IS オーバーホライゾン 作:湿度70%
「──あ、ぅ……?」
目を覚ますと、相変わらずコンクリートが打ちっ放しの無機質な部屋だった。私は椅子へ後ろ手に縛り付けられていて、いくらもがいても拘束が解けそうにない。
頭が回らずにいると部屋の扉が開き、黒いスーツをきた白人らしき金髪の女性が入ってきた。どこか緩い雰囲気の彼女の手には肌色っぽいペーストが山盛りになった皿があって、薄目で笑顔を浮かべながらこっちに近づいてくる。
「ごめんねー、
「……どうして、こんな、こと?」
「あなたが『
表情を変えずに彼女は吐き捨てた。更識というのは私の実家で、対暗部用暗部という事業を昔からやっている……
家のことを教えてもらったのはかなり昔のことで、今では誰もそれに関わらせようとしない。
その疎外感から私はいわゆるオタク趣味に走り、電車とかを使って遠い場所で行われる催しに一人で参加するほどになっていた。金髪の女性と知り合ったのもその手のイベントの一つで、それなりの会話を経て仲良くなったと思ったらこうして誘拐されたというわけだ。
その上で誘拐理由が実家のことだと言われても、まるで納得できない。もっと都合のいい対象がいくらでもいるだろうに。
「時間だから、お口開けてもらえる?」
「…………いや、です」
「え~、食べなきゃ元気出ないわよ? ほら、ぐいっと!」
「んぐーっ!?」
優しい声色とは真逆の乱暴な手付きでスプーンを口に突っ込んできた。苦手な肉の風味と上手く混ざってない栄養サプリメントのザラザラとした食感に
この行為は初めてではなく、恐らくここに誘拐されて既に三日は過ぎているだろう。花を摘みに行く時ぐらいしか立たせてもらえず、その間もこの女性の監視下に置かれていた。
「いい子いい子ー。美味しいでしょ?」
「う、ぅあ……」
はっきり言ってそれは極めて不味い代物だった。およそ人間が食べるべきものではなく、彼女の仲間らしき人たちの数人が試しに舐めた瞬間、両手で口を抑えてトイレのある方向に走っていたほどだ。
素材の特性やら協調性も無視していて、もはや食への冒涜と言っても過言ではないだろう。
そんなペースト食をやっと半分まで胃の中へ送りこみ、ペットボトルから水を飲まされている時のことだった。俄かに部屋の外が騒がしくなり、銃声や怒声に紛れて金属がぶつかる音が聞こえてきたのだ。
それは段々とこっちに近づいてきて扉の少し手前で止まる。そして次の瞬間、重厚なそれを押し開くように人の山が流れ込んできた。彼ら全員が傷だらけで、中には背中から前面にかけて大きく穴が穿たれた人もいた。
「襲撃!? 一体どこのどいつが──」
女性が銃を構えて周囲を警戒していると、その背後の壁が大きな音を立てて爆発した。彼女は反射的に耳を塞ぎ──次の瞬間、胸のど真ん中を貫かれていた。
「──ぇ?」
「…………これで、最後」
彼女の背後にはいつの間にか黒いレインコートを被った人──声色からして男性──が立っており、手にした短槍は穂先だけでなく持ち手の各部にも赤い滲みがある。彼は得物を引き抜くと女性を蹴り倒した。
「だ、れ……」
「流石に一撃では無理か」
明らかに致命傷を負っている彼女に対し、少年はくるりと槍を回して構え袈裟斬りを放つ。今度こそ女性は静かになり、床に大きな血溜まりを生み出した。
その一部始終を見ながら言葉を失っていると、少年が槍を肩に担ぎながらこちらに近づいてきた。じろじろと見つめて顔を近づけてくるが、フードを深く被っているせいでその表情を見ることはできない。
「……似てるな、
「えっ?」
「いいから来い」
彼はそこで言葉を切り上げると、槍を突き下ろして私の拘束を解除。そのまま手を引っ張って部屋の外へと歩き始めた。
廊下には大量の大人たちが倒れており、その大半から赤色が流れ出している。むせ返るほどの鉄臭さに思わず鼻をつまむ私とは対照的に、少年はそれに慣れ切っているのか黙々と進み続けていた。
そしてやっとのことで出口にたどり着くと、彼は手を離してこっちに振り向き話しかけてきた。
