IS オーバーホライゾン   作:湿度70%

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 新たな日常


第八話 ある食堂の片隅で

「ねえ一夏、何なのよあいつ」

「あいつって?」

「言わなきゃ分かんない? 三乃川のことよ」

 

 段々と暑くなってきた季節の夕方。いつも通り五反田食堂で時間を潰している俺の前で、ジャージを着崩した幼馴染の少女『凰鈴音(ファン・リンイン)』がぶっきらぼうに言い放つ。

 

「あんたがドイツから帰ってきた日に転入してきて、同時に席替えしてあんたの隣の席よ? どう考えたってあんたと因縁とかある感じじゃない?」

「あー……」

「まあまあ(りん)、こいつにだって言えないことの一つや二つあるんだろ。……つっても、面倒見ろっていわれて()()はないよなぁ」

 

 今は客がいない時間帯なので弾も会話に入ってくる。疲れの色を滲ませた彼はため息を吐きながらこっちを向いてきた。

 

「転入初日に不良どもと大喧嘩──それも一対多で体格差もあるのを覆してあいつの一人勝ちときた。まるで昔の誰かさんみたいだよなぁ?」

「な、俺がああいうことやるっていうのか!」

「やるっていうかやったっていうか……あの時は俺も便乗したからあんま言えないけどな」

「それで先生に怒られても殆ど反省しない所も昔の一夏みたいよね」

「鈴、お前もか……」

 

 親友からのあんまりな評価にがっくし肩を落とす。そんなことをしていると、ガラガラと食堂の扉が開いて誰かが入ってきた。そっちを三人で向いて、思わず気まずくなる。

 

「「「あー…………」」」

「なんだ、来たら悪かったか」

「いや、そういう訳じゃないんだが……まあ、とりあえずそこ座ってくれ」

 

 困惑しながらも弾は彼──三乃川鉄也(てつや)をカウンターに案内し慣れた手つきでお冷を渡す。三乃川はそれを一気に飲み干すと俺の方を見てきた。

 

「それで、俺が昔のお前そっくりだって話か?」

「ちょっと、なんで知ってるのよ」

「耳はいい方なんでな。とはいえもう少し静かにした方がいいと思うぞ|凰「ファン》」

「うっさいわね。むしろあんたはもっと分かりやすくなりなさいよ。いっつもふらっといなくなってふらっと戻ってくるのは困るんだけど?」

「それは謝る」

 

 さもちょっと訳ありな少年のように振る舞う鉄也だが……こいつがISに乗ってそれを悪用するやつらと戦っていたなんて聞いたら、鈴たちは信じてくれるだろうか。

 とんでもない秘密を抱えることになってしまった俺は、数週間前のあの日のことを思い出す。

 


 

「三乃川を、俺の学校に?」

「ああ、君にしか頼めないんだ」

 

 軍人っぽい人たちに連れてこられた施設の中で、水色の髪の人が赤い目を俺に合わせながら話しかけてくる。三乃川曰く俺の味方らしいが、なんとなく胡散臭さが拭えない印象だ。

 

「実を言えば、こうして三乃川を学校に通わせるのは私のいる組織ではすでに決まっていたんだが……如何(いかん)せんどこに入れるかが決まっていなくてね。下手に暴れると大惨事につながりかねないから慎重にならないといけない」

「それじゃ、なんで?」

 

 そう問いかけると、彼は右手を突き出して親指と小指以外の三本を立てた。

 

「一つ、君が三乃川と面識を持っていること。二つ、織斑千冬が君の元を一時的に離れること。一度誘拐された以上、二度目が無いと考えるのは浅慮がすぎる。それに後ろ盾たる世界最強がいなくなるとすれば危険度は更に上昇すると言えるだろう」

「……そうなんですね」

「なぁに、安心したまえ。三乃川は知っての通り滅茶苦茶強いからな! ……ちょっと常識に疎いところが玉に(きず)だが、そこは君で補ってくれ」

「…………あの!」

 

 それでは、と手を振って病室に入ろうとする男性を引き留める。訝しげな視線を向けてくるがそれにひるまず俺は口を開く。

 

「あいつの名前、知らないんです。三乃川じゃなくて、その先の」

「ふむ、下の名前ね。……そういえば決めていなかったな。なあ一夏君、何がいいと思う?」

「えっ!?」

 

 まさか名前が無いとも、それを決める権利をこちらに与えられるとも思っていなかったので素っ頓狂な声が出てしまう。

 

(三乃川の名前……なんというか戦闘のプロみたいな雰囲気があるし……そうだ!)

