IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
放課後、俺は来週のクラス代表決定戦に備えて第3アリーナを見学していた。
最初は警備員に量産機を用いての訓練と勘違いされて門前払いされかけたが、目的を説明したら快諾して中に入れてもらえたのだ。
(……狭いな)
直径200mの戦闘エリアを観客席から見て心の中で呟く。亡国機業との戦いでこれより小さな場所で戦うことはあったが、それはあくまで死合いであったからだ。
見世物である試合をするにしてはいささか広さが足りない、そんなことを考えているときのことだった。
「あー、いたいた~!」
「……誰だ」
不意に声をかけられて振り向くと、やたらダボダボした制服を着た少女がこちらに近づいてきた。
彼女はいったん立ち止まると、気の抜ける笑みを浮かべてこちらに話かけてくる。
「たっちゃんが呼んでるんだ~。ついてきて~」
「……たっちゃん?」
「詳しくは着いてから話すよ~」
そう言ってこちらの手を握りぐいぐいと引っ張る少女。なんだかよくわからない状況だが、付いて行くべきだろう。
されるがままにアリーナから出て校舎に入り、いくつか階段を登った後に職員室を横切って、やたらと大きな扉の前へとたどり着いた。
「……生徒会室?」
「さぁさ、入って入って~」
よくわからないまま扉をくぐり抜けると、だだっ広い部屋の中に二人だけ女子がいた。
一人は黄色いヘアバンドを付けたポニーテールで、眼鏡をかけた真面目そうなやつ。そしてもう一人は『歓迎』と書かれた扇子を手にした、水色髪で赤目のやつ。つまり──
「よく来たわね、三乃川鉄也くん」
「……あんた、更識か」
「ええ、そうよ。更識家17代目当主、名前は分かるわね?」
「……更識かた──」
その続きを口にしようとしたら眼鏡の女子に手で塞がれた。当主とやらの慌てぶりからして、何やらまずい選択をしかけたようだ。
「
「……っぷは。ダメならなんて呼べばいい」
「
ビシッとこちらにツッコミを入れてくる。しれっと扇子の文字が『覚えろ』に書き換わっているが、持ち手にアクセサリーがないから別のやつなのだろう。
というか、一度も顔を合わせたことがないのにそこまで覚えていたのだから、むしろ褒めて欲しいものだ。
「ああもう、調子が狂うわね……
「かしこまりました」
彼女は眼鏡の女子にそう指示した後、執務机からソファーに移動して向かい側を指さした。
なんとなくの意図を察してそっちに座ると、楯無は徐に口を開く。
「
「ただ事実を言っただけだ。そしたら何故か戦う羽目になった」
「……そういう振る舞いはここでは抑えるべきね。もう野良犬じゃいられないのよ」
そこまで話したところで、ウツホがティーカップを2つ机の上に置いてきた。楯無はそれを一口飲んで満足気な表情を浮かべる。
「うーん、美味しい! やっぱり虚ちゃんの紅茶は世界一ね!」
「ありがとうございます、お嬢様」
「ほら、あなたも飲んでみなさい」
「……」
湯気が立ち昇るティーカップを手に取り匂いをかぐ。そして口にする──と見せかけ、俺はそれを執務机の方に放り投げた。
陶器が砕け散る音に三人の顔が凍りつくなか、淡々と口を開く。
「あれがいい紅茶か。面白いことを言う」
「あ、あなた! お嬢様からの──」
「ポットもカップも陶器製、なのにやたらと金臭い。おかしいとは思わないか?」
「……え?」
ウツホとやらは楯無の方を穴が空くほどに見つめる。彼女はそちらに視線を向けることはなく、ただ俺の方を睨みつけてきた。
「あんたはロシアの国家代表。専用機の
「……」
「これはあくまで俺の考察だが、ただの水にナノマシンを混ぜても操れるはずだ。そして、その水を人体に取り込ませれば──」
「…………降参よ」
彼女が両手を上げると、執務机の上にある赤茶色に染まった書類たちから、ふよふよと水滴が現れてこちらの方へと移動してくる。
それらは楯無のティーカップの中にぴったり収まり、彼女はぐいっと飲み干した。
「お、お嬢様……!?」
