IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
更識千石の車に案内されてたどり着いたのはそれなりに高級そうなホテルだった。
いかつい男たちが目を光らせる入口を通り抜けてからエレベーターを二つ乗り継ぐと、なんだか物々しい雰囲気の廊下に出た。
「なんだここは?
「更識や公安が使うための場所だ。お前に電話したやつらもここにいるぞ」
「なるほど」
いくつか言葉を交わしながら歩き続けていき、ふと彼が立ち止まってドアを開く。すると、その中にはスーツ姿の凛々しい女性がいた。
「お待たせしました、織斑千冬さん」
(……こいつ)
さっきの提案に乗らなくても結局こうするつもりだったと察しながら、とりあえず部屋に入って席に座り彼女と向き合う。
「……久しぶりだな、三乃川」
「こちらこそ。随分と仕事が忙しいようで、一夏が寂しがってたが?」
俺がそう言うと少しだけ彼女の口元が緩んだ気がする。どうやら冗談も通じるようらしい。
「まあいい。早速本題に入ろうか。お前がここに来た理由を説明してくれ」
「……彼から聞いたりは?」
「そうしようとしたが、『本人に言わせます』の一点張りだったぞ?」
「……はぁ」
わざわざ手間をかける必要があるのか疑問に思えるものの、やらない訳にはいかないので改めて俺は説明する。
「俺がIS学園に入学予定だったことは知ってたか?」
「勿論だ。そのせいで家に帰れなかったんだからな」
彼女はしれっと言い放つ。よく観察してみれば、化粧で隠しているが目元に隈ができているのが見て取れた。
「……それは置いといてだ。本来なら島に行く直前に発表して諸々の問題を踏み倒す算段だったが、一夏がISを動かしたせいでその手段は取れない」
「そうだな。となれば、全国検査の最中にお前の存在を明かさざるを得ないだろう」
「そこであんたに……お願いだ。俺が『人間』でいられるように、諸々の権利の保護を頼みたい」
「…………ほう」
彼女は鋭い眼差しでこちらを見つめてくる。並の人間なら怯むところだろうが、そんなことをしてはいられない。
「勿論無償じゃない。金は好きなだけ払うし、あんたが欲しがってたこいつの──」
「いや、必要ない」
「──え?」
「私に後ろ盾になって欲しいのだろう? 答えは『了承』だし、報酬もいらん」
……彼女は何を言っているのだろうか。わざわざリスクを孕むのにリターンが要らないなんて、理にかなっているとは言い難い。
その意図をどうにか理解しようと頭を捻っていると、いつの間にか机の向こうから伸ばされた手に肩をつかまれる。
「お前はまだ若い。もう少し欲深くても許されるものさ」
「……だが」
戸惑うこちらをよそに、彼女は肩に手を置いたまま続ける。
「……なあ三乃川、一夏のことをどう思う?」
「え?」
どうしてそんなことを聞くのか気になったが、ここは正直に答えるべきだと直感的に悟る。下手な嘘なら見抜かれてさらに痛いところを突かれるし、それで余計な危険を呼び込む訳にはいかないからだ。
「気のいい友人……いや、親友とでも言うべきか。色々と俺に教えてくれた」
「なるほどな。あいつがやけにお前と一緒に撮った写真を送ってきてたんだが……そういうことだったか」
彼女がどこか納得したように頷いていると、俺の背後からスーツを着た男が近づいてきた。
「織斑先生。そろそろ会議のお時間です」
「分かった。すぐ行く……と、その前に三乃川」
彼女は肩に置いていた手を俺の頭の上に乗せながら言った。
「一夏を頼んだぞ。あいつは昔から不器用なやつだったからな」
「……そういう理由か」
相変わらず二人して姉弟愛が過ぎると思ったが、口に出して文句を言うほど馬鹿ではない。……まあ、俺の場合は親の顔すら知らないのだが。
「私は忙しいからあまりここには来れない。もし何かあったらこの番号に連絡してくれ。すぐに駆け付ける」
「分かった」
連絡先を書いたメモを渡して彼女は席を立ち、部屋を出ていく間際にふと思い出したかのように言葉を続けた。
「そういえばだが……こ3三年でISの環境がだいぶ変化した。気を付けておけ」
「……了解」
そう言い残した彼女を見送り、思わずため息を吐く。
「はぁ……。本当に変わったんだな」
この世界が────ではなく、自分の周りが変わったのだ。
