IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
あの日の出来事を境に鉄也と鈴の関係は比較的良好になった。どうやら彼女が女尊男卑に染まっていないことに好感を持ったようで、いさかいを起こすのも月一程度になったしその内容も軽くなっている。
それにしても、女尊男卑──ISを動かせる女性は男性よりも優れている──の風潮をあいつに理解させるのは骨が折れた。
『俺は両手の数より多いIS操縦者を見てきたが、そういった思想の輩はいなかった』
『それに女性だからISが必ず動かせるわけじゃないだろ。なんでそんなものが生まれたんだ?』
そんな内容を真顔で淡々と口にしていた鉄也。特に後者の内容については俺もはっとさせられ、しかし理由が分からずじまいだった。
どちらにせよ女尊男卑は確かに存在してしまっているのだから、上手いことそれに付き合うのが今の社会で必要なことだと結論づける。
『理解できないものを受け入れるようになるのも「成長」だと思うぜ』
『……そうか』
会話はそれで終わり、適当にゲーセンで時間を潰してから帰った。
そんな何気ない日常が続いていく────そう思っていた矢先の出来事だった。
「弾、あの話って本当か!?」
「落ち着け一夏。俺も信じたくないが、
「……嘘、だろ」
放課後の教室で俺はうつむく。
事の発端は今朝流れてきた噂で、その内容は『凰鈴音がまもなく学校からいなくなる』というものだったのだ。折角あいつと鉄也の仲が1年かけてもっとよくなって、運動会で2人して大活躍した矢先なのに。
「何か問題があったのか!? 同じ料理屋だろ、そっちには情報来てないのかよ!」
「そういう方面だとなんもないな。飯が不味くなったわけでもないし、夫婦仲が悪くなったって話も聞かない。だからマジで理由がわからん」
「……なんで、こんな、こん……」
「ま、タイミングとしちゃ今しかねえのも確かだ。あと少しで俺らは3年生になって受験対策、その前にいなくなった方が学校としても都合がいいんだろうよ」
──そして数日後、噂は本当になった。黒板の前で淡々と説明をする担任に対してクラスはざわついており、鈴の方を見れば心ここにあらずといった感じだ。
そのままの流れで即行のお別れ会が開かれ、クラスメイトが一言二言彼女について話していく。俺の番が回ってきても当たり障りのないことしか言えず、そのまま進んで鉄也の番になる。
「……えー、と。凰さんは常に明るい人で、クラス全体をいい方向に引っ張ってくれていました」
「……」
「自分自身、場の空気に合わせられなかった時は何度も彼女に助けてもらいました」
「…………え?」
「……そういうことを、中国に行ってからも続けられるようにいて欲しいです。今までありがとうございました」
彼に頭を下げられて困惑する鈴。ある種の喧嘩友達だった相手からこんなことを言われるなんて思っていなかったのだろう。
その後は彼女からクラスへの別れの挨拶が行われると教室から出て行ってお開きになった。その日は誰も彼もが勉強に身が入らず、先生たちも事情を汲んであまり注意をしなかった。
「……はぁ」
「……気持ちは分かるぞ、一夏」
放課後の帰り道は憂鬱な空気に包まれていて、ため息が絶えない。そんな気分のせいだろうか、少し先を歩く鉄也の姿が鈴に重なって見えてしまい思わず口を開いた。
「なぁ、鉄也。お前はいなくならないよな? 別の高校に行っても会えるよな……?」
「…………」
問いかけに対して彼はしばらく黙り込む。嫌な予感を覚えた俺が色々と考える
「……一夏、この後空いてるか」
「え?」
「ついてこい。見せたい物がある」
手招きする鉄也の後ろを歩いていくこと十数分。俺の家──姉さんとの二人暮らしにしてはやたら大きい──より少し小さいけれど、一人で住むには手入れが面倒そうなサイズの家にたどり着く。
彼は背カバンからカードを取り出してドアノブにかざして鍵を開き、それに続いて俺も家に上がらせてもらう。
「……なんか、すごいな」