「ごめんなさいね、虚ちゃん。だけど必要なことだったのよ? 三乃川くんが信用するに値するかを知るのにね」
「…………それで、結果は」
「合格よ。これならあの子──簪ちゃんのことをあなたに頼めるわ」
簪──やはりこいつは、彼女の姉で間違いないようだ。
「そうか。しばらく会えてなかったが、簪は元気か?」
「…………どんな感じかしら、本音ちゃん?」
「えーっと~……じめじめしてたねー。お菓子が湿気ちゃいそうなぐらい~」
「……なぜそいつに聞く?」
疑問を口にした瞬間、ギクッという擬音が見えそうな程に楯無は動揺する。視線が左右にぶれ冷や汗もダラダラだ。
「…………その、なんと、いうか」
「お嬢様と妹様は現在あまり仲が良くないのです」
「虚ちゃん!?」
「先ほどの仕返しです」
従者に秘密を暴露される主──こんな有様でも当主に選ばれた以上、かなりの才能がある……はずだと思いたい。
そんな俺の心中を知ってか知らずか、ダボ袖の少女がこちらに食ってかかってきた。
「ちょっとみーのん~! 私は『そいつ』じゃないよー!」
「じゃあなんだ」
「本名は
「長いなおい」
「長くないよー?」
あだ名通りの彼女の接し方はどうにも調子が狂う。あと地味に長いから呼びにくいし、さんを外すとしっくりこない。
そんなことを考えながら「ホンネって呼んでいいか」と確認を取ると、彼女は「いいよ~」あっさりと認めてくれた。
「──って、こんなことしてる場合じゃないわ! 兎に角、あなたには簪ちゃんについて色々と頼みたいのよ」
「具体的には」
「そうね……これを見てちょうだい」
楯無が『御開帳』と書かれた扇子を開くと同時に、ウツホが机の上にタブレットを置いてホログラムを出現させる。
そうして現れたのは、バンプレートに4つの穴を備えた巨大な
「ミステリアス・レイディの専用武器の1つ、
「ほう。これを?」
「来週の決闘で使ってもらいたいの。何せ専用機持ちと男性操縦者の試合よ? きっと簪ちゃんも見に来るわ」
「…………?」
武器と簪。どうにもそれが結びつかなくて頭を捻っていると、彼女は再び口を開く。
「簪ちゃんと親しい君が、私とよく似た武器を使う。つまり──私があの子のことをどれだけ大事に思っているかが伝わるって寸法よ!!」
「………………なるほど」
「わー、すごーい」
ホンネがぽふぽふと拍手をするが、その目は全く笑っていない。きっと俺と同じく『そこまで回りくどくする必要ないだろ』的なことを考えているのだろう。
そんな罵倒を心の内に秘めながら武器を眺め、使い勝手を想像する。
「それで、戦闘のプロ的にはどうかしら?」
「誰がプロだ……まぁ、そうだな。使えなくはないが、使おうと思うほどではない」
「そう? 近接だけじゃなく射撃もできるのよ?」
「あんたの機体ならな。そもそもこれナノマシン前提の設計だぞ」
問題点を指摘すると彼女はきょとんとした表情を浮かべた。……こんなのが当主でも大丈夫なのか少し心配になってくる。
「……えーっと、虚ちゃん。今の本当?」
「本当です。ちなみにこのデータを用意されたのはお嬢様です」
「…………てへっ♪」
「誤魔化せてないからな」
謀略を巡らせる割には変なところで詰めが甘いやつだ。とはいえ、苦労せずに武器を手に入れることができるのは正直ありがたくもある。
この機会を逃すべきではないと考えた俺は、あることを楯無に提案した。
「とりあえずそいつは受け取る。ただし、使い勝手を良くするためにある程度の改造を施すつもりだ。それでもいいか?」
「そうね……いいわ。微妙な性能じゃ簪ちゃんに勘違いされちゃいそうだし」
「…………ありがとう」
妹のことが大事なのは分かるが、いかんせんアプローチが遠回り過ぎる。織斑先生もわりとこういうタイプだったが、姉という生き物はこうなってしまうのが常なのだろうか。
そんな疑問を頭の片隅に浮かべながらも話し合いは終わり、壊したティーカップを片付けてから俺は生徒会室を去るのであった。
原作だと一夏に対して明らかに多すぎる弁当作ってたりしたんで、楯無さんは努力が空回りするタイプだと解釈しました。
次回、湿度がやばくなるかも。