「……さて。あんた、迎えに来たやつにはこう────っ!」
「きゃっ!?」
少年が私をドンと突き飛ばした次の瞬間、その場所に大きな火柱が現れた。轟々と燃え盛るそれの熱、幻覚じゃないことを教えてくる。
「ったく、近頃の子供は、マナーがなってないわね……」
「あ、あなた、なん、で……」
赤く照らされる出口の向こう側には大きな機械に乗ったさっきの女性がいた。お腹の傷は痕こそあるものの塞がっており、血色も悪くはない。
そんな彼女が駆る機体には背中から下向きに大きな二枚羽が生えており、その先端の赤熱がこの炎を生み出したことを物語っている。
「いやー、危うく大失敗だったわ。さて簪ちゃん、そのまま戻ってくれるかしら?」
「ひ、ひひ、人殺し……!」
「好きに言いなさい。私にはこうしないといけない事情が……あれ?」
女性は火柱を見ながら首をかしげる。少し遅れて私も何かがおかしいことに気づく。……匂い、肉の焼ける匂いが全くしていないのだ。
「──
殺意に満ちた少年の声。それを聞いて、私は昔習った先祖代々の教えを思い出す。『敵は必ず三族*1に及ぶまで打ち殺せ』という物騒なそれは、暗部としてのあり方を示すものだ。
曰く、親父の仇。
曰く、息子の仇。
曰く、先祖の仇。
──それが憎悪によるものであれ義理によるものであれ打算によるものであれ。情けをかけて見逃せば、もしくは情けなどかけなくとも見逃せば後顧の憂いとなって未来に返ってくる。故に、必殺こそ確実で最良の選択。
そして炎が消え、黒い巨体が露わになる。手足は太く長く、胴はがっしりとした装甲に覆われたもの。女性の機体が
しかし、二つは同じ技術によって生み出されたものであり、故に同じ名前で呼ばれる。
「──死ね、亡霊。死に損なったなら、きちんと墓場に埋めてやる」
「……IS? なんで──」
「男がISを使えない決まりは、ない」
動揺する金髪の女性を赤い双眼で睨みながら、黒い巨人はその懐へと飛び込んだ。彼女がそれに気づいた時には拳が振りかぶられていて、指を覆う金属板がシールドに触れ──電撃音と共に砕き、女性の腹へと巨腕が突き刺さる。
「うがぁっ!? あな……それ、条約いは──」
「知ったことではない」
「あがぁっ!?」
同じ攻撃が更に打ち込まれその度に女性のISはどんどん壊れていく。普通ならばシールドで防がれるし、少なくともIS本体が傷つくことなんて滅多にないはずだ。
そんな
「ぅあ、いやぁ、もういやぁ……!」
「…………ふん!」
最後の一発──腕と腰の捻りを目一杯加えた拳が女性の胸部に突き立てられ、そのまま彼女は崩れ落ちた。粒子化した女性のISを吸収しながら黒い巨人はこちらに振り向き近づいてくる。
相変わらず濃厚な殺意を纏っていたが、先ほどよりはいくらか薄れているようだ。
「待たせた。そろそろ逃げないとまずい」
「え、それ、どうい……きゃあ!?」
困惑するのも束の間、黒いISは椅子ごと私を抱えて飛び上がった。天井を破って空へ浮かべば雲一つない夜空から星々がこちらを覗いている。
────その光景に心を奪われた次の瞬間、轟音と共に私とISの顔が真っ赤に照らされた。真下では廃工場が轟々と燃え盛っていてここまで熱が届いてくる。
「な、なんで……? まだ、ひと、が…………」
「やつらには生かしておくだけの価値がない。この場で死ぬべき、単なるテロリストだ」
その場所から数百m離れた場所に着陸し私を地面に下ろすのとほぼ同時に、彼のISは粒子となって消えた。
血のような赤毛と黒色の四白眼を露にした少年は、こめかみに現れた白い三角形のアクセサリーに触れながらおもむろに口を開く。
「──それと、ここに人はいなかった。
「なに、それ……」
「……あと、改めてだが、更識が来たらこう伝えてくれ。『私を誘拐したのは
こちらを見つめながらの有無を言わせぬ口調にたじたじになっていると、遠くから何台かの車がやってくる。彼はそこから出てきた
入れ違いでこちらにやってきた大人の一人がこちらに話しかけてきた。
「簪様、ご無事で?」
