停止した思考が鉄臭さによって現実に引き戻され反射的に口を抑えてうずくまる。そのまま吐きそうになったところで、大人たちの向こう側から27号がこちらへ走ってきた。
「3号、無事!?」
「おえぇぇ……な、なんとか、な。鼻がひん曲がりそうだ」
「……そう、ならよかった。ついてきて!」
そう言いながら差し出された彼女の手を握ると27号は駆け足で移動を始めた。奇妙なことに途中で大人と出くわすことはな、他の実験体も見当たらない。ちょっとだけ落ち着いた俺は彼女に色々と質問を投げかける。
「どうしてあいつらは俺を殺そうとしたんだ? 他にもそうなった奴は──」
「少なくとも5、6人は処分されてる。どの子も
「敵!? つまり襲撃……っていや、何故だ!?」
疑問が次から次へと湧いてくるせいで思考がまるで追いつかない。訓練で死ぬかどうかのギリギリの戦いをする時は頭が回るのに、今はまるで壊れた車輪のようにガタガタだ。
それでもひたすらに足を動かし続けていると不意に彼女が立ち止まった。困惑しながらも後ろを確認すれば、凄まじい密度の殺気が流れてくる。いつだったか本で読んだ津波のようなそれに思わず足がすくみ、前に進もうと27号の手を引っ張るが動いてくれない。
「なに止まってやがる! 逃げるんだろ!?」
「…………これしか、ないよね」
彼女が何かをボソッと呟いたと思った次の瞬間、トレードマークである眼鏡が不意に青白い光を放つ。反射的に顔を背けてから戻すとそこには────
「……あい、えす?」
「……綺麗、だな」
「ふふ、ありがとう。この子の名前は……いや、今は必要ないわね」
機械は27号の声を出し、首を左右に軽く振りながらこちらに近づいてくる。生身と遜色ない自然な動作に見惚れていると、彼女は俺の肩を強く掴みながら話しかけてきた。
「よく聞いて、3号。今から私は
「……は?」
「ここを襲撃してる人達は真っ当な組織。合流できればきっと手厚い保護を──」
「そこじゃねえんだよ!」
気づけば俺はISの頭部を両手で挟んでいた。唯一白くない二つの青い光を両目で睨み付けながら、湧き上がる激情のままに口を動かす。
「俺だけ逃げろだと? ふざけるのもいい加減にしやがれ! 俺もお前と一緒に戦って、一緒に勝って、一緒に逃げりゃいいだろうが!!」
「…………」
「追手が危険なのは分かる、正直言って顔を合わせるのすら怖いさ。けどな、それは戦わない理由にならないんだよ。もしそうなら、とっくの昔に俺は
こうして言葉を交わしている間にも刻一刻と追手はこちらに近づいているようで、殺気の圧がどんどん高まっていくのを全身が感じ取っていた。それでも俺は彼女から離れることが出来ず、更に一回り高くなった顔を見つめ続けている。
「誰が来ようとも、何を持っていようと構いやしねえ! ISにだって生身で勝ってきたんだ、今回だって──」
「駄目。あいつは……
こちらの台詞を遮った27号の声色は真剣そのもので到底嘘をついているとは思えない。その事実に思わず力が緩んだ瞬間、彼女は俺をそっと押して後ろを向いた。
「大丈夫、必ず君とまた会うよ。だから………………
「……ああ」
俺も彼女に背中を向け全速力で走り出す。逃げて、生き延びて、彼女の言葉を現実にする。それだけが今の俺に出来ることなのだ。
段々と息が上がるに連れて視界が滲んでいくが、それでも走り続ける。あいつの隣に立てなかった悔しさ、恐怖に立ち向かえなかった屈辱、真っ先に逃げようとした怒り。絵の具を手当たり次第に混ぜたような心模様を抱きながら、俺は足を止めることが出来なかった。
「……夢、か」
腕時計のバイブレーションで目を覚まし、寝袋から這い出て辺りを見渡した。周囲の暗闇に段々と目が慣れてくると木々が見えるようになり、
しばらくするとスマートフォンに電話がかかってきたのでそれに出る。
「よう、起きたか? 任務の内容の確認だが──」
「
「……しっかり覚えてるようだな。とにかく大事なのは前者だ、傷一つ付けないつもりでな」
「了解」
会話を切り上げると同時に森を抜け出せば、眼前に巨大な建造物が現れた。『あの日』まで俺がいた物と全く同じ造形のそいつを見ると思わず力んでしまう。深呼吸しながら全身をリラックスさせ、改めて建物を睨み付ける。
「…………壊してやる、何もかも。俺を作り上げたお前たちの物を」
静かな空間に恨みの言葉がじんわりと溶けていき、残響すら聞こえなくなったところで動き始めた。一歩進むごとに腕が、足が、胴が、顔が、夜中と同じような黒の機械に覆われていく。
雲の隙間から僅かに漏れた月光に照らされながら、俺は大きく前へと踏み出したのだった。
納得のいく物に仕上げるのにだいぶ時間がかかってしまいました
これからも当作品をよろしくお願いいたします