IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
「ふー……」
1限目のIS基礎理論授業が終わって今は休み時間。鉄也との二人三脚で参考書を読み込んだおかげでなんとか追いつけてはいるが、それはそれとして色々と疲れる。
そしてそれ以上に、この教室内の異様な雰囲気はいかんともしがたい。
「…………辛い」
「そんなにか、一夏」
親友はけろっとしているが……現在、廊下には他クラスの女子に加えて2、3年生の先輩らが詰めかけているし、このクラスの女子のほぼ全量の視線が俺たちに向けられている状況なのだ。
ファーストペンギンを望む空気と抜け駆けを許さない緊張感。その二つが混ざり合うことで異様なプレッシャーが生まれている。
弾は俺がここに入学させられることになったのを知った時は『うらやましいなてめえ』なんて何度も言ってたが、今からでも遅くないので代わって欲しい。少しは懲りて玉砕率も下がるだろう。
「……ちょっといいか」
「え?」
「誰だあんた」
突然話しかけられた。女子同士の牽制に競り勝った……いや、周囲のざわめきからして1人思い切って行動に出たようだ。
そんな勇気ある女子の方を向いて……一瞬、呆ける。
「……ほう、き?」
「………………覚えていてくれたか」
目の前にいたのは、6年ぶりの再会になる幼なじみ──
懐かしさのあまりに続きの言葉を出せずにいると、代わりに鉄也が口を開く。
「知り合いか?」
「…………あ、あぁ。俺の幼なじみで、ずっと会ってなかったんだ」
「なるほど」
「……2人まとめて廊下でいいか?」
そう言い残して彼女はすたすたと移動を始める。慌ててそれを追いかけて教室の外に出れば、俺たちから四メートルほど離れた包囲網が出来上がっていた。
このままだんまりだとまずいので話題を探し、ふと思い出したことを口にする。
「そういえば」
「何だ一夏」
「去年、剣道の全国大会で優勝したってな。おめでとう」
「な、な……」
箒はこちらの言葉を聞くなり、口をへの字にして赤らめた。……褒めたはずだけど、何か間違えたか?
「そういや新聞に載ってたな。苗字は……シノノだっけか」
「『しののの』だ! 『の』は3つ!」
「そうか。……長いから下の名前で呼んでもいいか?」
「き、貴様ぁ……」
マイペースな鉄也に翻弄されている彼女。コミュニケーションが途絶えると空気に飲まれてしまいそうなので、無理やり続きを始める。
「ごめんな箒。そいつ、人名は三文字までしか覚えてくれないんだ」
「な、なんだそれは……」
「あー、あと……久しぶり。箒ってすぐわかったぞ。髪型一緒だし」
そう言って自分の頭を指さすと、箒は急に長いポニーテールを弄りだした。
「よ、よくも覚えているものだな……」
「いや、忘れないだろ。幼なじみのことくらい」
「……女たらしめ」
「え?」
よく聞こえなかったと思ったらいきなりギロリと睨まれる。相変わらずの不機嫌そうな目つきは本人曰く生まれつきらしいが、もしかしたら俺が少し嫌われ気味な可能性もゼロではない。
「……あー、そういう感じか、いつものやつだな」
「なんだよ鉄也、いつものって」
「お前には言えない」
そりゃないだろ、と返そうとした瞬間に2限目開始のチャイムが鳴った。それまで俺たちを遠巻きに見ていた包囲網も蜘蛛の子を散らすように瓦解する。
「早く戻ろうぜ」
「わ、わかっている!」
箒は来た時と同じようにすたすたと歩き出す。これ以上脳細胞を犠牲にしたくない俺もその後に続くのだった。
「ちょっと、よろしくて」
「ん?」
2限目の休み時間、一夏と一緒にさっきの授業の復習をしようとしている所にいきなり声をかけられた。
話しかけてきた相手は白人特有の透き通った白い肌と金髪で、いわゆる縦ロールの髪型もあいまって高貴なオーラを
そんな彼女は碧眼をやや吊り上げながらでこちらを見ており、
「訊いてます? お返事は」
「……なんの用件だ」
「まあ! なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから──」
べらべらと喋り倒す彼女の言葉を右から左に聞き流す。……にしても、なんだか見覚えのある顔だ。
俺はこっそりとスマホのアプリを立ち上げて金髪に話しかける。
「ところで、名前は」
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを?」
侮蔑と苛立ちが半々の表情を見ながら手元で名前を入力し、空間投影ディスプレイで情報を確認する。
「セシリア・オルコット……イギリス代表候補生にして専用機持ち。将来を期待されている、ね」
「……それはなんですの?」
「『最低限覚えておくべき人物リスト』。名前と顔を覚えるのが苦手でな、よくお世話になってる」
「……でしたら付け加えておきなさい。入試で唯一教官を倒した首席、エリート中のエリート、とね」
そうやって指図してくるが従う道理はない。そもそもこれは更識で作ってもらったやつなので、編集は不可能というのもあるが。
「ところであなた、よくこの学園に入れましたわね。
「……おい」
「よせ」
一夏を手で抑制する。声色からして明らかに怒っているし、そういう時のこいつの危険性は弾たちから耳にタコができるほど言い聞かされてきた。
「……物好きがいて、色々と手を回してくれた。これで満足か?」
「他人頼りなんて、恥ずかしいとは思いませんこと?」
「全く思わん。使える手札は何でも使う。恥なんざ犬も食わないからな」
「…………」
一触即発の空気。ここからどう話を続ければいいか迷っていると、いきなり一夏が口を開いた。
「なあ、君。入試ってあれか? ISを動かして戦うってやつ?」
「それ以外に入試などありませんわ」
「そうか──
「……は?」
オルコットの目が驚愕に見開く。ISのことなんて知ってるはずのない男が
「わ、わくしだけだと聞きましたが?」
「女子ではってオチだろ」
バッサリと切り捨てるような口調。姉弟の繋がりを感じるそれによって凍りついた空気を打ち砕くように、三時限目開始のチャイムが鳴り響いた。
「っ……! またあとで来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
(本当に高飛車だなこいつ…………)
見事なまでの捨て台詞を吐きながら彼女は席へと戻り、いつの間にか出来上がっていた周囲の人だかりも崩れていく。
これ以上の迷惑ごとが起きなければいい──そんな俺の想いが裏切られるのは、すぐ後のことであった。
たまに姉譲りの威圧感を発揮する一夏の図。
次回、ギスギス注意。