「『鉄也』なんてどうですか? テツの部分は金属の鉄で」

「鉄也……なんだか聞き覚えがあるような気がしないでもないが、いい名前だな」

 

 そう言って今度こそ彼は病室へと入っていく。そして俺は漏れ出る声をこっそり聞きながら今後のことを考えるのだった。

 


 

「──おーい、一夏。どうしたんだ?」

「あ、いや、考え事しててな」

 

 弾の声で現実に引き戻される。他のお客さんも何人か入ってきつつあり、厨房の方からは弾の祖父にして五反田食堂の大将である(げん)さんが調理をする音も聞こえてきた。

 折角だからここで夕食にしてしまおうと考えた俺はいつものカボチャ煮定食を注文する。そしてどうやら鈴と鉄也もここで食べていくつもりなのか、2人とも鉄板メニューの『業火野菜炒め定食』を頼んでいた。

 

「珍しいな、鈴」

「偶にはここの料理もいいかなって。……こいつと内容被ったのだけは嫌だけど」

「だったらそっちが変えろ。もっと栄養のあるもの食わんと成長しないぞ、()()が」

「……喧嘩売ってる?」

「さあな。そう思ったらそうじゃないのか?」

「おいおい、ここで暴れるなよ? 厳さんの拳骨は千冬姉と同じぐらい痛いんだぞ」

 

 一触即発の空気に割って入り二人を宥める。チビ仲間同士仲良くして欲しいのだが、どうにもそりが合わない部分があるらしい。

 

「おーし、業火野菜炒め定食2つとカボチャ煮定食おまちどお!」

「いいタイミングだな弾!」

「さっさと食ってけよお前ら! もうすぐピークだしな!」

 

 そう言い残して厨房に消えていく親友を見送りながら夕食を食べ始める。大盛りの白米に濃いめの味噌汁、揚げ出し豆腐は外れ気味だがカレイの煮付けは最高だ。

 物を口に入れながら喋ると中華鍋が飛んでくる──なんなら2回ほど弾の巻き添えで食らったことがある──ので黙々と食事をする。一通り食べ終わって後はやたらと甘いカボチャ煮だけだったのだが、食べるのが遅かったせいか三乃川がじーっとこちらを見つめてくる。

 

「…………」

「……欲しいか?」

「ああ」

 

 欲しいならばと渡したカボチャ煮の小皿を受け取ると、彼はそれをものの数秒で平らげてしまった。よくみてみると、鈴の方はまだまだ野菜炒めが残っているのにあいつの皿には一欠けらも残ってない。あの小さい体のどこにどうやってあの山盛りの料理を収めているのだろうか。

 

「ごちそうさま。ここは安くていっぱい食えるからいいな」

「あ、あんたどんだけ早いのよ……うぷっ」

「無理すんなよ鈴! 持ち帰っても大丈夫だぞ!」

「いやよ、頼んだからには完食するのが礼儀だもの……うぅ」

 

 持ち前の負けん気のせいで引くに引けないのかお冷で無理やり飲み込みながら食べ続ける鈴。これ以上続けると本当に危なそうなので、俺はその更を自分の方に引き寄せる。

 

「ちょっと!?」

「もういいだろ鈴? 俺はまだ食えるしさ」

「…………そ、そうね。食べてもいいわよ!」

 

 何故か頬を赤らめながらそう言ってきたのを疑問に思いながらも野菜炒めを口にする。……うん、やっぱりシャキシャキとしていて食べ応え抜群だ。

 

「……なあそれって間接キ──」

「余計なこと言うんじゃないわよこのチビ!」

「誰がチビだとこのまな板!」

「「あ゛ぁ゛!?」」

 

 いつの間にか再び火花を散らし始める両者だったが……突如として厨房から飛んできた2つのお玉が両者の顔面に激突したことで中断される。

 見事なコントロールを見せつけた厳さんは青筋を立てながら二人を睨みつけており、空気が重苦しくなる。

 

「おい、ガキども」

「「は、はい!」」

「くだらねえことすんなら外出てやりやがれ……次は無理やり蹴りだすからな」

「ご、ごめんなさい!」

「……すみませんでした」

 

 ただでさえ小さい鈴と鉄也が更に縮こまっているのを見ながら、俺は黙々と野菜炒めを食べ続けるのであった。




 鈴と主人公の背丈はどっこいどっこいな感じ。一夏の胸元ぐらいに頭がくるイメージ。
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