IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
「──くん。織斑一夏くんっ!」
「は、はい!?」
いきなり大声で呼ばれて思わず声が裏返ってしまう。周囲からクスクスと笑う声が聞こえてきて、ますます落ち着かない気分になる。
別に女子に苦手意識があるわけじゃないが、この比率は流石に辛い。俺ら二人を除いた二十八人全員が女子で、未だに顔を出さない担任も女子ときた。
ところで教師という職業が重労働というのはよく耳にするが、こういう時に立ち会えないほど忙しいのだろうか。
「あ、その、大声出しちゃってごめんなさい。でも、あの、自己紹介『あ』から始まって今『お』なんだよね。だ、だから──」
「い、いやいやそんなに謝らなくていいですよ……自己紹介しますから、落ち着いてください」
いつの間にかペコペコ頭を下げていた副担任の山田
彼女のサイズの合ってない眼鏡がずり落ちかけてるような、そんなどうでもいいことばかり気になるのはこの状況から逃げたいと無意識のうちに思っているからかもしれない。
「ほ、本当ですか? 本当ですね? ぜ、絶対ですよ!」
「あっ、はい」
手を握られて顔を近づけられたせいで再びこちらに注目が集まってくるのを感じ取る。とはいえ、ここでミスったら二度とこの環境に馴染めないだろう。
俺は意を決して立ち上がり、後ろに向いて視線を受け止めながら深呼吸し、そして口を開く。
「えーっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
いつも通り頭を下げて、上げる。──しかし、少女たちは『もっと色々喋ってよ』的な視線をこちらに注ぎ続けてきたのだ。
(ど、どうすりゃいいんだ? 喋ることほぼないぞ。無趣味じゃないけどそういう話をいきなりされたら困るよな?)
脳みそが全力全開で解決策を探すが、どうやら俺の中にそんなものはないらしい。鉄也に助け舟を求めてちらっと見てみたが、むしろ他の生徒と一緒に楽しみにしてる感じだ。
「あー……そのー…………」
これ以上ここで黙ったままなのは流石にまずい。俺は呼吸を一度止めて再度息を吸い、思い切って口にした。
「──以上です」
がたたっ、と一部の女子がずっこける。何を期待してるんだ全く。
「……一夏、衝撃に備えろ」
「え?」
バシィッ!!
親友の謎の言葉に戸惑った瞬間、いきなり脳天に衝撃が走り遅れて痛みが
この叩き方──威力、角度、速度といい、なんだかよく知っている人物のそれと同じような感じなのだ。恐る恐る振り向いてみると……。
「…………」
「げぇっ、関羽!?」
脳裏で銅鑼が鳴り響くと同時に再び叩かれた。ちなみに得物はタブレット型の出席簿で、そいつを空気が爆ぜるような音を立てながら振り下ろしたので周囲の女子が若干名引いてる。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
トーン低めの声でそう告げるのは、黒のスーツにタイトスカート、程よく鍛えられた長身に、狼を思わせる鋭い吊り目……そう、俺の姉である織斑千冬その人であった。
──いやしかし、何故ここに千冬姉がいるのだろうか。職業不定で月一、二回程度しか家に顔を出してこない俺の実姉は。
「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」
「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押しつけて悪かったな」
「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」
俺には向けたことのない優しい声と、それに対して若干熱っぽいくらいの態度で応える山田先生。
そして千冬姉は教壇に上ってこちらを見つめ、ビシッとした姿勢で口を開いた。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人という名の
全体的には暴力的もいいところな宣言だが節々に優しさが見え隠れしているので、これは間違いなく俺の姉だ。
だがしかし、教室には困惑のざわめきではなく黄色い声援が響いた。
「キャ──────! 千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」
きゃいきゃいと騒ぐ女子達を、彼女はかなりうっとうしそうな顔で見る。
「……毎年毎年、よくこれだけの馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何だ? 私のクラスにだけ
およそ教師にあるまじき口ぶりだが、本心でこう言ってるのが千冬姉という存在だ。しかも、これだけのことを言われながらクラスメイトは全くへこたれない。
「きゃああああっ! お姉様! もっと って! 強く罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾をして~!」
「…………うわっ」
一応クラスメイトの名誉のために言っておくと、IS学園の受験倍率は驚異の一万倍であり、彼女らは学習面と実技面の両方でその狭き門をくぐり抜けてきた選りすぐりだ。
それがこんなふうに感情を剝き出しにしてるせいで、担任が千冬姉という事実への混乱と驚愕が落ち着いてしまった。
「で? 挨拶も満足にできんのか、お前は」
「いや、千冬姉、俺は──」
バアンッ! 本日3度目の衝撃が叩きこまれる。なんか頭を叩かれる度に数千個の脳細胞が死ぬらしいが、彼女のそれだと万単位になってそうだ。
「織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
そう言ってからふと気付く。これ、姉弟なのがバレたのでは。
案の定クラス中が再び活気づいて騒がしくなり、それをどうにか教師二人で静かにして自己紹介が再開する。
「さて、それじゃあ……三乃川鉄也くん」
「はい」
そしてついに彼の番だ。俺の二の舞いを踏まないでくれと願うこちらの心配をよそに、鉄也は喋り始める。
「名前は三乃川鉄也。趣味はボードゲーム全般で……最近は将棋が好きだ。これから1年、よろしく頼む」
おお、無難にまとまった内容だ。親友の確かな成長に感動しているのも束の間、先ほどよりも大音量の黄色い声が響き渡った。
「きゃああ! クール、すっごいクールよ!」
「見た目は可愛いのに趣味が渋い! ギャップがいい味出してるっ!」
「ねぇ睨んで! その鋭い目でギリッとこっちを!」
…………おかしいな。いつからここは趣味嗜好をこじらせた人間の巣窟になったのだろうか。そんな現実逃避を許さんとばかりに、更にひどい内容が耳に飛び込んでくる。
「ちょっと
「掛け算のどっちに置くべきかしら。強気っぽいし王道の左……いや敢えての右も…………!」
「こんな子がISスーツを……うっ!」
これは流石にまずい。俺は耐えられるが鉄也にこの手の話題の耐性があるとは思えないし、このままでは初日で暴走待ったなしだ。
同じ考えに至ったのか千冬姉は強い手拍子で音を鳴らし、今までが噓のように教室が静かになった。
「…………はぁ。まだ残っているのだから自己紹介を進めろ。
「「は、はい!」」
彼女の鶴の一声によってその後は
IS学園に来てる子たちってたぶん大体が私立の女子校的な場所出身なので、
ファースト幼なじみは次回。