自分を気に掛けてくれる人が出来て、学校にも通えて、友人が増えて。
ずっと戦い続けるだけの人生を送っていくと考えていたのに、随分と恵まれたものに変わってしまったものだ。
「おーい、話は終わったかー? 一夏君がきたからそっち行くぞ」
「わかった」
千石の呼びかけで席から立ち、俺は部屋から出るのだった。
いきなりやって来た黒服の男たちに目隠しを付けられた後にドナドナされて、気づいたらなんかホテルみたいな場所に来ていた。
とりあえず高級そうなベッドに腰掛けてテレビを付けると俺の顔が映っていて、ここに来た理由をなんとなく察する。
「あのままだったらマスコミに揉みくちゃにされてたかもな……」
ありがたいと思う反面、もう少し丁寧に対応してほしかったななんて愚痴っていると、ドアが開いて見知った人物が入ってきた。
「すっかり人気者だな、一夏」
「て、鉄也!? なんでお前がここに──」
「お前がISを動かしたせいで色々とあってな。しばらくはここに軟禁らしい」
「軟禁って……あー、もう!」
相変わらずのぶっきらぼうな口調で告げられた内容はにわかには信じられず、辺りを見渡して頭をかく。
「まあ安心しろ。後で服とかは持って来てくれるらしい」
「おお、それはありがたい……って違う! 藍越の受験ってどうなったんだ!?」
「……そもそも場所を間違えたんだから未受験に決まってるだろ」
「………………あ」
言われてみればその通りだ。というかISに触れた時ぐらいには開始時間になってたはずなので、当然としか言いようがない。
「うわー……まじかー……千冬姉にどう弁明すれば……」
「まぁ、なんだ。お前も
そう言って彼が差し出してきたのは『必読!』と大きな赤文字が表紙に書かれた分厚い本だ。恐る恐るページをめくってみるも、全く内容が分からない。
「……こ、これって?」
「IS学園の参考書だ。1年次に使う教科書を元に前提知識を抜き出したものらしい」
「そ、それでこの量か?」
「ま、ISは今や世界最強の『兵器』だからな。扱うにはそれ相応の知識がないとまずいだろう」
ちなみに俺は大体分かるぞ、なんてしれっと言い放つ友人は置いといて。この内容を入学までに頭に入れる必要があるとするならば、無理ゲー以外の何ものでもないのではなかろうか。
「どうすりゃいいかな……」
「本来は中学か小学校の頃から学んでおくらしいからな……追いつくのは簡単じゃない」
「そ、そんなこと言わずに、な! なんかこう、一瞬で理解できるようになる道具を……」
「俺はどこぞの猫型ロボットじゃないんだぞ。──だが」
鉄也が纏う気配が変わった瞬間、彼はいきなり左手で服をたくし上げた。露になった腹部には黒色の薄いシールのような物が貼られていて、それが光の粒子となって右腕の方に集まり機械の腕が出現する。
「おま、それって!?」
「簡易待機形態と言ってな、ISの負荷が大きすぎる時に使うものだ。展開時間が遅くなるのはいただけないが──」
「いやそうじゃなくて! ずっとISを身に着けてたのかよ!?」
「それはそうだろ。金庫とかにしまうよりずっと安全だからな」
黒く巨大な手を閉じたり開いたりしながらの答えに頭を抱える。なんかプールの着替えとかやたらとガード硬いなーなんて思ってたが、まさかこんな秘密を隠していたとは。
「……はぁ。で、そのISが打開策にでもなるのか?」
「そうだ。お前も体験しただろうが、IS使用中は関連する情報をコアが操縦者の脳に直接叩き込んで理解させてくる」
「あー……確かに」
「その状態でこの参考書を読めば、それなりの効果が期待できる……はずだ」
そこは自信を持ってくれと言いたくなるが、これまで鉄也以外の男性操縦者なんていなかったわけだからしょうがない。彼が一生懸命に考えてくれた策なのだから、これに乗らない手はないだろう。
「一夏、利き手を出せ」
「こ、こうか?」
「そうだ」
差し出した腕の袖をまくると、彼は頭部に機械を出現させて腕をじーっと見つめてきた。しばらくすると腕の機械が粒子になって俺の方に移動してきて、再び機械の姿になる。
「おお! なんか色々と分かってきた!」
「よし、成功か。じゃあまずはこの部分を──」
こちらの代わりに参考書を開いてくれることに感謝しながら、俺はその内容をどうにか頭にねじ込んでいくのだった。
ISを装着しながら勉強すると
次回は色々飛ばして入学初日になります。