「そうか?」
リビングに入ってすぐ目に飛び込んできたのは分厚い本が大量に詰め込まれた本棚と、山のように積まれたボードゲームの箱たちだ。
そういえば鉄也は囲碁将棋部に入ってたな、なんて思っていると彼は透明な袋に包まれた何かを持って来て机に置いた。
それは全体的に白を基調とした制服のようで、所々に使われた黒と首元の青いリボンが特徴的だ。何だか見覚えのある見た目に記憶を探り……思い出した瞬間、彼がこれを見せてきた意味を悟る。
「て、鉄也、これって……」
「国際的IS操縦者育成機関──よく使われる呼び方なら『IS学園』か。そこの制服だ」
同様する俺をよそに鉄也は説明を続ける。
「モンド・グロッソより前の話だ。俺は、お前みたいな亡国機業に誘拐されたある人物を助けた。その子は更識のお偉いさんの親族で、何故だか知らんが俺とその子にはそれなりの関係が生まれた」
「そんなことが……」
「そして来年その子がIS学園に入学することが決まった。俺は付き添いをすることを求められ……これが届いた」
「…………なる、ほど」
恐らくだが、彼が今話したことは本来誰にも教えてはいけないのだろう。制服が男物なあたり世界初の男性操縦者として入学するのだから、それを一般人に漏らすのは危険どころの話じゃない。
「そこの本とかもIS関連のやつでな。入学前に正しい知識を付けておけって渡されたやつだ」
「……うわぁ」
適当な一冊を手に取ってパラパラめくり、すぐさま閉じる。電話帳並の分厚さかつページが極薄なので量は半端ではなく、しかも中身は専門用語の羅列で俺にはチンプンカンプンだ。
「わ、わかるのか?」
「分かるぞ……八割ぐらい。なんか感覚的に食い違う内容があって、そこがいまいち納得できないんだけどな」
「へ、へぇー……」
適当に流そうとしたが鉄也にその意図は伝わらなかったようで、彼はまた別の本を手にとってそれをこちらに見せてきた。
「例えばここ、急上昇時は『自分の前方に角錐を展開させるイメージ』なんて書いてあるが、俺としては人形を手で摘まんでそのまま──」
「い、いや、分からないって! 俺ISに乗ったことないし!」
「……あぁ、そっか」
どこか寂しそうな口ぶりで呟く。しかしその雰囲気はすぐに消し去られて会話が再開する。
「それで、会えるかどうかだが……正直、難しいだろうな。更識の子飼いってのは後ろ盾として強いとは言い難いし、外出それ自体が滅多にできなくなるかもしれない」
「…………そう、か」
「お前がISを動かせるなら問題は解決するんだけどな」
「いや無理だろ」
真面目な顔でとんでもないことを言い放つ。当たり前だが男性操縦者はIS発表当初からずーっと探し続けられていて、未だに見つかっていない存在だ。
研究者の一人は『男性操縦者が見つけるサハラ砂漠から金粉を見つける可能性の方が高いだろう』なんてテレビで言い放ったし、その時の生気のない表情は記憶に新しい。
「さあな。人類の大体半分は男性で、ISに触れたことすらないやつが大半だ。その中に操縦者がいないなんて断言できるか?」
「……それは、そうだけど」
「それに、今すぐ会えなくなるわけじゃない。まだまだお前たちと一緒に過ごせるんだ。…………『成長』ってやつもきっと、な」
「……」
俺は鉄也の言葉にどう返せばいいのかわからず、静寂が訪れる。
正直に言えば、彼と離れ離れになどなりたくない。もうこれ以上、友人がいなくなって欲しくないのだ。
しかし俺がどうこうできる話でもなく、ただ唇を嚙み締めることしかできない。
「さて、これで話は終わりだ。五反田のところにでも飯を食いに行くか」
「……ああ、そうだな」
これから先の彼との別れまで、後悔のない日々を送ろう──そう心に誓ったのだった。
唐突な別れの訪れと、訪れる時が分かっていながら変えようのない別れ……どっちが辛いのだろう。
今後バイト等が始まるため、投稿頻度は数日おきになります。
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