「あ、はい、一応……その、私を誘拐、したのは、ファントムなんたら、っていう人たち──」
「ああ、やつらですか。……まったくろくでもないテロリスト共だ。殺せて安心ですよ」
そう呟く更識の大人は一向に私の方を見ようともしない。……いつものこととはいえ、今日は流石にきつい。追加の慰めぐらいはあってもいいだろうに。
「では、帰りましょう。
「…………」
結局、大人たちは最初の一言以外は心配を口にせずに私を車に乗せた。
(もうやだ)
心の中でぼやく。陰口すらない無関心、それが一番辛い。むしろ、ぶっきらぼうでガサツな感じだったあの少年の方がずっとマシだ。
私はうつむいたまま後部座席に座る。何も喋りたくないし、泣きたくもない。黙って俯いていると運転席の男性が私を覗き込んできた。
「簪様、あの少年が気になりますか?」
「…………え?」
そのことは口にも態度にも出してないはずなのに、彼はどうして気づいたのだろう? というか、
そんな疑問は男性の次の一言で吹き飛ばされる。
「お顔に出ていますよ」
「……~~~っ!?」
慌てて両手で顔を覆う。そんな、恥ずかしい。だけどどうせ、この人も心の中じゃ私のことを馬鹿にしているんだ。
そんな卑屈な考えが思い浮かんだが、ドアミラー越しの鋭い瞳でそうじゃないと悟る。
「あの悪逆非道で有名な亡国機業の元から無傷で戻ってこれたのですから、十分賞賛に値します」
「ファントムなんとか、ってのは、どんな……?」
「──一言で説明するなら『秘密結社』ですかね。
「…………」
まるで一昔前のライトノベルとかに出てきそうな設定だ。問題は、それがフィクションではなく
それはつまり、あの女性のような危険人物がまだまだいるというわけで。家の人たちが殺気立っているのも合点がいく。三族皆殺しもやむを……いや、流石にやりすぎではないだろうか?
誘拐してきたものの、イベントで会った時の彼女は軍人だとかテロリストだとか、そういう雰囲気は一切なかった。
単なるアニメ好きのオタクの一人で、コアな会話にも余裕でついていけるぐらいどっぷり沼に嵌っている。そんなよくある人間だったのだ。
それを一方的に虐殺することは、果たして対暗部として正しい在り方なのだろうか。
そんな私の思考を再び見抜いたのか、運転手さんは強い語気で口を開いた。
「……彼らに同情など不要です。目的の為なら手段は選ばず、脅迫、洗脳……そして殺人といったあらゆる蛮行を用いる、そういう輩ですから。普通のテロリストが可愛く見えますね」
「普通って、なんだっけ……」
「そしてなにより、彼らはISに精通している。こうして虱潰しに攻撃し続けるのを止めたら、一体どんな危険なものを作り出すのやら」
彼はそこで一旦喋るのを止めて車を発進させた。殆ど揺れることのないとても丁寧な運転で、なんだか眠くなってくるほどだ。
家についたのはこくりこくりと舟を漕ぎ始めたタイミングで、寝ぼけているからまだ降りたくない。そうして車内に数分ほど居座っていると、趣に運転手さんが口を開いた。
「簪様、一つ提案がございます」
「……ふあ~。なに……?」
「あの少年──三乃川に、会ってみませんか?」
「あっ、え、その……はい」
こちらを直に見てきた彼の目は真剣そのもので、私は思わず首を縦に振ってしまう。すると、今までの真面目な雰囲気が消えてかなりわざとらしい笑顔に変化した。
「言質は取りましたからね? それじゃあ明日迎えに来ますので!」
「い、いきなりは、ちょっと……」
「なに言ってるんですか! 当たって砕けろですよ!!」
「い、今言う台詞かなそれ……?」
そんなヘンテコなやり取りで目が覚めたので車から降りると、彼は少し手を振ってからいなくなってしまった。
(明日、か……。助けてくれたんだし、身だしなみちゃんとしないと、失礼だよね…………)
家の立派な門をくぐりながら、私は明日への準備を色々と考えるのだった。
ISは最強────ただし手段を問わなければ倒しようはいくらでもある。
そんな扱いなので悪しからず。
次回は主人公についてちょっとだけ分かるよ、たぶん。投稿は明日の正午あたりに。